コンテンツにスキップ

「オハイオ州」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
LaaknorBot (会話 | 投稿記録)
m ロボットによる 追加: se:Ohio
m r2.7.2+) (ロボットによる 除去: ckb:چیۆ
(13人の利用者による、間の15版が非表示)
3行目: 3行目:
公式名称 = State of Ohio |
公式名称 = State of Ohio |
州旗 = Flag of Ohio.svg|
州旗 = Flag of Ohio.svg|
州章 = Ohio state seal.png |
州章 = Seal of Ohio.svg|
地図 = Map of USA OH.svg |
地図 = Map of USA OH.svg |
愛称 = [[トチノキ]]の州<br/>The Buckeye State |
愛称 = [[トチノキ]]の州<br/>The Buckeye State |
州都 = [[コロンバス_(オハイオ州)|コロンバス]]<ref>{{cite web| title = Ohio Quick Facts| publisher=Ohio Historical Society| url = http://www.ohiohistorycentral.org/ohio_quick_facts.php| accessdate = 2009-03-26}}</ref><ref name="CITY">{{cite web| title = City of Columbus: Fun Facts| publisher=City of Columbus, Ohio| year = 2006| url = http://home.columbus.gov/GenInfo/index.asp| accessdate = 2009-03-26}}</ref> |
州都 = [[コロンバス_(オハイオ州)|コロンバス]] |
最大都市 = コロンバス |
最大都市 = コロンバス |
州知事 = [[ジョン・ケーシック]]<ref name="GOV" /> (R)<ref name="MJ">{{cite news | last = Hershey| first = William| title = Strickland becomes first Dem governor since '91| publisher=Middletown Journal| date = November 8, 2006| url = http://www.middletownjournal.com/hp/content/oh/story/news/local/2006/11/08/ddn110806gov.html| accessdate = 2009-03-25}}</ref> |
州知事 = [[ジョン・ケーシック]] |
公用語 = 法的指定なし |
公用語 = 法的指定なし |
面積順位 = 34 |
面積順位 = 34 |
総面積 = 116,096 |
総面積 = 116,096 |
面積大きさ = 1 E11 |
面積大きさ = 1 E11 |
陸地面積 = 106,055 |
陸地面積 = 106,156 |
水域面積 = 10,041 |
水域面積 = 10,040 |
水面積率 = 8.6 |
水面積率 = 8.7 |
人口統計年 = 2010 |
人口統計年 = 2010 |
人口順位 = 7 |
人口順位 = 7 |
人口値 = 11,536,504 |
人口値 = 11,536,504 |
人口大きさ = 1 E7 |
人口大きさ = 1 E7 |
人口密度 = 98.9 |
人口密度 = 109 |
加入順 = 17 |
加入順 = 17 |
加入日 = [[1803年]][[3月1日]]<ref name="MS">{{cite book| last = Stockwell| first = Mary| title = The Ohio Adventure| publisher=Gibbs Smith| year = 2006| location = Layton, UT| page = 88| url = http://books.google.com/?id=VJKroULBUpgC&printsec=copyright&dq="ohio"+"march+17+1803"#PPA88,M1| isbn = 1-58685-361-9}}</ref> |
加入日 = [[1803年]][[3月1日]] |
時間帯 = -5 |
時間帯 = -5 |
夏時間 = -4 |
夏時間 = -4 |
緯度 = 38°27' - 41°58' |
緯度 = 38°24' - 41°59' |
経度 = 80°32' - 84°49' |
経度 = 80°31' - 84°49' |
幅 = 355 |
幅 = 355 |
長さ = 355 |
長さ = 355 |
34行目: 34行目:
ISOコード = US-OH |
ISOコード = US-OH |
Website = ohio.gov|
Website = ohio.gov|
上院議員 = [[シェロッド・ブラウン]]<br />[[ロブ・ポートマン]]
上院議員 = [[シェロッド・ブラウン]]<br/>[[ロブ・ポートマン]]
}}'''オハイオ州''' ('''Ohio OH''') は、[[アメリカ合衆国|米国]]北東にある[[州]]。州の北は[[ミシガン州]]と[[エリー湖]]、東は[[ペンシルベニア州]]、南は[[ケンタッキー州]]と[[ウェストバージニア州]]、西は[[インディアナ州]]に接している。
}}'''オハイオ州''' ('''Ohio OH'''、{{IPAc-en|audio=en-us-Ohio.ogg|oʊ|ˈ|h|aɪ|.|oʊ}}) は、[[アメリカ合衆国]][[アメリカ合衆中西部|中西部]]北東にある[[州]]である。アメリカ合衆国50州の中で、陸地面積では第34位、人口では第7位である。州の北は[[ミシガン州]]と[[エリー湖]]、東は[[ペンシルベニア州]]、南は[[ケンタッキー州]]と[[ウェストバージニア州]]、西は[[インディアナ州]]に接している。[[州都]]および[[2010年]]度の国勢調査での人口最大[[都市]]は[[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス市]]である。


オハイオ州は1803年3月1日に、[[北西部領土 (アメリカ合衆国)|北西部領土]]から分かれて合衆国17番目の州に昇格した<ref name="MS"/><ref name="WD">{{cite book| last = Davidson| first = William M.| title = A History of the United States| publisher=Scott, Foresman and Company| year = 1902| location = Chicago, IL| page = 265| url = http://books.google.com/?id=G24AAAAAYAAJ&pg=PA265&lpg=PA265&dq=ohio+admitted+to+the+union| isbn = 1-4297-5239-4}}</ref>。[[独立宣言]]に加わった[[13植民地]]ではないが、北東部は[[コネチカット州]]の[[コネチカット西部保留地|西部保留地]]だった。
== 概要 ==
オハイオとは、[[インディアン]]の[[イロコイ族]]の言葉で、「美しい川」ないし「偉大な川」という意味である。


== 州名の由来 ==
歴史的には、[[アメリカ合衆国]]の[[独立宣言]]に加わった[[13植民地]] (original thirteen) ではないが、北東部は[[コネチカット州]]の西方予備領
オハイオとは、[[インディアン]]の[[イロコイ連邦|イロコイ族]]の言葉で、「美しい川」ないし「偉大な川」という意味である ''ohi-yo’'' から派生した<ref>{{cite web|url=http://www.ohiohistorycentral.org/ohio_quick_facts.php |title=Quick Facts About the State of Ohio |publisher=Ohio History Central |accessdate=2010-07-02 |quote=From Iroquois word meaning 'great river'}}</ref><ref name="mithun312">{{cite book |first=Marianne |last=Mithun |year=1999 |chapter=Borrowing |chapterurl=http://books.google.com/books?id=ALnf3s2m7PkC&pg=PA311 |pages=311–3 |title=The Languages of Native North America |publisher=Cambridge University Press |location=Cambridge |isbn=978-0-521-29875-9 |quote=Ohio ('large creek')}}</ref><ref>{{cite web |url=http://americanindianstudies.osu.edu/ohio.cfm |title=Native Ohio |accessdate=2007-02-25 |work=American Indian Studies |publisher=Ohio State University |archiveurl = http://web.archive.org/web/20070202230727/http://americanindianstudies.osu.edu/ohio.cfm |archivedate = February 2, 2007 |quote=Ohio comes from the Seneca (Iroquoian) ohiiyo’ 'good river'}}</ref>。
(western reserve) であった。
州名の由来については他にも異論があるが、昔から州内に自生する[[トチノキ]]に因んで "Buckeye State" と呼ばれており、州民も「バッカイ」と呼ばれている<ref name="DNR">{{cite web |url=http://www.dnr.state.oh.us/Portals/18/education/pdf/buckeyestate.pdf |title=Why is Ohio known as the Buckeye State and why are Ohioans known as Buckeyes? |accessdate=2008-04-21 |format=PDF}}</ref>。

[[州都]]および[[2000年]]度の調査での最大[[都市]]は[[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス市]]。他の主要[[都市]]に、[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド市]]、[[シンシナティ|シンシナティ市]]があり、[[都市]]圏ではこれらの方が[[人口]]が多い。

その他、[[トリード|トリード市]]、[[アクロン (オハイオ州)|アクロン市]]、[[デイトン (オハイオ州)|デイトン市]]などがある。


== 歴史 ==
== 歴史 ==
: ''主要記事:[[オハイオ州の歴史]]''
: ''主要記事:[[オハイオ州の歴史]]''
* [[インディアン]]による時代
=== インディアン時代 ===
オハイオ・バレーの考古学調査によって、この地域には紀元前13,000年には既に[[遊牧民|回遊性民族]]が住んでいたことが示されている<ref name="knepper9">Knepper (1989), p. 9.</ref>。この初期回遊性民族は紀元前1000年までにオハイオから消えたが、その物質文化は次代の人々の文化の基盤となった<ref name="knepper9"/>。紀元前1000年から800年、定住性の[[アデナ文化]]が現れた。オハイオ州の歴史家ジョージ・W・クネッパーが主張しているように、この洗練された文化は「1902年、チリコシー市に近い[[トーマス・ワージントン]]の敷地であるアデナの地で、この文化の遺物が発掘されたので、アデナ文化と名付けられた」とされている<ref name="knepper10">Knepper (1989), p. 10.</ref>。アデナ文化の人々は、カボチャ、ヒマワリ、およびおそらくはトウモロコシなどの植物を栽培したので、「半恒久的」な集落を築くことができた。これらの栽培に加えて狩猟採集によって、より固定され複雑な集落が可能になった<ref name="knepper10"/>。アデナ文化の遺跡の中でも最も壮大なものがオハイオ州[[アダムズ郡 (オハイオ州)|アダムズ郡]]にあるグレート・[[サーペント・マウンド]]である<ref name="knepper10"/>。
: [[アデナ文化]]

: [[ホープウェル]]文化 [[:en:Hopewell culture|Hopewell culture]]
[[ファイル:5NationsExpansion.jpg|thumb|210px|[[イロコイ連邦|イロコイ族]]が17世紀半ばの[[ビーバー戦争]]で征服した地域、オハイオ川流域の上中流ではほとんど人が住まなくなった<ref>[http://www.nps.gov/neri/parkmgmt/upload/NERI-GARI-final-2-CA-2011.pdf Robrt Maslowski, "Cultural Affiliations Statement: New River Gorge National River and Gauley River National Recreation Area], National Park Service, accessed 2 August 2012</ref>。赤色はイロコイ族の元々の領土]]
: [[フォート・エンシェント文化]]
紀元前100年頃、オハイオではアデナ文化にホープウェル文化が加わった。その特徴ある文化の遺物が発見されたM・C・ホープウェル大尉が所有する農園に因んでこの名が付けられた<ref name="knepper11">Knepper (1989), p. 11.</ref>。ホープウェル文化の人々はアデナ文化の場合と同様にマウンドを造った。その複雑で大きく、技術的に洗練された土盛り工作物を現在のマリエッタ、ニューアーク、サークルビルで見ることができる<ref name="knepper11"/>。しかし、ホープウェル文化は西暦600年頃にオハイオ・バレーから消えた。その人々に代わった民族についてはほとんど知られていない<ref name="knepper13">Knepper (1989), p. 13.</ref>。研究によって[[フォート・エンシェント文化|フォート・エンシェント人]]とウィットルジーフォーカス人という2つの特徴ある前史文化が示されてきた<ref name="knepper13"/>。どちらもおそらく、ヨーロッパ人との接触で広まった伝染病によって人口が激減し、17世紀には消失したと考えられている。インディアンはヨーロッパ由来の病気に免疫が無かった。フォートエンシェント人は「[[ショーニー族]]の先祖であるか、少なくともショーニー族がフォートエンシェント人で残っていた者達を吸収した」と考える学者もいる<ref name="knepper13"/>。
* [[オハイオ領土]]時代、[[フレンチ・インディアン戦争]]、[[アメリカ独立戦争|独立革命]]時代

* [[北西部領土 (アメリカ合衆国)|北西部領土]]時代 1787-1803
オハイオ・バレーにいたインディアンは、現在の[[ニューヨーク州]]中部と西部を地盤にしていた[[イロコイ連邦|イロコイ族]]の攻撃的戦術に大きく影響された<ref name="knepper14">Knepper (1989), p. 14.</ref>。17世紀半ばの[[ビーバー戦争]]の後、イロコイ族はオハイオ地域の大半を狩猟場、さらに重要なことに[[ビーバー]]の罠猟を行う場と宣言した。17世紀半ばに起きた伝染病の蔓延と戦争によって、17世紀後半までオハイオ地域にはほとんど人が住まなくなった。その後主に[[アルゴンキン語族|アルゴンキン語]]を話す古代人の子孫が戻ってくるようになった。彼等はアデナ文化、ホープウェル文化さらに[[ミシシッピ文化]]の人々の子孫である。オハイオ地域の住民は伝染病、戦争、さらにそれに続いた社会的不安定さによってもたらされた破壊のために、多民族、多言語の社会となった。彼等はトウモロコシ、ヒマワリ、豆類などの栽培で生活し、季節による狩猟で補っていた。18世紀までにヨーロッパ人が[[毛皮貿易|毛皮交易]]に入ってくることで、より大きな地球規模経済に入っていくことになった<ref name="roseboom20">Roseboom (1967), p. 20.</ref>。

有史時代になってオハイオ地域に住んだインディアン部族としては、[[マイアミ族]]、ワイアンドット族、[[レナペ|デラウェア族]]、[[ショーニー族]]、オタワ族、ミンゴ族、エリー族などがいた<ref name="knepper14-17">Knepper (1989), pp. 14–17.</ref>。オハイオ地域はインディアン虐殺の舞台にもなった。例えばイエロークリーク虐殺、グナーデンヒュッテン虐殺、ポンティアックの反乱の時の学校虐殺があった<ref name="knepper43-44">Knepper (1989), pp. 43–44.</ref>。

=== 植民地と独立戦争の時代 ===
18世紀、[[フランス]]が地域の毛皮交易を支配するために交易拠点の体系を作り上げた。1753年、[[フレンチ・インディアン戦争]]、[[ヨーロッパ]]では[[七年戦争]]と呼ばれた戦争でフランスと[[イギリス]]が戦った、1763年に結ばれた[[パリ条約 (1763年)|パリ条約]]によって、フランスはオハイオを初め、北西部地域の全体をイギリスに割譲した。

しかし1760年代の[[ポンティアック戦争|ポンティアックの反乱]]で、イギリスの軍事支配に警鐘が発せられた<ref>[http://www.ohiohistorycentral.org/entry.php?rec=539 "Pontiac's Rebellion"], ''Ohio History Central'', July 1, 2005.</ref>。それは[[アメリカ独立戦争]]における植民地側の勝利によって終わりを迎えた。1783年の[[パリ条約 (1783年)|パリ条約]]により、イギリスは[[オハイオ領土]]全ての領有権を新生アメリカ合衆国に譲った。

=== 北西部領土 ===
[[ファイル:DSCN3504 ohiocompany e.JPG|thumb|ローワー・[[マンハッタン]]の[[フェデラル・ホール]]外にある[[北西部条例 (アメリカ)|北西部条例]]の銘板]]
アメリカ合衆国は1787年の[[北西部条例 (アメリカ)|北西部条例]]で[[北西部領土 (アメリカ合衆国)|北西部領土]]を創設した<ref name="cayton3">Cayton (2002), p. 3.</ref>。この新領土のなかでは[[奴隷制度]]が禁じられた。オハイオ共同会社による開拓地マリエッタの設立で、開拓が始まった。この会社はアメリカ独立戦争退役兵の集団が設立したものだった。オハイオ会社の後に、マイアミ会社(シムズ・パーチェイスとも呼ばれる)が南西部を領有し、コネチカット土地会社が現在のオハイオ州北東部にあった[[コネチカット西部保留地]]の測量を行い入植させた。

古い北西部領土は当初、それ以前に[[オハイオ領土]]や[[イリノイ郡|イリノイ領土]]と呼ばれた地域を含んでいた。オハイオが州昇格の準備を始めると、[[インディアナ準州]]が創設され、北西部領土は現在のオハイオ州領域と、ミシガンの[[ロウアー半島]]東半分、および[[アッパー半島]]東端を含むものになった。

北西部条例の下では、ある領域の人口が6万人に達すると州として昇格が認められると決められていた。1801年12月時点でオハイオの人口はまだ45,000人だったが、[[アメリカ合衆国議会]]は、オハイオの人口が急増しており、州昇格への道を歩み始めたと判断した。州昇格の時までに人口は6万人を超えるものと仮定された。さらにレニ・レナペ族インディアンが地域に住んでおり、これに関して現在のオハイオ州にあるマスキンガム川沿い1万エーカー (40 km<sup>2</sup>) の土地を「[[モラヴィア兄弟団]]の資産として取っておきこれに与える。...前述兄弟団はインディアンを文明化しキリスト教徒に変える」と判断した<ref>{{cite web|title=Religion and the Congress of the Confederation, 1774-89|url=http://www.loc.gov/exhibits/religion/rel04.html|publisher=Library of Congress|accessdate=11/4/12}}</ref>。


=== 州昇格以降 ===
=== 州昇格以降 ===
[[ファイル:James Abram Garfield, photo portrait seated.jpg|thumb|right|220px|[[ジェームズ・ガーフィールド]]、オハイオ州出身の[[アメリカ合衆国大統領]]]]
: [[1803年]]2月19日、当時の大統領[[トーマス・ジェファーソン]]は、オハイオの境界と憲法を承認する法案に署名し、オハイオは17番目の[[アメリカ合衆国]]の[[州]]に昇格した。当時は、オハイオの正式な州昇格の宣言がなされなかったことから、150年が経過した[[1953年]]に改めてオハイオの連邦加盟が1803年3月1日であることが宣言された。
[[1803年]]2月19日、当時の大統領[[トーマス・ジェファーソン]]は、オハイオの境界と憲法を承認する法案に署名し、オハイオは17番目の[[アメリカ合衆国]]の[[州]]に昇格した。当時は、オハイオの正式な州昇格の宣言がなされなかったことから、150年が経過した[[1953年]]8月7日に、時の大統領[[ドワイト・D・アイゼンハワー]]が署名することによって、改めてオハイオの連邦加盟が1803年3月1日であることが宣言された<ref>[http://www2.uakron.edu/OAH/newsletter/newsletter/Autumn2002/features.html "The Date of Ohio Statehood"], Frederick J. Blue, PhD, ''Ohio Academy of History Newsletter'', Volume 23, Autumn 2002</ref><ref>[http://www.thegreenpapers.com/slg/explanation-ohio-statehood.phtml Clearing up the Confusion surrounding OHIO's Admission to Statehood]</ref>(現在続いている州昇格宣言という習慣は1812年、18番目の[[ルイジアナ州]]が最初だった)。チリコシーにある旧州議会議事堂では州議会特別会期が開催され、州昇格の請願書を馬で[[ワシントンD.C.]]まで運ぶ議案を承認した。

アメリカ人の進出を避けるために多くのインディアンが西方に移住したが、州内に留まった者もおり、一部は同化した。1830年[[アンドリュー・ジャクソン]]大統領の下でアメリカ合衆国政府は[[インディアン移住]]を強制し、[[ミシシッピ川]]の西にある[[インディアン準州]]に移した。

1835年、オハイオ州はトレド・ストリップを巡って無血の境界戦争である[[トレド戦争]]を[[ミシガン準州]]との間に演じた。アメリカ合衆国議会が介入し、ミシガンの州昇格を条件に紛争を終わらせた。ミシガンはトレド・ストリップの領有を諦める代わりに、アッパー半島西側3分の2を与えられた。

[[ファイル:Ohio.JPG|left|thumb|オハイオ州の歓迎看板、1990年代のスタイル]]
オハイオ州の地理的な位置づけとその人口で[[南北戦争]]のときは重要な役割を演じた。オハイオ川は軍隊と物資の輸送で重要な交通路となり、また州内の鉄道も同様だった。北軍に就いた州で、オハイオ州は人口当たりの兵士派遣数では最大だった。1862年、オハイオ州の部隊が2,000名の犠牲を出すという損失の多かった[[シャイローの戦い]]で勝利した後、州内の士気が酷く動揺した<ref name="knepper233-234">Knepper (1989), pp. 233–234.</ref>。同年後半、[[ストーンウォール・ジャクソン]]将軍の指揮する南軍が首都ワシントンD.C.を脅かし、オハイオ州知事[[デイヴィッド・トッド (政治家)|デイビッド・トッド]]は3か月徴兵の条件で5,000人の志願兵を集めた<ref name="roseboom188">Roseboom and Weisenburger (1967), p. 188.</ref>。オハイオ州の歴史家アンドリュー・R・L・ケイトンは、この戦争でほぼ35,000人の州民が死に、「3万人ほどの者が残りの人生も戦争の傷跡を持って過ごした」と記した<ref name="cayton129">Cayton (2002), p. 129.</ref>。南北戦争の終戦までに北軍の[[ユリシーズ・グラント]]、[[ウィリアム・シャーマン]]、[[フィリップ・シェリダン]]という功績の高い3将軍がオハイオ州出身の将軍となった<ref name="morris10-11">Morris (1992), pp. 10–11.</ref><ref name="cayton128-129">Cayton (2002), pp. 128–129.</ref>。

1912年、チャールズ・B・ガルブレースを議長として憲法制定会議が開催された。その結果は[[進歩主義時代 (アメリカ合衆国)|進歩主義時代]]の関心事を反映したものになった。新憲法は住民発議権と住民投票を導入した。さらに議会発案の州法や憲法修正案について議会が住民に批准を求めることができるようになった。法は一世代で1回見直されるべきだというのがジェファーソン流の原則であり、新憲法では20年毎に住民投票で問題を問うことになった。その問題とは新憲法が必要かどうかということである。この問いは1932年、1952年、1972年、1992年に発せられたが、新憲法が必要とされることは無かった。その代わりに議会に対して数多い憲法修正提案がなされ、その大半は採択された。

