貞観政要

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

貞観政要(じょうがんせいよう)は史官である呉兢が編成したとされる太宗の言行録である。題名の「貞観」は太宗の在位の年号(西暦627年649年)で、「政要」は「政治の要諦」をいう。全十巻四十篇。中宗の代に上呈したものと玄宗の代にそれを改編したものと二種類があり四巻の内容が異なる。伝本には戈直(かちょく)が欧陽脩司馬光による評を付して整理したものが代に発刊されてひろまった「戈直本」と唐代に日本に伝わったとされる旧本の二系がある。日本以外にも朝鮮女真西夏の周辺諸語に訳されるなど大きな影響を与えた。

太宗と魏徴房玄齢杜如晦ら重臣の間で行われた政治問答が主な内容である。

目次

[編集] 構成

[編集] 序文

  • 上貞観政要表
  • 貞観政要序

[編集] 巻一

  • 君道第一
  • 政体第二

[編集] 巻二

  • 任賢第三
  • 求諫第四
  • 納諫第五
    • (直諫)

[編集] 巻三

  • 君臣鑒戒第六
  • 択官第七
  • 論封建第八

[編集] 巻四

(旧)

  • 輔弼第九
  • 直言諫争第十
  • 興廃第十一
  • 求媚第十二

(新)

  • 論太子諸王定分第九
  • 論尊師傅第十
  • 教戒太子諸王第十二
  • 規諫太子第十二

[編集] 巻五

  • 論仁義第十三
  • 論忠義第十四
  • 論孝友第十五
  • 論公平第十六
  • 論誠信第十七

[編集] 巻六

  • 論倹約第十八
  • 論謙譲第十九
  • 論仁惻第二十
  • 慎所好第二十一
  • 慎言語第二十二
  • 杜讒佞第二十三
  • 論悔過第二十四
  • 論奢縦第二十五
  • 論貪鄙第二十六

[編集] 巻七

  • 崇儒学第二十七
  • 論文史第二十八
  • 論礼学第二十九

[編集] 巻八

  • 務農第三十
  • 論刑法第三十一
  • 論赦令第三十二
  • 論貢献第三十三
    • (禁末作)
  • (弁興亡第三十四)

[編集] 巻九

  • 議征伐第三十四(三十五)
  • 議安辺第三十五(三十六)

[編集] 巻十

  • 論行幸第三十六(三十七)
  • 論畋猟第三十七(三十八)
  • (災瑞第三十九)
  • 論祥瑞第三十八
  • 論災異第三十九
  • 論慎終第四十

[編集] 日本への影響

日本には遅くても平安時代には伝来しており、『日本国見在書目録』の中にも表れる。一条天皇の時代に惟宗允亮は『政事要略』の中で取り上げ、ほぼ同じ頃に大江匡衡藤原行成から借り受けて書写し、寛弘3年(1006年)に一条天皇に対して進講している。また、安元3年(1177年)には藤原永範高倉天皇に進講を行っている。鎌倉時代には北条政子菅原為長に命じて和訳させ、日蓮もこれを書写した。江戸時代初期には徳川家康藤原惺窩を召して、講義させ、更に足利学校閑室元佶に命じて活字版を発刊させてその普及に努めた。明治天皇も侍講の元田永孚の進講を受け、深い関心を寄せた。

なお、元号の弘長宝暦の出典としても挙げられている。

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語