ツキノワグマ
| ツキノワグマ | ||||||||||||||||||||||||
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ツキノワグマ Ursus thibetanus
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| 保全状況評価[1][2][3] | ||||||||||||||||||||||||
| VULNERABLE (IUCN Red List Ver.3.1 (2001)) | ||||||||||||||||||||||||
| 分類 | ||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | ||||||||||||||||||||||||
| Ursus thibetanus (G. Cuvier, 1823)[4] | ||||||||||||||||||||||||
| シノニム | ||||||||||||||||||||||||
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Selenarctos thibetanus | ||||||||||||||||||||||||
| 和名 | ||||||||||||||||||||||||
| ツキノワグマ[5][6][7][8] | ||||||||||||||||||||||||
| 英名 | ||||||||||||||||||||||||
| Asian black bear[4] Asiatic black bear[3][6][7] Himalayan black bear[3] Moon bear[7] | ||||||||||||||||||||||||
ツキノワグマ (Ursus thibetanus) は、食肉目クマ科クマ属に分類される食肉類。別名アジアクロクマ、ヒマラヤグマ[7]。
分布[編集]
アフガニスタン、イラン南東部、インド、カンボジア、タイ王国、大韓民国、中華人民共和国北東部から南部、朝鮮民主主義人民共和国、日本、台湾、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、ブータン、ミャンマー、ラオス、ロシア東部[3]
形態[編集]
体長120 - 180センチメートル[6][7]。尾長6 - 10.5センチメートル[7]。体重オス50 - 120キログラム[5]、メス40 - 70キログラム[7]。最大体重173キログラム[7]。肩が隆起せず、背の方が高い[7]。全身の毛衣は黒いが、赤褐色の個体もいる[5][6][7]。胸部に三日月形やアルファベットの「V」字状の白い斑紋が入り[6](無い個体もいる[9])、和名の由来になっている[7]。旧属名Selenarctosは「月のクマ」の意で、これも前胸部の斑紋に由来する[5]。
分類[編集]
以下の分類は川口 (1991)・MSW3(Wozencraft,2005) に従う[4][6]。
- Ursus thibetanus thibetanus (G. Cuvier, 1823) チベットツキノワグマ[10]
- アッサム、シレット[6]。中華人民共和国(雲南省南西部、四川省北西部、青海省南部、チベット自治区南東部)[10]。
- Ursus thibetanus formosanus Swinhoe, 1864 タイワンツキノワグマ[11]
- 台湾[6][8]
- Ursus thibetanus gedrosianus Blanford, 1877 バロチスタンツキノワグマ[12]
- イラン、パキスタン[8]
- 赤褐色の体毛で被われる個体が多い[12]。
- Ursus thibetanus japonicus Schlegel, 1857 ニホンツキノワグマ[6][13]
- 日本(本州、四国)[6][8][13]
- Ursus thibetanus laniger (Pocock, 1932) ヒマラヤツキノワグマ(ヒマラヤグマ)[10]
- カシミール[6]、パキスタン北部[12]
- Ursus thibetanus mupinensis (Heude, 1901) シセンツキノワグマ[10]
- 中華人民共和国(青海省・甘粛省・陝西省からチベット自治区・広西チワン族自治区・広東省・浙江省にかけて)[10]
- Ursus thibetanus ussuricus (Heude, 1901) ウスリーツキノワグマ[10]
- 大韓民国、中華人民共和国北東部、朝鮮民主主義人民共和国、ロシア南東部[8]
