ヤマザキマリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ヤマザキ マリ
生誕 1967年4月20日(49歳)
東京都
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家・随筆家
代表作 テルマエ・ロマエ
受賞 マンガ大賞(2010年)
第14回手塚治虫文化賞短編賞
VOGUE JAPAN Women of the Year 2012受賞
芸術選奨文部科学大臣新人賞(2016年)
テンプレートを表示

ヤマザキ マリ1967年4月20日[1] - )は、日本の女性漫画家随筆家である。海外暮らしが長く、現在はイタリア共和国在住[2]

経歴[編集]

1967年(昭和42年)、東京都に生まれる。母親(神奈川県出身)がヴィオラ奏者として札幌交響楽団に在籍していたことから、幼少期を北海道千歳市で過ごした。父は指揮者であったが幼少のころ死去した。母親は現在も北海道千歳市に居住し、音楽教室を開いている。

ミッションスクールに通っていた14歳の時、母親に勧められてドイツフランスを一人旅した(ドイツに母親の知り合いがいた)。この時、老齢のイタリア人に出会い、旅をしている理由(芸術のため)を話すと、「イタリアを訪れないのはけしからん」と叱られる。この時、14歳という年齢もあって家出だと疑われる。後に母親がそのイタリア人に手紙を送って、娘は家出ではないと説明する。これがきっかけで、そのイタリア人の陶芸家に招かれて17歳でイタリアに渡り、フィレンツェのイタリア国立フィレンツェ・アカデミア美術学院(Accademia di Belle Arti Firenze)で美術史油絵を学びながら11年間過ごした。21歳の時日本に一時帰国し、スキー旅行に向かう途中で、交通事故にあい全身打撲で肺胞が潰れる重症を負った。乗っていた母親の新車は大破した。穂別町から札幌の病院へ転送され、一命をとりとめている。本人曰く事故後から意識が全部ありギャグを言っていたとのこと[3]

フィレンツェ在住時には学生アパートの隣室の詩人(イタリア人)と恋愛した。妊娠発覚後、その詩人とは別れ、男児を出産してシングルマザーとなった。フィレンツェにおける留学生活やキューバでの生活については本人のブログや自伝エッセイ「世界の果てでも漫画描き」に書かれており、漫画を描き始めたのも生活費を稼ぐためであった。

1996年(平成8年)、イタリア暮らしを綴ったエッセー漫画でデビュー。同時期イタリアから一時帰国し、北海道大学及び札幌大学イタリア語の講師を務める。平行して北海道のローカルテレビ局札幌テレビ(STV)の番組『どさんこワイド』で旅行・温泉のレポーター、ラジオパーソナリティなども務めていた。

2002年(平成14年)、14歳年下の、上記のイタリア人陶芸家の孫(のちに文学研究者となる)と、彼の留学先のエジプトのイタリア大使館で挙式し、結婚。シリアダマスカス北イタリアでの暮らしを経てポルトガルリスボンに暮らしていたが、その後夫がシカゴ大学比較文学を研究することになりシカゴに転居している。

2013年(平成25年)2月26日、NHK「スタジオパークからこんにちは」(収録)に出演。

イタリアでの生活時に同居していた夫の家族の壮絶ぶりをギャグにして綴ったエッセー漫画『モーレツ!イタリア家族』や、自叙伝的昭和のノスタルジックストーリー『ルミとマヤとその周辺』などを講談社の『Kiss』で連載。一方で、全く作風の違う古代ローマをモチーフにしたギャグ漫画『テルマエ・ロマエ』を『コミックビーム』などにも掲載している。これは夫が「ローマ皇帝の名前を全員言えるほどの古代ローマおたく」で、日常会話でも古代ローマの話題が当たり前のように出ることに影響されたという[1]

『テルマエ・ロマエ』が、2010年マンガ大賞2010受賞。授賞式際には、スカイプリスボンから受賞コメントを生中継で伝えた[4]。その他にも、2010年第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞、2013年仏アングレーム国際漫画祭(Festival International de la Bande Dessinée d'Angoulême)ノミネート[5]、2013年米アイズナー賞(Will Eisner Comic Industry Awards)アジア部門(Best U.S. Edition of International Material Asia)ノミネート[6]。2012年(平成24年)には日本で映画化された。

2013年(平成25年)2月23日にTBS系で放送されたバラエティ番組「ジョブチューン ~アノ職業のヒミツぶっちゃけます!」内で58億円の興行収入をあげた映画版『テルマエ・ロマエ』の原作使用料が出版社から言い渡された100万円のみであったと発言し、二次著作物に対する不当に安い金額であるとして波紋を呼んだ[7]

コミックビーム2013年10月号からテルマエ・ロマエの番外編が掲載予定であったが延期。体調不良などを理由にしたお詫びのイラストが掲載された。10月号では『テルマエ・ロマエ』の特別付録として「お詫び手ぬぐい」がつけられていたが、これに関して「何も聞いていない」と発売日である2013年9月12日にツイッターで発言[8]。翌9月13日付けでコミックビーム編集部から作者に無断で配布した事実はないとコメントが発表されたが[9]、弁護士は「企画として知っていたとしても、企画意図の説明は受けておらず、承諾もしていない」状態であったとしている[8]

同じマンガ家の三宅乱丈とは、イタリア帰国後の札幌在住時以来の友人同士[10]

2015年より早稲田文学編集委員。

2016年『スティーブ・ジョブズ』などの作品により芸術選奨文部科学大臣新人賞(メディア芸術部門)受賞。[11]

作品リスト[編集]

主な作品

メディア出演[編集]

テレビ[編集]

Web[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 東京スポーツ・2011年4月28日付 10面「突撃ヒューマン!」
  2. ^ ヤマザキマリの「世界を食べる」”. フジ日本精糖株式会社. 2016年3月9日閲覧。
  3. ^ 「日本では、作家が連載するんですよ」「えええっ!?」無理自慢から、補い合う関係に」日経ビジネスON LINE 「とり・マリの当事者対談」
  4. ^ 「マンガ大賞2010」にヤマザキマリの『テルマエ・ロマエ』 - エンタ - 日経トレンディネット
  5. ^ Sélection Officielle
  6. ^ Best U.S. Edition of International Material—Asia
  7. ^ 「出版社から説明ないことに疑問」――映画「テルマエ・ロマエ」原作使用料問題、代理人がコメント ITmedia ニュース
  8. ^ a b 四宮隆史弁護士の日記より
  9. ^ 月刊コミックビームの付録について
  10. ^ 本人ブログによる
  11. ^ 毎日新聞
  12. ^ 「立っている者は母(リョウコ)でも使え!」ヤマザキマリ:コミックエッセイルーム|クレア ウェブ”. 文藝春秋. 2015年11月17日閲覧。
  13. ^ 後述するNHK BS1の同名ルポルタージュ番組の書籍版
  14. ^ 2012年7月8日放送「情熱大陸」より
  15. ^ どさんこワイド179公式ツイッター
  16. ^ あさいち”. NHK. 2012年4月23日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年7月9日閲覧。
  17. ^ STV広報公式ツイッター
  18. ^ GOOテレビ番組TVトピック検索 > ヤマザキマリ”. 2012年7月10日閲覧。
  19. ^ テルマエ・ロマエ テルマエニュース”. 2012年7月10日閲覧。
  20. ^ デレビドカッチ 2013年5月23日。
  21. ^ SWITCHインタビュー 達人達(たち)「中村勘九郎×ヤマザキマリ」”. archive.is webpage capture. 2016年3月9日閲覧。

外部リンク[編集]