オハイオ州から8人のアメリカ合衆国大統領が選ばれており、「大統領の母」というニックネームは[[バージニア州]]と分け合うものである。「大統領の近代の母」とも言われる<ref>{{cite web|url=http://geography.about.com/od/specificplacesofinterest/a/statenicknames.htm |title=State Nicknames – Nicknames of U.S. States |publisher=Geography.about.com |accessdate=2010-07-02}}</ref>。これはバージニア州出身の大統領が合衆国の歴史の初期に偏っているためである。7人の大統領がオハイオ州生まれであり、バージニア州の8人に次いでいる。バージニア州生まれの[[ウィリアム・ハリソン]]はその人生の大半をオハイオ州で過ごしており、また埋葬されている。ハリソンはオハイオ州ノースベンドにあった義父ジョン・クリーブス・シムズが設立した家族の家で暮らしている間に政歴を積んだ。その他、[[ユリシーズ・グラント]]、[[ラザフォード・ヘイズ]]、[[ジェームズ・ガーフィールド]]、[[ベンジャミン・ハリソン]](ウィリアム・ハリソンの孫)、[[ウィリアム・マッキンリー]]、[[ウィリアム・タフト]]、[[ウォレン・ハーディング]]がオハイオ州生まれである。


== 地理 ==
== 地理 ==
''参照:[[オハイオ州の郡一覧]]、[[:en:List of cities in Ohio|オハイオ州の都市一覧]]、[[:en:List of villages in Ohio|オハイオ州の村一覧]]、[[:en:List of Ohio townships|オハイオ州のタウンシップ一覧]]、[[:en:Protected areas of Ohio|オハイオ州の公有地]]''
''参照:[[オハイオ州の郡一覧]]、[[:en:List of cities in Ohio|オハイオ州の都市一覧]]、[[:en:List of villages in Ohio|オハイオ州の村一覧]]、[[:en:List of Ohio townships|オハイオ州のタウンシップ一覧]]、[[:en:Protected areas of Ohio|オハイオ州の保護]]''


アメリカ合衆国中西部地域の北東角に位置しているオハイオ州は、[[エリー湖]]に面していて、接している各州とは主要高速道路によって接続されている。オハイオ州の南部境界は[[オハイオ川]]によって区切られ、北部境界の大部分はエリー湖によって画されている。東には[[ペンシルベニア州]]、トレド市近くの北西方面で[[ミシガン州]]、北部エリー湖を超えた[[カナダ]][[オンタリオ州]]、西部で[[インディアナ州]]、南部で[[ケンタッキー州]]、南東部で[[ウェストバージニア州]]と接している。
[[アメリカ合衆国中西部]]地域の北東角に位置しているオハイオ州は、[[エリー湖]]に面していて、接している各州とは主要高速道路によって接続されている。オハイオ州の南部境界は[[オハイオ川]]によって区切られ、北部境界の大部分はエリー湖によって画されている。東には[[ペンシルベニア州]]、トレド市近くの北西方面で[[ミシガン州]]、北部エリー湖の対岸に[[カナダ]][[オンタリオ州]]、西部で[[インディアナ州]]、南部で[[ケンタッキー州]]、南東部で[[ウェストバージニア州]]と接している。

オハイオ州の地理的位置づけは経済的な成長と拡張のために重要な資産となってきた。オハイオ州はアメリカ合衆国の中で北東部と中西部を繋いでおり、良く発達した高規格道路を使い大量の貨物が領域内を通って流通されている。国内50州の中で高規格道路のネットワークでは第10位であり、車で1日の範囲内に北アメリカ人口の50%、製造能力の70%が入っている<ref>{{Citation | archivedate = 2008‐1‐24 | url = http://www.dot.state.oh.us/budget/Feb12-03/TransDelivers2-12.asp | place = Ohio | archiveurl = http://web.archive.org/web/20080124091721/http://www.dot.state.oh.us/budget/Feb12-03/TransDelivers2-12.asp | date = 2003‐2‐12 | title = Transportation delivers for Ohio | publisher = Department of Transportation | accessdate = December 22, 2005}}.</ref>。州の北側がエリー湖の総延長312マイル (502 km) の湖岸線となり<ref>{{Citation | url = http://www.ohiodnr.com/Home/about/counties/tabid/18020/Default.aspx | title = Ohio Coastal Counties | publisher = Department of Natural Resources | place = Ohio | accessdate = September 3, 2008}}.</ref>、多くの港ができている。

オハイオ州の境界は1802年授権法における境界条項により次のように定義されていた。
{{quotation|東はペンシルベニア州との州境、南はオハイオ川のグレートマイアミ川合流点まで、西は前述グレートマイアミ川合流点からまっすぐ北に引いた線とし、北はミシガン湖最南端を通って東西に引かれた線が前述グレートマイアミ川合流点からまっすぐ北に引いた線と交わる点から、エリー湖とすなわち領土境界と交わる所まで、さらにそこから前述ペンシルベニア州州境までと定義する}}

[[ファイル:DSCN4516 portconneautflag e.jpg|right|thumb|[[エリー湖]]のオハイオ州湖岸]]
オハイオ州はオハイオ川を州境とするが、川そのものはケンタッキー州とウェストバージニア州に属している。1980年、アメリカ[[合衆国最高裁判所]]は、1792年のバージニア州による領土譲渡に関する用語に基づき(当時のバージニア州には現在のケンタッキー州とウェストバージニア州が含まれていた)、オハイオ州とケンタッキー州との州境を川の北側低水位標識とするということを確認した<ref>{{Citation | url = http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=444&invol=335 | publisher = Find law | contribution = Ohio v. Kentucky, 444 U.S. 335 | year = 1980 | title = Case law}}.</ref>。オハイオ州は1792年の低水位標識と現在の高水位標識の間のみが領土となっている。

ミシガン州との境界も変更された。[[トレド戦争]]の結果、モーミー川河口の北岸までやや北東に修正された。

オハイオ州の土地の大半は氷河作用を受けた平原であり、北西部のみがグレート・ブラック・スワンプと呼ばれる平坦な地域になっている。北西部と中央部の氷河作用を受けた地域の境界は、まず東と南東に氷河作用[[アルゲイニー台地]]と呼ばれるベルト地帯で仕切られ、さらに非氷河作用アルゲイニー台地と呼ばれるもう1つのベルト地帯で仕切られている。大半は起伏が少ないが、非氷河作用アルゲイニー台地だけは岩がちの丘陵と森林になっている。

[[ファイル:Geographic regions ohio.svg|thumb|left|オハイオ州の地勢図]]
岩の多い南東部4分の1は、ウェストバージニア州のパンハンドル部からシンシナティの郊外部までオハイオ川に沿った外向きの弧を描いており、特徴ある[[社会経済学]]的地域となっている。地質的にはウェストバージニア州やペンシルベニア州南西部に類似し、石炭採掘を行った歴史があり、昔は小さな工業地帯となり、特徴ある地域方言は州の他の部分と違っている。1965年、[[アメリカ合衆国議会]]はアパラチア地域開発法を成立させ、「アパラチア地域の続く貧困と経済不況の拡大に対処する」こととした<ref>{{Citation | url = http://www.arc.gov/index.do?nodeId=7 | title = History of the Appalachian Regional Commission | publisher = Appalachian Regional Commission | accessdate = January 3, 2006}}.</ref>。この法では州内29郡をアパラチア地域と定義した<ref>[http://www.arc.gov/index.do?nodeId=27 "Counties in Appalachia"], Appalachian Regional Commission. Retrieved January 3, 2006.</ref>。オハイオ州領土の3分の1は連邦政府が規定するアパラチア地域であり、そこには人口の12.8%(147万6千人)しか住んでいない<ref>[http://factfinder.census.gov/servlet/GCTTable?_bm=y&-geo_id=04000US39&-_box_head_nbr=GCT-T1&-ds_name=PEP_2005_EST&-_lang=en&-redoLog=false&-format=ST-2&-mt_name=PEP_2005_EST_GCTT1_ST2&-_sse=on "GCT-T1 Ohio County Population Estimates—2005"], The United States Census Bureau, retrieved January 3, 2006. True summation of Ohio Appalachia counties population (1,476,384) obtained by adding the 29 individual county populations together (July 1, 2005 data). Percentage obtained by dividing that number into that table's estimate of Ohio population as of July 1, 2005 (11,464,042)</ref>。

[[ファイル:Map of Ohio NA.png|thumb|215px|right|オハイオ州図]]
州内の重要河川としては、[[カヤホガ川]]、グレートマイアミ川、モーミー川、マスキンガム川、サイオト川がある。北側の川の水はエリー湖と[[セントローレンス川]]を介して北[[大西洋]]に排水され、南部の川水はオハイオ川とミシシッピ川を介して[[メキシコ湾]]に流れ込んでいる。

オハイオ州の歴史で最悪の自然災害は1913年にグレートマイアミ川で起きた。これはグレート・デイトン洪水と呼ばれ、グレートマイアミ川流域の全体が溢れ、[[デイトン (オハイオ州)|デイトン市]]の中心事業地区も水に浸かった。その結果、州内さらには国内初の洪水制御土木計画としてマイアミ自然保護地区が創設された<ref name="MCDAct">{{cite web|url=http://www.miamiconservancy.org/about/conservancy.asp|title=The History of the MCD: The Conservancy Act | accessdate = 2007-01-13|authorlink= |month= |publisher=Miami Conservancy District|archivedate=}}</ref>。

中西部のグランド湖セントメアリーズは、1820年から1850年の[[運河]]建設時代に運河に水を供給するために造られた。この湖は広さが20平方マイル (52 km<sup>2</sup>) 以上を長年保ち、世界の人工湖として最大だった。オハイオ州の運河建設計画は他州ほど経済的な失敗にはならなかった。デイトンなど幾つかの都市は運河の場所によってその経済成長度が変わっており、1910年まで内陸運河が州内の多くの貨物を運んでいた。


=== 国立公園 ===
=== 国立公園 ===
* [[クヤホガバレー国立公園]]
* [[クヤホガバレー国立公園]]

=== 気候 ===
オハイオ州の気候は[[湿潤大陸性気候]]([[ケッペンの気候]]区分''Dfa'')にあり、最南部にあるブルーグラス地域のみが[[温暖湿潤気候]]の北端にあたる。また[[アップランドサウス]]にも入っている。通常の夏は暑く湿度が高い。冬は概して冷涼から寒冷である。降水量は年間を通じてほとほどである。悪天候は希ではないが、竜巻道と呼ばれる地域にある他州に比べれば[[竜巻]]発生個数は少ない。エリー湖南東岸では激しい[[湖水効果雪]]が降るのも希ではない、そこはスノーベルトに指定されている。

州内の大半は温帯気候に入っていないが、暖かい地域の植物や動物が州内に入ってきている。例えば、南部に多いブラックジャック・オーク(''Quercus marilandica'')のような木がオハイオ川の直ぐ北、州内最北部でも見られる。他にも[[タイサンボク]](''Magnolia grandiflora'')、[[ネムノキ]](''Albizia julibrissin'')、サルスベリ、さらには時としてニードルパームのような植物がブルーグラス地域の街路、庭、庭園に使われている。これらは温帯から大陸性気候への気候遷移の証拠でもある。しかし州内他地域では同じ植物が繁茂してはいない。この変化は州内を[[州間高速道路75号線]]でシンシナティからトレドまで移動したときに分かる。シンシナティで見られるコモンウォール・トカゲは、オハイオ州における温帯性動物の一例である。

==== 過去の記録 ====
過去最高気温は1934年7月21日にガリポリス近くで記録された113{{°F}} (45 ℃) だった<ref>
{{cite web
| url = http://www.ncdc.noaa.gov/oa/pub/data/special/maxtemps.pdf
| title = All-Time Temperature Maximums By State (2003)
| accessdate = November 7, 2006
| format = PDF
| publisher=National Climatic Data Center
}}</ref>。
過去最低気温は1899年2月10日にミリガンで記録された-39{{°F}} (-39 ℃) だった<ref>
{{cite web
| url = http://www.ncdc.noaa.gov/oa/pub/data/special/mintemps.pdf
| title = All-Time Temperature Minimums By State (2003)
| accessdate = November 7, 2006
| format = PDF
| publisher=National Climatic Data Center
}}</ref>。

=== 地震 ===
平均的な住民が感知するような[[地震]]は数少ないが、2002年から2007年の間にオハイオ州では30回以上の地震が起こり、1776年以降では[[マグニチュード]]2.0以上の地震が200回以上発生してきた<ref>[http://ohiodnr.com/Default.aspx?tabid=18276&EntryID=74 ODNR Updates Ohio Earthquake Map to Reflect Statewide Seismic Activity Since 2002 (news release)], Ohio Department of Natural Resources, Division of Geological Survey (September 18, 2007)</ref>。

オハイオ州の歴史の中で最も強かった地震は[[シェルビー郡 (オハイオ州)|シェルビー郡]]のアンナで起きた地震であり<ref>Ohio Seismic Network, [http://www.ohiodnr.com/geosurvey/faq/biggest/tabid/8315/Default.aspx ''What was the biggest earthquake in Ohio?'']</ref>、1937年3月9日のことだった。州西部を震源としマグニチュードは5.4、[[メルカリ震度階級]]VIIIだった<ref>[http://earthquake.usgs.gov/regional/states/events/1937_03_09.php Historic Earthquakes: Western Ohio], U.S. Geological Survey.</ref>。

その他の大きな地震としては<ref>{{Citation | url = http://earthquake.usgs.gov/regional/states/historical_state.php#ohio | title = Historic United States Earthquakes | contribution = Ohio | place =United States of America | publisher = Geological Survey}}.</ref>、1884年9月19日にライマ近くでおきたマグニチュード4.8<ref>{{Citation | url = http://earthquake.usgs.gov/regional/states/events/1884_09_19.php | title = Historic Earthquakes | contribution = Near Lima, OH, 1884‐9‐19 | place = US | publisher = Geological Survey}}.</ref>、1901年5月17日にポーツマス近くで起きたマグニチュード4.2<ref>{{Citation | url = http://earthquake.usgs.gov/regional/states/events/1986_01_31.php | title = Historic Earthquakes | contribution = Near Portsmouth, OH, 1986‐1‐31 | place = US | publisher = Geological Survey}}.</ref>、1986年1月31日に[[レイク郡 (オハイオ州)|レイク郡]]レロイ郡区で起きたマグニチュード5.0 があった。最後のものはその後2か月間にマグニチュード 0.5 から 2.4 の余震が13回あった<ref>{{Citation | url = http://earthquake.usgs.gov/regional/states/events/1986_01_31.php | title = Historic Earthquakes | contribution = Northeast Ohio, 1986‐1‐31 | place = US | publisher = Geological Survey}}.</ref><ref>{{Citation | url = http://www.ohiodnr.com/geosurvey/earthquakes/860131/860131/tabid/8365/ | contribution = January 1986 Northeastern Ohio Earthquake | title = The Ohio Seismic Network | publisher = Ohio Department of Natural Resources | accessdate = 2009-09-13}}.</ref>。

最近起きた地震では、2011年12月31日午後東部標準時3時5分に起きたものがあった。マグニチュード4.0、震源は[[ヤングスタウン (オハイオ州)|ヤングスタウン]]の北西約 4 km({{coord|41|7|19.1994|N|80|41|2.3994|W}})、[[トランブル郡 (オハイオ州)|トランブル郡]]と[[マホニング郡 (オハイオ州)|マホニング郡]]の郡境近くだった<ref>{{Citation | url = http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/recenteqsus/Quakes/usc0007f7s.php | title = Magnitude 4.0 – Youngstown‐Warren urban area, OH | place = US | publisher = Geological Survey | accessdate = 2011-12-31}}.</ref>。

州内の幾つかのカレッジ、大学などの機関にある地震観測所、およびオハイオ州自然資源省地質研究部による調整でできた組織であるオハイオ州地震学ネットワークが<ref>{{Citation | url = http://www.ohiodnr.com/ohioseis/default/tabid/8144/ | title = The Ohio Seismic Network | publisher = Department of natural resources | place = OH}}.</ref>、1776年から現在までの地震記録をまとめ、州内で感知された地震の位置などを整理している<ref>[http://www.ohiodnr.com/geosurvey/html/eqcatlog/tabid/8302/Default.aspx Catalog of Ohio Earthquakes], at the Ohio Department of Natural Resources web site</ref>。


== 人口動勢 ==
== 人口動勢 ==
88行目: 168行目:
| style="text-align: left;"| 1840年 || style="text-align: center;"| 1,519,467人||style="text-align: right;"|3
| style="text-align: left;"| 1840年 || style="text-align: center;"| 1,519,467人||style="text-align: right;"|3
|-
|-
| style="text-align: left;"| 1850年 || style="text-align: center;"| 1,980,329人||style="text-align: right;"|3
| style="text-align: left;"| 1850年 || style="text-align: center;"| 1,980,329人||style="text-align: right;"|3
|-
|-
| style="text-align: left;"| 1860年 || style="text-align: center;"| 2,339,511人||style="text-align: right;"|3
| style="text-align: left;"| 1860年 || style="text-align: center;"| 2,339,511人||style="text-align: right;"|3
122行目: 202行目:
| style="text-align: left;"| [[:en:United States 2010 Census|2010年]] || style="text-align: center;"| 11,536,504人||style="text-align: right;"|7
| style="text-align: left;"| [[:en:United States 2010 Census|2010年]] || style="text-align: center;"| 11,536,504人||style="text-align: right;"|7
|}
|}
[[ファイル:Population_Growth_Ohio.png|thumb|right|300px|オハイオ州の人口増加。]]
[[ファイル:Population_Growth_Ohio.png|thumb|right|300px|オハイオ州の人口推移]]
[[ファイル:Ohio population map.png|thumb|left|人口密度図]]
2005年現在の推計では、オハイオ州の人口は11,464,042人である。前年より13,899人(0.1%)、2000年より110,897人増加した。これは前回の国勢調査からの自然増217,877人 (出生789,312人、死亡571,435人) に加え、他州から移住者102,008人、およびアメリカ合衆国外からの移住75,142人が含まれる。州への移住者は177,150人増加した事になる。
オハイオ州の人口は1800年の45,000人を超えたところから、1970年に1,065万人を記録したときまで、10年毎に10%以上の増加を遂げてきた<ref>{{cite web| title = Census of Population: 1970, Part 37 – Ohio, Section 1| publisher=United States Census Bureau| year = 1970| url = http://www2.census.gov/prod2/decennial/documents/1970a_oh1-01.pdf| format = PDF| accessdate = 2009-03-27}}</ref>。その後の40年間は成長が鈍化している<ref>{{cite web| last = Balistreri| first = Kelly| title = Ohio Population News: Why did Ohio lose a seat in the U.S. House of Representatives?| publisher=Center for Family and Demographic Research at Bowling Green State University| date = 2001-02| url = http://www.bgsu.edu/downloads/cas/file36222.pdf| format = PDF| accessdate = 2009-03-27}}</ref>。[[アメリカ合衆国国勢調査局]]による2011年7月1日時点での推計では、州人口は11,544,951人、2010年国勢調査時点(11,536,504人)より0.07%の増加となった<ref name=PopEstUS>{{cite web|url=http://www.census.gov/popest/data/state/totals/2011/tables/NST-EST2011-01.csv|title=Annual Estimates of the Resident Population for the United States, Regions, States, and Puerto Rico: April 1, 2010 to July 1, 2011|format=CSV|work=2011 Population Estimates|publisher=United States Census Bureau, Population Division|date=December 2011|accessdate=December 21, 2011}}</ref>。 オハイオ州の人口増加率の鈍化はアメリカ合衆国全体と歩みを同じくしている。


2000年時点で、オハイオ州の[[人口]]重心は[[モロー郡 (オハイオ州)|モロー郡]]<ref name="POPCENTER">{{cite web| title = 2000 Population and Geographic Centers of Ohio| publisher=Ohio Department of Development, Office of Strategic Research| date = 2001-03| url = http://www.odod.state.oh.us/research/FILES/G101.pdf| format = PDF| accessdate = 2009-03-26}}</ref>の[[郡庁所在地]][[マウントギリアド (オハイオ州)|マウントギリアド]]にあった<ref name="POPCEN">{{cite web | title = Population and Population Centers by State: 2000 | publisher=United States Census Bureau | accessdate = 2008-12-06 | url = http://www.census.gov/geo/www/cenpop/statecenters.txt}}</ref>。1990年の人口重心と比較して約6,346フィート (1,934 m) 南と西にずれた<ref name="POPCENTER" />。
2004年現在、オハイオ州の人口は11,459,011人と見込まれる。このうち約390,000人 (3.4%) は外国で生まれている。


2011年時点で州内1歳未満の子供のうち27.6%は少数民族に属している<ref>"[http://www.cleveland.com/datacentral/index.ssf/2012/06/americas_under_age_1_populatio.html Americans under age 1 now mostly minorities, but not in Ohio: Statistical Snapshot]". ''The Plain Dealer''. June 3, 2012.</ref>。オハイオ州の人口の6.2%は5歳以下、23.7%は18歳以下、14.1%は65歳以上である。女性は人口の約51.2%である。
この州の人種別人口構成は:
* 85.0% 白人
* 11.5% [[アフリカ系アメリカ人|黒人]]
* 1.9% ヒスパニック
* 1.2% アジア
* 0.2% [[インディアン]]
* 1.4% 混血


