ヒエログリフ (hieroglyph, 聖刻文字、神聖文字) とは、ヒエラティック、デモティックと並んで古代エジプトで使われた3種の文字のうちの1つ。
エジプトの遺跡に多く記されており、紀元4世紀頃までは読み手がいたと考えられているが、その後使われなくなり、読み方は忘れ去られてしまった。19世紀になって、フランスのシャンポリオンのロゼッタ・ストーン解読により読めるようになった。
[編集] ヒエログリフの呼称
ヒエログリフの名称はギリシア語の ιερογλυφικά (hieroglyphiká, ヒエログリュピカ) に由来し、ιερός (hierós, 聖なる) + γλύφω (glýphō, 彫る) を意味する。古代エジプト遺跡で主に碑銘に用いられていたためこう呼ばれた[1]。
一般には古代エジプトの象形文字あるいはその書体を指す[2]が、広義にはヒッタイト人、クレタ人、マヤ人などによる他の国の象形文字[3]に対しても用いられることがある[1]。
[編集] 解読の歴史
中世を通じてもヒエログリフは多くの人々の関心を惹き付けていた。近代に入ると多くの学者達がヒエログリフの解読に挑んだ。特に有名なのは16世紀のヨハンネス・ゴロピウス・ベカヌス (Johannes Goropius Becanus) と17世紀のアタナシウス・キルヒャーである。しかし、彼らのある者は解読に失敗し、ある者は全く根拠のない自己流の読み方に走った。ヒエログリフの解読に成功するのは19世紀のフランス人学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンの登場を待つことになる。彼はキルヒャーの収拾した資料を研究し、ロゼッタ・ストーンの解読を行うことで読み方を解明した。これが突破口になり、その後も研究が進んだため、現代ではヒエログリフは比較的簡単に読むことができる。
[編集] 文字の歴史と特徴
基本的には象形文字である。表意文字もあるが、表音文字が多い。ある単語の表意文字の、音を借りることも多い。漢字でいえば仮借の使用法に近い。
発音されない文字が表意的に単語に付け加えられて、その単語のカテゴリーを示す限定符という記号があり、限定符の違いによって同音異義語を区別することができる。漢字でいえば形声文字の部首に近いものである。例えば "pr" という発音には「建物、家、王宮」等という単語と、「出る」という単語がある。そこでヒエログリフでは建物を表す下記の象形文字でこれを表し、pr と読む。この場合は表意文字として使用していると言える。
pr 「出る」を書きたい場合には、音だけを借りて同様に表す事も出来る。しかし、これでは「建物」等の意味に誤読される恐れがあるので、普通は下記の様な歩みだしている足の象形文字を付け加える。これは、その単語が「歩行」に関する事を示す限定符である。
また、表意的に使われている事を示す為に "r" の音を表すヒエログリフを、以下のようにいわば送りがなとして添える事もある。これでprと発音し、送りがなのrや限定符は発音しない。
時代が進むと、特定の1音素を特定のヒエログリフで完全に表音文字として表すアルファベットとしての使用法も生まれた。ロゼッタ・ストーンのファラオ名表記はその一例である。
メンフィスの博物館のヒエログリフ。後ろに見えるのは
ラムセス2世の像
右からでも左からでも書け、縦書き横書きも同様に行える。読む方向は、生物の形をしたヒエログリフの頭の向きで判断し、頭が向いている方向が文頭になる。
中王国時代にヒエログリフの改革が行われ、使用する文字の数を750程度に抑え、単語の綴りも一定化された。
ヒエログリフは主に石碑に刻んだりするための正式な文字で、言わば漢字における楷書に相当する。一方パピルスへ手書きするときにはヒエラティック(神官文字)が使われた。これは行書に例えられる。末期王朝時代の第26王朝頃にはヒエラティックの簡略化が進み、草書体とも言うべきデモティック(民衆文字)となった。
ヒエログリフで表される音は1子音から4子音だけで、母音は表記されない。実際にどう発音されていたかについては、ギリシャ語やコプト・エジプト語など、他の言語に借用された単語などから再建される場合もあるが、わからないことの方が多く、現代では以下のような仮の発音法が取り決められている。
- 子音一つの単語の場合、前に「エ」音を補って読む。
- 例: s → エス(男)
- 子音が二つ以上続く単語の場合は、各子音間に「エ」音を補って読む。
- 例: nfr → ネフェル(美しい)
- Ȝ、‘、ỉ、w は本来子音文字だが、それぞれ母音「ア」、「アー」、「イ」、「ウ」として読む。ただし、語頭の ỉ は「ア」と読む場合もある。
- 例: sȜ → サ(息子)。 R‘ → ラー(太陽神ラー)、Wsỉr → ウシル(オシリス)、Ỉtn → アテン(太陽神アテン)、またはイテン。
しかし、この取り決めも絶対のものではなく、研究者によって様々な読み方がされている。例えばフランス式では「エ」の代わりに「オ」を補い、Ỉtn をアトンとする場合もある。
[編集] 1子音文字
以下は、表音文字として多用される1子音文字の一覧。カナ転写の欄で2つあるものは、前者が語頭と語中にある場合、後者が語尾にある場合。
| ヒエログリフ |
文字の説明 |
エジプト学の表記法 |
カナ転写 |
ラテン文字転写 |
備考 |
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エジプトハゲワシ |
Ȝ |
ア |
a |
ヘブライ語の א 、アラビア語の ا に相当する声門破裂音。外来語の音写では母音 [a] を表す場合もある。 |