カンボジアでは野生下でマレーグマと交雑した例が報告されている[3]。
生態[編集]
森林に生息する[6]。夜行性で、昼間は樹洞や岩の割れ目・洞窟などで休むが、果実がある時期は昼間に活動することもある[6]。夏季には標高3,600メートルの場所でも生活するが、冬季になると標高の低い場所へ移動する[6]。シベリアの個体群は4 - 5か月にわたり冬眠するとされるが、パキスタン南部の個体群は冬眠しないとされる[6]。
食性は雑食で、果実、芽、小型の脊椎動物、昆虫、無脊椎動物、動物の死骸などを食べる[6][14]。猛禽類(イヌワシ)の雛や大型草食獣(ニホンカモシカ)の幼獣などを捕獲して食べたりする[14]ことから、環境により動物を捕獲して食料とする肉食の傾向も存在する。
繁殖様式は胎生。シベリアの個体群は6 - 7月、パキスタンの個体群は10月に交尾を行う[6]。主に2頭の幼獣を産む[6]。授乳期間は3か月半[6]。幼獣は生後1週間で開眼し、生後2 - 3年は母親と生活する[6]。生後3 - 4年で性成熟する[6]。飼育下での寿命は約33年[6]。1991年現在は飼育下での長期生存例として広島市安佐動物公園で推定39年2か月(1948年3月捕獲 - 1987年4月)で死んだ個体(コロ)の例や[15]、京都市動物園で推定39年(1975年5月来園 - 2014年11月)で死んだ個体(サクラ)の例がある[16]。2018年4月現在、北海道厚岸郡浜中町にあるムツゴロウ動物王国で飼育されているロッキー(オス)は1981年(昭和56年)に福井県若狭地域で保護されたもので、推定36年となる[17]。
人間との関係[編集]
胆嚢は薬用とされる[3]。薬効成分はUDCAとされ、化学合成が可能で代用品もあるが珍重されている[3]。日本(詳細は後述)とロシアでは法律によって狩猟(スポーツハンティング)が許可されている[3]。
農作物や養蜂、人間そのものに直接的な被害を与えることもある[3]。シッキム州では2008 - 2013年に少なくとも25人が本種に襲われたことで死亡している[3]。
道路建設やダム開発・農地開発・植林による生息地の破壊、毛皮や胆嚢・手目的の乱獲、駆除などにより生息数は減少している[3][7]。幼獣をペット用に、牙や爪を取り除いたうえで犬と戦わせるなどの見世物とする目的での捕獲も懸念されている[3]。アフガニスタンでは見られなくなり、バングラデシュや朝鮮半島では絶滅の危険性が高い[7]。保護の対象とされることもあるが密猟されることもあり、中華人民共和国や朝鮮半島へ密輸されているとされる[7]。国際的商取引は禁止されているが、例として1970 - 1993年に大韓民国へ2,867頭が輸入された記録がある[7]。1977年に亜種バロチスタンツキノワグマが、1979年に種単位でワシントン条約附属書Iに掲載されている[2]。旧ソビエト連邦での1970年代における生息数は6,000 - 8,000頭、1985年における生息数は4,600 - 5,400頭と推定されている[7]。中華人民共和国での1995年における生息数は12,000 - 18,000頭と推定されている[7]。
- U. t. formosanus タイワンツキノワグマ
- 原住民により狩猟の対象とされていた。ブヌン族では共通の祖先をもつという伝承から伝統的に狩猟は禁忌傾向とされるも、仕留めるのが難しいことから狩りに成功すれば英雄視された[11]。原住民の間は本種は攻撃的、狩猟が難しい、希少なことから主流ではなく、主に有蹄類を狩猟する[11]。一方でブヌン族への調査では有蹄類用のくくり罠やトラバサミで混獲されたり、偶然遭遇してしまい狩猟されることもある[11]。伝統的に漢民族では各部位が薬用になると信じられ特に胆嚢の価値が高いとされるが、原住民では文化や味・外部での市場価値が高いことから肉以外の部位は外部の市場に売り払い原住民の間では取引されることはなかった[11]。1960年代以降は野生動物の肉を扱う飲食店が増えたことで、狩猟者が肉や部位全体を売るようになった[11]。例として玉山国家立公園周辺では1980年代以前は販売目的の狩猟は22%だったが、1990年代では59%に増加した[11]。
- 台湾では1989年に法的に保護の対象とされているが、密猟されることもある[11]。
- U. t. japonicus ニホンツキノワグマ
