トチノキ

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トチノキ
Aesculus turbinata 7.JPG
花序 福島県会津地方 2013年6月
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
階級なし : バラ類 rosids
: ムクロジ目 Sapindales
: ムクロジ科 Sapindaceae
: トチノキ属 Aesculus
: トチノキ A. turbinata
学名
Aesculus turbinata Blume (1847) [1]
和名
トチノキ(栃の木)
英名
Japanese horsechestnut

トチノキ(栃の木[2]、栃[3]、橡の木[4][5]学名: Aesculus turbinata)とは、ムクロジ科[注 1]トチノキ属落葉広葉樹である。落葉広葉樹林の構成種の一つで、都市部では街路樹にされる。日本の山村地域の暮らしを支えた重要な樹種で、実は食用となり栃煎餅や栃餅に、また材からは臼やこね鉢などが作られる。

近縁種にヨーロッパ産のセイヨウトチノキ (A. hippocastanum、フランス語名:マロニエ) や、アメリカトチノキ英語版(A. glabra、英名:バックアイ) がある。

名称[編集]

和名「トチノキ」の語源は、トは「十」、チは「千」を表わし、果実がたくさんなることからこの名がついたとされる[6]。 別名はトチ[5]、地方名にクワズノクリ[7]、トチグリ[7]ともよばれている。トチノキはシナトチノキ(学名: Aesculus chinensis、中国名:七葉樹)の仲間で[7]中国名は「日本七葉樹」(にほんしちようじゅ)[1][7]

英名Japanese horsechestnut (ジャパニーズ・ホースチェストナッツ)は、「日本の馬栗」の意味で、実がクリに似ているところからきている[8]。そのほかに、葉痕のかたちが馬蹄に似ていて、7本の釘跡までついているように見えるところからの命名とする説[9]、実が馬をはじめとする家畜の病気を治す効果があるからという説もある[9]

マロニエ(仏語)とよばれているものは、日本のトチノキの近似種で西洋産のセイヨウトチノキ (ヨーロッパトチノキ、学名: Aesculus hippocastanum) である[9][5]。マロニエはパリの街路樹が有名なこともあって、日本の地域によっては日本産のトチノキを看板などに「マロニエ」と表記しているところもある[9]

分布・生育地[編集]

日本特産の樹種で、北海道本州四国九州に分布する[7][2][3]温帯落葉広葉樹林の重要な構成種の一つで、東日本を中心に分布し、特に東北地方に顕著に見られる。山地の沢沿いなどに生え[2][4]、水気を好み、適度に湿気のある肥沃な土壌で育つ。谷間では、より低い標高から出現することもある。サワグルミなどとともに姿を見せることが多い。

特徴[編集]

落葉広葉樹高木[3]、大木に成長し、樹高30 - 35メートル (m) [2]、直径2 mを超える[8]樹皮は灰褐色で、生長するに従い褐色になり、老木は裂け目ができて大きく剥がれる[10][2][4]。一年枝は太く、淡褐色や淡赤褐色で無毛[4]

対生し、非常に大きな掌状複葉で全体の長さは50 cmにもなる。長い葉柄の先に長さ15 - 40 cmの倒伏状長楕円形から倒卵形の小葉を5 - 7枚を掌状につけ、枝先に集まってつく[10][2][3]葉縁には鋸歯があり、葉裏には毛がある[10]。秋には黄葉が見られ、黄色から褐色に色づく[2]。山吹色に染まるのが多く、中には赤味を帯びることもある[6]。やがて橙色や黄褐色に変わって、大きな葉ごと落葉する[5]

花期は5 - 6月で[2]。枝先の葉の間から長さ15 - 25 cmの円錐花序が現れて、花序は高く立ち上がり、黄白色の雄花両性花をつける[2]。両性花は花弁が4個、雄蕊7個、雌蕊1個がつく[2]。個々の花弁はさほど大きくないが、雄しべが長く伸び、全体としてはにぎやかで目立つ姿である。花弁は乳白色で、蜜と花粉がある3日間は黄色の斑点が出るが、4日目以降は赤色に変化する[3]。赤い点がある花は、蜜だけを盗む虫に対する目くらましのための装飾花の役目で、花色の変化は、赤い点と黄色い点の違いが識別可能な受粉を促す昆虫へのメッセージと考えられている[3]

果期は10月[2]。晩夏から初秋に至り、果実がみのる[5]ツバキの実に似た果実は、直径40ミリメートル (mm) ほどの球形で、熟すにつれて厚い果皮が3つに割れ、少数の種子を落とす[2]。種子は大きさ、艶、形ともにクリに似ているが[4]、ツヤのある黒褐色で色が濃く[5]、球状をしている。一般的に「栃の実」と呼ばれて食用にされるのは、この種子である。