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葦の穂 |
ỉ |
イ |
i |
外来語の音写では母音 [e] を表す場合がある。語頭で「ア」になる場合もある。 |
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葦の穂2つ |
y |
イ |
y |
外来語の音写では母音 [i] を表す場合がある。 |
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斜線2本 |
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前腕 |
‘ |
アー |
a |
ヘブライ語の ע 、アラビア語の ع に相当する有声咽頭摩擦音。 |
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ウズラの雛 |
w |
ウ |
u |
外来語の音写では母音 [u] を表す場合がある。 |
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渦巻き |
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下腿(膝から下)と足 |
b |
ベ、ブ |
b |
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葦織りのマット
または腰掛け |
p |
ペ、プ |
p |
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角の生えた毒蛇(クサリヘビ?) |
f |
フェ、フ |
f |
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|
フクロウ |
m |
メ、ム |
m |
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|
獣の肋骨 |
|
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さざ波 |
n |
ネ、ン |
n |
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ファラオの王冠(下エジプトの赤冠) |
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|
口 |
r |
レ、ル |
r |
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|
葦簀囲いの小屋 |
h |
ヘ、フ |
h |
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|
|
よりあわせた亜麻糸 |
ḥ |
舌を奥に引いて発音する強勢音の h 。 |
|
|
不明。
胎盤、篩、紐の玉? |
ḫ |
ケ、ク |
kh |
k に近い位置で発音される h 音。無声口蓋垂摩擦音? |
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|
獣の腹と尾 |
ẖ |
上に同じく k に近い位置で発音される h 音でしばしば混同される。無声軟口蓋摩擦音? |
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折り畳んだ布 |
s |
セ、ス |
s |
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|
閂 |
s |
セ、ス (ゼ、ズ) |
s (z) |
古王国時代には [z] のように発音されていたが、中王国時代以後は [s] の音になり、上記 s と区別せずに用いられる。 |
|
|
池 |
š |
シェ、シュ |
sh |
|
|
|
丘の斜面 |
ḳ |
ク |
k (q) |
舌を奥に引いて発音する強勢音の k |
|
|
取っ手のついた籠 |
k |
ケ、ク |
k |
|
|
|
壺置き台 |
g |
ゲ、グ |
g |
|
|
|
ロールパン |
t |
テ、トゥ |
t |
|
|
|
家畜をつなぐ縄 |
ṯ |
セ、ス
チェ、チュ |
tj |
無声歯摩擦音 [θ] または無声後部歯茎破擦音 [tʃ] |
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手 |
d |
デ、ドゥ |
d |
|
|
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コブラ |
ḏ |
ジェ、ジュ |
dj |
有声歯摩擦音 [ð] または有声後部歯茎破擦音 [dʒ] |
[編集] Unicode
Unicode 5.2.0 (U+13000 - U+1342F Egyptian Hieroglyphs)でサポートされた。Unicode Fonts for Ancient Scriptsより、フリーの Aegyptus フォントがダウンロードできる。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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