カサブランカ級航空母艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
カサブランカ級航空母艦
キトカン・ベイ(USS Kitkun Bay, ACV-71/CVE-71)
基本情報
艦種 護衛空母
艦名 海、島、戦場の名
前級 サンガモン級
次級 コメンスメント・ベイ級
性能諸元[1]
排水量 軽荷:6,854t
満載:10,902t
緊急:11,760t
全長 512ft 3in (156.13m)
全幅 108ft 1.25in (32.95m)
垂線間長 490ft (149.35m)
喫水 軽荷:14ft 6.25in (4.43m)
満載:20ft 7in (6.27m)
緊急:22ft (6.71m)
乾舷 軽荷:47ft 7.75in (14.52m)
満載:41ft 7in (12.67m)
緊急:40ft 2in (12.24m)
深さ 62ft 2in (18.95m)
機関 スキナー式ピストン型ユニフロー蒸気機関×2基
出力 9,000shp
速力 19.25kn
航続距離 10,240海里 (15kn)
乗員 858名
兵装 38口径5インチ単装砲×1基
40mm機関砲×16門 (連装8基)
エリコン20mm機銃×20基
レーダー 対空捜索:SK、SK-2
対水上捜索:SG
航空管制:YE
搭載機[2] 28-42機
エレベーター 2基
カタパルト 1基

カサブランカ級航空母艦(カサブランカきゅう こうくうぼかん、英語: Casablanca-class escort carrier)はアメリカ海軍護衛空母(CVE)の艦級。当初、補助空母(ACV)として建造され、イギリス海軍にレンドリース(貸与)される予定であったがアメリカ海軍で運用された。

概要[編集]

ヘンリー・J・カイザー

元来は、1942年にカイザー造船所社長ヘンリー・J・カイザー英語版が提案した30隻建造のプランによる[3]。当初、アメリカ海軍はさほど相手にはしていなかったが、フランクリン・ルーズベルト大統領の肝いりもあって、6月に入ってカイザー造船所に50隻の建造が発注された[3]。カイザー造船所のドックおよび船台はもともとリバティ船建造用に建設されたものだったが、やがて戦車揚陸艦の建造も手がけ、最後にカサブランカ級の一括建造に取り掛かった。1943年7月8日に一番艦のカサブランカを竣工させてから、最終艦のムンダがちょうど一年後の1944年7月8日に竣工するまでの間、ほぼ一週間に1隻のペースで建造されたので「週刊空母」の異名を持つ。カイザー社長は「ベビー空母」と呼んでいた[3]

前級のサンガモン級での経験により、艦載機を運用するに足りる最小限の規模で設計された。その構造も建造が比較的容易な商船型を採用し、既存商船の改装ではなく一からの新設計だったため無駄を極力排した艦となった。飛行甲板ボーグ級よりも余裕があったが、サンガモン級と同じく飛行甲板の位置はボーグ級と比べて低かった[3]。機関も安価で入手の容易なレシプロ機関を用いている。一方で抗甚性向上のため、護衛空母として初めて機関のシフト配置を採用する等、必ずしも「安かろう、悪かろう」の艦ではない。出力自体はボーグ級の蒸気タービン(1軸)と大差なかったが、排水量が少ない分最高速力は速かった[4]。にもかかわらず、カサブランカ級搭載のレシプロ機関は効率が悪く整備に手間がかかるという機関担当の乗員泣かせの代物で、評判はさっぱりだった[5]

艦名は当初、海や島の名前が宛がわれていたが、後に戦場となった地名や島も使用された。また、アンツィオとセント・ローの前名であるコーラル・シーとミッドウェイは、ともにミッドウェイ級航空母艦一番艦三番艦(当初は二番艦)の艦名に流用された。

本級の存在によりアメリカ海軍艦隊や船団の赴くところほぼ全てで艦載機が存在するということになった。戦後、1947年にスクラップとして売却処分された艦もあるが、ほとんどの艦が予備役に入ってモスボール(不活性化)処理がなされた。予備役の艦は1955年に特務空母(CVU)やヘリコプター護衛空母(CVHE)として復帰した。1960年に再び売却処分された艦があったものの、航空機輸送艦(AKV)に転用される艦もあり、それらの艦は1965年まで現役であった。