- 日本では人工林の拡大、道路・スキー場建設、ニホンジカ・ニホンイノシシ用の罠による混獲などにより生息数は減少している[18]。上記の絶滅のおそれのある孤立個体群の生息地にあたる市町村の森林率・林野率(1998年における下北半島の森林率79 %、以下年不明:紀伊半島の森林率96 %、東中国地域および西中国地域の森林率86 %、四国の林野率90 %)は高いものの、そのうち民有林が約80 - 90 %と大半を占めその中でも人工林の割合が大きい(民有林内の人工林率:1998年における下北半島47 %、以下年不明:紀伊半島60 %、東中国地域および西中国地域35 %<山口県では約45 %>、四国55 %)[18]。四国では1970年代後半に愛媛県・香川県では絶滅し、1990年代以降は確実な生息が報告されているのは剣山周辺に限定される[18]。1996年における生息数は徳島県12頭以上・高知県2 - 10頭と推定されている[18]。九州の個体群は捕獲例が1941年、確実な目撃例が幼獣の死骸が発見された1957年以降はなく絶滅したと考えられている[19]。1987年に捕獲例もあるが頭骨の計測から中国地方以北の個体であることが示唆され、ミトコンドリアDNAの分子系統学的解析でも福井県から岐阜県にかけての個体群と一致する解析結果が得られた[19]。そのため琵琶湖以東の個体あるいは琵琶湖以東の個体に由来する個体が人為的に移入された後に捕獲されたと考えられている[19]。祖母・傾山系や九州山地、脊振山地では目撃例があるが、仮に野生個体がいても本州からの移入個体が発見されたという前例から遺伝的解析を行わないと九州の個体群とは断定できないという問題がある[20]。
- 日本国内における個体数は、10,000頭前後と推定されていた。しかし堅果類の凶作年の2004年に約2,300頭、2006年に約4,600頭のクマが捕殺[25] された後も、頻繁に目撃されていることから実態数は不明である。2010年の大量出没年の際に朝日新聞が、各都道府県の担当者に聞き取り調査を行った数では16,000頭-26,000頭[26] と幅が大きい上、数十頭の個体数と考えられていた岡山県などで推測数の半分近くが捕獲される例が相次ぎ、誤差の大きさをうかがわせている。
- 近年でのクマの異常出没の原因、要因として、短期的(直接・至近)要因では、堅果類の大凶作、ナラ枯れ等によるナラ枯損面積の拡大が挙げられる。また、長期的背景として、生息数の回復・増加、奥山林の変化、拡大造林地の成熟と生息地シフト、里山地域の放棄と生息変化、誘引要因の増加(カキなど放置果樹、果樹の大量放棄、残飯、ゴミ)、ハンターの減少、新世代グマの登場などが挙げられる[27][28]。行政からは廃棄果樹、ゴミなどの撤去を強く指導しているほか、カキなどの誘引果樹の早期除去、追い払い体制の整備(煙火弾、轟音弾)、警戒と捕獲体制の整備(罠、駆除隊)が今後の行政の課題となっている[29]。中期的対応課題としては、ハザードマップの作成と警戒地区の指定、ベアドッグの訓練と解禁(地区、期間限定の放し飼い)、里山の整備、回廊状構造の整備が挙げられる[29]。また、進入防止用の電気柵の設置や樹皮剥ぎ防止用資材の設置といった非致死的防除手法が導入されるケースもある。
脚注[編集]
- ^ Appendices I, II and III<https://cites.org/eng>(Accessed[リンク切れ] 7/08/2017)
- ^ a b UNEP (2017). Ursus thibetanus. The Species+ Website. Nairobi, Kenya. Compiled by UNEP-WCMC, Cambridge, UK. Available at: www.speciesplus.net. (Accessed 7/08/2017)
- ^ a b c d e f g h i j k l Garshelis, D. & Steinmetz, R. 2016. Ursus thibetanus. (errata version published in 2017) The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T22824A114252336. doi:10.2305/IUCN.UK.2016-3.RLTS.T22824A45034242.en. Downloaded on 08 July 2017.
- ^ a b c W. Christopher Wozencraft, "Ursus thibetanus," Mammal Species of the World, (3rd ed.), Volume 1, Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (ed.), Johns Hopkins University Press, 2005, Pages 532-628.