2010年時点で、州人口の4.1%(469,748人 )は外国で生まれたと推計されている。このうちアジア生まれが37.7%、ヨーロッパ生まれが26.4%、ラテンアメリカ生まれが21.4%である。
オハイオ州の5大祖先グループは[[ドイツ系アメリカ人|ドイツ系]](25.2%)、[[アイルランド|アイルランド系]] (12.7%)、アフリカ系(11.5%)、[[:en:British American|イギリス系]](9.2%)、アメリカ系(特定の民族を祖先と考えない人々:8.5%)である。

=== 人種及び祖先 ===
2010年に州内で申告された祖先による構成比は以下の通りだった<ref>http://factfinder2.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?pid=ACS_10_1YR_DP02&prodType=table</ref>

* 26.5% [[ドイツ系アメリカ人|ドイツ系]]
* 14.1 [[アイルランド|アイルランド系]]
* 9.0% [[イギリス系アメリカ人|イギリス系]]
* 7.9% [[アメリカ人]](特定の民族を祖先と考えない人々)
* 6.4% [[イタリア系アメリカ人|イタリア系]]
* 5.7% [[スラブ系アメリカ人|スラブ系]]: (3.8% [[ポーランド系アメリカ人|ポーランド系]], 1.2% [[スロバキア系アメリカ人|スロバキア系]], 0.7% [[ロシア系アメリカ人|ロシア系]])
* 2.5% [[フランス系アメリカ人|フランス系]]
* 1.9% [[スコットランド系アメリカ人|スコットランド系]]
* 1.7% [[ハンガリー系アメリカ人|ハンガリー系]]
* 1.6% [[オランダ系アメリカ人|オランダ系]]
* 1.1% [[ウェールズ系アメリカ人|ウェールズ系]]
* 1.1% [[スコットランド・アイルランド系アメリカ人|スコットランド・アイルランド系]]


特に北西部の郡の多くではドイツ人を祖先とする住民が最も多いと報告された。
特に北西部の郡の多くではドイツ人を祖先とする住民が最も多いと報告された。


2010年の国勢調査によると、この州の人種的な構成は次の通りだった<ref>http://factfinder2.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?pid=DEC_10_DP_DPDP1&prodType=table</ref><ref>http://factfinder2.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?pid=DEC_10_SF1_QTP10&prodType=table</ref>。
オハイオ州の人口の6.6%は5歳以下、25.4%は18歳以下、13.3%は65歳以上である。女性は人口のおおよそ51.4%である。
* 82.7% 白人(非ヒスパニック白人 81.1%)
* 12.2% [[アフリカ系アメリカ人|黒人]]
* 1.7% アジア
** 0.6% インド系、0.4% 中国系、0.1% フィリピン系、0.1% 韓国系、0.1% ベトナム系、0.1% 日系人
* 0.2% [[インディアン]]
* 0.03% 太平洋諸島系
* 2.1% 混血
* 3.1% ヒスパニック
** 1.5% メキシコ系、0.8% プエルトリコ系、0.1% グァテマラ系、0.1% キューバ系

白人比率は全国平均よりも高い。
[[ファイル:Amish - On the way to school by Gadjoboy-crop.jpg|thumb|170px|通学途中の[[アーミッシュ]]の子供達]]


=== 宗教 ===
=== 宗教 ===
オハイオ州民の多くはプロテスタントである。バプテスト、メソジスト、ルーテル教会、長老派教会、及びペンテコステ運動が大多数である。他の著名なプロテスタント宗派に、合衆国内最大のアーミッシュの共同体、及びクリーブランド内にあるユナイテッド・チャーチ・オブ・クライストの本部が含まれる。
オハイオ州民の多くは[[プロテスタント]]である。[[バプテスト]][[メソジスト]][[ルーテル教会]][[長老派教会]]、及び[[ペンテコステ運動]]が大多数である。他の著名なプロテスタント宗派に、合衆国内最大の[[アーミッシュ]]の共同体、及びクリーブランド内にある[[キリスト連合教会]]の本部が含まれる。


オハイオ州の宗教別人口構成は:
オハイオ州の宗教別人口構成は:
* [[キリスト教]] – 82%
* [[キリスト教]] – 76%
** [[プロテスタント]] – 62%
** [[プロテスタント]] – 54%
*** [[バプテスト教会|バプテスト]] – 15%
*** [[バプテスト教会|バプテスト]] – 15%
*** [[メソジスト]] – 11%
*** [[メソジスト]] – 11%
152行目: 255行目:
*** [[長老派教会]] – 4%
*** [[長老派教会]] – 4%
*** [[ペンテコステ運動]] – 4%
*** [[ペンテコステ運動]] – 4%
*** [[キリスト連合教会]] – 2%
*** [[:en:United Church of Christ|ユナイテッド・チャーチ・オブ・クライスト]] – 2%
*** [[アーミッシュ]]/[[敬虔主義]] – 1%
*** [[アーミッシュ]]/[[敬虔主義]] – 1%
*** 他のプロテスタント – 20%
*** 他のプロテスタント – 11%
** [[カトリック教会|ローマ・カトリック]] – 19%
** [[カトリック教会|ローマ・カトリック]] – 21%
** 他のキリスト教 – 1%
** 他のキリスト教 – 1%
* [[ユダヤ教]] - 1.3%
* [[エホバの証人]] - 1%
* [[イスラム教]] - 1%
* [[ヒンドゥー教]] - 0.5%未満
* [[仏教]] - 0.5%未満
* [[モルモン教]] - 0.5%未満
* 他の宗教 – 1%
* 他の宗教 – 1%
* 無宗教 – 16%
* 無宗教 – 17%

2008年のピュー・フォーラム調査に拠れば、州民の55%は宗教が「大変重要」、30%が「幾らか重要」、15%は「それほど重要でない」あるいは「全く重要でない」と答えていた。また州民の36%は毎週宗教的礼拝に出席し、35%は時々出席し、27%はたまに出席するか、全く出席しないと答えた。


== インディアン部族 ==
== インディアン部族 ==
[[ファイル:Ohio Arch Cultures map HRoe 2008.jpg|thumb|left|250px|オハイオ州での先史時代のインディアンによる巨大墳墓遺跡群]]
[[ファイル:Ohio Arch Cultures map HRoe 2008.jpg|thumb|left|250px|オハイオ州での先史時代のインディアンによる巨大墳墓遺跡群]]
[[ファイル:Vizquel96.jpg|thumb|right|150px|「クリーブランド・インディアンス」選手の帽子に描かれている「ワフー酋長」]]
同州には[[オジブワ族|チッペワ族]]、[[レナペ|デラウェア族]]、[[エリー族]]、[[ホンニアソント族]]、[[イリニ族]]、[[イロコイ族]]、[[キカプー族]]、[[マイアミ族]]、[[モソペレア族]]、[[ニュートラル族]]、[[オフォ族]]、[[オッタワ族]]、[[ポタワトミ族]]、[[ショーニー族]]、[[ワイアンドット族]]などの[[インディアン]]部族は農耕と採集による生活を営んでいた。
[[ファイル:Miamisburg jqj.jpg|thumb|left|250px|マイアミズバーグにあるインディアンの巨大墳墓]]
同州には[[オジブワ族|チッペワ族]]、[[レナペ|デラウェア族]]、[[エリー族]]、[[ホンニアソント族]]、[[イリニ族]]、[[イロコイ族]]、[[キカプー族]]、[[マイアミ族]]、[[モソペレア]]族、[[ニュートラル族]]、[[オッタワ族]]、[[ポタワトミ族]]、[[ショーニー族]]、[[ワイアンドット族]]などの[[インディアン]]部族は農耕と採集による生活を営んでいた。


先史時代のインディアンたちは、紀元前から同地に巨大な墳墓群を築き、「マウン・ビルダー」と呼ばれた。現在も同州には数多くの墳墓遺跡が残っている。
先史時代のインディアンたちは、紀元前から同地に巨大な墳墓群を築き、「マウン・ビルダー」と呼ばれた。現在も同州には数多くの墳墓遺跡が残っている。


オハイオ州の[[インディアン]]部族は、19世紀に[[アンドリュー・ジャクソン]]大統領の[[民族浄化]]政策である「[[インディアン移住法]]」によってすべて他州に強制移住させられた。
オハイオ州の[[インディアン]]部族は、19世紀に[[アンドリュー・ジャクソン]]大統領の[[民族浄化]]政策である「[[インディアン移住法]]」によってすべて他州に強制移住させられた。強制移住を拒否して同州に残ったインディアン部族は「絶滅部族」としてアメリカ連邦政府の承認を打ち切られ、[[インディアン居留地|保留地]](Reservation)を没収されており、インディアン部族として存在しないことになっている。唯一、「[[ショーニー族]]」の「レムナント・バンド」のみが1979年に州政府から「州立インディアン部族」として認定されている。連邦との条約規定に基づく自治権を得ようと、多数の部族が現在、アメリカ連邦政府に公式承認を要求中である


[[インディアン寄宿学校]]で白人同化教育を受けた、全米の若い世代のインディアンたちが起こした[[アメリカインディアン協会]]は、オハイオ州コロンバスに本部を置く、インディアンの民族権利運動の草分けである。同協会は[[1911年]]に、コロンバスで「白人のインディアン侵略の始まった日」である「[[コロンブス・デー]]」の日に第一回決起大会を開き、「'''インディアンが白人のアメリカを発見した日!'''」というスローガンを掲げた。
強制移住を拒否して同州に残ったインディアン部族は「絶滅部族」としてアメリカ連邦政府の承認を打ち切られ、[[インディアン居留地|保留地]](Reservation)を没収されており、インディアン部族として存在しないことになっている。


オハイオ州に本部を置くプロ野球チーム「[[クリーブランド・インディアンス]]」は、「[[ワフー酋長]]」という、「赤い顔をして歯を剥き出して笑うインディアン」の「インディアン・マスコット」を長年使用している。これに対し、全米のインディアン団体が「インディアン民族に対する人種差別である」としてその使用撤廃を[[全米大学体育協会|NCAA]]ならびに球団に要求し続けている。しかし同球団は現在もこれに応じる姿勢を見せていない。
唯一、「[[ショーニー族]]」の「レムナント・バンド」のみが1979年に州政府から「州立インディアン部族」として認定されている。連邦との条約規定に基づく自治権を得ようと、多数の部族が現在、アメリカ連邦政府に公式承認を要求中である。


オハイオ州は現在、[[ワシントンD.C.]]の[[アメリカ合衆国議会議事堂|議会議事堂]]の彫像ホールに「オハイオ州の著名人」として[[ショーニー族]]の英雄、[[テカムセ|テクムセ]]の彫像を立てるべきであると合衆国に要望している。現在、ホールに立つインディアンの著名人は[[サカガウィア]]、[[シクウォイア]]、[[ワシャキー]]、[[サラ・ウィネマッカ]]と[[ポペ]]の五人だけである。
[[ファイル:Vizquel96.jpg|thumb|right|150px|「クリーブランド・インディアンス」の選手の被る帽子の、「ワフー酋長」]]
[[インディアン寄宿学校]]で白人同化教育を受けた、全米の若い世代のインディアンたちが起こした「アメリカインディアン協会([[w:Society of American Indians|Society of American Indians]])」は、オハイオ州コロンバスに本部を置く、インディアンの民族権利運動の草分けである。同協会は1911年に、コロンバスで「白人のインディアン侵略の始まった日」である「[[コロンブス・デー]]」の日に第一回決起大会を開き、「'''インディアンが白人のアメリカを発見した日!'''」というスローガンを掲げた。
[[ファイル:Miamisburg jqj.jpg|thumb|left|250px|マイアミスバーグにあるインディアンの巨大墳墓]]

同州に本部を置くプロ野球チーム「[[クリーブランド・インディアンス]]」は、「[[w:Chief Wahoo|ワフー酋長]]」という、「赤い顔をして歯を剥き出して笑うインディアン」の「インディアン・マスコット」を長年使用している。これに対し、全米のインディアン団体が「インディアン民族に対する人種差別である」としてその使用撤廃を[[全米大学体育協会|NCAA]]ならびに球団に要求し続けている。しかし同球団は現在もこれに応じる姿勢を見せていない。

オハイオ州は現在、ワシントンDCの国会議事堂の彫像ホールに「オハイオ州の著名人」として[[ショーニー族]]の英雄、[[テカムセ|テクムセ]]の彫像を立てるべきであると合衆国に要望している。現在、ホールに立つインディアンの著名人は[[サカガウィア]]と[[シクウォイア]]の二人だけである。


{{col-begin}}
{{col-2}}
≪アメリカ連邦政府から公認されていない部族・団体≫
≪アメリカ連邦政府から公認されていない部族・団体≫
<small>
*「[[アレゲニー族]]・オハイオ・バンド」
*「[[アレゲニー族]]・オハイオ・バンド」
*「[[ショーニー族]]」」
*「[[ショーニー族]]」」
191行目: 301行目:
**「ブルークリーク・バンド」
**「ブルークリーク・バンド」
*「[[サポニ族]]」
*「[[サポニ族]]」
*「ナヒッサン・[[テロ族]]」
*「ナヒッサン・[[トゥテロ族]]」
*「テロ・サポニ族」
*「トゥテロ・サポニ族」
*「北東[[マイアミ族]]」
*「北東[[マイアミ族]]」
</small>
{{col-2}}
<small>
*「[[チェロキー族]]」
*「[[チェロキー族]]」
**「チェロキー・デラウェア・インディアンセンター」
**「チェロキー・デラウェア・インディアンセンター」
206行目: 319行目:
**「[[ノトウェーガ族]]」
**「[[ノトウェーガ族]]」
**「[[チェロエンホカ|チェロエンハカ族]](ノットウェイ族)」
**「[[チェロエンホカ|チェロエンハカ族]](ノットウェイ族)」
</small>

{{col-end}}
≪アメリカ連邦政府は公認していないが、オハイオ州政府は公認している部族≫
≪アメリカ連邦政府は公認していないが、オハイオ州政府は公認している部族≫
<small>
*「[[ショーニー族]]」・レムナント・バンド」
*「[[ショーニー族]]」・「レムナント・バンド」
</small>


=== インディアン・カジノ ===
=== インディアン・カジノ ===
同州では現在のところ、インディアン部族の運営する「インディアン・カジノ」は一もない。
同州では現在のところ、インディアン部族の運営する「インディアン・カジノ」は一もない。


2009年8月18日、オハイオ州投票委員会は、クリーブランド、シンシナティ、コロンバスとトレドの4つの州都市でのカジノ認可のための州憲法改正案を承認した。テッド・ストリックランド州知事は、カジノの24時間営業案に加え、競馬場でのスロットマシン遊戯において18歳を年齢制限とする行政命令に署名した。同州でカジノが合法化されれば、同州にもインディアン・カジノが開設される可能性が拓かれるものと期待されている。
2009年8月18日、オハイオ州投票委員会は、クリーブランド、シンシナティ、コロンバスとトレドの4つの州都市でのカジノ認可のための州憲法改正案を承認した。当時の[[テッド・ストリックランド]]州知事は、カジノの24時間営業案に加え、競馬場でのスロットマシン遊戯において18歳を年齢制限とする行政命令に署名した。同州でカジノが合法化されれば、同州にもインディアン・カジノが開設される可能性が拓かれるものと期待されている。


== 主要な都市と町 ==
== 主要な都市と町 ==
''参照:[[:en:List of cities in Ohio|オハイオ州の都市一覧]]''
''参照:[[:en:List of cities in Ohio|オハイオ州の都市一覧]]''
<div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;">
* [[アクロン (オハイオ州)|アクロン市]] Akron
* [[カントン (オハイオ州)|カントン市]] [[:en:Canton, Ohio|Canton]]
* [[チリコージー (オハイオ州)|チリコージー市]] [[:en:Chillicothe, Ohio|Chillicothe]]
* [[シンシナティ|シンシナティ市]] Cincinnati
* [[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド市]] Cleveland
* [[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス市]] Columbus
* [[デイトン (オハイオ州)|デイトン市]] Dayton
* [[ダブリン (オハイオ州)|ダブリン市]] Dublin (コロンバスの郊外)
* [[ハミルトン (オハイオ州)|ハミルトン市]] [[:en:Hamilton, Ohio|Hamilton]] (シンシナティの郊外)
</div><div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;">
* [[レイクウッド (オハイオ州)|レイクウッド市]] [[:en:Lakewood, Ohio|Lakewood]] (クリーブランドの郊外)
* [[ライマ (オハイオ州)|ライマ市]] [[:en:Lima, Ohio]]
* [[ロレイン (オハイオ州)|ロレイン市]] [[:en:Lorain, Ohio|Lorain]] (クリーブランドの郊外)
* [[メアリーズビル (オハイオ州)|メアリーズビル市]] Marysville (コロンバスの郊外)
* [[パールマ (オハイオ州)|パールマ市]] [[:en:Parma, Ohio|Parma]] (クリーブランドの郊外)
* [[スプリングフィールド (オハイオ州)|スプリングフィールド市]] [[:en:Springfield, Ohio|Springfield]]
* [[トレド (オハイオ州)|トレド市]] Toledo
* [[ヤングスタウン (オハイオ州)|ヤングスタウン市]] Youngstown
* [[ゼインズビル (オハイオ州)|ゼインズビル市]] [[:en:Zanesville, Ohio|Zanesville]]
</div><br style="clear: left;" />


<div style="float:right; padding-left:12px;">
== 州の政治制度 ==
{| class="wikitable"
=== 州知事 ===
|-
[[ファイル:John Kasich.jpg|thumb|right|[[ジョン・ケーシック]]]]
!順位
州知事(Governor)は、任期は4年で州の有権者による選挙により選ばれる。州知事は、州議会が制定した法案に対する拒否権を有している。また、刑事犯に対する恩赦を行う権限を有している。
!都市名
!2010年都市人口<ref>{{cite web|url=http://2010.census.gov/news/releases/operations/cb11-cn72.html|title=American FactFinder2 '''Custom Tables:Table 1'''|accessdate=2010-03-20}}</ref>
!2010都市圏人口<ref>{{cite web|url=http://factfinder2.census.gov/faces/nav/jsf/pages/index.xhtml|title=American FactFinder2|accessdate=2010-03-20}}</ref>
|-
| style="text-align:left;"|1
| style="text-align:left;"|[[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス市]]
|787,033
|1,836,540
|-
| style="text-align:left;"|2
| style="text-align:left;"|[[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド市]]
|396,815
|2,077,240
|-
| style="text-align:left;"|3
| style="text-align:left;"|[[シンシナティ|シンシナティ市]]
|296,943
|2,130,151
|-
| style="text-align:left;"|4
| style="text-align:left;"|[[トレド (オハイオ州)|トレド市]]
|287,208
|651,429
|-
| style="text-align:left;"|5
| style="text-align:left;"|[[アクロン (オハイオ州)|アクロン市]]
|199,110
|703,200
|-
| style="text-align:left;"|6
| style="text-align:left;"|[[デイトン (オハイオ州)|デイトン市]]
|141,527
|841,502
|-
| style="text-align:left;"|7
| style="text-align:left;"|[[パーマ (オハイオ州)|パーマ市]]
|81,601
|<sup>1</sup>
|-
| style="text-align:left;"|8
| style="text-align:left;"|[[カントン (オハイオ州)|カントン市]]
|73,007
|404,422
|-
| style="text-align:left;"|9
| style="text-align:left;"|[[ヤングスタウン (オハイオ州)|ヤングスタウン市]]
|66,982
|565,773
|-
| style="text-align:left;"|10
| style="text-align:left;"|[[ロレイン (オハイオ州)|ロレイン市]]
|64,097
|<sup>1</sup>
|-
| style="text-align:left;"|11
| style="text-align:left;"|[[ハミルトン (オハイオ州)|ハミルトン市]]
|62,477
|<sup>2</sup>
|-
| style="text-align:left;"|12
| style="text-align:left;"|[[スプリングフィールド (オハイオ州)|スプリングフィールド市]]
|60,608
|133,333
|-
| style="text-align:left;"|13
| style="text-align:left;"|[[ケタリング (オハイオ州)|ケタリング市]]
|56,163
|<sup>4</sup>
|-
| style="text-align:left;"|14
| style="text-align:left;"|[[イリリア (オハイオ州)|イリリア市]]
|54,533
|<sup>1</sup>
|-
| style="text-align:left;"|15
| style="text-align:left;"|[[レイクウッド (オハイオ州)|レイクウッド市]]
|52,131
|<sup>1</sup>
|-
| style="text-align:left;"|16
| style="text-align:left;"|[[カヤホガフォールズ (オハイオ州)|カヤホガフォールズ市]]
|49,652
|<sup>5</sup>
|-
| style="text-align:left;"|17
| style="text-align:left;"|[[ユークリッド (オハイオ州)|ユークリッド市]]
|48,920
|<sup>1</sup>
|-
| style="text-align:left;"|18
| style="text-align:left;"|[[ミドルタウン (オハイオ州)|ミドルタウン市]]
|48,694
|<sup>2</sup>
|-
| style="text-align:left;"|19
| style="text-align:left;"|[[マンスフィールド (オハイオ州)|マンスフィールド市]]
|47,821
|124,475
|-
| style="text-align:left;"|20
| style="text-align:left;"|[[ニューアーク (オハイオ州)|ニューアーク市]]
|47,573
|<sup>3</sup>
|-
| colspan = 4|<center><sup>1</sup>''クリーブランド都市圏''、<sup>2</sup>''シンシナティ都市圏''、<sup>3</sup>''コロンバス都市圏''<br /><sup>4</sup>''デイトン都市圏''、<sup>5</sup>''アクロン都市圏''</center>
|}
</div>
[[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス市]]が州都であり、地理的に州の中心に近い。[[オハイオ州立大学]]、フランクリン大学、キャピタル大学、オハイオ・ドミニオン大学が所在