戦歴[編集]

カサブランカ級の戦歴で特筆すべきはサマール沖海戦であろう。1944年10月25日、カサブランカ級ホワイト・プレーンズ等6隻を主力とする第77任務部隊第4群第3群(第77.4.3任務群。通称「タフィ3」。クリフトン・スプレイグ少将)はサマール島沖でレイテ湾突入を目指す日本海軍栗田艦隊(第一遊撃部隊第一部隊および第二部隊)と遭遇。2時間の戦闘の末、ガンビア・ベイの他、駆逐艦護衛駆逐艦各一隻を喪失。さらにその後、セント・ローが神風特別攻撃隊の突入を受け轟沈。ホワイト・プレインズ、キトカン・ベイおよびカリニン・ベイも損傷を受ける。この少し前には、同第1群(第77.4.1任務群。通称「タフィ1」。トーマス・L・スプレイグ少将)のペトロフ・ベイおよびサンガモン級サンティーとスワニーにも特攻機が突入しており、わずか数時間の内に5隻もの護衛空母が沈没、または損傷した。

日本側の視点では、本海戦は戦艦大和や特攻隊が初めて戦果を挙げた戦いとしてよく記憶される。しかし、米軍側から見ると少々様相が異なってくる。「タフィ3」との戦闘により、栗田艦隊は重巡3隻を喪失(1隻撃沈、2隻は航行不能の末に自沈処分)し、大和も魚雷をかわすため進路を大きく狂わされた。栗田艦隊は再集結にも手間取り、レイテ湾突入前に貴重な戦力と時間を消耗することになってしまい、「タフィ3」はハルゼー艦隊やオルデンドルフ艦隊の準備や到着までの貴重な時間を稼いだ。

この海戦が、その後の栗田艦隊「謎の反転」の一因となった。栗田艦隊が「タフィ3」を正規空母部隊と誤認していたという幸運もあったとはいえ、全滅さえ覚悟したという困難な戦況の中で「タフィ3」はよく善戦し、レイテ湾の裸同然の輸送船団と数万の将兵を救った。太平洋艦隊司令長官の任にあったチェスター・ニミッツ元帥は後に、「タフィ3」をはじめとする護衛空母群の健闘に、最大級の賛辞を送った。また、大西洋方面の戦いに置いても、カサブランカ級は対潜掃討および船団護衛任務に従事し、何隻かのUボートを撃沈する戦果をあげている。

なお、詳細な戦歴は各艦の項を参照されたい。

同型艦[編集]