冬芽は枝先につく頂芽が花芽で、特に大きくて多数の芽鱗に覆われていて樹脂がついていてネバネバしているが、あまりべたつかないものもある[2][4]。枝に対生する側芽は、上部のもの以外は小さい[4]。側芽の葉痕は大きく、心形で維管束痕が5 - 7個見られる[4]

人との関わり[編集]

実は食用になるが、サポニンを含むためそのままでは渋くて食べられないため渋抜きをして食べられている。また薬用にしたり、含有するサポニンによって洗剤としての利用も行われた[11]。植栽樹として街路樹に用いられたり、蜜源植物として利用される。材は木目が美しく、高級材として盆や鉢を作るのに使われる。

植栽[編集]

植栽として、庭木街路樹に数多く用いられている[10][5]。パリの街路樹のマロニエは、セイヨウトチノキといわれ実のさやに刺がある。また、マロニエと米国産のアカバナトチノキ (Aesculus pavia) を交配したベニバナトチノキ (Aesculus x carnea) も街路樹として使用される。日本では大正時代から街路樹として採用されるようになった。しかし湿気のある土地を好むため、東京などの大都市とは相性が悪いといわれる[誰によって?]が、東京の練馬区内の目白通りに、環七通りの交差点豊玉陸橋交差点付近から練馬区役所前付近に掛けて街路樹に数多くの本数が植えられているほか、武蔵野市吉祥寺通りにも数多く植えられている[12]札幌市の札幌駅前通り、四番街の並木選定でもトチノキが用いられている[9]

木材[編集]

トチノキの無垢一枚板

材は緻密で加工がしやすく割れにくい特性があり、乳白色で、製材すると表面が滑らかで不規則な繊維の配列が絹のような光沢を作り、綺麗な杢目が出ることが多く、いわゆる「栃杢」(とちもく)をつくる[3]。真っ直ぐ伸びる木ではないので変化に富んだ木材となりやすい。比較的乾燥しにくい木材ではあるが、乾燥が進むと割れやすいのが欠点である。

盆や鉢類を作るのに利用され、トチノキ材の蕎麦打ちのこね鉢は、最高級品と謳われている[3]。巨木になり、大材が得られるのでかつてはや木鉢の材料にされたが、昭和中期以降は一枚板のテーブルに使用されることが多い。乱伐が原因で産出量が減り、21世紀頃にはウォールナットなどと同じ銘木級の高価な木材となっている。

食用[編集]

「栃の実」とよばれる果実の中にある種子は、デンプンタンパク質を多く含み、あく抜きして栃餅などを作って食用にする[10][2]。食用の歴史は古く、縄文時代の遺跡からも出土している。例えば、埼玉県川口市の赤山遺跡では栃の実の加工工場ともいうべき施設があったことが分かっており、大型の土器、臼代わりに利用された石、木製の水槽などが出土している[13]。渋抜きはコナラミズナラなどの果実(ドングリ)よりも手間がかかり、長期間流水に浸す、大量の灰汁で煮るなど高度な技術が必要だが[9]、収穫量が多いため、かつては耕地に恵まれない山村ではヒエやドングリと共に主食の一角を成し、常食しない地域でも飢饉の際の食料(救荒作物)として重宝され、天井裏に備蓄しておく民家もあった[3]。積雪量が多く、稲作が難しい中部地方の山岳地帯では、盛んにトチの実の採取、保存が行われていた。そのために森林の伐採の時にもトチノキは保護され、私有の山林であってもトチノキの勝手な伐採を禁じていたもある。山村の食糧事情が好転した現在では、食料としての役目を終えたトチノキは伐採され木材とされる一方で、渋抜きしたトチの実をもち米と共に搗いた栃餅[2]、栃煎餅が現在でも郷土食として受け継がれ、土産物にもなっている[3]

トチノキの種子はサポニンを多く含み、生のままでは渋くて食用にはならない[8]。トチノキ種子のエスチン (escin) 類、イソエスチン (isoescin) 類には小腸でのグルコースの吸収抑制等による血糖値上昇抑制活性が認められた[14]

蜜源植物[編集]

花はミツバチが好んで吸蜜に訪れ、養蜂蜜源植物としても知られる[2]。ただし、拡大造林政策などによって低山帯が一面針葉樹の人工林と化していき、トチノキなどが多い森林は減少し日本の養蜂に大きな打撃を与えた。トチの蜜は少しクセのあるとも評されている[15]

薬用[編集]

