エムデン

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紋章 地図
Stadtwappen von Emden Lage der kreisfreien Stadt Emden in Deutschland
基本情報
連邦州: ニーダーザクセン州
郡: 郡独立市
標高: 海抜 1 m
面積: 112.33 km²
人口:

49,790人(2013年12月31日現在) [1]

人口密度: 443 人/km²
郵便番号: 26721, 26723, 26725(旧:2970)
市外局番: 04921 (一部 04927)
ナンバープレート: EMD
自治体コード: 03 4 02 000
市庁舎の住所: Frickensteinplatz 2
26721 Emden
ウェブサイト: www.emden.de
街区数: 26 地区
行政
上級市長: アルヴィン・ブリンクマン (Bernd Bornemann) (SPD)
多数派政党: SPD

エムデンEmden)はドイツ連邦共和国北西部の都市。ニーダーザクセン州に属しており、東フリースラント地方の主要都市。人口は51,710人(2005年)。

地勢・産業[編集]

エムス川河口付近に位置する港湾都市。オランダ国境に近く、53°20′ N 07°12′ E に位置し、面積は112.4 km²である。ドルトムント・エムス運河を通じてルール地方と結ばれており、貿易港として重要な役割を果たしているほか、自動車、造船業も盛んである。近隣の都市としては、約65キロ北東にヴィルヘルムスハーフェン、45キロ南西にオランダのフローニンゲンが位置している。

歴史[編集]

エムデンがいつできたのかは不明であるが、少なくとも8世紀には存在していたようである。古い名前はAmuthon、Embda、Emda、Embden。市の権利と紋章(Engelke up de Muer")は1405年マクシミリアン1世に認められた。

17世紀、八十年戦争の戦禍を逃れた大量の移民が訪れたことが街の繁栄につながった。カルヴァン派の中心都市の一つとなり、聖書オランダ語への翻訳が最初に行われた。しかしながら、エムス川の流れが変わったため物流ルートが変わり、一時の繁栄は失われた。ナポレオン時代にはエムデン及び周辺地域はオランダ王国の一部となった。

1870年頃から製紙工場や造船所などの工業が始まった。19世紀末、ドルトムンド-エムズ(Dortmund-Ems)運河が建設され、ルール地方と繋がった。これによりエムデンはルール地方の外港になり、1970年代まで続いた。運河を通して、南部からは石炭が運ばれ、ライン・ルール地方には鉄が運ばれた。1986年まで鉄の運搬船がエムデンに係留されていた。

1903年にノルトゼーヴェルケの造船所が建設され潜水艦や商船が建造されていたが、2009年にシャーフ工業に売却され、風力原動機の製造工場となる。

第一次世界大戦ではこの都市の名を冠したドイツ海軍の軽巡洋艦エムデンインド洋通商破壊を行った。

第二次世界大戦連合国軍の空襲によりほぼ全ての歴史的建造物を含め町は破壊されつくした。 1944年9月6日に最も破壊的な爆撃を受け、街の80%程の家が破壊された。にもかかわらず、造船所は破壊を免れたため、英国の標的は市民だったのではないのかと疑われ、市民がナチスによる英国に対する報復を支持する引き金となった。

爆撃を受けたちょうど18年後の1962年9月6日に、街は再建された。

スポーツ[編集]

キッカーズ・エムデンが、エムデンを本拠地とするサッカークラブチームである。

姉妹都市[編集]

出身の有名人[編集]

ギャラリー[編集]

引用[編集]

外部リンク[編集]