パスパ文字
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| パスパ文字 | ||
|---|---|---|
| 類型: | アブギダ | |
| 言語: | モンゴル語、中国語、チベット語、テュルク語、サンスクリット | |
| 発明者: | パクパ (Drogön Chögyal Phagpa) | |
| 時期: | 1269年-1368年頃 | |
| 親の文字体系: | 原カナン文字 → フェニキア文字 → アラム文字 → ブラーフミー文字 → グプタ文字 → シッダマートリカー文字 → チベット文字 → パスパ文字 |
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| Unicode範囲: | U+A840–U+A87F | |
| ISO 15924 コード: | Phag | |
![]() パスパ文字表記での「ウィキ」 |
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パスパ文字(八思巴文字、モンゴル語: дөрвөлжин үсэг dörvöljin üseg 「方形文字」、チベット語: ཧོར་ཡིག་གསར་པ་ hor yig gsar pa 「モンゴル新字」、中国語:蒙古新字 měnggǔ xīnzì)は、13世紀にモンゴル語など、大元ウルス(元朝)の各種言語表記に用いるため制定された表音文字。上から下へと縦に綴る。パクパ文字、方形文字とも呼ばれる。現在は使用されていない。
目次 |
[編集] 歴史
中国の大元ウルスで国師であったチベット仏教のラマパスパ(パクパ)が、クビライ・ハーンの命を受けて、大元ウルス下の全ての言語を表記するための共用国字として作成した。
従来、モンゴル語表記に使用していたウイグル文字(ウイグル式モンゴル文字)は、モンゴル語の音を全て表記するためには不完全であり、かつ、大元ウルスが支配下に置いた地域で広く用いられている中国語のような全く異なった音韻体系を持つ言語に使用を広げるのは非実用的であった。このため、元のクビライは、大元ウルス全体で使用するための新しい文字の設計をパスパに命じた。パスパは、モンゴル語や中国語などを包含するようにチベット文字(デーヴァナーガリーの系列)を拡張し、1269年(至元6年)、パスパ文字として公布された。この成果としての38字は、その形状に基づき「方形文字」などとも呼ばれるが、今日一般的にはパスパ文字として知られている。
字体の起源が、横書きのチベット文字にあるにも関わらず、以前のウイグル文字や漢字と同様に縦書きされる。元朝の公的文書や碑文には、中国語をパスパ文字で表記したものも残されているが、全て漢字併記の形として書かれている。縦書きで漢字との併記になじみやすいという利点もあるが、声調を区別できない表記法であるため、意味の誤解を生みやすく、単独での使用には堪えなかったためである。しかし、モンゴル人などが漢字を学習する場合には、およその読みが分かって効率を高める働きがあった。
その後、1368年、元朝が明朝の攻撃をうけて北走すると、幅広く認められないままに、急速に使われなくなった。
元代に著された膨大な文書資料は、当時の漢字音である近古音を記録している歴史資料として価値があり、現代の言語学者により、中国及び他のアジアの言語変化に関する手がかりとして研究されている。
朝鮮の歴史やハングルの研究で知られ、コロンビア大学名誉教授であるガリ・レッドヤード(Gari Ledyard)は論文で、ハングルにはパスパ文字の字体の似る字がいくつかあり、元朝のパスパ文字を参考にして考案されたという説を唱えている。[1]
[編集] Unicode
パスパ文字に用いるUnicodeは、バージョン5.0[1]以降で、U+A840 から U+A87F である。文字のほか、記号等を含む56字[2]が割り当てられている。