大都市圏の中心として機能している都市は以下の通りである。
1991年以降、州知事のポストは[[共和党 (アメリカ)|共和党]]により占められていた。2006年の[[中間選挙]]で、民主党のテッド・ストリックランドが当選したが、2010年の[[中間選挙]]で、共和党の[[ジョン・ケーシック]]に敗れた。2011年1月10日、ケーシックが州知事に就任。


* [[アクロン (オハイオ州)|アクロン市]]、アクロン大学と[[グッドイヤー|グッドイヤー・タイヤ・アンド・ラバー社]]が所在
副知事(Lieutenant Governor)は、知事とペアで立候補し選出される。現在の副知事は、共和党の[[メアリー・タイラー]]である。
* [[カントン (オハイオ州)|カントン市]]、[[プロフットボール殿堂]]、マローン大学、ティムケン社が所在
* [[シンシナティ|シンシナティ市]]、[[シンシナティ大学]]、ザビエル大学、シンシナティ美術館、[[シンシナティ交響楽団]]、[[プロクター・アンド・ギャンブル]]社、[[クローガー]]、[[メイシーズ]]社、[[ユナイテッド・フルーツ|チキータ・ブランズ社]]、フィフスサード銀行が所在
* [[クリーブランド (オハイオ州)|クリーブランド市]]、クリーブランド州立大学、プレイハウス・スクエア・センター、[[クリーブランド美術館]]、[[クリーブランド管弦楽団]]、[[ケース・ウェスタン・リザーブ大学]]、クリーブランド・クリニック、[[ロックの殿堂]]、フォレストシティ・エンタープライジーズ、ユニバーシティ・ホスピタルズが所在
* [[デイトン (オハイオ州)|デイトン市]]、デイトン大学、デイトン・バレー、[[ライト州立大学]]、プレミア・ヘルス・パートナーズ、[[国立アメリカ空軍博物館]]が所在
* [[ライマ (オハイオ州)|ライマ市]]、北西オハイオ大学が所在
* [[マンスフィールド (オハイオ州)|マンスフィールド市]]、ノースセントラル州立カレッジ、マンスフィールド・モータースポーツパークが所在
* [[サンダスキー (オハイオ州)|サンダスキー市]]、[[シダーポイント]](テーマパーク)、カラハリ・リゾート・アンド・コンベンション・センターが所在
* [[スプリングフィールド (オハイオ州)|スプリングフィールド市]]、ウィッテンバーグ大学が所在
* [[スチューベンビル (オハイオ州)|スチューベンビル市]]、スチューベンビル・フランシスカン大学が所在
* [[トレド (オハイオ州)|トレド市]]、トレド大学、[[トレド美術館]]、[[オーウェンス・コーニング]]社、[[オーウェンズ・イリノイ]]が所在
* [[ヤングスタウン (オハイオ州)|ヤングスタウン市]]、ヤングスタウン州立大学、バトラー・アメリカ美術館が所在

シンシナティ都市圏はケンタッキー州とインディアナ州に、スチューベンビル都市圏はウェストバージニア州に、ヤングスタウン都市圏はペンシルベニア州に広がっている。

大都市圏の郊外都市として人口の多い都市は次の通りである。
* [[ダブリン (オハイオ州)|ダブリン市]] (コロンバスの郊外)
* [[ハミルトン (オハイオ州)|ハミルトン市]] (シンシナティの郊外)
* [[レイクウッド (オハイオ州)|レイクウッド市]] (クリーブランドの郊外)
* [[ロレイン (オハイオ州)|ロレイン市]] (クリーブランドの郊外)
* [[メアリーズビル (オハイオ州)|メアリーズビル市]] (コロンバスの郊外)
* [[パーマ (オハイオ州)|パーマ市]] (クリーブランドの郊外)

小都市圏の中心として機能している主な都市は以下の通りである。
* [[アセンズ (オハイオ州)|アセンズ市]]、オハイオ大学が所在
* [[チリコシー (オハイオ州)|チリコシー市]]、オハイオ大学チリコシー校が所在
* [[ゼインズビル (オハイオ州)|ゼインズビル市]]、ゼーン州立カレッジが所在

== 政府と政治 ==
{{Main|w:Government of Ohio}}
[[ファイル:Ohio Statehouse columbus.jpg|thumb|right|250px|コロンバス市にある[[オハイオ州会議事堂]]]]
オハイオ州政府は行政府<ref name="CO">{{cite web
| title = Constitution Online
| publisher=Ohio General Assembly
| url = http://www.legislature.state.oh.us/constitution.cfm?Part=3&Section=01
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>、司法府<ref>{{cite web
| title = Constitution Online
| publisher=Ohio General Assembly
| url = http://www.legislature.state.oh.us/constitution.cfm?Part=4&Section=01
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>、立法府<ref>{{cite web
| title = Constitution Online
| publisher=Ohio General Assembly
| url = http://www.legislature.state.oh.us/constitution.cfm?Part=2&Section=01
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>の3権で構成されている。

=== 行政府 ===
[[ファイル:John Kasich.jpg|thumb|right|200px|[[ジョン・ケーシック]]]]
行政府の長がオハイオ州知事である<ref name="CO" />。州知事は、任期4年で州の有権者による選挙により選ばれる。州知事は、州議会が制定した法案に対する拒否権を有している。また、刑事犯に対する恩赦を行う権限を有している。

1991年以降、州知事のポストは[[共和党 (アメリカ)|共和党]]により占められていた。2006年の[[中間選挙]]で[[民主党 (アメリカ)|民主党]]のテッド・ストリックランドが当選したが、2010年の[[中間選挙]]で共和党の[[ジョン・ケーシック]]<ref name="GOV">{{cite web| title = The Governors of Ohio| publisher=Ohio Historical Society| date = January 8, 2007| url = http://www.ohiohistory.org/onlinedoc/ohgovernment/governors/| accessdate = 2009-03-25}}</ref>に敗れた。2011年1月10日、ケーシックが州知事に就任した。

副知事は、知事とペアで立候補し選出される。副知事は知事が不在の場合に代行する<ref>{{cite web| title = Constitution Online| publisher=Ohio General Assembly| url = http://www.legislature.state.oh.us/constitution.cfm?Part=3&Section=15| accessdate = 2009-03-25}}</ref>。また知事に割り当てられた業務を実行する<ref>{{cite web| title = Constitution Online| publisher=Ohio General Assembly| url = http://www.legislature.state.oh.us/constitution.cfm?Part=3&Section=01b| accessdate = 2009-03-25}}</ref>。現在の副知事は、共和党の[[メアリー・テイラー]]である。


近年の州知事
近年の州知事
253行目: 507行目:
* ジョン・ケーシック(2011年1月-)
* ジョン・ケーシック(2011年1月-)


行政府の中で他に州憲法で規定され、選挙で選ばれる役人として、州務長官、州監査官、州財務官および検事総長がいる<ref name="CO" />。
=== 州議会 ===
州議会は、州憲法に基づき、州上院(Senate)および州下院(House of Representatives)の二院から構成されている。


=== 立法府 ===
州上院の定数は33名で、33の小選挙区から一人ずつ選ばれる。現在[[共和党 (アメリカ)|共和党]]が21議席、[[民主党 (アメリカ)|民主党]]が12議席を占めている。任期は4年で、偶数年に半数ずつ改選される。原則として連続2期までの制限がある。2006年の[[中間選挙]]で民主党が1議席を増やしたが共和党が多数を占めている状況に変更はなかった。
[[ファイル:AkronPoliceCar.jpg|thumb|left|アクロンのパトカー<ref>[http://www.akronhistory.org/police.htm Akron & Summit County History:Police]</ref>]]
州議会は、州憲法に基づき、州上院(Senate)および州下院(House of Representatives)の二院から構成されている<ref>{{cite web
| title = Ohio General Assembly
| publisher=Ohio History Central
| date = July 1, 2005
| url = http://www.ohiohistorycentral.org/entry.php?rec=2126
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>。


院の定数は99名で、99の小選挙区から一人ずつ選ばれる。現在共和党が52議席、民主党が46議席を占めている(1議席は空席)。任期は2年で全議席が偶数年11月に改選される。原則として連続4期までの制限がある。2006年の[[中間選挙]]で民主党が8議席を増やしたが、なお共和党が多数を占めている
院の定数は33名で、33の小選挙区から一人ずつ選ばれる。現在[[共和党 (アメリカ)|共和党]]23議席、[[民主党 (アメリカ)|民主党]]10議席を占めている。任期は4年で偶数年に半数ずつ改選される。原則として連続2期までの制限がある。2010年の[[中間選挙]]で民主党が2議席を減らした。


州下院の定数は99名で、99の小選挙区から一人ずつ選ばれる<ref>{{cite web
州議会の両院が可決した法案に州知事が署名することにより州法は成立する。州知事が拒否権を行使した法案を再可決するためには、両院それぞれ3/5の特別多数による決議が必要とされる。
| title = Government
| publisher=Congressman Michael Turner
| url = http://turner.house.gov/District/Government.htm
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>。現在共和党が59議席、民主党が40議席を占めている(1議席は空席)。任期は2年で全議席が偶数年11月に改選される。原則として連続4期までの制限がある。2010年の[[中間選挙]]では民主党が13議席を減らした。


州議会の両院が可決した法案に州知事が署名することにより州法は成立する。州知事が拒否権を行使した法案を再可決するためには、両院それぞれ3/5の特別多数による決議が必要とされる。
=== 連邦下院への議員選出 ===
オハイオ州からは18名の[[アメリカ合衆国下院]]議員が選出される。


=== 大統領選挙の選挙人 ===
=== 司法府 ===
オハイオ州の司法府は州最高裁判所<ref name="SCOO">{{cite web
オハイオ州から選ばれる[[アメリカ合衆国大統領]]選挙の選挙人の人数は、全米で538人のうちの20人である。まとまった人数を有する州として[[2000年アメリカ合衆国大統領選挙|2000年]]、[[2004年アメリカ合衆国大統領選挙|2004年]]の大統領選挙では選挙の帰趨を決する役割を果たした。どちらの年も、小差で[[共和党 (アメリカ)|共和党]]の[[ジョージ・ウォーカー・ブッシュ]]候補を支持した。
| title = The Supreme Court of Ohio Jurisdiction & Authority
| publisher=The Ohio Judicial System
| url = http://www.supremecourt.ohio.gov/SCO/jurisdiction/default.asp
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>、地区裁判所<ref>{{cite web
| title = Ohio District Courts of Appeal
| publisher=Ohio Judiciary System
| url = http://www.supremecourt.ohio.gov/JudSystem/districtCourts/
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>、一般訴訟裁判所<ref name="District">{{cite web
| title = Constitution Online
| publisher=Ohio General Assembly
| url = http://www.legislature.state.oh.us/constitution.cfm?Part=4&Section=04
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>の3段階がある。


== 州の司法制度 ==
=== 州裁判所 ===
==== 州最高裁判所 ====
==== 州最高裁判所 ====
アメリカ合衆国の連邦法制度と併せて、州独自の法体系を有している(オハイオ州法)。オハイオ州憲法ないしオハイオ州法の解釈については、オハイオ州最高裁判所が連邦法に抵触する場合を除き、最終的な権威を有している。
アメリカ合衆国の連邦法制度と併せて、州独自の法体系を有している(オハイオ州法)。オハイオ州憲法ないしオハイオ州法の解釈については、オハイオ州最高裁判所が連邦法に抵触する場合を除き、最終的な権威を有している。独自の裁量権により控訴裁判所からの控訴案件を審問する。特定の事項については第一審となる権利がある<ref>{{cite web
| title = Constitution Online
| publisher=Ohio General Assembly
| year = 2009
| url = http://www.legislature.state.oh.us/constitution.cfm?Part=4&Section=02
| accessdate = 2009-03-25}}</ref>。


州最高裁判所は、州都コロンバスのダウンタウンにあり、[[サイオト川]]([[:en:Scioto River|Scioto River]])の河畔に立つ。州最高裁判所は、長官を含め7名の裁判官(Justice)で構成されており、任期は6年で、長官は6年ごとに、また、長官を除く6名は2年ごとに2名ずつが選挙により選ばれる。通常は弁護士ないしは下級裁判所の裁判官が選ばれるが、州の最高裁の裁判官となるために、州の司法試験に合格していること要件とはされていない。日本のキャリアシステムに基づく裁判官とは異なり、弁護士、議員その他の多様なキャリアを有する者が裁判官に選出される。70歳を超える者は、州最高裁の裁判官に立候補することができない。
州最高裁判所は、州都コロンバスのダウンタウンにあり、[[サイオト川]]の河畔に立つ。州最高裁判所は、長官を含め7名の裁判官(Justice)で構成されており、任期は6年で、長官は6年ごとに、また、長官を除く6名は2年ごとに2名ずつが選挙により選ばれる。通常は弁護士ないしは下級裁判所の裁判官が選ばれるが、州の最高裁の裁判官となるために、州の司法試験に合格していること要件とはされていない。日本のキャリアシステムに基づく裁判官とは異なり、弁護士、議員その他の多様なキャリアを有する者が裁判官に選出される。70歳を超える者は、州最高裁の裁判官に立候補することができない。


州最高裁の7名の裁判官のうち6名は共和党による候補が占めており、1987年から現在まで、州の最高裁長官は、共和党員であるマスJ・モイヤー([[:en:Thomas J. Moyer|Thomas J. Moyer]])がつとめている(次の改選期は2010年)。欠員が出た場合を除き裁判官の選挙は偶数年に行われる。
州最高裁の7名の裁判官のうち6名は共和党が占めており、2011年から現在まで、州の最高裁長官は、共和党員であるリーンオコナー([[:en:Maureen O'Connor|Maureen O'Connor]])がつとめている(次の改選期は2012年)。欠員が出た場合を除き裁判官の選挙は偶数年に行われる。


==== その他の州裁判所 ====
==== その他の州裁判所 ====
州の高等裁判所(Appellate Court)は、州を12に分けて管轄する。州高等裁判所の裁判官の任期も6年間である。
州の[[高等裁判所]](Appellate Court)は、州を12に分けて管轄する地区裁判所である。州高等裁判所の裁判官の任期も6年間である。郡一般訴訟裁判所から控訴された案件を審問する。


オハイオ州政府に対する民事訴訟は、州請求裁判所(State Court of Claims)にて審理される。
オハイオ州政府に対する民事訴訟は、州請求裁判所(State Court of Claims)にて審理される。


郡一般訴訟裁判所(County Court of Common Pleas)が通常民事および刑事事件の第一審を担当する裁判所であり、日本における[[地方裁判所]]に相当する。州内に88所存在する。
郡一般訴訟裁判所(County Court of Common Pleas)が通常民事および刑事事件の第一審を担当する裁判所であり、日本における[[地方裁判所]]に相当する。州内各郡1か所、合計88所存在する。


その他日本における[[簡易裁判所]]に相当する自治体裁判所(Municipal court)や郡裁判所(County Court)も存在する。
その他日本における[[簡易裁判所]]に相当する自治体裁判所(Municipal court)や郡裁判所(County Court)も存在する。
292行目: 570行目:
==== 連邦地方裁判所 ====
==== 連邦地方裁判所 ====
オハイオ州は、州内を南北に二分して、オハイオ州北地区または南地区連邦地方裁判所がそれぞれ管轄する。
オハイオ州は、州内を南北に二分して、オハイオ州北地区または南地区連邦地方裁判所がそれぞれ管轄する。

=== 政治 ===
{{See also|w:Politics of Ohio|w:Political party strength in Ohio|w:Ohio Democratic Party|w:Ohio Republican Party}}

{| class="wikitable" style="float:right; margin-left:1em; font-size:83%;"
|+ '''大統領選挙の結果'''<ref>{{cite web|url=http://uselectionatlas.org/RESULTS/compare.php?year=2008&fips=39&f=1&off=0&elect=0&type=state|title=Presidential General Election Results Comparison – Ohio|publisher=US Election Atlas|accessdate=December 31, 2009|author=Leip, David}}</ref>
|-
! 年
! [[共和党 (アメリカ)|共和党]]
! [[民主党 (アメリカ)|民主党]]
|-
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|[[2008年アメリカ合衆国大統領選挙|2008年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"| 46.80% ''2,677,820''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|'''51.38%''' ''2,940,044''
|-
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|[[2004年アメリカ合衆国大統領選挙|2004年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|'''50.81%''' ''2,859,768''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"| 48.71% ''2,741,167''
|-
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|[[2000年アメリカ合衆国大統領選挙|2000年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|'''49.97%''' ''2,351,209''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"| 46.46% ''2,186,190''
|-
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|[[1996年アメリカ合衆国大統領選挙|1996年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"| 41.02% ''1,859,883''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|'''47.38%''' ''2,148,222''
|-
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|[[1992年アメリカ合衆国大統領選挙|1992年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"| 38.35% ''1,894,310''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|'''40.18%''' ''1,984,942''
|-
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|[[1988年アメリカ合衆国大統領選挙|1988年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|'''55.00%''' ''2,416,549''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"| 44.15% ''1,939,629''
|-
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|[[1984年アメリカ合衆国大統領選挙|1984年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|'''58.90%''' ''2,678,560''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"| 40.14% ''1,825,440''
|-
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|[[1980年アメリカ合衆国大統領選挙|1980年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|'''51.51%''' ''2,206,545''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|40.91% ''1,752,414''
|-
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|[[1976年アメリカ合衆国大統領選挙|1976年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|48.65% ''2,000,505''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|'''48.92%''' ''2,011,621''
|-
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|[[1972年アメリカ合衆国大統領選挙|1972年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|'''59.63%''' ''2,441,827''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|38.07% ''1,558,889''
|-
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|[[1968年アメリカ合衆国大統領選挙|1968年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|'''45.23%''' ''1,791,014''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|42.95% ''1,700,586''
|-
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|[[1964年アメリカ合衆国大統領選挙|1964年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|37.06% ''1,470,865''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|'''62.94%''' ''2,498,331''
|-
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|[[1960年アメリカ合衆国大統領選挙|1960年]]
| style="text-align:center; background:#fff3f3;"|'''53.28%''' ''2,217,611''
| style="text-align:center; background:#f0f0ff;"|46.72% ''1,944,248''
|}

オハイオ州は「大統領の母」というニックネームがあり、州内で生まれた7人の大統領を送り出してきた<ref name="HEINRICHS">{{cite book| last = Heinrichs| first = Ann| title = Ohio| publisher=Compass Point Books| year = 2003| location = Minneapolis, M.N.| page = 42| url = http://books.google.com/?id=VTnyaU2WkmUC&pg=PT43&lpg=PT43&dq=ohio+seven+presidents| isbn = 0-7565-0316-7}}</ref>。7人共に[[共和党 (アメリカ)|共和党]]員である。バージニア州生まれのウィリアム・ハリソンはオハイオ州に住んだ[[ホイッグ党 (アメリカ)|ホイッグ党]]員(共和党の前身)だった<ref name="HEINRICHS" />。歴史家のR・ダグラス・ハートは、バージニア州と言えども、「全国的な政治にこれほどの足跡を残していない」と主張している<ref name="holli162">Holli (1999), p. 162.</ref>。雑誌「[[エコノミスト]]」は、「この中西部の一画はアメリカのあらゆるものの一端を含んでいる。北東部の一部であり、南部の一部である。都市の一部であり、田園部の一部である。ぎりぎりの貧困の一部であり、景気の良い郊外の一部である。」と記した<ref>[http://www.economist.com/World/na/displayStory.cfm?story_id=5327576 " A grain of sand for your thoughts"], ''The Economist'', December 20, 2005. Retrieved December 23, 2005.</ref>。

2008年時点で州内有権者は[[民主党 (アメリカ)|民主党]]支持が強い傾向がある。民主党登録者は推計 2,408,178 人、共和党登録者は推計 1,471,465 人である。2004年では民主党72%、共和党32%だった。有権者総数は 7,937,161 人である。 [[2008年アメリカ合衆国大統領選挙|2008年]]では当時[[イリノイ州]]選出アメリカ合衆国上院議員の[[バラク・オバマ]]が投票総数の51.50%を獲得し、対抗馬である[[アリゾナ州]]出身の[[ジョン・マケイン]]に4.59%の差を付けた<ref name="OSOS">{{cite web| title = President / Vice President: November 4, 2008| publisher=Ohio Secretary of State| date = November 4, 2008| url = http://www.sos.state.oh.us/SOS/elections/electResultsMain/2008ElectionResults/pres110408.aspx| format = ASPX| accessdate = 2009-03-29}}</ref>。しかしオバマは州内88郡のうち22郡を制しただけだった<ref>{{cite news | last = Hallett| first = Joe| coauthors = Mark Niquette, Jonathan Riskind| title = Total-state Approach Aided Obama| publisher=Columbus Dispatch| date = November 6, 2008| url = http://www.dispatchpolitics.com/live/content/local_news/stories/2008/11/06/copy/howwin.ART_ART_11-06-08_A1_4KBQDF8.html?adsec=politics&sid=101| accessdate = 2009-03-29}}</ref>。

