アブジャド

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フェニキア文字の最初の5文字。右から左に読む

アブジャドabjad。時に子音文字または単子音文字 consonantary とも)とは、文字体系の分類のひとつ。ひとつの子音に対し、通常ひとつの音素文字をもつ。「真正の」アブジャドには母音を表す記号がなく、読者が適切な母音を補わなくてはならない。現代使われているアブジャドのほとんどは「純粋でない」アブジャドで、母音の記号も若干ある。こういったものにはアラビア文字ヘブライ文字アラム文字アヴェスタ文字などがある。純粋なアブジャドの例としては、古代のフェニキア文字がある。

アブジャドは、子音のみを基本的な書記素で表し、母音はそうしないという点で、アルファベットと異なる。アブジャドはまた、母音の音を音韻論的に暗示し、表記体系にはニクダーハラカのような母音マークがあるものの、必ず書かなければならないというわけではなく、またマークの形状が本格的な(あるいは可読な)文字の形状ではないという点で、アブギダとも異なる。アブギダでは、母音(随伴母音以外)のマークをダイアクリティカルマーク、字のわずかな変形、独立した書記素などによって必ず付加する。特別な記号を使って随伴母音を脱落させることで、子音だけを明示できるアブギダもある。音節文字では、書記素で完全な音節を表示する(単独の母音音でも、母音音と(一または複数の)子音音との結合でもそうである)。

アブジャドおよびアブギダという用語はピーター・T・ダニエルズの創案になるものである[1]

語源[編集]

この文字体系の名称は、アラビア文字にかつて用いられたアブジャディ順の最初の4文字からとられている。具体的には ابجد であり、これはアラビア文字に打点を用いなかった時代による。 ب は下1点付きの文字であるが、これにはほかに上2点の ت と上3点の ث がある。同様に ج は下1点付きの文字であるが、点無しの字形には ح が、上1点としては خ がある。 د は上1点付きのものとして ذ がある。現在ではこのように打点を行うことによって文字の識別が可能となっているが、過去には存在しなかった時代もあり、音読は異なりながら字形は同一のものが使われていた。このため、たとえば ب と ت と ث の3文字は同じ字形をみせており、こうしたものを同一文字としてアリフバーターを並べたものの先頭4文字が前述のものであった。これらの音価を続けて読むと「アブジャド」になる。したがって、本来は特定の意味のある語ではない。なお、現在では主となるアラビア文字群を حروف أبجدية (フルーフ・アブジャディーヤ、アブジャド文字群)とよぶ。

起源[編集]

原シナイ文字の例。「バアラト(女神)へ」という意味の語が見える。左上から右下へ読み、mt l bʿltと翻字できる(写真)。

現在知られているアブジャドはすべてセム文字体系に属し、原シナイ文字紀元前1500年ころ)から派生したと考えられている。これはエジプトヒエログリフから派生したと考えられている。アブジャドはその発達の際に、それまでのヒエログリフに対し著しい簡略化を行った。母音を捨てたことによって曖昧さは増大したが、それとひきかえに、学習すべき字形の数を約 80% 削減した。

フェニキア文字は、広く使用されるようになった最初のアブジャドである。同じころ普及していた楔形文字やエジプトヒエログリフなどの文字体系とは異なり、フェニキア文字には20あまりの記号しかない。そのため庶民が文字を学びやすくなり、この文字体系はフェニキアの海洋貿易商人によって次第にひろまった。フェニキア文字のあとには、いくつもの新たな文字体系が取って代わった。ギリシア文字は普及した最初のアルファベットであるし、アラム文字は広く使用されたアブジャドである。ギリシア文字から、現代西洋のアルファベットが発展した。ラテン文字キリル文字などである。いっぽうアラム文字は、現代の中東およびアジアの数々のアブジャドとアブギダの祖となった。

アラム系文字の伝播は中東を経てインドにまで達し、ブラーフミー文字となった。これは現代のインドと東南アジアのほとんどの文字体系の祖となるアブギダである。中東では、アラム文字のあとにヘブライ文字ナバテア文字(アブジャド)が取って代わった。これらはアラム文字と似た形の字母を多く保持している。シリア文字はアラム文字の筆記形であった。アラビア文字はアラム系文字に間接的に影響を与えていることがわかっているが、親の文字体系に仮定されるナバテア文字とシリア文字が、どの程度影響を与えたのかについては議論がある。

