秋田美人

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秋田美人あきたびじん)とは、秋田県出身の美女を指す。京美人博多美人と並び、「日本三大美人」といわれる。

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[編集] 解説

  • 秋田県を含む日本海側の女性は肌が白いので美人に見えるという説がある。東北地方の日本海側は全国的に見て日照時間が少ないことから、秋田に住む人は紫外線による影響が少ない。その上、冬季は積雪が多く、屋内にこもりがちになることも「雪国の人は肌が白い」ことの原因として考えられる。
  • 東北地方の人の色の白さから、秋田美人や秋田県民はロシア人がルーツであるとの噂が流れたこともあるが、コーカソイド遺伝子が確認された例はなく、科学的に証明されていない。実際にロシアにおいては、白人のスラブ人が西シベリアに到達したのは17世紀半ばであり、極東のウラジオストクにいたっては19世紀までの支配下にあったこと、樺太千島列島も19世紀後半までは日本国の実効支配下にあったこと、また何よりも、江戸時代の厳しい鎖国が17世紀初頭から19世紀半ばまで続いていたことなどから、「ロシアから流れ着いて秋田に住みついた」可能性は極めて低く、史料が見つかったという事例もなく、歴史学的にも一切証明されていない。仮に、シベリア入植以降の江戸時代に、白人のロシア人が1~2人あるいは団体で日本に流れ着いていたとしても、士農工商やそれに続く身分制、また出島などに象徴される外国人やキリスト教などへの幕府の警戒感から、日本で生活することは困難であり、当時の日本人がそれらの人たちと結婚し、家庭を築いていったとは考えにくい。中国オロス族(ロシア族)[1]を見ても明らかなように、白人のロシア人が居住し、混血した場合は、背が高い、手足が長い、骨が太い、O脚ではない、彫が深い、などといった肌の白さ以外の身体的特徴が認められたり、多少なりの文化的影響が認められたりするのが一般的であるが、秋田県で突出した身体的特徴を有する住民や、ロシア正教スラブ語などを始めとする、スラブ圏の文化的影響や遺産は確認されていない。比較的「がっしりとした」秋田美人は、そもそものイメージにも合わない。白人のロシア人と秋田美人の関連性について出ている話は、日本史、ロシア史、郷土史などを無視した希望的観測であり、ある程度精査すれば信じるには至らないものである。ロシアのシベリアから極東までの地域には、古代からモンゴロイドブリヤート人、ヤクート人、エヴェンキ人、ツングース人などのエスキモーに近い先住民族が居住していたため、その人々と日本人との関連性は遺伝子学的に証明可能である。

[編集] 秋田美人にまつわる俗説

  • 関ヶ原の戦い秋田転封となった佐竹氏が、腹いせに領内の美人を全員秋田に連れて行ったという。その後、水戸に入府した徳川頼房が佐竹氏に抗議したところ、秋田藩領内の美しくない女性を全員水戸に送りつけたという。その為、秋田の女性美人で、水戸の女性はそうでない人ばかりだという。

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