==== 連邦議会への議員選出 ====
2000年国勢調査によりオハイオ州からの[[アメリカ合衆国下院]]議員定数が1人減らされ、18名が選出されている。
2008年の選挙で民主党はアメリカ合衆国下院議員数を3人増やした<ref>{{cite news | last = Brady| first = Jessica| title = Democrats Gain in Michigan and Ohio| publisher=Roll Call| date = November 6, 2008| url = http://www.rollcall.com/issues/54_54/politics/29901-1.html| accessdate = 2009-03-29}}</ref>。アメリカ合衆国上院には共和党のロブ・ポートマンと民主党のシェロッド・ブラウンを送り出している<ref>{{cite web| title = Senators of the 111th Congress| publisher=United States Senate| url = http://www.senate.gov/general/contact_information/senators_cfm.cfm?State=OH| accessdate = 2009-03-29}}</ref>。

==== 大統領選挙の選挙人 ====
オハイオ州から選ばれる[[アメリカ合衆国大統領]]選挙の選挙人の人数は、全米で538人のうちの20人だった。2010年の国勢調査により、これが2人減らされて18人となり、2012年、2016年、2020年の選挙はこれで望むことになる<ref>{{cite news | last = Riskind| first = Jonathan | title = Ohio likely to lose 2 seats in Congress in 2012| publisher=Columbus Dispatch| date = December 24, 2008| url = http://www.dispatchpolitics.com/live/content/national_world/stories/2008/12/24/ohcong.ART_ART_12-24-08_A6_0ACB253.html?sid=101| accessdate = 2009-03-29}}</ref>。[[フロリダ州]]やペンシルベニア州などと共に、選挙の度に[[共和党 (アメリカ)|共和党]]・[[民主党 (アメリカ)|民主党]]両党に勝利者が変動する「[[スイング・ステート]]」として知られ、[[2000年アメリカ合衆国大統領選挙|2000年]]、[[2004年アメリカ合衆国大統領選挙|2004年]]の大統領選挙では選挙の帰趨を決する役割を果たした。どちらの年も、小差で[[共和党 (アメリカ)|共和党]]の[[ジョージ・W・ブッシュ]]候補を支持した。



== 経済 ==
== 経済 ==
{{Main|w:Economy of Ohio}}
[[ファイル:Cincinnati-procter-and-gamble-headquarters.jpg|thumb|right|250px|シンシナティ市にあるプロクター・アンド・ギャンブル社本社、売上高で州内最大の企業]]
2010年、雑誌「サイトセレクション」でオハイオ州は事業に適した州として第2位にランクされた。これは事業活動データベースに基づいている<ref>{{cite web|title=Site Selection Rankings|url=http://greyhill.com/site-selection-rankings/|publisher=Greyhill Advisors|accessdate=October 17, 2011}}</ref>。事業の成長と開発については、この雑誌から3回連続でガバナーズカップ賞を得た<ref>[http://www.earthtimes.org/articles/show/columbus-chamber-announces-ohio-ranked,1053857.shtml "Columbus Chamber Announces Ohio Ranked on 'Top 10 Business Climates' List for 2009"], Earth Times. Retrieved November 19, 2009.</ref>。オハイオ州の州内総生産は4,780億米ドルである<ref>{{cite web|title=GDP by State|url=http://greyhill.com/gdp-by-state|publisher=Greyhill Advisors|accessdate=September 15, 2011}}</ref><ref name="DDOH">{{cite web| title = Economic Overview| publisher=Ohio Department of Development| date = 2009-02| url = http://www.odod.state.oh.us/research/FILES/E000.pdf| format = PDF| accessdate = 2009-03-31}}</ref>。[[ワシントンD.C.|コロンビア特別区]]を合わせた51の州と地区の中でオハイオ州の経済規模は第7位である<ref name="DDOH" />。

小企業・起業家委員会は2009年事業税指数で企業に優しい税制度の第10位にオハイオ州をランク付け、事業税とキャピタルゲイン比率は1.6%で第6位だった<ref name=SMEC>[http://www.sbecouncil.org/uploads/BusinessTaxIndex2009Final.pdf "Business Tax Index 2009"], SMALL BUSINESS & ENTREPRENEURSHIP COUNCIL. Retrieved December 2, 2009.</ref>。同委員会の小企業生存指数2009年では、友好的な政策の州として第11位だった<ref>[http://www.sbecouncil.org/uploads/SBSI2009.pdf "SMALL BUSINESS SURVIVAL INDEX 2009"], SMALL BUSINESS & ENTREPRENEURSHIP COUNCIL. Retrieved December 2, 2009.</ref>。ディレクターシップのボードルームガイドでは、事業環境として全体の第13位としており、訴訟環境では第7位にしていた<ref>[http://www.directorship.com/the-best-states-for-business/ "The Best States for Business"], Directorship. Retrieved December 2, 2009.</ref>。雑誌フォーブスでは、2009年の調整力ある政府として第8位に位置づけた<ref>[http://www.forbes.com/2009/09/23/best-states-for-business-beltway-best-states_slide_38.html "The Best States For Business"], Forbes. Retrieved December 2, 2009.</ref>。[[USニューズ&ワールド・レポート]]2010年ランキングに拠れば、州内には国内のトップ115大学のうちの5つがある<ref>[http://colleges.usnews.rankingsandreviews.com/best-colleges/national-universities-rankings/ "Best Colleges 2010"], U.S. News and World Report. Retrieved December 2, 2009.</ref>。同じランキングで2008年には、高校の良さで第8位だった<ref>[http://www.usnews.com/articles/education/high-schools/2008/12/04/best-high-schools-state-by-state-statistics.html "Best High Schools: State by State Statistics"], U.S. News and World Report. Retrieved December 2, 2009.</ref>。

2010年5月時点の州内失業率は10.7%であったが、この月は17,000の新たな就職機会が付加された<ref>[http://www.bls.gov/lau/ Bls.gov]; Local Area Unemployment Statistics</ref><ref>[http://www.zanesvilletimesrecorder.com/article/20100623/NEWS01/6230317/1002/NEWS01 "Jobless rates fall again in southeastern Ohio"], Zanesville Times-Recorder. 23 june 2010. Retrieved 25 june 2010.</ref>。一人当たり収入は34,874米ドルである<ref name="DDOH" /><ref>[http://www.daytondailynews.com/news/dayton-news/strickland-mature-leader-needed-rival-kasich-is-too-radical-778339.html "Strickland: Mature leader needed, rival Kasich is too radical"], Dayton Daily News. 22 june 2010. Retrieved 25 june 2010.</ref>。[[ムーディーズ]]は2009年の一人当たり収入増加率を1.3%と予測しているが、2007年の4.7%と比べて下がっている<ref name="DDOH" />。2007年時点で、世帯当たり所得中間値は46,645米ドルであり<ref>{{cite web| title = ERS/USDA Data| publisher=Economic Research Service, United States Department of Agriculture| date = December 15, 2008| url = http://www.ers.usda.gov/Data/Unemployment/RDList2.asp?ST=OH| accessdate = 2009-03-31}}</ref>、人口の13.1%は貧困線以下の暮らしをしている<ref name="POVERTY">{{cite web| title = Ohio QuickFacts| publisher=[[United States Census Bureau]]| date = February 20, 2009| url = http://quickfacts.census.gov/qfd/states/39000.html| accessdate = 2009-03-31}}</ref>。これは全国平均の13%より僅かに上回っている<ref name="POVERTY" />。雇用情勢は2006年から2016年の間に5%成長すると予測され、純増は290,700人分である<ref name="DDOH" />。

オハイオ州の州内総生産の中で、製造業が18.3%、金融業も18.3%を占めており、最大の産業分野になっている<ref name="DDOH" />。中西部では最大のバイオサイエンス分野があり、「グリーン」経済では国を引っ張っている。プラスティック、ゴム、加工金属、電気機器、電化製品の生産高では国内最大である<ref>[http://www.odod.state.oh.us/research/FILES/E000.pdf "Economic Overview"], Ohio Department of Development, p. 1. Retrieved November 19, 2009.</ref>。州民の約5,212,000人が賃金または給与労働者である<ref name="DDOH" />。

雇用の面では商業・輸送・公共事業分野が1,010,000 人、すなわち州内総労働者人口の 19.4% を雇用して最大であり、これに医療・教育部門が825,000 人、15.8% で続いている<ref name="DDOH" />。政府部門が 787,000 人、15.1%、製造業が669,000 人、12.9%、専門職・技術部門が638,000 人、12.2%を雇用している<ref name="DDOH" />。オハイオ州の製造業は総生産高で50州のうちの第3位である<ref name="DDOH" />。国内の2008年売上高上位1,000社のうち、59社が州内に本社を置いており、その中には[[プロクター・アンド・ギャンブル]]、[[グッドイヤー]]、AKスチール、ティムケン、[[アバクロンビー&フィッチ]]、[[ウェンディーズ]]が入っている<ref name="CORPLIST">{{cite web| title = Fortune 500 2008| publisher=Money (magazine) | date = May 5, 2008| url = http://money.cnn.com/magazines/fortune/fortune500/2008/states/OH.html| accessdate = 2009-03-31}}</ref>。

オハイオ州は独自にオハイオ・ロッタリーという宝くじを発行している41州の1つである<ref name="LOTTO">{{cite web| title = Lottery Results| publisher=Office of Citizen Services and Communications, General Services Administration| url = http://www.usa.gov/Topics/Lottery_Results.shtml| format = SHTML| accessdate = 2009-03-31}}</ref>。その34年間の歴史で公共教育に155億米ドルを寄付してきた<ref name="LOTTO3">{{cite news | last = Kissell| first = Margo R.| title = Englewood Man Wins $250,000 in Lottery| place = Englewood, O.H.| publisher=Dayton Daily News| date = March 24, 2009| url = http://www.daytondailynews.com/n/content/oh/story/news/local/2009/03/24/ddn032409lotteryweb.html| accessdate = 2009-03-31}}</ref>。

=== 主な会社など ===
=== 主な会社など ===
オハイオ州に本拠地のある企業には以下のようなものがある。
オハイオ州に本拠地のある企業には以下のようなものがある。
308行目: 675行目:
* [[グレーターズ]] ([[::en::Graeter%27s|Graeter's]])
* [[グレーターズ]] ([[::en::Graeter%27s|Graeter's]])
* [[クローガー]]
* [[クローガー]]
* [[メイシーズ・Inc.]] ([[:en:Macy's, Inc.|Macy's, Inc.]])
* [[メイシーズ]]
* [[ユナイテッド・フルーツ|チキータ・ブランズ・インターナショナル]]
* [[ユナイテッド・フルーツ|チキータ・ブランズ・インターナショナル]]
* [[アメリカン・フィナンシャル・グループ]] ([[::en::American_Financial_Group|American Financial Group]])
* [[アメリカン・フィナンシャル・グループ]] ([[::en::American_Financial_Group|American Financial Group]])
322行目: 689行目:


=== 主な産業など ===
=== 主な産業など ===
19世紀には全米屈指の[[原油]]の産出量を誇った (その後ロックフェラーがクリーブランド周辺に精製施設を建設する) 。21世紀初頭にも小規模ながら原油の産出はみられ、原油を産出する32州の中で19位である。60,000程[[油井]]があるが殆どは日産10バレル以下の小規模のものである[http://www.ooga.org/PDFs/Industry%20Overview%20Document.pdf]。
19世紀には全米屈指の[[原油]]の産出量を誇った (その後[[ジョン・ロックフェラー]]がクリーブランド周辺に精製施設を建設し、同市に[[スタンダード・オイル]]を設立した) 。21世紀初頭にも小規模ながら原油の産出はみられ、原油を産出する32州の中で19位である。60,000程[[油井]]があるが殆どは日産10バレル以下の小規模のものである<ref>[http://www.ooga.org/PDFs/Industry%20Overview%20Document.pdf]</ref>


[[シェールガス]]のガス井が20,000以上あり、近年同州でも開発ブームが起きている<ref>[http://pubs.usgs.gov/of/2005/1268/]</ref>。
北西部には製塩施設がいくつか見られる[http://www.mortonsalt.com/industrial/products/facilities.htm][http://www.cargillsalt.com/dc_salt_about_facilities_map.pdf]。

北西部には製塩施設がいくつか見られる<ref>[http://www.mortonsalt.com/industrial/products/facilities.htm][http://www.cargillsalt.com/dc_salt_about_facilities_map.pdf]</ref>。

== 交通 ==
=== 道路 ===
国内の東西方向に走る主要幹線道がオハイオ州内を通っている。その中でも20世紀初めに建設された「メイン・マーケット・ルート3」は1913年に選定され、[[ニューヨーク]]市と[[サンフランシスコ]]市を繋いで初めて国内を横断する道路となった「リンカーン・ハイウェイ」の一部になった。オハイオ州内のリンカーン・ハイウェイは、カントン市、マンスフィールド市、ウースター市、ライマ市、バンワート市など多くの都市や町を繋いだ。リンカーン・ハイウェイが州内に入ってきたことで、州の発展に大きな影響を与えた。1926年には番号付き国道体系が整備され、リンカーン・ハイウェイは国道30号線となった。州内には19世紀初めの[[カンバーランド道路]](ナショナルロード)もあり、その長さは228マイル (367 km)、現在は国道40号線となっている。

州内には高度に発達した道路と州間高速道路のネットワークがある。主要な東西方向道路として、州間高速道路はコロンバスとデイトンを通り、西側の[[インディアナ州]]に通じる70号線、アクロンを通り、東側の[[ペンシルベニア州]]に通じる76号線、大陸横断道の[[州間高速道路80号線|80号線]]と[[州間高速道路90号線|90号線]](オハイオ・ターンパイク)、ウェストバージニア州からシンシナティに通じるアパラチアン・ハイウェイ(オハイオ州道32号線)がある。

南北方向道路では、西側のトレドから[[ミシガン州]]を抜けカナダに向かう[[州間高速道路75号線]]、クリーブランドからコロンバスとシンシナティを抜けて南のケンタッキー州に入る71号線、南東側のクリーブランドからアクロン、カントン、ニューフィラデルフィア、マリエッタを抜けて[[ウェストバージニア州]]に通じる77号線などがある。州間高速道路75号線のシンシナティ・デイトン間は州内で最も交通量が多い区間である。また州都コロンバス市には270号[[放射線・環状線|環状線]]がある。

=== 航空 ===
州内には国際空港が5つ、商業空港が4つ、軍用空港が2つある。5つの国際空港は以下の通りである。

* [[クリーブランド・ホプキンス国際空港]] (CLE)、[[コンチネンタル航空]]のハブ空港
* [[ポート・コロンバス国際空港]] (CMH)
* デイトン国際空港 (DAY)
* アクロン・フルトン国際空港、貨物と民間用
* リッケンバッカー国際空港、軍隊と供用、フェデックスの建物がある

もう一つの軍用空港は[[ライト・パターソン空軍基地]]であり、国内最大でもある。他にトレド・イクスプレス空港やアクロン・カントン空港が使われている。
: ([[シンシナティ]]の近隣空港である[[シンシナティ・ノーザンケンタッキー国際空港]](CVG)は[[ケンタッキー州]]ヘブロンに所在する。)


== 教育 ==
== 教育 ==
オハイオ州の公共教育体系はオハイオ州憲法第6条、およびオハイオ改訂法典第33条に規定されている。基本的には他州に規定される教育体系に類似している。オハイオ州教育委員会が監督するオハイオ州教育省が初等・中等教育を管理している。州全体で約700の教育学区がある。オハイオ州理事会が高等教育機関の調整・援助を行っており、ストリックランド知事の時にオハイオ大学体系の中に再編成された。この体系により年間40万人の学生が学んでおり、国内でも5本の指に入る規模となっている。

=== 単科及び総合大学 ===
=== 単科及び総合大学 ===
* 13 州立[[大学]]
* 13 州立[[大学]]
364行目: 755行目:
参照:[[:en:List of colleges and universities in Ohio|オハイオ州の大学リスト]]
参照:[[:en:List of colleges and universities in Ohio|オハイオ州の大学リスト]]


== 芸術・文化 ==
=== 図書館 ===
州内には国内でも評価の高い公共図書館がある<ref name="haplr">[http://www.haplr-index.com/HAPLR08_CorrectedVersionOctober8_2008.pdf Thomas J. Hennen's American Public Library Ratings for 2006]</ref>トマス・J・ヘネン・ジュニアによる2008年の研究では、各州との比較でオハイオ州を第1位にランクした<ref>[http://www.haplr-index.com/AverageStatewideScores.html Statewide Library Scoring]</ref>。オハイオ州の図書館システムの中で31が、都市や人口の分類の中でトップ10入りしている<ref name="haplr"/>。
<!--


人口50万人以上の都市・郡という分野では次の図書館がランク入りした。
=== 劇場 ===
* コロンバス都市圏図書館、第1位
-->
* カヤホガ郡公共図書館、第2位
* シンシナティ市・ハミルトン郡公共図書館、第10位


オハイオ州公共図書館情報ネットワークは州民に251の公共図書館へのインターネット・アクセスを提供する組織である。高品質の文献検索データベースを提供している。

カレッジや大学の学生、研究者のためには「オハイオリンク」があり、他の機関の図書館にもアクセスできるようになっている。

== 芸術・文化 ==
=== 美術館・博物館・史跡 ===
=== 美術館・博物館・史跡 ===
* [[サーペント・マウンド]]州立史跡
* [[サーペント・マウンド]]州立史跡
404行目: 802行目:
[[マイナーリーグ]]
[[マイナーリーグ]]
* [[アクロン・エアロズ]](2A)
* [[アクロン・エアロズ]](2A)
* [[チリコシ・イン]]
* [[チリコシ・イン]]
* [[コロンバス・クリッパーズ]](3A)
* [[コロンバス・クリッパーズ]](3A)
* [[デイトン・ドラゴンズ]]
* [[デイトン・ドラゴンズ]]
424行目: 822行目:
初期の入植時に[[ドイツ]]・[[スイス]]系[[移民]]が多く、その為、[[アーミッシュ]][[人口]]が[[ペンシルベニア州]]に次いで多い。故郷の湖沼地帯に気候風土が似ていたからという説があるが定かではない。
初期の入植時に[[ドイツ]]・[[スイス]]系[[移民]]が多く、その為、[[アーミッシュ]][[人口]]が[[ペンシルベニア州]]に次いで多い。故郷の湖沼地帯に気候風土が似ていたからという説があるが定かではない。


「オハイオ・スイスチーズ」はエメンタール系で美味。
「オハイオ・スイスチーズ」は[[エメンタール]]系で美味。


かつては毎年7月に〔[[イカスコン]]〕という[[アニメコンベンション]]が開催されていたが、現在は[[インディアナ州]]に移行している。
かつては毎年7月に〔[[イカスコン]]〕という[[アニメコンベンション]]が開催されていたが、現在は[[インディアナ州]]に移行している。
430行目: 828行目:
=== 同州出身の有名人 ===
=== 同州出身の有名人 ===
* [[オハイオ州出身著名人の一覧]]を参照。
* [[オハイオ州出身著名人の一覧]]を参照。

=== 交通 ===
* 主要な[[州間高速道路]]は西側の[[インディアナ州]]に通じるI-70、北西側の[[ミシガン州]]に通じるI-75、東側の[[ペンシルベニア州]]に通じるI-76、[[州間高速道路80号線|I-80]]、南東側の[[ウェストバージニア州]]に通じるI-77などがある。また[[州都]][[コロンバス (オハイオ州)|コロンバス市]]にはI-270[[放射線・環状線|環状線]]がある。
* 州内の主要空港
** デイトン国際空港 (DAY)
** [[クリーブランド・ホプキンス国際空港]] (CLE)
** [[ポート・コロンバス国際空港]] (CMH)
: ([[シンシナティ]]の近隣空港である[[シンシナティ・ノーザンケンタッキー国際空港]](CVG)は[[ケンタッキー州]]に所在する。)


=== 州の象徴など ===
=== 州の象徴など ===
[[ファイル:Aesculus glabra nuts.jpg|right|thumb|[[オハイオトチノキ]]の種]]
* 州の動物 - [[オジロジカ]]([[:en:White-tailed deer|White-tailed deer]])
* 州の動物 - [[オジロジカ]]([[:en:White-tailed deer|White-tailed deer]])
* 州の花 - [[赤]]い[[カーネーション]]
* 州の花 - [[赤]]い[[カーネーション]]
* 州の鳥 - [[ショウジョウコウカンチョウ]]
* 州の鳥 - [[ショウジョウコウカンチョウ]]
* 州の木 - [[オハイオトチノキ]] ([[:en:Aesculus glabra|Ohio Buckeye]], ''Aesculus glabra'' Willd.)
* 州の木 - [[オハイオトチノキ]] ([[:en:Aesculus glabra|Ohio Buckeye]], ''Aesculus glabra'' [[Willd.]])
* 州のモットー - "With God All Things Are Possible" 「神のもとに全ては可能となる」
* 州のモットー - "With God All Things Are Possible" 「神のもとに全ては可能となる」
* 州の野草 - オオバナノエンレイソウ (''[[:en:Trillium grandiflorum|Trillium grandiflorum]]'')
* 州の野草 - オオバナノエンレイソウ (''[[:en:Trillium grandiflorum|Trillium grandiflorum]]'')
467行目: 858行目:
* ([[愛知県]][[豊橋市]]) - ([[トレド (オハイオ州)|トレド市]])
* ([[愛知県]][[豊橋市]]) - ([[トレド (オハイオ州)|トレド市]])
* ([[三重県]][[鈴鹿市]]) - ([[ベルファウンテン (オハイオ州)|ベルファウンテン市]])
* ([[三重県]][[鈴鹿市]]) - ([[ベルファウンテン (オハイオ州)|ベルファウンテン市]])
* ([[京都府]][[八幡市]]) - ([[マイラン (オハイオ州)|マイラン]])
* ([[京都府]][[八幡市]]) - ([[ラン (オハイオ州)|マイラン]])
* ([[兵庫県]][[播磨町]]) - ([[ライマ (オハイオ州)|ライマ市]])
* ([[兵庫県]][[播磨町]]) - ([[ライマ (オハイオ州)|ライマ市]])
* ([[兵庫県]][[北淡町]]、現[[淡路市]]) - ([[セントメリース (オハイオ州)|セントメリース市]])
* ([[兵庫県]][[北淡町]]、現[[淡路市]]) - ([[セントメリース (オハイオ州)|セントメリース市]])
474行目: 865行目:
* ([[岡山県]][[高梁市]]) - ([[トロイ (オハイオ州)|トロイ市]])
* ([[岡山県]][[高梁市]]) - ([[トロイ (オハイオ州)|トロイ市]])


== 関連項目 ==
== ==
{{Reflist}}
* [[オハイオ州の都市圏の一覧]]
* [[オハイオ州の郡一覧]]


== レファレンス ==
== レファレンス ==
* 生活情報ガイドブック「オハイオ・インディアナ・ケンタッキー便利帳」Y's Publishing Co., Inc. 発行
* 生活情報ガイドブック「オハイオ・インディアナ・ケンタッキー便利帳」Y's Publishing Co., Inc. 発行
* AAA TourBook Illinois/Indiana/Ohio版
* AAA TourBook Illinois/Indiana/Ohio版
* Cayton, Andrew R. L. (2002). ''Ohio: The History of a People''. Columbus, OH: The Ohio State University Press. ISBN 0-8142-0899-1
<!--
* Knepper, George W. (1989). ''Ohio and Its People''. Kent, OH: Kent State University Press. ISBN 978-0-87338-791-0
* Mithun, Marianne (1999). ''Languages of Native North America''. Cambridge, UK: [[Cambridge University Press]].
* Morris, Roy, Jr. (1992). ''Sheridan: The Life and Wars of General Phil Sheridan''. New York: Crown Publishing. ISBN 0-517-58070-5.
* Holli, Melvin G. (1999). ''The American Mayor''. State College, PA: Pennsylvania State University Press. ISBN 0-271-01876-3
* Roseboom, Eugene H.; Weisenburger, Francis P. (1967). ''A History of Ohio''. Columbus: The Ohio Historical Society.