- ^ a b c d Fred Bunnell 「小型のクマ」渡辺弘之訳『動物大百科1 食肉類』今泉吉典監修 D.W.マクドナルド編、平凡社、1986年、108-109頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 川口幸男 「ツキノワグマ」『世界の動物 分類と飼育2 (食肉目)』今泉吉典監修、東京動物園協会、1991年、74-75頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 小原秀雄 「ツキノワグマ(アジアクロクマ、ヒマラヤグマ)」『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ1 ユーラシア、北アメリカ』小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著、講談社、2000年、144-145頁。
- ^ a b c d e 大井徹, 下稲葉さやか, キョウ継恩 「ツキノワグマ」『アジアのクマ達-その現状と未来-』、日本クマネットワーク、2007年、iii頁。
- ^ “ツキノワグマ”. けんぱくのおすすめ. 三重県立博物館. 2013年4月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月22日閲覧。
- ^ a b c d e f キョウ継恩, Ricard B. Harris 「第13章 中国のクマ類の現状」『アジアのクマ達-その現状と未来-』、日本クマネットワーク、2007年、95-100頁。
- ^ a b c d e f g h 黄美麗, 王頴 「第5章 台湾のツキノワグマの生息状況と管理」成田亮訳『アジアのクマ達-その現状と未来-』、日本クマネットワーク、2007年、105-108頁。
- ^ a b c Kashif B. Sheikh 「第1章 パキスタンのクマ類の生息状況と保全」笹本明子訳『アジアのクマ達-その現状と未来-』、日本クマネットワーク、2007年、1-6頁。
- ^ a b c d e f 渡辺弘之 「ニホンツキノワグマ カワハギの習性をめぐる謎」『動物大百科1 食肉類』今泉吉典監修 D.W.マクドナルド編、平凡社、1986年、110-111頁。
- ^ a b 須藤一成『ツキノワグマ(知られざる狩人の生態) DVD』株式会社 イーグレット・オフィス、2013年、JANコード 4582402080034
- ^ 福本幸夫 「長寿世界一のニホンツキノワグマ」『世界の動物 分類と飼育2 (食肉目)』今泉吉典監修、東京動物園協会、1991年、77頁。
- ^ “ツキノワグマの死亡について”. 京都市動物園. 2019年1月13日閲覧。
- ^ 藤本 (2018年4月11日). “ロッキーの年齢”. ムツゴロウ動物王国のブログ. 2018年5月8日閲覧。
- ^ a b c d e f 石井信夫 「下北半島のツキノワグマ」「紀伊半島のツキノワグマ」「東中国地域のツキノワグマ」「西中国地域のツキノワグマ」「四国山地のツキノワグマ」『レッドデータブック2014 -日本の絶滅のおそれのある野生動物-1 哺乳類』環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室編、株式会社ぎょうせい、2014年、114-91頁。
- ^ a b c 大西尚樹、安河内彦輝 「九州で最後に捕獲されたツキノワグマの起源」『哺乳類科学』第50巻 2号、日本哺乳類学会、2010年、177-178頁, doi:10.11238/mammalianscience.50.177
- ^ 栗原智昭 「九州における2000年以降のクマ類の目撃事例」『哺乳類科学』50巻 2号、日本哺乳類学会、2010年、187-193頁, doi:10.11238/mammalianscience.50.187
- ^ “日本のクマを考える 繰り返されるクマの出没・私たちは何を学んできたのか?―2010年の出没と対策の現状― 報告書 (PDF)”. 日本クマネットワーク・公益財団法人東京動物園協会. 2019年1月13日閲覧。
- ^ “クマに注意!-思わぬ事故をさけよう- (PDF)”. 環境省. 2019年1月13日閲覧。他[要文献特定詳細情報]
- ^ 北原英治ほか (1997). “ツキノワグマによる林木剥皮被害”. 森林総合研究所関西支所年報 (森林総合研究所 関西支所) 第38号.
- ^ 吉田洋, 林進, 堀内みどり, 坪田敏男, 村瀬哲磨, 岡野司, 佐藤美穂, 山本かおり 「ニホンツキノワグマ (Ursus thibetanus japonicus) によるクマハギの発生原因の検討」、『哺乳類科学』 第42巻 1号、日本哺乳類学会、2002年、35-43頁, doi:10.11238/mammalianscience.42.35
- ^ ツキノワグマの大量出没への対応を!政府と環境省に要望 - WWF日本ホームページ2010年10月28日
- ^ クマの大量出没(朝日新聞2010年11月26日夕刊17面)
- ^ “ツキノワグマ大量出没の原因を探り、出没を予測する (PDF)”. 独立行政法人森林総合研究所 (2011年2月). 2019年1月13日閲覧。
- ^ 坪田敏男「クマの生息動向と最近の被害状況」『日獣会誌』第66巻、2013年、 131-137頁。
- ^ a b “クマ類出没対応マニュアル -クマが山から下りてくる (PDF)”. 環境省. 2019年1月13日閲覧。
- ^ “環境省_特定動物リスト [動物の愛護と適切な管理]”. 環境省. 2019年1月13日閲覧。
参考文献[編集]
- 宮澤正義『クマは警告する』ほおずき書籍、1999年3月、282頁。ISBN 4-7952-8641-8。
- 米田一彦『生かして防ぐ クマの害』農山漁村文化協会、1998年6月。ISBN 4-540-98021-1。