数との関連づけ[編集]

現代のアブジャドはアイソセフィ(個々の文字に数を充てるシステム)にも使用されており、10進法が生まれる以前は、日常的に使われる記数法のひとつであった。アイソセフィによる言葉と数字の関係から、詩的・神秘的な用途に使われてきた言語もある。

アブジャドには、アイソセフィの原則をもつものがよくある。したがって、どんな語でも数字に翻訳できることになる。この原則は、ヘブライ語アラビア語ペルシア語、その他に見られる。たとえば bahá' (「栄光」)では 2+5+1+1 = 9 となるので、九は「bahá' の数」としても知られる。二もこれと同等のものとして扱われることがある。同様に、ペルシア語のハドリアノポリス(エディルネ)の都市名はペルシア語で「神秘」を意味する語と同じ数であるため、ハドリアノポリスを「神秘の都」と称することがあった(こうした言語では知的な遊戯のようなものとなっている)。ギリシア語ラテン語も、字と数の同値性が見られる言語である(ラテン語では一部の字のみ。ギリシア語ではすべての字)。

純粋でないアブジャド[編集]

アラビア文字の例。純粋でないアブジャド。

「純粋でない」アブジャド(アラビア文字やヘブライ文字など)には、母音の文字(読みの母en:mater lectionishe:אם קריאה)がいくつかあったり、必須でない母音ダイアクリティカルマークがあったり、両方ともあったりする。しかし、アブジャドという用語の提唱者であるピーター・T・ダニエルズ英語版は、この用語は母音を示すものを完全に欠いている文字体系にのみ用いるべきだと主張し、アラビア文字ヘブライ文字シリア文字をアブジャドから除外していた。

純粋でないアブジャドは、音韻変化によってかつて子音二重母音であったものが母音に変化した際に発達した。後の世代では、その字がもともと子音を表すものであったことは知らずに正書法を受け継いだから、自分たちの話す言語での母音を表すものと考えた。そこでその字を、子音が置かれ得ない箇所でも母音として使うようになった。

母音の追加[編集]

ギリシア人は紀元前9世紀に、フェニキア人のアブジャドを採り入れて自らの言語を表記するのに使うようになった。だがギリシア語の場合、母音を表記しない方法ではあまりに多くの多義語ができてしまうため、アブジャドは加工されることとなった。ギリシア語に喉子音を表すアレフヘーヘットアインは必要なかったので、こういった記号に母音の音価を与えることにした。ワウヨッドも使った。こうして、世界初の「完全な」アルファベットであるギリシア文字が生まれた。

アブギダはやや異なった道筋をたどって発達した。基本的な子音の字形は"a"のような随伴母音が伴っているとみなされ、鈎や短い線を基本字のあちこちに付けることで母音を変化させた。こうして、紀元前3世紀頃、アラム文字からブラーフミー文字が発達した。同様にして、南アラビア文字は紀元前5世紀から紀元5世紀の間にゲエズ文字に変化した。

アブジャドに似た考えかた[編集]

セム系以外の言語でも、英語など多くの言語では、母音を外した記述ができ、しかもその記述をさほどの困難もなく読めてしまう。例えば左記の文を英語で記述すると

Many non-Semitic languages such as English can be written without vowels and read with little difficulty

となり、母音を外すと

Mn nn-Smtc lnggs sch s nglsh cn b wrttn wtht vwls nd rd wth lttl dffclty

となる。これでも内容の判断は可能である。またBlvd. (= Boulevard) やbldg. (= building) などのアブジャド的な略語もある。

不穏当な表現を「半自主規制」するのにこの表記法が使われることがあり、この手法は (en:disemvoweling) として知られる。

1337 表記には、母音を落とす用法がある。短い語に多い。

脚注[編集]

  1. ^ Daniels, Peter T., et al. eds. (1996). The World's Writing Systems. Oxford. pp. p.4. 

他の文字体系[編集]

参考資料[編集]

  • Wright, W. (1971). A Grammar of the Arabic Language (3rd ed. ed.). Cambridge University Press. pp. v. 1, p. 28. ISBN 0-521-09455-0. 

関連項目[編集]