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[オハイオ州の都市圏の一覧]]
-->
* [[オハイオ州の郡一覧]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
491行目: 887行目:
* [http://www.ohio.gov/ 州政府(英語版)]
* [http://www.ohio.gov/ 州政府(英語版)]
* [http://www.discoverohio.com/home.asp オハイオ州政府観光局(英語版)]
* [http://www.discoverohio.com/home.asp オハイオ州政府観光局(英語版)]
* [http://www.detroit.us.emb-japan.go.jp/japanese.htm 在デトロイト日本国総領事館]
* [http://www.sconet.state.oh.us/ Supreme Court of Ohio(英語版)]
* [http://www.sconet.state.oh.us/ Supreme Court of Ohio(英語版)]
* [http://www.house.state.oh.us/ Ohio House of Representatives(英語版)]
* [http://www.house.state.oh.us/ Ohio House of Representatives(英語版)]
498行目: 893行目:
* [http://www.ohiogop.org/ Ohio Republican Party(英語版)]
* [http://www.ohiogop.org/ Ohio Republican Party(英語版)]
* [http://www.odekake.us/ohio.htm おでかけ.US(オハイオ州 生活情報ポータルサイト)]
* [http://www.odekake.us/ohio.htm おでかけ.US(オハイオ州 生活情報ポータルサイト)]
* [http://www.dnr.state.oh.us/ Ohio Department of Natural Resources]
* [http://earthquake.usgs.gov/regional/states.php?region=Ohio Ohio Earthquake Information]
* [http://www.ers.usda.gov/StateFacts/OH.htm Ohio State Facts]

* [http://ohiosunshine.org/ Ohio Sunshine Wiki]
* [http://ohio.wikia.com/ State of Ohio wiki]
* [http://quickfacts.census.gov/qfd/states/39000.html U.S. Census Bureau (Ohio Quick Facts)]
* [http://www.usgs.gov/state/state.asp?State=OH USGS real-time, geographic, and other scientific resources of Ohio]
* {{dmoz|Regional/North_America/United_States/Ohio}}
* {{osmrelation-inline|162061}}


{{オハイオ州}}
{{オハイオ州}}
{{アメリカ合衆国の州}}
{{アメリカ合衆国の州}}

{{us-stub}}
{{DEFAULTSORT:おはいお}}
{{DEFAULTSORT:おはいお}}
{{Link FA|es}}
{{Link FA|es}}
507行目: 912行目:
[[Category:オハイオ州|*]]
[[Category:オハイオ州|*]]
[[Category:アメリカ合衆国の州]]
[[Category:アメリカ合衆国の州]]
[[Category:1803年に設立された州・地域]]


[[af:Ohio]]
[[af:Ohio]]
515行目: 921行目:
[[arz:اوهايو]]
[[arz:اوهايو]]
[[ast:Ohio]]
[[ast:Ohio]]
[[ay:Ohio suyu]]
[[az:Ohayo]]
[[az:Ohayo]]
[[bar:Ohio]]
[[bat-smg:Ohajos]]
[[bat-smg:Ohajos]]
[[bcl:Ohio]]
[[bcl:Ohio]]
[[be:Штат Агаё]]
[[be:Штат Агая]]
[[be-x-old:Агаё]]
[[be-x-old:Агаё]]
[[bg:Охайо]]
[[bg:Охайо]]
528行目: 936行目:
[[bs:Ohio]]
[[bs:Ohio]]
[[ca:Ohio]]
[[ca:Ohio]]
[[ckb:چیۆ]]
[[co:Ohio]]
[[co:Ohio]]
[[cs:Ohio]]
[[cs:Ohio]]
574行目: 981行目:
[[iu:ᐅᓵᐃᐅ]]
[[iu:ᐅᓵᐃᐅ]]
[[jv:Ohio]]
[[jv:Ohio]]
[[ka:ოჰაიო (შტატი)]]
[[ka:ოჰაიოს შტატი]]
[[kk:Огайо]]
[[kk:Огайо]]
[[ko:오하이오 주]]
[[ko:오하이오 주]]

2012年12月23日 (日) 18:13時点における版

オハイオ州
State of Ohio
オハイオ州の旗オハイオ州の印
州旗(州章)
州の愛称: トチノキの州
The Buckeye State
オハイオ州の位置
州都コロンバス[1][2]
最大の都市コロンバス
州知事ジョン・ケーシック[3] (R)[4]
公用語法的指定なし
面積
 - 総計
 - 陸地
 - 水域
全米第34位
116,096 km²
106,156 km²
10,040 km² (8.7%)
人口2010年
 - 総計
 - 人口密度
全米第7位
11,536,504
109人/km²
合衆国加入
 - 順番
 - 加入年月日

17番目
1803年3月1日[5]
時間帯UTC -5
DST -4
緯度北緯38°24' - 41°59'
経度西経80°31' - 84°49'
東西の幅355 km
南北の長さ355 km
標高
 -最高標高
 -平均標高
 -最低標高

472 m
260 m
139 m
略称 (ISO 3166-2:US)US-OH
ウェブサイトオハイオ州政府
上院議員シェロッド・ブラウン
ロブ・ポートマン

オハイオ州 (Ohio OH[ˈh.] ( 音声ファイル)) は、アメリカ合衆国中西部の北東にあるである。アメリカ合衆国50州の中で、陸地面積では第34位、人口では第7位である。州の北はミシガン州エリー湖、東はペンシルベニア州、南はケンタッキー州ウェストバージニア州、西はインディアナ州に接している。州都および2010年度の国勢調査での人口最大都市コロンバス市である。

オハイオ州は1803年3月1日に、北西部領土から分かれて合衆国17番目の州に昇格した[5][6]独立宣言に加わった13植民地ではないが、北東部はコネチカット州西部保留地だった。

州名の由来

オハイオとは、インディアンイロコイ族の言葉で、「美しい川」ないし「偉大な川」という意味である ohi-yo’ から派生した[7][8][9]。 州名の由来については他にも異論があるが、昔から州内に自生するトチノキに因んで "Buckeye State" と呼ばれており、州民も「バッカイ」と呼ばれている[10]

歴史

主要記事:オハイオ州の歴史

インディアンの時代

オハイオ・バレーの考古学調査によって、この地域には紀元前13,000年には既に回遊性民族が住んでいたことが示されている[11]。この初期回遊性民族は紀元前1000年までにオハイオから消えたが、その物質文化は次代の人々の文化の基盤となった[11]。紀元前1000年から800年、定住性のアデナ文化が現れた。オハイオ州の歴史家ジョージ・W・クネッパーが主張しているように、この洗練された文化は「1902年、チリコシー市に近いトーマス・ワージントンの敷地であるアデナの地で、この文化の遺物が発掘されたので、アデナ文化と名付けられた」とされている[12]。アデナ文化の人々は、カボチャ、ヒマワリ、およびおそらくはトウモロコシなどの植物を栽培したので、「半恒久的」な集落を築くことができた。これらの栽培に加えて狩猟採集によって、より固定され複雑な集落が可能になった[12]。アデナ文化の遺跡の中でも最も壮大なものがオハイオ州アダムズ郡にあるグレート・サーペント・マウンドである[12]

イロコイ族が17世紀半ばのビーバー戦争で征服した地域、オハイオ川流域の上中流ではほとんど人が住まなくなった[13]。赤色はイロコイ族の元々の領土

紀元前100年頃、オハイオではアデナ文化にホープウェル文化が加わった。その特徴ある文化の遺物が発見されたM・C・ホープウェル大尉が所有する農園に因んでこの名が付けられた[14]。ホープウェル文化の人々はアデナ文化の場合と同様にマウンドを造った。その複雑で大きく、技術的に洗練された土盛り工作物を現在のマリエッタ、ニューアーク、サークルビルで見ることができる[14]。しかし、ホープウェル文化は西暦600年頃にオハイオ・バレーから消えた。その人々に代わった民族についてはほとんど知られていない[15]。研究によってフォート・エンシェント人とウィットルジーフォーカス人という2つの特徴ある前史文化が示されてきた[15]。どちらもおそらく、ヨーロッパ人との接触で広まった伝染病によって人口が激減し、17世紀には消失したと考えられている。インディアンはヨーロッパ由来の病気に免疫が無かった。フォートエンシェント人は「ショーニー族の先祖であるか、少なくともショーニー族がフォートエンシェント人で残っていた者達を吸収した」と考える学者もいる[15]

オハイオ・バレーにいたインディアンは、現在のニューヨーク州中部と西部を地盤にしていたイロコイ族の攻撃的戦術に大きく影響された[16]。17世紀半ばのビーバー戦争の後、イロコイ族はオハイオ地域の大半を狩猟場、さらに重要なことにビーバーの罠猟を行う場と宣言した。17世紀半ばに起きた伝染病の蔓延と戦争によって、17世紀後半までオハイオ地域にはほとんど人が住まなくなった。その後主にアルゴンキン語を話す古代人の子孫が戻ってくるようになった。彼等はアデナ文化、ホープウェル文化さらにミシシッピ文化の人々の子孫である。オハイオ地域の住民は伝染病、戦争、さらにそれに続いた社会的不安定さによってもたらされた破壊のために、多民族、多言語の社会となった。彼等はトウモロコシ、ヒマワリ、豆類などの栽培で生活し、季節による狩猟で補っていた。18世紀までにヨーロッパ人が毛皮交易に入ってくることで、より大きな地球規模経済に入っていくことになった[17]

有史時代になってオハイオ地域に住んだインディアン部族としては、マイアミ族、ワイアンドット族、デラウェア族ショーニー族、オタワ族、ミンゴ族、エリー族などがいた[18]。オハイオ地域はインディアン虐殺の舞台にもなった。例えばイエロークリーク虐殺、グナーデンヒュッテン虐殺、ポンティアックの反乱の時の学校虐殺があった[19]

植民地と独立戦争の時代

18世紀、フランスが地域の毛皮交易を支配するために交易拠点の体系を作り上げた。1753年、フレンチ・インディアン戦争ヨーロッパでは七年戦争と呼ばれた戦争でフランスとイギリスが戦った、1763年に結ばれたパリ条約によって、フランスはオハイオを初め、北西部地域の全体をイギリスに割譲した。

しかし1760年代のポンティアックの反乱で、イギリスの軍事支配に警鐘が発せられた[20]。それはアメリカ独立戦争における植民地側の勝利によって終わりを迎えた。1783年のパリ条約により、イギリスはオハイオ領土全ての領有権を新生アメリカ合衆国に譲った。

北西部領土

ローワー・マンハッタンフェデラル・ホール外にある北西部条例の銘板

アメリカ合衆国は1787年の北西部条例北西部領土を創設した[21]。この新領土のなかでは奴隷制度が禁じられた。オハイオ共同会社による開拓地マリエッタの設立で、開拓が始まった。この会社はアメリカ独立戦争退役兵の集団が設立したものだった。オハイオ会社の後に、マイアミ会社(シムズ・パーチェイスとも呼ばれる)が南西部を領有し、コネチカット土地会社が現在のオハイオ州北東部にあったコネチカット西部保留地の測量を行い入植させた。

古い北西部領土は当初、それ以前にオハイオ領土イリノイ領土と呼ばれた地域を含んでいた。オハイオが州昇格の準備を始めると、インディアナ準州が創設され、北西部領土は現在のオハイオ州領域と、ミシガンのロウアー半島東半分、およびアッパー半島東端を含むものになった。

北西部条例の下では、ある領域の人口が6万人に達すると州として昇格が認められると決められていた。1801年12月時点でオハイオの人口はまだ45,000人だったが、アメリカ合衆国議会は、オハイオの人口が急増しており、州昇格への道を歩み始めたと判断した。州昇格の時までに人口は6万人を超えるものと仮定された。さらにレニ・レナペ族インディアンが地域に住んでおり、これに関して現在のオハイオ州にあるマスキンガム川沿い1万エーカー (40 km2) の土地を「モラヴィア兄弟団の資産として取っておきこれに与える。...前述兄弟団はインディアンを文明化しキリスト教徒に変える」と判断した[22]

州昇格以降

ジェームズ・ガーフィールド、オハイオ州出身のアメリカ合衆国大統領

1803年2月19日、当時の大統領トーマス・ジェファーソンは、オハイオの境界と憲法を承認する法案に署名し、オハイオは17番目のアメリカ合衆国に昇格した。当時は、オハイオの正式な州昇格の宣言がなされなかったことから、150年が経過した1953年8月7日に、時の大統領ドワイト・D・アイゼンハワーが署名することによって、改めてオハイオの連邦加盟が1803年3月1日であることが宣言された[23][24](現在続いている州昇格宣言という習慣は1812年、18番目のルイジアナ州が最初だった)。チリコシーにある旧州議会議事堂では州議会特別会期が開催され、州昇格の請願書を馬でワシントンD.C.まで運ぶ議案を承認した。

アメリカ人の進出を避けるために多くのインディアンが西方に移住したが、州内に留まった者もおり、一部は同化した。1830年アンドリュー・ジャクソン大統領の下でアメリカ合衆国政府はインディアン移住を強制し、ミシシッピ川の西にあるインディアン準州に移した。

1835年、オハイオ州はトレド・ストリップを巡って無血の境界戦争であるトレド戦争ミシガン準州との間に演じた。アメリカ合衆国議会が介入し、ミシガンの州昇格を条件に紛争を終わらせた。ミシガンはトレド・ストリップの領有を諦める代わりに、アッパー半島西側3分の2を与えられた。

オハイオ州の歓迎看板、1990年代のスタイル

オハイオ州の地理的な位置づけとその人口で南北戦争のときは重要な役割を演じた。オハイオ川は軍隊と物資の輸送で重要な交通路となり、また州内の鉄道も同様だった。北軍に就いた州で、オハイオ州は人口当たりの兵士派遣数では最大だった。1862年、オハイオ州の部隊が2,000名の犠牲を出すという損失の多かったシャイローの戦いで勝利した後、州内の士気が酷く動揺した[25]。同年後半、ストーンウォール・ジャクソン将軍の指揮する南軍が首都ワシントンD.C.を脅かし、オハイオ州知事デイビッド・トッドは3か月徴兵の条件で5,000人の志願兵を集めた[26]。オハイオ州の歴史家アンドリュー・R・L・ケイトンは、この戦争でほぼ35,000人の州民が死に、「3万人ほどの者が残りの人生も戦争の傷跡を持って過ごした」と記した[27]。南北戦争の終戦までに北軍のユリシーズ・グラントウィリアム・シャーマンフィリップ・シェリダンという功績の高い3将軍がオハイオ州出身の将軍となった[28][29]

1912年、チャールズ・B・ガルブレースを議長として憲法制定会議が開催された。その結果は進歩主義時代の関心事を反映したものになった。新憲法は住民発議権と住民投票を導入した。さらに議会発案の州法や憲法修正案について議会が住民に批准を求めることができるようになった。法は一世代で1回見直されるべきだというのがジェファーソン流の原則であり、新憲法では20年毎に住民投票で問題を問うことになった。その問題とは新憲法が必要かどうかということである。この問いは1932年、1952年、1972年、1992年に発せられたが、新憲法が必要とされることは無かった。その代わりに議会に対して数多い憲法修正提案がなされ、その大半は採択された。

オハイオ州から8人のアメリカ合衆国大統領が選ばれており、「大統領の母」というニックネームはバージニア州と分け合うものである。「大統領の近代の母」とも言われる[30]。これはバージニア州出身の大統領が合衆国の歴史の初期に偏っているためである。7人の大統領がオハイオ州生まれであり、バージニア州の8人に次いでいる。バージニア州生まれのウィリアム・ハリソンはその人生の大半をオハイオ州で過ごしており、また埋葬されている。ハリソンはオハイオ州ノースベンドにあった義父ジョン・クリーブス・シムズが設立した家族の家で暮らしている間に政歴を積んだ。その他、ユリシーズ・グラントラザフォード・ヘイズジェームズ・ガーフィールドベンジャミン・ハリソン(ウィリアム・ハリソンの孫)、ウィリアム・マッキンリーウィリアム・タフトウォレン・ハーディングがオハイオ州生まれである。

地理

参照:オハイオ州の郡一覧オハイオ州の都市一覧オハイオ州の村一覧オハイオ州のタウンシップ一覧オハイオ州の保護地域

アメリカ合衆国中西部地域の北東角に位置しているオハイオ州は、エリー湖に面していて、接している各州とは主要高速道路によって接続されている。オハイオ州の南部境界はオハイオ川によって区切られ、北部境界の大部分はエリー湖によって画されている。東にはペンシルベニア州、トレド市近くの北西方面でミシガン州、北部はエリー湖の対岸にカナダオンタリオ州、西部でインディアナ州、南部でケンタッキー州、南東部でウェストバージニア州と接している。

オハイオ州の地理的位置づけは経済的な成長と拡張のために重要な資産となってきた。オハイオ州はアメリカ合衆国の中で北東部と中西部を繋いでおり、良く発達した高規格道路を使い大量の貨物が領域内を通って流通されている。国内50州の中で高規格道路のネットワークでは第10位であり、車で1日の範囲内に北アメリカ人口の50%、製造能力の70%が入っている[31]。州の北側がエリー湖の総延長312マイル (502 km) の湖岸線となり[32]、多くの港ができている。

オハイオ州の境界は1802年授権法における境界条項により次のように定義されていた。

東はペンシルベニア州との州境、南はオハイオ川のグレートマイアミ川合流点まで、西は前述グレートマイアミ川合流点からまっすぐ北に引いた線とし、北はミシガン湖最南端を通って東西に引かれた線が前述グレートマイアミ川合流点からまっすぐ北に引いた線と交わる点から、エリー湖とすなわち領土境界と交わる所まで、さらにそこから前述ペンシルベニア州州境までと定義する
エリー湖のオハイオ州湖岸

オハイオ州はオハイオ川を州境とするが、川そのものはケンタッキー州とウェストバージニア州に属している。1980年、アメリカ合衆国最高裁判所は、1792年のバージニア州による領土譲渡に関する用語に基づき(当時のバージニア州には現在のケンタッキー州とウェストバージニア州が含まれていた)、オハイオ州とケンタッキー州との州境を川の北側低水位標識とするということを確認した[33]。オハイオ州は1792年の低水位標識と現在の高水位標識の間のみが領土となっている。

ミシガン州との境界も変更された。トレド戦争の結果、モーミー川河口の北岸までやや北東に修正された。

オハイオ州の土地の大半は氷河作用を受けた平原であり、北西部のみがグレート・ブラック・スワンプと呼ばれる平坦な地域になっている。北西部と中央部の氷河作用を受けた地域の境界は、まず東と南東に氷河作用アルゲイニー台地と呼ばれるベルト地帯で仕切られ、さらに非氷河作用アルゲイニー台地と呼ばれるもう1つのベルト地帯で仕切られている。大半は起伏が少ないが、非氷河作用アルゲイニー台地だけは岩がちの丘陵と森林になっている。

オハイオ州の地勢図

岩の多い南東部4分の1は、ウェストバージニア州のパンハンドル部からシンシナティの郊外部までオハイオ川に沿った外向きの弧を描いており、特徴ある社会経済学的地域となっている。地質的にはウェストバージニア州やペンシルベニア州南西部に類似し、石炭採掘を行った歴史があり、昔は小さな工業地帯となり、特徴ある地域方言は州の他の部分と違っている。1965年、アメリカ合衆国議会はアパラチア地域開発法を成立させ、「アパラチア地域の続く貧困と経済不況の拡大に対処する」こととした[34]。この法では州内29郡をアパラチア地域と定義した[35]。オハイオ州領土の3分の1は連邦政府が規定するアパラチア地域であり、そこには人口の12.8%(147万6千人)しか住んでいない[36]