Hull No. 艦名 起工 進水 就役 退役 戦没
CVE-55 カサブランカ
USS Casablanca
1942年11月3日 1943年4月5日 1943年7月8日 1946年6月10日
CVE-56 リスカム・ベイ
USS Liscome Bay
1942年12月9日 1943年4月19日 1943年8月7日 1943年11月24日
CVE-57 アンツィオ
USS Anzio
1942年12月12日 1943年5月1日 1943年8月27日 1946年8月5日
CVE-58 コレヒドール
USS Corregidor
1942年8月20日 1943年5月12日 1943年8月31日 1958年9月4日
CVE-59 ミッション・ベイ
USS Mission Bay
1943年12月28日 1943年5月26日 1943年9月13日 1958年9月1日
CVE-60 ガダルカナル
USS Guadalcanal
1943年1月5日 1943年6月15日 1943年9月25日 1946年7月15日
CVE-61 マニラ・ベイ
USS Manila Bay
1943年1月15日 1943年7月10日 1943年10月5日 1946年7月31日
CVE-62 ナトマ・ベイ
USS Natoma Bay
1943年1月17日 1943年7月20日 1943年10月14日 1946年5月20日
CVE-63 セント・ロー
USS St. Lo
1943年1月23日 1943年8月17日 1943年10月23日 1944年10月25日
CVE-64 トリポリ
USS Tripoli
1943年2月1日 1943年7月13日 1943年10月31日 1958年11月25日
CVE-65 ウェーク・アイランド
USS Wake Island
1943年2月6日 1943年9月15日 1943年11月7日 1946年4月5日
CVE-66 ホワイト・プレーンズ
USS White Plains
1943年2月11日 1943年9月27日 1943年11月15日 1946年7月10日
CVE-67 ソロモンズ
USS Solomons
1943年3月19日 1943年10月6日 1943年11月21日 1946年5月15日
CVE-68 カリニン・ベイ
USS Kalinin Bay
1943年4月26日 1943年10月15日 1943年11月27日 1946年5月15日
CVE-69 カサーン・ベイ
USS Kasaan Bay
1943年8月20日 1943年10月24日 1943年12月4日 1946年7月6日
CVE-70 ファンショー・ベイ
USS Fanshaw Bay
1943年5月18日 1943年11月1日 1943年12月9日 1946年8月14日
CVE-71 キトカン・ベイ
USS Kitkun Bay
1943年5月3日 1943年11月8日 1943年12月15日 1946年4月19日
CVE-72 ツラギ
USS Tulagi
1943年6月7日 1943年11月15日 1943年12月21日 1946年4月30日
CVE-73 ガンビア・ベイ
USS Gambier Bay
1943年7月10日 1943年11月22日 1943年12月28日 1944年10月25日
CVE-74 ネヘンタ・ベイ
USS Nehenta Bay
1943年7月20日 1943年11月28日 1944年1月3日 1946年5月15日
CVE-75 ホガット・ベイ
USS Hoggatt Bay
1943年8月17日 1943年12月4日 1944年1月11日 1946年7月20日
CVE-76 カダシャン・ベイ
USS Kadashan Bay
1943年9月2日 1943年12月11日 1944年1月18日 1946年6月14日
CVE-77 マーカス・アイランド
USS Marcus Island
1943年9月15日 1943年12月16日 1944年1月26日 1946年12月12日
CVE-78 サボ・アイランド
USS Savo Island
1943年9月27日 1943年12月22日 1944年2月3日 1946年12月12日
CVE-79 オマニー・ベイ
USS Ommaney Bay
1943年10月6日 1943年12月29日 1944年2月11日 1945年1月4日
CVE-80 ペトロフ・ベイ
USS Petrof Bay
1943年10月15日 1944年1月5日 1944年2月18日 1955年7月31日
CVE-81 ルディヤード・ベイ
USS Rudyerd Bay
1943年10月24日 1944年1月12日 1944年2月25日 1946年6月11日
CVE-82 サギノー・ベイ
USS Saginaw Bay
1943年11月1日 1944年1月19日 1944年3月2日 1946年6月6日
CVE-83 サージャント・ベイ
USS Sargent Bay
1943年11月8日 1944年1月31日 1944年3月9日 1946年3月23日
CVE-84 シャムロック・ベイ
USS Shamrock Bay
1943年3月15日 1944年2月4日 1944年3月15日 1946年7月6日
CVE-85 シップレイ・ベイ
USS Shipley Bay
1943年11月22日 1944年2月12日 1944年3月21日 1946年6月28日
CVE-86 シットコー・ベイ
USS Sitkoh Bay
1943年11月23日 1944年2月19日 1944年3月28日
1950年7月29日
1946年11月30日
1954年7月27日
CVE-87 スティーマー・ベイ
USS Steamer Bay
1943年12月4日 1944年2月26日 1944年4月4日 1947年1月
CVE-88 ケープ・エスペランス
USS Cape Esperance
1943年12月11日 1944年3月3日 1944年4月9日 1959年1月15日
CVE-89 タカニス・ベイ
USS Takanis Bay
1943年12月16日 1944年3月10日 1944年4月15日 1946年5月1日
CVE-90 セティス・ベイ
USS Thetis Bay
1943年12月22日 1944年3月16日 1944年4月21日 1964年3月1日
CVE-91 マカッサル・ストレイト
USS Makassar Strait
1943年12月29日 1944年3月22日 1944年4月27日 1946年8月9日
CVE-92 ウィンダム・ベイ
USS Windham Bay
1944年1月5日 1944年3月29日 1944年5月3日
1950年10月28日
1946年8月23日
1959年1月
CVE-93 マキン・アイランド
USS Makin Island
1944年1月12日 1944年4月5日 1944年5月9日 1946年4月19日
CVE-94 ルンガ・ポイント
USS Lunga Point
1944年1月19日 1944年4月11日 1944年5月14日 1946年10月24日
CVE-95 ビスマーク・シー
USS Bismarck Sea
1944年1月31日 1944年4月17日 1944年5月20日 1945年2月21日
CVE-96 サラマウア
USS Salamaua
1944年2月4日 1944年4月22日 1944年5月26日 1946年5月9日
CVE-97 ホーランディア
USS Hollandia
1944年2月12日 1944年4月28日 1944年6月1日 1947年1月17日
CVE-98 クェゼリン
USS Kwajalein
1944年2月19日 1944年5月4日 1944年6月7日 1946年8月16日
CVE-99 アドミラルティ・アイランズ
USS Admiralty Islands
1944年2月26日 1944年5月10日 1944年6月13日 1946年4月24日
CVE-100 ブーゲンビル
USS Bougainville
1944年 月 日 1944年5月16日 1944年6月18日 1946年11月3日
CVE-101 マタニカウ
USS Matanikau
1944年3月10日 1944年5月22日 1944年6月24日 1946年10月11日
CVE-102 アッツ
USS Attu
1944年3月16日 1944年5月27日 1944年6月30日 1946年6月8日
CVE-103 ロイ
USS Roi
1944年3月22日 1944年6月2日 1944年7月6日 1946年5月9日
CVE-104 ムンダ
USS Munda
1944年3月29日 1944年5月27日 1944年7月8日 1946年4月24日

