東海林さだお
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| 東海林 さだお | |
|---|---|
| 本名 | 庄司 禎雄 |
| 生誕 | 1937年10月30日(71歳) 東京都杉並区 |
| 国籍 | |
| 職業 | 漫画家、エッセイスト |
| ジャンル | 4コマ漫画他 |
| 代表作 | アサッテ君 他 |
| 受賞 | 第16回文芸春秋漫画賞 第11回講談社エッセイ賞 第45回菊池寛賞 紫綬褒章 第30回日本漫画家協会賞大賞 |
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東海林 さだお(しょうじ さだお、男性、1937年10月30日 - )は日本の漫画家、エッセイスト。本名は庄司 禎雄(しょうじさだお)。東京府東京市杉並区生まれ。東京都立立川高等学校卒業、早稲田大学第一文学部ロシア文学科中退。園山俊二、福地泡介らと共に早稲田大学漫画研究会の創設メンバー。
目次 |
[編集] 略歴・人物
1967年、『週刊漫画TIMES』の『新漫画文学全集』で連載デビュー。毎日新聞朝刊に連載の『アサッテ君』は2003年11月に連載1万回を達成した。一方、エッセイの分野でも活躍。『週刊朝日』にグルメコラム「あれも食いたい これも食いたい」を執筆中。食べ物を書かせたらこの人に勝る人はそういない。
椎名誠との対談集も有名。なお椎名誠も丸かじりシリーズは高く評価している。
日本におけるユーモアエッセイの一人横綱的存在であり、特に軽薄な言い回しを用いるとき、いささかもわざとらしさ、ぎこちなさを感じさせない点は、年齢を考えると驚異的と言える。現役でエッセイ集が50冊以上というのも日本では稀な数字であるが、その代わり本業の漫画は意外と単行本が少ない。
本当は早稲田大学の美術史を受けるはずだったのだが、隣の窓口にロシア文学科があり、こちらの方がモテそうだという理由で露文を受験した。講義には殆ど出ず、八王子の実家から通っていたが通学で疲れ切り、早稲田に下宿していた福地の部屋に直行してそこで眠り込むことが多かったらしい。家業が酒屋だったため、そこで売れ残って変色した日本酒を世話になってるお礼のつもりかよく持ってきたと、福地が回想している。
サラリーマンを主役にした漫画を多数描いているが、本人にサラリーマン経験は無く、またサラリーマンの知識が乏しい為、一般的なサラリーマンと価値観にずれが見られる。しかし、「役職では計れない人間の本質を描いている」というコメントを出しているように、そのことをまったく気にしていない様子である。
家族がエッセイには滅多に登場しないのも大きな特徴。泊り込みの多い仕事場マンションでの自炊・外食や買い物が中心に描かれるため、独身と勘違いしている読者も少なくないが、ちゃんと妻子がいる。基本的に週末は八王子市の自宅に帰り、平日は西荻窪の仕事場に泊まり込む生活とのこと。
現在抱える連載は『週刊文春』、『週刊現代』が各38年、『オール讀物』が36年、毎日新聞が32年、『週刊朝日』が20年続いているという、とてつもないロングランばかりであり、恐らく「同時期複数連載の累計の長さ・回数」では世界的記録と思われる。
椎名誠と好みが似ていて、よく冷えたビールなどが大好きである。また、そのビールの最良の「あて」として、「串カツ」を数多くのエッセイで発言している。
立ち食い蕎麦屋(富士そば)のメニューを全品制覇しようとしたが、あと少しのところで挫折してしまったというエピソードがある。なおこれが縁で、同グループの社長との対談が実現した。
[編集] 受賞歴
- 1970年 第16回文藝春秋漫画賞(『タンマ君』、『新漫画文学全集』)
- 1995年 第11回講談社エッセイ賞(『ブタの丸かじり』)
- 1997年 第45回菊池寛賞
- 2000年 紫綬褒章
- 2001年 第30回日本漫画家協会賞大賞(『アサッテ君』)
[編集] 作品
[編集] 漫画
- 新漫画文学全集(週刊漫画TIMES)
- ショージ君(漫画サンデー)
- タンマ君(週刊文春)
- 登場人物
- タンマ…この漫画の主人公。
- サラリーマン専科(週刊現代) - 1997年に三宅裕司の主演で映画化。
- アサッテ君(毎日新聞)
[編集] エッセイ
その他、多数。前述の通り、椎名誠との対談集もある。