オハイオ州図

州内の重要河川としては、カヤホガ川、グレートマイアミ川、モーミー川、マスキンガム川、サイオト川がある。北側の川の水はエリー湖とセントローレンス川を介して北大西洋に排水され、南部の川水はオハイオ川とミシシッピ川を介してメキシコ湾に流れ込んでいる。

オハイオ州の歴史で最悪の自然災害は1913年にグレートマイアミ川で起きた。これはグレート・デイトン洪水と呼ばれ、グレートマイアミ川流域の全体が溢れ、デイトン市の中心事業地区も水に浸かった。その結果、州内さらには国内初の洪水制御土木計画としてマイアミ自然保護地区が創設された[37]

中西部のグランド湖セントメアリーズは、1820年から1850年の運河建設時代に運河に水を供給するために造られた。この湖は広さが20平方マイル (52 km2) 以上を長年保ち、世界の人工湖として最大だった。オハイオ州の運河建設計画は他州ほど経済的な失敗にはならなかった。デイトンなど幾つかの都市は運河の場所によってその経済成長度が変わっており、1910年まで内陸運河が州内の多くの貨物を運んでいた。

国立公園

気候

オハイオ州の気候は湿潤大陸性気候ケッペンの気候区分Dfa)にあり、最南部にあるブルーグラス地域のみが温暖湿潤気候の北端にあたる。またアップランドサウスにも入っている。通常の夏は暑く湿度が高い。冬は概して冷涼から寒冷である。降水量は年間を通じてほとほどである。悪天候は希ではないが、竜巻道と呼ばれる地域にある他州に比べれば竜巻発生個数は少ない。エリー湖南東岸では激しい湖水効果雪が降るのも希ではない、そこはスノーベルトに指定されている。

州内の大半は温帯気候に入っていないが、暖かい地域の植物や動物が州内に入ってきている。例えば、南部に多いブラックジャック・オーク(Quercus marilandica)のような木がオハイオ川の直ぐ北、州内最北部でも見られる。他にもタイサンボクMagnolia grandiflora)、ネムノキAlbizia julibrissin)、サルスベリ、さらには時としてニードルパームのような植物がブルーグラス地域の街路、庭、庭園に使われている。これらは温帯から大陸性気候への気候遷移の証拠でもある。しかし州内他地域では同じ植物が繁茂してはいない。この変化は州内を州間高速道路75号線でシンシナティからトレドまで移動したときに分かる。シンシナティで見られるコモンウォール・トカゲは、オハイオ州における温帯性動物の一例である。

過去の記録

過去最高気温は1934年7月21日にガリポリス近くで記録された113°F (45 ℃) だった[38]。 過去最低気温は1899年2月10日にミリガンで記録された-39°F (-39 ℃) だった[39]

地震

平均的な住民が感知するような地震は数少ないが、2002年から2007年の間にオハイオ州では30回以上の地震が起こり、1776年以降ではマグニチュード2.0以上の地震が200回以上発生してきた[40]

オハイオ州の歴史の中で最も強かった地震はシェルビー郡のアンナで起きた地震であり[41]、1937年3月9日のことだった。州西部を震源としマグニチュードは5.4、メルカリ震度階級VIIIだった[42]

その他の大きな地震としては[43]、1884年9月19日にライマ近くでおきたマグニチュード4.8[44]、1901年5月17日にポーツマス近くで起きたマグニチュード4.2[45]、1986年1月31日にレイク郡レロイ郡区で起きたマグニチュード5.0 があった。最後のものはその後2か月間にマグニチュード 0.5 から 2.4 の余震が13回あった[46][47]

最近起きた地震では、2011年12月31日午後東部標準時3時5分に起きたものがあった。マグニチュード4.0、震源はヤングスタウンの北西約 4 km(北緯41度7分19.1994秒 西経80度41分2.3994秒 / 北緯41.121999833度 西経80.683999833度 / 41.121999833; -80.683999833)、トランブル郡マホニング郡の郡境近くだった[48]

州内の幾つかのカレッジ、大学などの機関にある地震観測所、およびオハイオ州自然資源省地質研究部による調整でできた組織であるオハイオ州地震学ネットワークが[49]、1776年から現在までの地震記録をまとめ、州内で感知された地震の位置などを整理している[50]

人口動勢

人口推移
国勢調査
人口
順位

1800年 45,365人 18
1810年 230,760人 13
1820年 581,434人 5
1830年 937,903人 4
1840年 1,519,467人 3
1850年 1,980,329人 3
1860年 2,339,511人 3
1870年 2,665,260人 3
1880年 3,198,062人 3
1890年 3,672,329人 4
1900年 4,157,545人 4
1910年 4,767,121人 4
1920年 5,759,394人 4
1930年 6,646,697人 4
1940年 6,907,612人 4
1950年 7,946,627人 5
1960年 9,706,397人 5
1970年 10,652,017人 6
1980年 10,797,630人 6
1990年 10,847,115人 7
2000年 11,353,140人 7
2010年 11,536,504人 7
オハイオ州の人口推移
人口密度図

オハイオ州の人口は1800年の45,000人を超えたところから、1970年に1,065万人を記録したときまで、10年毎に10%以上の増加を遂げてきた[51]。その後の40年間は成長が鈍化している[52]アメリカ合衆国国勢調査局による2011年7月1日時点での推計では、州人口は11,544,951人、2010年国勢調査時点(11,536,504人)より0.07%の増加となった[53]。 オハイオ州の人口増加率の鈍化はアメリカ合衆国全体と歩みを同じくしている。

2000年時点で、オハイオ州の人口重心はモロー郡[54]郡庁所在地マウントギリアドにあった[55]。1990年の人口重心と比較して約6,346フィート (1,934 m) 南と西にずれた[54]

2011年時点で州内1歳未満の子供のうち27.6%は少数民族に属している[56]。オハイオ州の人口の6.2%は5歳以下、23.7%は18歳以下、14.1%は65歳以上である。女性は人口の約51.2%である。

2010年時点で、州人口の4.1%(469,748人 )は外国で生まれたと推計されている。このうちアジア生まれが37.7%、ヨーロッパ生まれが26.4%、ラテンアメリカ生まれが21.4%である。

人種及び祖先

2010年に州内で申告された祖先による構成比は以下の通りだった[57]

特に北西部の郡の多くではドイツ人を祖先とする住民が最も多いと報告された。

2010年の国勢調査によると、この州の人種的な構成は次の通りだった[58][59]

  • 82.7% 白人(非ヒスパニック白人 81.1%)
  • 12.2% 黒人
  • 1.7% アジア
    • 0.6% インド系、0.4% 中国系、0.1% フィリピン系、0.1% 韓国系、0.1% ベトナム系、0.1% 日系人
  • 0.2% インディアン
  • 0.03% 太平洋諸島系
  • 2.1% 混血
  • 3.1% ヒスパニック
    • 1.5% メキシコ系、0.8% プエルトリコ系、0.1% グァテマラ系、0.1% キューバ系

白人比率は全国平均よりも高い。

通学途中のアーミッシュの子供達

宗教

オハイオ州民の多くはプロテスタントである。バプテストメソジストルーテル教会長老派教会、及びペンテコステ運動が大多数である。他の著名なプロテスタント宗派に、合衆国内最大のアーミッシュの共同体、及びクリーブランド内にあるキリスト連合教会の本部が含まれる。

オハイオ州の宗教別人口構成は:

2008年のピュー・フォーラム調査に拠れば、州民の55%は宗教が「大変重要」、30%が「幾らか重要」、15%は「それほど重要でない」あるいは「全く重要でない」と答えていた。また州民の36%は毎週宗教的礼拝に出席し、35%は時々出席し、27%はたまに出席するか、全く出席しないと答えた。

インディアン部族

オハイオ州での先史時代のインディアンによる巨大墳墓遺跡群
「クリーブランド・インディアンス」選手の帽子に描かれている「ワフー酋長」
マイアミズバーグにあるインディアンの巨大墳墓

同州にはチッペワ族デラウェア族エリー族ホンニアソント族イリニ族イロコイ族キカプー族マイアミ族モソペレア族、ニュートラル族オッタワ族ポタワトミ族ショーニー族ワイアンドット族などのインディアン部族は農耕と採集による生活を営んでいた。

先史時代のインディアンたちは、紀元前から同地に巨大な墳墓群を築き、「マウンド・ビルダー」と呼ばれた。現在も同州には数多くの墳墓遺跡が残っている。

オハイオ州のインディアン部族は、19世紀にアンドリュー・ジャクソン大統領の民族浄化政策である「インディアン移住法」によってすべて他州に強制移住させられた。強制移住を拒否して同州に残ったインディアン部族は「絶滅部族」としてアメリカ連邦政府の承認を打ち切られ、保留地(Reservation)を没収されており、インディアン部族として存在しないことになっている。唯一、「ショーニー族」の「レムナント・バンド」のみが1979年に州政府から「州立インディアン部族」として認定されている。連邦との条約規定に基づく自治権を得ようと、多数の部族が現在、アメリカ連邦政府に公式承認を要求中である。

インディアン寄宿学校で白人同化教育を受けた、全米の若い世代のインディアンたちが起こしたアメリカインディアン協会は、オハイオ州コロンバスに本部を置く、インディアンの民族権利運動の草分けである。同協会は1911年に、コロンバスで「白人のインディアン侵略の始まった日」である「コロンブス・デー」の日に第一回決起大会を開き、「インディアンが白人のアメリカを発見した日!」というスローガンを掲げた。

オハイオ州に本部を置くプロ野球チーム「クリーブランド・インディアンス」は、「ワフー酋長」という、「赤い顔をして歯を剥き出して笑うインディアン」の「インディアン・マスコット」を長年使用している。これに対し、全米のインディアン団体が「インディアン民族に対する人種差別である」としてその使用撤廃をNCAAならびに球団に要求し続けている。しかし同球団は現在もこれに応じる姿勢を見せていない。

オハイオ州は現在、ワシントンD.C.議会議事堂の彫像ホールに「オハイオ州の著名人」としてショーニー族の英雄、テクムセの彫像を立てるべきであると合衆国に要望している。現在、ホールに立つインディアンの著名人はサカガウィアシクウォイアワシャキーサラ・ウィネマッカポペの五人だけである。

≪アメリカ連邦政府は公認していないが、オハイオ州政府は公認している部族≫

インディアン・カジノ

同州では現在のところ、インディアン部族の運営する「インディアン・カジノ」は一つもない。

2009年8月18日、オハイオ州投票委員会は、クリーブランド、シンシナティ、コロンバスとトレドの4つの州都市でのカジノ認可のための州憲法改正案を承認した。当時のテッド・ストリックランド州知事は、カジノの24時間営業案に加え、競馬場でのスロットマシン遊戯において18歳を年齢制限とする行政命令に署名した。同州でカジノが合法化されれば、同州にもインディアン・カジノが開設される可能性が拓かれるものと期待されている。

主要な都市と町

参照:オハイオ州の都市一覧

順位 都市名 2010年都市人口[60] 2010都市圏人口[61]
1 コロンバス市 787,033 1,836,540
2 クリーブランド市 396,815 2,077,240
3 シンシナティ市 296,943 2,130,151
4 トレド市 287,208 651,429
5 アクロン市 199,110 703,200
6 デイトン市 141,527 841,502
7 パーマ市 81,601 1
8 カントン市 73,007 404,422
9 ヤングスタウン市 66,982 565,773
10 ロレイン市 64,097 1
11 ハミルトン市 62,477 2
12 スプリングフィールド市 60,608 133,333
13 ケタリング市 56,163 4
14 イリリア市 54,533 1
15 レイクウッド市 52,131 1
16 カヤホガフォールズ市 49,652 5
17 ユークリッド市 48,920 1
18 ミドルタウン市 48,694 2
19 マンスフィールド市 47,821 124,475
20 ニューアーク市 47,573 3
1クリーブランド都市圏2シンシナティ都市圏3コロンバス都市圏
4デイトン都市圏5アクロン都市圏

コロンバス市が州都であり、地理的に州の中心に近い。オハイオ州立大学、フランクリン大学、キャピタル大学、オハイオ・ドミニオン大学が所在

大都市圏の中心として機能している都市は以下の通りである。

シンシナティ都市圏はケンタッキー州とインディアナ州に、スチューベンビル都市圏はウェストバージニア州に、ヤングスタウン都市圏はペンシルベニア州に広がっている。

大都市圏の郊外都市として人口の多い都市は次の通りである。

小都市圏の中心として機能している主な都市は以下の通りである。

政府と政治

コロンバス市にあるオハイオ州会議事堂

オハイオ州政府は行政府[62]、司法府[63]、立法府[64]の3権で構成されている。

行政府

ジョン・ケーシック

行政府の長がオハイオ州知事である[62]。州知事は、任期4年で州の有権者による選挙により選ばれる。州知事は、州議会が制定した法案に対する拒否権を有している。また、刑事犯に対する恩赦を行う権限を有している。

1991年以降、州知事のポストは共和党により占められていた。2006年の中間選挙民主党のテッド・ストリックランドが当選したが、2010年の中間選挙で共和党のジョン・ケーシック[3]に敗れた。2011年1月10日、ケーシックが州知事に就任した。

副知事は、知事とペアで立候補し選出される。副知事は知事が不在の場合に代行する[65]。また知事に割り当てられた業務を実行する[66]。現在の副知事は、共和党のメアリー・テイラーである。

近年の州知事

  • ボブ・タフト(1999年1月-2007年1月)
  • テッド・ストリックランド(2007年1月-2011年1月)
  • ジョン・ケーシック(2011年1月-)

行政府の中で他に州憲法で規定され、選挙で選ばれる役人として、州務長官、州監査官、州財務官および検事総長がいる[62]

立法府

アクロンのパトカー[67]

州議会は、州憲法に基づき、州上院(Senate)および州下院(House of Representatives)の二院から構成されている[68]

州上院の定数は33名で、33の小選挙区から一人ずつ選ばれる。現在共和党が23議席、民主党が10議席を占めている。任期は4年で、偶数年に半数ずつ改選される。原則として連続2期までの制限がある。2010年の中間選挙で民主党が2議席を減らした。

州下院の定数は99名で、99の小選挙区から一人ずつ選ばれる[69]。現在共和党が59議席、民主党が40議席を占めている(1議席は空席)。任期は2年で全議席が偶数年11月に改選される。原則として連続4期までの制限がある。2010年の中間選挙では民主党が13議席を減らした。

州議会の両院が可決した法案に州知事が署名することにより州法は成立する。州知事が拒否権を行使した法案を再可決するためには、両院それぞれ3/5の特別多数による決議が必要とされる。

司法府

オハイオ州の司法府は州最高裁判所[70]、地区裁判所[71]、一般訴訟裁判所[72]の3段階がある。

州最高裁判所

アメリカ合衆国の連邦法制度と併せて、州独自の法体系を有している(オハイオ州法)。オハイオ州憲法ないしオハイオ州法の解釈については、オハイオ州最高裁判所が連邦法に抵触する場合を除き、最終的な権威を有している。独自の裁量権により控訴裁判所からの控訴案件を審問する。特定の事項については第一審となる権利がある[73]

州最高裁判所は、州都コロンバスのダウンタウンにあり、サイオト川の河畔に立つ。州最高裁判所は、長官を含め7名の裁判官(Justice)で構成されており、任期は6年で、長官は6年ごとに、また、長官を除く6名は2年ごとに2名ずつが選挙により選ばれる。通常は弁護士ないしは下級裁判所の裁判官が選ばれるが、州の最高裁の裁判官となるために、州の司法試験に合格していることが要件とはされていない。日本のキャリアシステムに基づく裁判官とは異なり、弁護士、議員その他の多様なキャリアを有する者が裁判官に選出される。70歳を超える者は、州最高裁の裁判官に立候補することができない。

州最高裁の7名の裁判官のうち6名は共和党員が占めており、2011年から現在まで、州の最高裁長官は、共和党員であるモーリーン・オコナー(Maureen O'Connor)がつとめている(次の改選期は2012年)。欠員が出た場合を除き裁判官の選挙は偶数年に行われる。

その他の州裁判所

州の高等裁判所(Appellate Court)は、州を12に分けて管轄する地区裁判所である。州高等裁判所の裁判官の任期も6年間である。郡一般訴訟裁判所から控訴された案件を審問する。

オハイオ州政府に対する民事訴訟は、州請求裁判所(State Court of Claims)にて審理される。

郡一般訴訟裁判所(County Court of Common Pleas)が通常民事および刑事事件の第一審を担当する裁判所であり、日本における地方裁判所に相当する。州内各郡に1か所、合計88か所存在する。

その他日本における簡易裁判所に相当する自治体裁判所(Municipal court)や郡裁判所(County Court)も存在する。

連邦裁判所

連邦控訴裁判所

オハイオ州は、アメリカ連邦裁判所(合衆国裁判所)の控訴裁判所の管轄としては、第6巡回区に属する。

連邦地方裁判所

オハイオ州は、州内を南北に二分して、オハイオ州北地区または南地区連邦地方裁判所がそれぞれ管轄する。

政治

大統領選挙の結果[74]
共和党 民主党
2008年 46.80% 2,677,820 51.38% 2,940,044
2004年 50.81% 2,859,768 48.71% 2,741,167
2000年 49.97% 2,351,209 46.46% 2,186,190
1996年 41.02% 1,859,883 47.38% 2,148,222
1992年 38.35% 1,894,310 40.18% 1,984,942
1988年 55.00% 2,416,549 44.15% 1,939,629
1984年 58.90% 2,678,560 40.14% 1,825,440
1980年 51.51% 2,206,545 40.91% 1,752,414
1976年 48.65% 2,000,505 48.92% 2,011,621
1972年 59.63% 2,441,827 38.07% 1,558,889
1968年 45.23% 1,791,014 42.95% 1,700,586
1964年 37.06% 1,470,865 62.94% 2,498,331
1960年 53.28% 2,217,611 46.72% 1,944,248

オハイオ州は「大統領の母」というニックネームがあり、州内で生まれた7人の大統領を送り出してきた[75]。7人共に共和党員である。バージニア州生まれのウィリアム・ハリソンはオハイオ州に住んだホイッグ党員(共和党の前身)だった[75]。歴史家のR・ダグラス・ハートは、バージニア州と言えども、「全国的な政治にこれほどの足跡を残していない」と主張している[76]。雑誌「エコノミスト」は、「この中西部の一画はアメリカのあらゆるものの一端を含んでいる。北東部の一部であり、南部の一部である。都市の一部であり、田園部の一部である。ぎりぎりの貧困の一部であり、景気の良い郊外の一部である。」と記した[77]

2008年時点で州内有権者は民主党支持が強い傾向がある。民主党登録者は推計 2,408,178 人、共和党登録者は推計 1,471,465 人である。2004年では民主党72%、共和党32%だった。有権者総数は 7,937,161 人である。 2008年では当時イリノイ州選出アメリカ合衆国上院議員のバラク・オバマが投票総数の51.50%を獲得し、対抗馬であるアリゾナ州出身のジョン・マケインに4.59%の差を付けた[78]。しかしオバマは州内88郡のうち22郡を制しただけだった[79]

連邦議会への議員選出

2000年国勢調査によりオハイオ州からのアメリカ合衆国下院議員定数が1人減らされ、18名が選出されている。 2008年の選挙で民主党はアメリカ合衆国下院議員数を3人増やした[80]。アメリカ合衆国上院には共和党のロブ・ポートマンと民主党のシェロッド・ブラウンを送り出している[81]

大統領選挙の選挙人

オハイオ州から選ばれるアメリカ合衆国大統領選挙の選挙人の人数は、全米で538人のうちの20人だった。2010年の国勢調査により、これが2人減らされて18人となり、2012年、2016年、2020年の選挙はこれで望むことになる[82]フロリダ州やペンシルベニア州などと共に、選挙の度に共和党民主党両党に勝利者が変動する「スイング・ステート」として知られ、2000年2004年の大統領選挙では選挙の帰趨を決する役割を果たした。どちらの年も、小差で共和党ジョージ・W・ブッシュ候補を支持した。


経済

シンシナティ市にあるプロクター・アンド・ギャンブル社本社、売上高で州内最大の企業

2010年、雑誌「サイトセレクション」でオハイオ州は事業に適した州として第2位にランクされた。これは事業活動データベースに基づいている[83]。事業の成長と開発については、この雑誌から3回連続でガバナーズカップ賞を得た[84]。オハイオ州の州内総生産は4,780億米ドルである[85][86]コロンビア特別区を合わせた51の州と地区の中でオハイオ州の経済規模は第7位である[86]

小企業・起業家委員会は2009年事業税指数で企業に優しい税制度の第10位にオハイオ州をランク付け、事業税とキャピタルゲイン比率は1.6%で第6位だった[87]。同委員会の小企業生存指数2009年では、友好的な政策の州として第11位だった[88]。ディレクターシップのボードルームガイドでは、事業環境として全体の第13位としており、訴訟環境では第7位にしていた[89]。雑誌フォーブスでは、2009年の調整力ある政府として第8位に位置づけた[90]USニューズ&ワールド・レポート2010年ランキングに拠れば、州内には国内のトップ115大学のうちの5つがある[91]。同じランキングで2008年には、高校の良さで第8位だった[92]

