ラーマ6世
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| ラーマ6世 รัชกาลที่ ๖ |
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| シャム国王 | |
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| 戴冠 | 1910年10月23日、於大宮殿 |
| 先代 | ラーマ5世 |
| 次代 | ラーマ7世 |
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| 出生 | 1881年1月1日 |
| 死亡 | 1925年11月25日(満44歳没) |
| 埋葬 | タイ、バンコク、大宮殿 |
| 変名 | วชิราวุธ ワチラーウット |
| 父親 | ラーマ5世 |
| 母親 | サオワパーポーンシー |
| 配偶者 | インタラサックサジー (1921年-1925年) スジャリッイトスダー (1921年-1925年) ラクサミーラーワナ (1921年-1925年) スワッタナー (1924年-1925年) |
| 子女 ペッチャラッタナラーチャスダー |
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| 居所 | 大宮殿 |
| 信仰 | 上座部仏教 |
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ラーマ6世(タイ語: รัชกาลที่ ๖、1880年1月1日 - 1925年11月25日)は、チャクリー王朝の第6代のシャム国王(在位:1910年10月23日 - 1925年11月25日)。モンクットクラオや、幼名であるワチラーウット(タイ語: วชิราวุธ, ラテン文字転写: Vajiravudh)の名でも呼ばれる。
目次 |
[編集] 生涯
タイの王朝史上、初めて海外留学をした国王で、イギリスに滞在していた。帰国後は陸軍大将を勤め、1910年に即位すると、ラーマ5世の始めたチャクリー改革を押し進め、以下の改革を行った。
- 義務教育制度を導入した。
- 発電所、水道施設、ドーンムアン空港、プット大橋を整備した。
- 国旗はラーマ2世による白象旗を廃し、新たに現在の三色旗を採用した。
- 姓氏法を制定し国民に姓を持たせた。
- 仏暦を採用した。
- ボーイスカウトを世界で3番目に導入した。
- タイの公衆衛生のレベルを上げるため、ラーマ5世の異母兄弟ダムロン王子の娘が狂犬病で死んだことがきっかけになって、タイ赤十字社を設置した。
- 近代化によるタイ語の語彙の不足を補うため、新たに単語を作りだした。
- 文学作品も多く、その数200以上といわれる。中には得意の英語・フランス語を生かした、海外の文学などの翻訳作品もある。
- 劇作台本を書き、民衆の前で自演した。
- 西洋に倣い、多妻制を廃した。
- ラーマ5世まで、王室は華人姓「鄭」を自称して、華人を優遇する政策を採っていた。それにより華人は暴利をむさぼっていたが、ラーマ5世崩御前に起こった華人の人頭税値上げに反対するゼネストにショックを受けたラーマ6世は、この華人優遇政策を一転、論文「東洋のユダヤ人」を著し、華人の批判を行った。一方で華人のタイへの同化を計り、属地主義を導入した。
- 第一次世界大戦に参加し、国際連盟に加入した。
- 英仏へ留学生を多く送り出した。
このように、注目に値する政策も多いラーマ6世だが、財政管理には放漫だった。特にスアパーと呼ばれるボーイスカウト関連の自警団的な組織を編成したが、この似非軍隊的組織は正規軍の反感を買い、1912年にはクーデター未遂事件が起こった。またスアパーを初めとする組織などやサナームチャン宮殿財政の圧迫を促進したとされる。国家財政は次代のラーマ7世治世には破綻寸前に陥りラーマ7世時代の立憲革命につながった。
また、後継者問題にも治世中はほとんど関心を示さなかった。晩年の1924年に王位継承に関する王室典範をようやく制定し、同年にスワッタナー妃と結婚した。しかし、子供が生まれたのは彼の死亡する2日前でしかも王女(ペッチャラッタナラーチャスダーシリソーパーパンナワディー)であった。なお、ラーマ6世は同性愛者だったと指摘されている[1][2]。
[編集] 系譜
| ラーマ6世の先祖 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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[編集] 脚注
- ^ ベネディクト・アンダーソン 『定本 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』 白石隆・白石さや訳、書籍工房早山〈社会科学の冒険II期4〉、2007年、p.46。ISBN 9784886115089。
- ^ Greene, Stephen. Thai Government and Administration in the Reign of Rama VI (1910/1925) (Ph.D. Thesis ed.). University of London. pp. p.92.
[編集] 参考文献
- Wyatt, David K. (2003) [1982]. Thailand: A Short History (2nd Ed. ed.). New Haven and London: Yale University Press. pp. pp.210-221. ISBN 9780300084757.
- 『タイの辞典』 石井米雄・吉川利治、同朋舎出版、1993年、pp.346-347。ISBN 9784810408539。
[編集] 関連項目
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