薬用部位とするのは種子と樹皮で、種子を天日乾燥して調製したものは娑羅子(さらし)と称して生薬とする[7]。薬効は下痢扁桃炎水虫たむし打撲捻挫に効能があるとされ[7]百日咳や胃にも効果があるといわれている[8]。樹皮は薬用樹キナノキの代用になるといわれている[9]。実を水で浸出したものが馬の眼病を治す効果があるという[9]

民間療法では、下痢のときに乾燥させた1日量10グラムの樹皮を600 ccの水で煎じ、3回に分けて服用する用法が知られる[7]。扁桃炎には煎じた液でうがいする[7]。水虫やたむしには、種子を粉末にして煎じた液を患部に塗る[7]。打撲や捻挫には、種子を2倍量のホワイトリカー(35度)に漬けて1か月ねかした後、その液を小麦粉と混ぜてペースト状にして湿布にする[7]

文化・文学[編集]

トチノキの花言葉は、「天才」[3]「博愛」[3]とされる。

小学校の国語の教科書にも採用されている斎藤隆介著の児童文学『モチモチの木』に登場する木は、このトチノキである。

粉にひいたトチの実を麺棒で伸ばしてつくる栃麺は、固まりやすく迅速に作業しなければならず、これを栃麺棒を振るうという。これと、慌てることを意味する「とちめく」を擬人化した「とちめく坊」から「狼狽坊」(栃麺棒、とちめんぼう)と呼ぶようになり[16]、「狼狽坊を食らう」が略されて「面食らう」という動詞が出来たとされている[17]

栃木県の県木として[編集]

トチノキは栃木県の県木で、1966年6月28日に制定された[18]。関連用語としてトチノキの葉を表す「栃の葉」(とちのは)や「マロニエ」共々栃木県に関連する物象に冠されることがある。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ APG体系ではムクロジ科であるが、古いクロンキスト体系新エングラー体系ではトチノキ科に区分された[1]

出典[編集]

  1. ^ a b c 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Aesculus turbinata Blume トチノキ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年12月29日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 西田尚道監修 学習研究社編 2009, p. 79.
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 田中潔 2011, p. 96.
  4. ^ a b c d e f g h 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2014, p. 106.
  5. ^ a b c d e f g 亀田龍吉 2014, p. 102.
  6. ^ a b 亀田龍吉 2014, p. 103.
  7. ^ a b c d e f g h i j k 貝津好孝 1995, p. 51.
  8. ^ a b c d 辻井達一 1995, p. 239.
  9. ^ a b c d e f g h 辻井達一 1995, p. 240.
  10. ^ a b c d e 平野隆久監修 永岡書店編 1997, p. 184.
  11. ^ 辻井達一 1995, p. 259.
  12. ^ 東京街路樹マップ(東京都建設局)
  13. ^ 小山田了三、小山田隆信『材料技術史概論 第3版』東京電機大学、2001年、31頁。 
  14. ^ 吉川雅之、薬用食物の糖尿病予防成分 『化学と生物』 2002年 40巻 3号 p.172-178, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.40.172
  15. ^ 辻井達一 1995, p. 242.
  16. ^ 大槻文彦『大言海 第3巻』冨山房、1932年10月https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1265336/2822017年6月11日閲覧 
  17. ^ 大槻文彦『大言海 第4巻』冨山房、1932年10月https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1265406/5942017年6月11日閲覧 
  18. ^ 昭和41年 栃木県告示第501号

参考文献[編集]

  • 貝津好孝『日本の薬草』小学館〈小学館のフィールド・ガイドシリーズ〉、1995年7月20日、163頁。ISBN 4-09-208016-6 
  • 亀田龍吉『落ち葉の呼び名事典』世界文化社、2014年10月5日、102 - 103頁。ISBN 978-4-418-14424-2 
  • 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文『樹皮と冬芽:四季を通じて樹木を観察する 431種』誠文堂新光社〈ネイチャーウォチングガイドブック〉、2014年10月10日、106頁。ISBN 978-4-416-61438-9 
  • 田中潔『知っておきたい100の木:日本の暮らしを支える樹木たち』主婦の友社〈主婦の友ベストBOOKS〉、2011年7月31日、96頁。ISBN 978-4-07-278497-6 
  • 辻井達一『日本の樹木』中央公論社〈中公新書〉、1995年4月25日、230 - 242頁。ISBN 4-12-101238-0 
  • 西田尚道監修 学習研究社編『日本の樹木』 5巻、学習研究社〈増補改訂 ベストフィールド図鑑〉、2009年8月4日、79頁。ISBN 978-4-05-403844-8 
  • 平野隆久監修 永岡書店編『樹木ガイドブック』永岡書店、1997年5月10日、184頁。ISBN 4-522-21557-6 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

日本林學會誌