突厥文字
| 突厥文字 | |
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突厥文字による古テュルク語での「神」(テングリ teŋri )。
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| 類型: | アルファベット |
| 言語: | 古テュルク語(en) |
| 時期: | 5世紀-13世紀 |
| 親の文字体系: | |
| 子の文字体系: | ロヴァーシュ文字 |
| Unicode範囲: | U+10C00-U+10C4F |
| ISO 15924 コード: | Orkh |
| 注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号(IPA)を含む場合があります。 | |
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青銅器時代中期 前19–15世紀 |
| メロエ 前3世紀 |
| カナダ先住民 1840年 |
| 注音 1913年 |
| 完全な系図 |
突厥文字(とっけつもじ)は突厥によって古テュルク語の表記に5世紀から用いられたアルファベットであり、代表的なものとしてオルホン碑文に書かれたものがあるため、オルホン文字とも呼ばれる。のちにウイグル帝国でも用いられた。またこの系統に属すと考えられる文字としてエニセイ文字(9世紀)、タラス文字(英: Talas alphabet)、ロヴァーシュ文字(古ハンガリー文字:10世紀)が、モンゴル・シベリアからバルカン半島に至る広い範囲で見つかっている。[要出典]
代表的史料であるモンゴルのオルホン碑文は8世紀のもので、1889年、ニコライ・ヤドリンツェフにより発見された。これはワシリー・ラドロフによって出版され、1893年デンマークの文献学者ヴィルヘルム・トムセンによって解読された。[要出典]アラム文字の系統に属し、パフラヴィ文字、ソグド文字もしくはカロシュティー文字に由来するとの説が有力である。またタムガ(中央アジアの遊牧諸民族が用いた印で、漢字に由来するとも言われる)に由来する可能性も指摘されている。オルホン碑文以前の碑文で、約150種もの記号を用いたものも発見されており、この説を補強するものとされる。オルホン碑文の段階ではすでに整った形式に従っている。[要出典]
オルホン文字の史料は、突厥(東突厥)の王子キュルテギン(闕特勒)とその兄王ビルゲカガン(毘伽可汗)を記念して732-735年の間にオルホン川沿いに建てられた2つの碑文と、その他広い範囲から見つかっている碑文からなるが、5世紀に建てられたと見られる初期のものは、書く方向や符号・文字が一定しないなどの特徴が見られる。これらは古テュルク語として解読されているものでは最も古い文献である。[1]
建立年代としては720年(トンユクク[暾欲谷]将軍の記念)、732年(キュルテギンの記念)、735年(ビルゲカガンの記念)が知られている。同じ字体はモンゴル、シベリア、東トルキスタンにも見つかっている。これらには突厥の伝説的起源と最盛期、中国への服属そしてビルゲカガンによる解放が描かれている。[要出典]
突厥文字の変種はモンゴル・シベリアから、遠くバルカン半島まで残されており、年代は7世紀から13世紀にまで至る。また19世紀までハンガリーで用いられたロヴァーシュ文字もこの系統に由来すると考えられる。これらの文字は次のように4つのグループに大別され、さらにいくつかに分類される。[要出典]
- アジア
- オルホン(突厥文字、5-10世紀)
- エニセイ
- タラス:エニセイ文字に由来し、8-10世紀に用いられた。
- ユーラシア
- トゥラン(西トルキスタン)
- 南ヨーロッパ
なお考古学者の鳥居龍蔵により、北海道にある手宮洞窟の線刻画(いわゆる北海道異体文字)が突厥文字であるという説が出されたものの、一般には支持されていない。[要出典]Unicodeにおいては、2009年のバージョン5.2において収録された。
脚注 [編集]
- ^ 『突厥与回鶻史』
文字表 [編集]
- T²NGR²I — 文字転写
- /teŋri/ — 発音
- teñri — 現代テュルクアルファベット表記