脚注[編集]

  1. ^ CVE-90 - USS Thetis Bay - Booklet of General Plans, 1945
  2. ^ 16 Jan 1945 CVE-58 USS Corregidor VC-42 [FM-2×16機 + TBM-3×12機]
    4 Aug 1945
    CVE-70 USS Fanshaw Bay VOC-2 [FM-2×35機 + FM-2P×1機 + TBM-3×5機 + TBM-3E×1機]
    CVE-74 USS Nehenta Bay VC-8 [FM-2×18機 + FM-2P×2機 + TBM-3×6機 + TBM-3E×6機]
  3. ^ a b c d 大塚「数は力 力は正義なり!護衛空母群の航空戦力」138ページ
  4. ^ 大塚「数は力 力は正義なり!護衛空母群の航空戦力」138、139ページ
  5. ^ 大塚「数は力 力は正義なり!護衛空母群の航空戦力」139ページ

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 「世界の艦船増刊第10集 アメリカ航空母艦史」海人社、1981年
  • デニス・ウォーナー、ペギー・ウォーナー/妹尾作太男(訳)『ドキュメント神風 特攻作戦の全貌 上・下』時事通信社、1982年、ISBN 4-7887-8217-0ISBN 4-7887-8218-9
  • 「世界の艦船増刊第15集 第2次大戦のアメリカ軍艦」海人社、1984年
  • C・W・ニミッツ、E・B・ポッター/実松譲、冨永謙吾(共訳)『ニミッツの太平洋海戦史』恒文社、1992年、ISBN 4-7704-0757-2
  • 金子敏夫『神風特攻の記録 戦史の空白を埋める体当たり攻撃の真実』光人社NF文庫、2005年、ISBN 4-7698-2465-3
  • 大塚好古「アメリカの空母各級厳選写真集」「数は力 力は正義なり!護衛空母群の航空戦力」「太平洋戦争時における護衛空母全般の評価」「太平洋戦争における米空母の各種艦上機」『歴史群像太平洋戦史シリーズ53 アメリカの空母』学習研究社、2006年、ISBN 4-05-604263-2