2010年5月時点の州内失業率は10.7%であったが、この月は17,000の新たな就職機会が付加された[93][94]。一人当たり収入は34,874米ドルである[86][95]ムーディーズは2009年の一人当たり収入増加率を1.3%と予測しているが、2007年の4.7%と比べて下がっている[86]。2007年時点で、世帯当たり所得中間値は46,645米ドルであり[96]、人口の13.1%は貧困線以下の暮らしをしている[97]。これは全国平均の13%より僅かに上回っている[97]。雇用情勢は2006年から2016年の間に5%成長すると予測され、純増は290,700人分である[86]

オハイオ州の州内総生産の中で、製造業が18.3%、金融業も18.3%を占めており、最大の産業分野になっている[86]。中西部では最大のバイオサイエンス分野があり、「グリーン」経済では国を引っ張っている。プラスティック、ゴム、加工金属、電気機器、電化製品の生産高では国内最大である[98]。州民の約5,212,000人が賃金または給与労働者である[86]

雇用の面では商業・輸送・公共事業分野が1,010,000 人、すなわち州内総労働者人口の 19.4% を雇用して最大であり、これに医療・教育部門が825,000 人、15.8% で続いている[86]。政府部門が 787,000 人、15.1%、製造業が669,000 人、12.9%、専門職・技術部門が638,000 人、12.2%を雇用している[86]。オハイオ州の製造業は総生産高で50州のうちの第3位である[86]。国内の2008年売上高上位1,000社のうち、59社が州内に本社を置いており、その中にはプロクター・アンド・ギャンブルグッドイヤー、AKスチール、ティムケン、アバクロンビー&フィッチウェンディーズが入っている[99]

オハイオ州は独自にオハイオ・ロッタリーという宝くじを発行している41州の1つである[100]。その34年間の歴史で公共教育に155億米ドルを寄付してきた[101]

主な会社など

オハイオ州に本拠地のある企業には以下のようなものがある。

オハイオ州と関係が深い日本企業

主な産業など

19世紀には全米屈指の原油の産出量を誇った (その後ジョン・ロックフェラーがクリーブランド周辺に精製施設を建設し、同市にスタンダード・オイルを設立した) 。21世紀初頭にも小規模ながら原油の産出はみられ、原油を産出する32州の中で19位である。60,000程油井があるが殆どは日産10バレル以下の小規模のものである[102]

シェールガスのガス井が20,000以上あり、近年同州でも開発ブームが起きている[103]

北西部には製塩施設がいくつか見られる[104]

交通

道路

国内の東西方向に走る主要幹線道がオハイオ州内を通っている。その中でも20世紀初めに建設された「メイン・マーケット・ルート3」は1913年に選定され、ニューヨーク市とサンフランシスコ市を繋いで初めて国内を横断する道路となった「リンカーン・ハイウェイ」の一部になった。オハイオ州内のリンカーン・ハイウェイは、カントン市、マンスフィールド市、ウースター市、ライマ市、バンワート市など多くの都市や町を繋いだ。リンカーン・ハイウェイが州内に入ってきたことで、州の発展に大きな影響を与えた。1926年には番号付き国道体系が整備され、リンカーン・ハイウェイは国道30号線となった。州内には19世紀初めのカンバーランド道路(ナショナルロード)もあり、その長さは228マイル (367 km)、現在は国道40号線となっている。

州内には高度に発達した道路と州間高速道路のネットワークがある。主要な東西方向道路として、州間高速道路はコロンバスとデイトンを通り、西側のインディアナ州に通じる70号線、アクロンを通り、東側のペンシルベニア州に通じる76号線、大陸横断道の80号線90号線(オハイオ・ターンパイク)、ウェストバージニア州からシンシナティに通じるアパラチアン・ハイウェイ(オハイオ州道32号線)がある。

南北方向道路では、西側のトレドからミシガン州を抜けカナダに向かう州間高速道路75号線、クリーブランドからコロンバスとシンシナティを抜けて南のケンタッキー州に入る71号線、南東側のクリーブランドからアクロン、カントン、ニューフィラデルフィア、マリエッタを抜けてウェストバージニア州に通じる77号線などがある。州間高速道路75号線のシンシナティ・デイトン間は州内で最も交通量が多い区間である。また州都コロンバス市には270号環状線がある。

航空

州内には国際空港が5つ、商業空港が4つ、軍用空港が2つある。5つの国際空港は以下の通りである。

もう一つの軍用空港はライト・パターソン空軍基地であり、国内最大でもある。他にトレド・イクスプレス空港やアクロン・カントン空港が使われている。

シンシナティの近隣空港であるシンシナティ・ノーザンケンタッキー国際空港(CVG)はケンタッキー州ヘブロンに所在する。)

教育

オハイオ州の公共教育体系はオハイオ州憲法第6条、およびオハイオ改訂法典第33条に規定されている。基本的には他州に規定される教育体系に類似している。オハイオ州教育委員会が監督するオハイオ州教育省が初等・中等教育を管理している。州全体で約700の教育学区がある。オハイオ州理事会が高等教育機関の調整・援助を行っており、ストリックランド知事の時にオハイオ大学体系の中に再編成された。この体系により年間40万人の学生が学んでおり、国内でも5本の指に入る規模となっている。

単科及び総合大学

参照:オハイオ州の大学リスト

図書館

州内には国内でも評価の高い公共図書館がある[105]トマス・J・ヘネン・ジュニアによる2008年の研究では、各州との比較でオハイオ州を第1位にランクした[106]。オハイオ州の図書館システムの中で31が、都市や人口の分類の中でトップ10入りしている[105]

人口50万人以上の都市・郡という分野では次の図書館がランク入りした。

  • コロンバス都市圏図書館、第1位
  • カヤホガ郡公共図書館、第2位
  • シンシナティ市・ハミルトン郡公共図書館、第10位

オハイオ州公共図書館情報ネットワークは州民に251の公共図書館へのインターネット・アクセスを提供する組織である。高品質の文献検索データベースを提供している。

カレッジや大学の学生、研究者のためには「オハイオリンク」があり、他の機関の図書館にもアクセスできるようになっている。

芸術・文化

美術館・博物館・史跡

オーケストラなど

スポーツチーム


その他

初期の入植時にドイツスイス移民が多く、その為、アーミッシュ人口ペンシルベニア州に次いで多い。故郷の湖沼地帯に気候風土が似ていたからという説があるが定かではない。

「オハイオ・スイスチーズ」はエメンタール系で美味。

かつては毎年7月に〔イカスコン〕というアニメコンベンションが開催されていたが、現在はインディアナ州に移行している。

同州出身の有名人

州の象徴など

オハイオトチノキの種

日本の姉妹都市

  1. ^ Ohio Quick Facts”. Ohio Historical Society. 2009年3月26日閲覧。
  2. ^ City of Columbus: Fun Facts”. City of Columbus, Ohio (2006年). 2009年3月26日閲覧。
  3. ^ a b The Governors of Ohio”. Ohio Historical Society (2007年1月8日). 2009年3月25日閲覧。
  4. ^ Hershey, William (2006年11月8日). “Strickland becomes first Dem governor since '91”. Middletown Journal. http://www.middletownjournal.com/hp/content/oh/story/news/local/2006/11/08/ddn110806gov.html 2009年3月25日閲覧。 
  5. ^ a b Stockwell, Mary (2006). "ohio"+"march+17+1803"#PPA88,M1 The Ohio Adventure. Layton, UT: Gibbs Smith. p. 88. ISBN 1-58685-361-9. http://books.google.com/?id=VJKroULBUpgC&printsec=copyright&dq="ohio"+"march+17+1803"#PPA88,M1 
  6. ^ Davidson, William M. (1902). A History of the United States. Chicago, IL: Scott, Foresman and Company. p. 265. ISBN 1-4297-5239-4. http://books.google.com/?id=G24AAAAAYAAJ&pg=PA265&lpg=PA265&dq=ohio+admitted+to+the+union 
  7. ^ Quick Facts About the State of Ohio”. Ohio History Central. 2010年7月2日閲覧。 “From Iroquois word meaning 'great river'”
  8. ^ Mithun, Marianne (1999). “Borrowing”. The Languages of Native North America. Cambridge: Cambridge University Press. pp. 311–3. ISBN 978-0-521-29875-9. http://books.google.com/books?id=ALnf3s2m7PkC&pg=PA311. "Ohio ('large creek')" 
  9. ^ Native Ohio”. American Indian Studies. Ohio State University. 2007年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年2月25日閲覧。 “Ohio comes from the Seneca (Iroquoian) ohiiyo’ 'good river'”
  10. ^ Why is Ohio known as the Buckeye State and why are Ohioans known as Buckeyes?” (PDF). 2008年4月21日閲覧。
  11. ^ a b Knepper (1989), p. 9.
  12. ^ a b c Knepper (1989), p. 10.
  13. ^ Robrt Maslowski, "Cultural Affiliations Statement: New River Gorge National River and Gauley River National Recreation Area, National Park Service, accessed 2 August 2012
  14. ^ a b Knepper (1989), p. 11.
  15. ^ a b c Knepper (1989), p. 13.
  16. ^ Knepper (1989), p. 14.
  17. ^ Roseboom (1967), p. 20.
  18. ^ Knepper (1989), pp. 14–17.
  19. ^ Knepper (1989), pp. 43–44.
  20. ^ "Pontiac's Rebellion", Ohio History Central, July 1, 2005.
  21. ^ Cayton (2002), p. 3.
  22. ^ Religion and the Congress of the Confederation, 1774-89”. Library of Congress. 11/4/12閲覧。
  23. ^ "The Date of Ohio Statehood", Frederick J. Blue, PhD, Ohio Academy of History Newsletter, Volume 23, Autumn 2002
  24. ^ Clearing up the Confusion surrounding OHIO's Admission to Statehood
  25. ^ Knepper (1989), pp. 233–234.
  26. ^ Roseboom and Weisenburger (1967), p. 188.
  27. ^ Cayton (2002), p. 129.
  28. ^ Morris (1992), pp. 10–11.
  29. ^ Cayton (2002), pp. 128–129.
  30. ^ State Nicknames – Nicknames of U.S. States”. Geography.about.com. 2010年7月2日閲覧。
  31. ^ Transportation delivers for Ohio, Ohio: Department of Transportation, (2003‐2‐12), オリジナルの2008‐1‐24時点におけるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20080124091721/http://www.dot.state.oh.us/budget/Feb12-03/TransDelivers2-12.asp 2005年12月22日閲覧。 .
  32. ^ Ohio Coastal Counties, Ohio: Department of Natural Resources, http://www.ohiodnr.com/Home/about/counties/tabid/18020/Default.aspx 2008年9月3日閲覧。 .
  33. ^ “Ohio v. Kentucky, 444 U.S. 335”, Case law, Find law, (1980), http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=444&invol=335 .
  34. ^ History of the Appalachian Regional Commission, Appalachian Regional Commission, http://www.arc.gov/index.do?nodeId=7 2006年1月3日閲覧。 .
  35. ^ "Counties in Appalachia", Appalachian Regional Commission. Retrieved January 3, 2006.
  36. ^ "GCT-T1 Ohio County Population Estimates—2005", The United States Census Bureau, retrieved January 3, 2006. True summation of Ohio Appalachia counties population (1,476,384) obtained by adding the 29 individual county populations together (July 1, 2005 data). Percentage obtained by dividing that number into that table's estimate of Ohio population as of July 1, 2005 (11,464,042)
  37. ^ The History of the MCD: The Conservancy Act”. Miami Conservancy District. 2007年1月13日閲覧。
  38. ^ All-Time Temperature Maximums By State (2003)” (PDF). National Climatic Data Center. 2006年11月7日閲覧。
  39. ^ All-Time Temperature Minimums By State (2003)” (PDF). National Climatic Data Center. 2006年11月7日閲覧。
  40. ^ ODNR Updates Ohio Earthquake Map to Reflect Statewide Seismic Activity Since 2002 (news release), Ohio Department of Natural Resources, Division of Geological Survey (September 18, 2007)
  41. ^ Ohio Seismic Network, What was the biggest earthquake in Ohio?
  42. ^ Historic Earthquakes: Western Ohio, U.S. Geological Survey.
  43. ^ “Ohio”, Historic United States Earthquakes, United States of America: Geological Survey, http://earthquake.usgs.gov/regional/states/historical_state.php#ohio .
  44. ^ “Near Lima, OH, 1884‐9‐19”, Historic Earthquakes, US: Geological Survey, http://earthquake.usgs.gov/regional/states/events/1884_09_19.php .
  45. ^ “Near Portsmouth, OH, 1986‐1‐31”, Historic Earthquakes, US: Geological Survey, http://earthquake.usgs.gov/regional/states/events/1986_01_31.php .
  46. ^ “Northeast Ohio, 1986‐1‐31”, Historic Earthquakes, US: Geological Survey, http://earthquake.usgs.gov/regional/states/events/1986_01_31.php .
  47. ^ “January 1986 Northeastern Ohio Earthquake”, The Ohio Seismic Network, Ohio Department of Natural Resources, http://www.ohiodnr.com/geosurvey/earthquakes/860131/860131/tabid/8365/ 2009年9月13日閲覧。 .
  48. ^ Magnitude 4.0 – Youngstown‐Warren urban area, OH, US: Geological Survey, http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/recenteqsus/Quakes/usc0007f7s.php 2011年12月31日閲覧。 .
  49. ^ The Ohio Seismic Network, OH: Department of natural resources, http://www.ohiodnr.com/ohioseis/default/tabid/8144/ .
  50. ^ Catalog of Ohio Earthquakes, at the Ohio Department of Natural Resources web site
  51. ^ Census of Population: 1970, Part 37 – Ohio, Section 1” (PDF). United States Census Bureau (1970年). 2009年3月27日閲覧。
  52. ^ Balistreri, Kelly (2001年2月). “Ohio Population News: Why did Ohio lose a seat in the U.S. House of Representatives?” (PDF). Center for Family and Demographic Research at Bowling Green State University. 2009年3月27日閲覧。
  53. ^ Annual Estimates of the Resident Population for the United States, Regions, States, and Puerto Rico: April 1, 2010 to July 1, 2011” (CSV). 2011 Population Estimates. United States Census Bureau, Population Division (2011年12月). 2011年12月21日閲覧。
  54. ^ a b 2000 Population and Geographic Centers of Ohio” (PDF). Ohio Department of Development, Office of Strategic Research (2001年3月). 2009年3月26日閲覧。
  55. ^ Population and Population Centers by State: 2000”. United States Census Bureau. 2008年12月6日閲覧。
  56. ^ "Americans under age 1 now mostly minorities, but not in Ohio: Statistical Snapshot". The Plain Dealer. June 3, 2012.
  57. ^ http://factfinder2.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?pid=ACS_10_1YR_DP02&prodType=table
  58. ^ http://factfinder2.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?pid=DEC_10_DP_DPDP1&prodType=table
  59. ^ http://factfinder2.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?pid=DEC_10_SF1_QTP10&prodType=table
  60. ^ American FactFinder2 Custom Tables:Table 1”. 2010年3月20日閲覧。
  61. ^ American FactFinder2”. 2010年3月20日閲覧。
  62. ^ a b c Constitution Online”. Ohio General Assembly. 2009年3月25日閲覧。
  63. ^ Constitution Online”. Ohio General Assembly. 2009年3月25日閲覧。
  64. ^ Constitution Online”. Ohio General Assembly. 2009年3月25日閲覧。
  65. ^ Constitution Online”. Ohio General Assembly. 2009年3月25日閲覧。
  66. ^ Constitution Online”. Ohio General Assembly. 2009年3月25日閲覧。
  67. ^ Akron & Summit County History:Police
  68. ^ Ohio General Assembly”. Ohio History Central (2005年7月1日). 2009年3月25日閲覧。
  69. ^ Government”. Congressman Michael Turner. 2009年3月25日閲覧。
  70. ^ The Supreme Court of Ohio Jurisdiction & Authority”. The Ohio Judicial System. 2009年3月25日閲覧。
  71. ^ Ohio District Courts of Appeal”. Ohio Judiciary System. 2009年3月25日閲覧。
  72. ^ Constitution Online”. Ohio General Assembly. 2009年3月25日閲覧。
  73. ^ Constitution Online”. Ohio General Assembly (2009年). 2009年3月25日閲覧。
  74. ^ Leip, David. “Presidential General Election Results Comparison – Ohio”. US Election Atlas. 2009年12月31日閲覧。
  75. ^ a b Heinrichs, Ann (2003). Ohio. Minneapolis, M.N.: Compass Point Books. p. 42. ISBN 0-7565-0316-7. http://books.google.com/?id=VTnyaU2WkmUC&pg=PT43&lpg=PT43&dq=ohio+seven+presidents 
  76. ^ Holli (1999), p. 162.
  77. ^ " A grain of sand for your thoughts", The Economist, December 20, 2005. Retrieved December 23, 2005.
  78. ^ President / Vice President: November 4, 2008” (ASPX). Ohio Secretary of State (2008年11月4日). 2009年3月29日閲覧。
  79. ^ Hallett, Joe; Mark Niquette, Jonathan Riskind (2008年11月6日). “Total-state Approach Aided Obama”. Columbus Dispatch. http://www.dispatchpolitics.com/live/content/local_news/stories/2008/11/06/copy/howwin.ART_ART_11-06-08_A1_4KBQDF8.html?adsec=politics&sid=101 2009年3月29日閲覧。 
  80. ^ Brady, Jessica (2008年11月6日). “Democrats Gain in Michigan and Ohio”. Roll Call. http://www.rollcall.com/issues/54_54/politics/29901-1.html 2009年3月29日閲覧。 
  81. ^ Senators of the 111th Congress”. United States Senate. 2009年3月29日閲覧。
  82. ^ Riskind, Jonathan (2008年12月24日). “Ohio likely to lose 2 seats in Congress in 2012”. Columbus Dispatch. http://www.dispatchpolitics.com/live/content/national_world/stories/2008/12/24/ohcong.ART_ART_12-24-08_A6_0ACB253.html?sid=101 2009年3月29日閲覧。 
  83. ^ Site Selection Rankings”. Greyhill Advisors. 2011年10月17日閲覧。
  84. ^ "Columbus Chamber Announces Ohio Ranked on 'Top 10 Business Climates' List for 2009", Earth Times. Retrieved November 19, 2009.
  85. ^ GDP by State”. Greyhill Advisors. 2011年9月15日閲覧。
  86. ^ a b c d e f g h i j Economic Overview” (PDF). Ohio Department of Development (2009年2月). 2009年3月31日閲覧。
  87. ^ "Business Tax Index 2009", SMALL BUSINESS & ENTREPRENEURSHIP COUNCIL. Retrieved December 2, 2009.
  88. ^ "SMALL BUSINESS SURVIVAL INDEX 2009", SMALL BUSINESS & ENTREPRENEURSHIP COUNCIL. Retrieved December 2, 2009.
  89. ^ "The Best States for Business", Directorship. Retrieved December 2, 2009.
  90. ^ "The Best States For Business", Forbes. Retrieved December 2, 2009.
  91. ^ "Best Colleges 2010", U.S. News and World Report. Retrieved December 2, 2009.
  92. ^ "Best High Schools: State by State Statistics", U.S. News and World Report. Retrieved December 2, 2009.
  93. ^ Bls.gov; Local Area Unemployment Statistics
  94. ^ "Jobless rates fall again in southeastern Ohio", Zanesville Times-Recorder. 23 june 2010. Retrieved 25 june 2010.
  95. ^ "Strickland: Mature leader needed, rival Kasich is too radical", Dayton Daily News. 22 june 2010. Retrieved 25 june 2010.
  96. ^ ERS/USDA Data”. Economic Research Service, United States Department of Agriculture (2008年12月15日). 2009年3月31日閲覧。
  97. ^ a b Ohio QuickFacts”. United States Census Bureau (2009年2月20日). 2009年3月31日閲覧。
  98. ^ "Economic Overview", Ohio Department of Development, p. 1. Retrieved November 19, 2009.
  99. ^ Fortune 500 2008”. Money (magazine) (2008年5月5日). 2009年3月31日閲覧。
  100. ^ Lottery Results” (SHTML). Office of Citizen Services and Communications, General Services Administration. 2009年3月31日閲覧。
  101. ^ Kissell, Margo R. (2009年3月24日). “Englewood Man Wins $250,000 in Lottery”. Englewood, O.H.: Dayton Daily News. http://www.daytondailynews.com/n/content/oh/story/news/local/2009/03/24/ddn032409lotteryweb.html 2009年3月31日閲覧。 
  102. ^ [1]
  103. ^ [2]
  104. ^ [3][4]
  105. ^ a b Thomas J. Hennen's American Public Library Ratings for 2006
  106. ^ Statewide Library Scoring

レファレンス

  • 生活情報ガイドブック「オハイオ・インディアナ・ケンタッキー便利帳」Y's Publishing Co., Inc. 発行
  • AAA TourBook Illinois/Indiana/Ohio版
  • Cayton, Andrew R. L. (2002). Ohio: The History of a People. Columbus, OH: The Ohio State University Press. ISBN 0-8142-0899-1
  • Knepper, George W. (1989). Ohio and Its People. Kent, OH: Kent State University Press. ISBN 978-0-87338-791-0
  • Mithun, Marianne (1999). Languages of Native North America. Cambridge, UK: Cambridge University Press.
  • Morris, Roy, Jr. (1992). Sheridan: The Life and Wars of General Phil Sheridan. New York: Crown Publishing. ISBN 0-517-58070-5.
  • Holli, Melvin G. (1999). The American Mayor. State College, PA: Pennsylvania State University Press. ISBN 0-271-01876-3
  • Roseboom, Eugene H.; Weisenburger, Francis P. (1967). A History of Ohio. Columbus: The Ohio Historical Society.

関連項目

外部リンク


Template:Link FA