伊吹 (巡洋戦艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
巡洋戦艦 伊吹
艦歴
起工 1907年5月22日
進水 1907年11月11日
就役 1909年11月1日
退役 1923年9月20日
除籍 1923年9月20日
その後 ワシントン海軍軍縮条約により解体
性能諸元
排水量 常備:14,636トン
満載:15,595トン
全長 137.2m
水線長 147.8m
全幅 23m
吃水 8m
機関 宮原式重油石炭混焼缶18基
カーチス直結タービン2基2軸推進 24,000hp
速力 最大22ノット
乗員 844名
兵装 30.5cm連装砲 4門
20.3cm連装砲 8門
12cm単装砲 14門
8cm単装砲 4門
45.7cm魚雷発射管 3門
装甲 水線帯 100-180mm
砲塔 125-180mm
バーベット 125-180mm
司令塔 200mm
甲板 75mm

伊吹(いぶき)は、日本海軍巡洋戦艦鞍馬型巡洋戦艦の二番艦。伊吹型装甲巡洋艦の一番艦として扱われることもある。

艦歴[編集]

本艦の武装・装甲配置を示した図。

元々巡洋戦艦鞍馬と完全な同型艦として計画されたが、起工直前に戦艦安芸とともにタービン搭載に改められ、設計に時間を要し起工は遅れた[1]

1907年に呉海軍工廠第三船台で戦艦安芸の次に起工され、進水した[1]。輸入したカーチスタービンの到着が安芸用より先になったため、蒸気タービン機関の試験艦としての性格を兼ねることとなった[1]

戦艦安芸がまだ呉海軍工廠第三船台で建造中に特命検閲があり、井上良馨元帥が小幡文三郎造船部長に「主力艦は、予算に制限がなければ何ヶ月で進水できるか」と尋ね、小幡は「6ヶ月」と即答した[1]。小幡にはほんの2-3年前に「4ヶ年」と称し、多忙な戦時下に戦艦筑波を実際に1ヶ年で進水させた実績はあるもののこの回答に工廠長、検閲使ともに驚いたのだが、小幡は造船先進国イギリスが試験艦であった戦艦ドレッドノートを特急工事で仕上げて4ヶ月で進水しているのを見て「英国が4ヶ月ならわれは6ヶ月でできるであろう」と考え、すでに工程まで検討済みであった[1]。伊吹の起工式の日小幡は工員全員を集めて「今度の艦は今から正味6ヶ月で進水する。しかも日曜や休日は、決して出業しない。また残業もしない。いっさい実時間の作業である。責任は私が持つ。今日はよぶんの加給をつけてあげるから、諸君はいまから帰宅し、風呂にはいって一杯やりたまえ。そのかわり明日からしっかり全力をあげて作業せよ。お金は仕事をしただけ余分にあげる」と訓示し、実際伊吹は6ヶ月で進水した[1]

就役も鞍馬安芸より先となり、結果主力艦としてイギリス戦艦ドレッドノート等に次ぐ早い時期のタービン搭載艦となり、これはアメリカ合衆国ドイツフランスに先んじ、日本海軍がタービン機関採用に積極的であったことを示す証拠とされる[1]

当初一等巡洋艦(装甲巡洋艦)に類別されたが、1912年に巡洋戦艦に変更された。

ラーマ6世の戴冠記念観艦式に参加するため、1911年にタイを訪問している。

第一次世界大戦では、インド洋まで進出して通商保護に従事した。その後シベリア出兵の支援に用いられたが、ワシントン海軍軍縮条約により廃棄が決定し、1923年から翌年にかけて解体され、主砲は、津軽要塞豊予要塞に転用された。

1925年に通商保護をした縁で伊吹の縮小模型が日本政府からニュージーランド政府に寄贈された。この模型は現在ニュージーランド国立博物館テパパに収蔵されている。

艦長[編集]

  • 秀島七三郎 大佐:1909年4月1日 - 1910年12月1日 *兼呉海軍工廠艤装員( - 1910年4月1日)
  • 秋山真之 大佐:1910年12月1日 - 1911年3月11日
  • 関野謙吉 大佐:1911年3月11日 - 1912年3月1日
  • 伏見宮博恭王 大佐:1912年3月1日 - 12月1日
  • 小林恵吉郎 大佐:1912年12月1日 - 1913年10月14日
  • (兼)奥田貞吉 大佐:1913年10月14日 - 11月12日
  • 竹内次郎 大佐:1913年11月12日 - 1914年5月6日
  • 加藤寛治 大佐:1914年5月6日 - 1915年2月1日
  • 川原袈裟太郎 大佐:1915年5月1日 - 12月13日
  • 中川繁丑 大佐:1915年12月13日 - 1916年12月1日
  • 大内田盛繁 大佐:1916年12月1日 - 1917年12月1日
  • 小松直幹 大佐:1917年12月1日 - 1918年9月10日
  • 森本義寛 大佐:1918年9月10日 - 11月10日
  • 海老原啓一 大佐:1918年11月10日 - 1920年11月20日
  • 福田一郎 大佐:1920年11月20日 - 1922年6月10日
  • 松平保男 大佐:1922年11月10日 - 1923年9月1日

同型艦[編集]

ギャラリー[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『福井静夫著作集第1巻 日本戦艦物語I』pp.121-161。

参考文献[編集]

  • 官報
  • 福井静夫『福井静夫著作集第1巻 日本戦艦物語I』光人社 ISBN4-7698-0607-8

関連項目[編集]