三重県立美術館

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Japanese Map symbol (Museum) w.svg 三重県立美術館
Mie Prefectural Art Museum
140405 Mie Prefectural Art Museum Tsu Japan06s3.jpg
ロビー、中庭
施設情報
正式名称 三重県立美術館
愛称 県立美術館
専門分野 日本近代洋画・三重県出身者の作品
収蔵作品数 約5,000点
来館者数 121,582人(2010年度)[1]
館長 井上隆邦
学芸員 5名
事業主体 三重県
管理運営 三重県教育委員会/三重県生活・文化部
年運営費 1億7880万円(2011年度予算要求[2]
建物設計 富家建築事務所[3]
延床面積 8,035m2[3]
開館 1982年(昭和57年)9月25日[4]
所在地 514-0007
三重県津市大谷町11番地
位置 北緯34度44分5.4秒 東経136度30分6.8秒 / 北緯34.734833度 東経136.501889度 / 34.734833; 136.501889
アクセス 津駅より徒歩約10分
ウェブサイト www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/
プロジェクト:GLAM
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正面
レストラン側

三重県立美術館(みえけんりつびじゅつかん、英語: Mie Prefectural Art Museum)は三重県津市にある美術館である。1982年(昭和57年)に中部東海地区初の本格的な美術館として開館した[4]2003年(平成13年)には柳原義達記念館が開館した。日本の近代洋画のコレクションが充実している。

概要[編集]

三重県民の期待をもって1982年に開館[4]。初代館長は、美術史家で後に横浜美術館の館長を務めた陰里鐵郎[5]。開館当初は半年間で(想定より多い)約23万人が来館したが、以降の入館者数は年間12万人で安定している[6]

建物は富家建築事務所の設計大成建設施工による[3]1998年(平成10年)に公共建築百選に選定された[7]

沿革[編集]

県立の美術館設置構想は1972年(昭和47年)に「県立美術博物館」の名で文化審議会が答申を出して始まった[8]。その後、基金の創設・美術館建設準備室の設置等を行い、1982年(昭和57年)4月に三重県立美術館が発足した[8]。実際に開館したのは同年の9月25日である[4]

2005年(平成17年)には三重県出身の画家和田義彦の作品展を開催したが、後に和田の作品がイタリア人の画家・アルベルト・スギの作品の盗作ではないか、との疑惑が浮上し、翌2006年(平成18年)6月5日に館長名義で「お詫び」を出した[9]。なお、和田義彦展は三重県立美術館で開催後、渋谷区立松濤美術館茨城県つくば美術館でも開かれ、この3館の編集により図録の制作も成されていた[10]

主な収蔵品[編集]

日本画[編集]

日本洋画[編集]

西洋絵画・版画[編集]

彫刻[編集]

交通[編集]

JR紀勢本線近鉄名古屋線伊勢鉄道伊勢線津駅西口(近鉄側)より

脚注[編集]

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  1. ^ 三重県立美術館(2011)"三重県立美術館/年報2010年度版 観覧者数一覧"(2011年4月23日閲覧。)
  2. ^ 三重県総務部予算調整室(2011)"生活・文化部(121 生涯にわたり学び続けることができる環境づくり)"
  3. ^ a b c 三重県立美術館(1985)"三重県立美術館/年報1982+1983 施設・設備の概要"(2011年4月23日閲覧。)
  4. ^ a b c d 三重県立美術館(1985)"三重県立美術館/年報1982+1983 年報刊行にあたって"(2011年4月23日閲覧。)
  5. ^ 廣済堂"美術史家の陰里鐵郎さん死去、横浜美術館長などを歴任"ミュージアム・カフェ.2010年8月25日.(2011年4月22日閲覧。)
  6. ^ 橘重蔵"三重県立美術館/ひる・とおく"(2011年4月23日閲覧。)
  7. ^ 三重県観光連盟"選ばれし三重|建築物(道・建築物):観光三重"(2011年4月23日閲覧。)
  8. ^ a b 三重県立美術館(1985)"三重県立美術館/年報1982+1983 沿革"(2011年4月23日閲覧。)
  9. ^ 三重県立美術館"三重県立美術館/お詫び 和田義彦展について"
  10. ^ "三重県立美術館/和田義彦展 図録"(2011年4月23日閲覧。)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]