石橋美術館

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Japanese Map symbol (Museum) w.svg 久留米市美術館
Kurume ishibashi bunka center.jpg
施設情報
専門分野 美術
管理運営 久留米市
開館 1956年(昭和31年)4月26日
所在地 839-0862
福岡県久留米市野中町1015番地
位置 北緯33度18分43.4秒
東経130度31分49.1秒
座標: 北緯33度18分43.4秒 東経130度31分49.1秒
公式サイト 公式サイト
プロジェクト:GLAM

久留米市美術館(くるめしびじゅつかん)は、福岡県久留米市野中町に所在する福岡県の登録博物館。2016年8月「石橋美術館」としての活動を終了し、同年10月から久留米市美術館として再出発する[1]

概要[編集]

1956年(昭和31年)4月26日石橋正二郎がブリヂストンタイヤ株式会社(現・株式会社ブリヂストン)創業25周年を記念して、社会公共の福祉と文化向上のために、出身地である久留米市に建設・寄贈した石橋文化センターの中心施設として開館した。収蔵品は、ブリヂストン創業者の石橋正二郎の収集した美術コレクション、いわゆる「石橋コレクション」を基にしている。同じ財団が運営するブリヂストン美術館と役割を分担して、日本近代洋画、並びに日本と中国の書画陶磁器等の古美術品を収蔵展示する形となっていた。特に、久留米出身である青木繁坂本繁二郎古賀春江については随一のコレクションを誇っていたが、石橋財団が2012年に公益財団法人となったのを契機に運営方針を見直して、東京に新しく施設を建設して財団保有の収蔵品を1箇所で一元的に保存管理することとし、石橋美術館の運営から撤退を決定、財団所有の美術品は全て東京の石橋財団アートリサーチセンター(ARC)(東京都町田市に2015年竣工)で保存管理されることになった[2]。 「石橋美術館」としての展覧会は同年8月末で終了し、石橋財団は2016年9月をもって石橋美術館の運営から撤退。同年10月からは久留米市美術館として再出発することとなった。 なお久留米ゆかりの作品など約200点は石橋財団から久留米市に寄託という形で2年間の契約で地元に残される[3]

沿革[編集]

  • 1956年(昭和31年) - 石橋文化センターの中心施設として、石橋正二郎が久留米市に建物を寄贈して開館。
  • 1977年(昭和52年) - 外壁の老朽化が目立ち、展示壁面も手狭になったため、石橋家の寄付金5億円を基に改装。管理運営を久留米文化振興会から石橋財団に移管。
  • 1978年(昭和53年) - 改装が完了し、1月6日に再開館。
  • 1996年(平成8年)10月 - 東洋の書画、陶磁器を収蔵する別館が石橋幹一郎の寄贈により開設された。
  • 2014年(平成26年) - 6月、石橋財団は、2016年9月をもって石橋美術館に関わる全ての運営管理の受託を解消することを明らかにした。これにより、石橋財団が所有して石橋美術館に保管されている重要文化財、青木繁『海の幸』をはじめとする美術品960点は、同財団が運営する東京の石橋財団アートリサーチセンターで一元管理されることとなる[4][2][5]
  • 2016年(平成28年)8月。「石橋美術館」としての最後の展覧会は2016年8月28日限りで終了、閉館。
  • 2016年10月 - 美術館の運営は久留米市に引き継がれ、「久留米市美術館」となる(一般公開は同年11月19日から)[6]

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 石橋財団石橋美術館編集 『石橋美術館50年史 1956-2005』 石橋財団石橋美術館、2006年4月26日
  • 国華』第1333号「特輯 石橋コレクション 古美術篇」、2006年11月20日
  • 館報 2015年度 64号』 石橋財団ブリヂストン美術館・石橋財団石橋美術館、2016年3月

外部リンク[編集]