1980年アメリカ合衆国大統領選挙

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1980年アメリカ合衆国大統領選挙
United States presidential election, 1980
アメリカ合衆国
1976年 ←
1980年11月4日
→ 1984年

投票率 52.6%[1] 減少 1.0%
  Official Portrait of President Reagan 1981-cropped.jpg Carter cropped.jpg
候補者 ロナルド・レーガン ジミー・カーター
政党 共和党 民主党
出身州 カリフォルニア州 ジョージア州
副大統領候補者 George H. W. Bush, President of the United States, 1989 official portrait.jpg
ジョージ・H・W・ブッシュ
U.S Vice-President Walter Mondale.jpg
ウォルター・モンデール
獲得選挙人 489 49
勝利州数 44 6 + DC
得票数 43,903,230 35,480,115
得票率 50.7% 41.0%

ElectoralCollege1980.svg

州別獲得選挙人分布図
     レーガン      カーター

選挙前大統領

ジミー・カーター
民主党

選出大統領

ロナルド・レーガン
共和党

1980年アメリカ合衆国大統領選挙(1980ねんアメリカがっしゅうこくだいとうりょうせんきょ、英語: United States presidential election, 1980)は、1980年11月4日に行われたアメリカ合衆国大統領選挙。現職の民主党ジミー・カーター大統領を、共和党ロナルド・レーガン候補が破って当選した。

予備選挙[編集]

共和党[編集]

ジョン・バヤール・アンダーソン

候補者:

選挙戦の序盤、党の推薦の候補は元CIA長官および共和党全国委員会議長のジョージ・ブッシュだった。しかしながら初期の討論でロナルド・レーガンが経済問題についてブッシュと議論し重要候補として出現した。また選挙戦の途中でアンダーソンが予備選挙を離脱、独立系候補として大統領選に出馬してしまう。

民主党[編集]

候補者:

ジョン・F・ケネディ元大統領の弟のエドワード・ケネディは、1969年7月に起きた「チャパキディック事件」における倫理的責任と自己管理能力を問われ、カーターに敗れた。

本選挙[編集]

選挙戦ではイランアメリカ大使館人質事件や経済的な不況から現職のカーターが苦戦を強いられた。また、大統領選の公開討論ではカーターがアンダーソンとの公開討論を拒否、カーターとレーガン、レーガンとアンダーソンの間でのみ公開討論会が行われた。

結果[編集]

大統領候補 副大統領候補 政党 選挙人投票 (EV) 一般投票 (PV)
ロナルド・レーガンカリフォルニア州当選 ジョージ・H・W・ブッシュテキサス州 共和党 489 43,901,812 50.7%
ジェームズ・E・カータージョージア州 ウォルター・モンデールミネソタ州 民主党 49 35,483,820 41.0%
ジョン・バヤール・アンダーソンイリノイ州 パトリック・J・ルーセイウィスコンシン州 独立候補 0 5,720,437 6.6%
エド・クラーク デヴィッド・コッホ アメリカ自由党 0 921,299 1.1%
バリー・コモナー ラ・ドンナ・ハリス アメリカ市民党 0 234,294 0.3%
その他     0 253,559 0.3%
合計     538 86,515,221 100.00
  1. ^ Voter Turnout in Presidential Elections