バッサーノ・デル・グラッパ

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バッサーノ・デル・グラッパ
Bassano del Grappa
バッサーノ・デル・グラッパの風景
市内を流れるブレンタ川
行政
イタリアの旗 イタリア
ヴェネト州の旗 ヴェネト
Blank.png ヴィチェンツァ
CAP(郵便番号) 36061
市外局番 0424
ISTATコード 024012
識別コード A703
分離集落 #分離集落参照
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
地震分類 zona 3 (sismicità bassa)
気候分類 zona E, 2473 GG
公式サイト リンク
人口
人口 43,412 [1](2019-01-01)
人口密度 927.8 人/km2
文化
住民の呼称 bassanesi
守護聖人 San Bassiano di Lodi
祝祭日 1月19日
地理
座標 北緯45度46分07秒 東経11度44分12秒 / 北緯45.76861度 東経11.73667度 / 45.76861; 11.73667座標: 北緯45度46分07秒 東経11度44分12秒 / 北緯45.76861度 東経11.73667度 / 45.76861; 11.73667
標高 129 (84 - 1276) [2] m
面積 46.79 [3] km2
バッサーノ・デル・グラッパの位置(イタリア内)
バッサーノ・デル・グラッパ
バッサーノ・デル・グラッパの位置
ヴィチェンツァ県におけるコムーネの領域
ヴィチェンツァ県におけるコムーネの領域
イタリアの旗 ポータル イタリア
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バッサーノ・デル・グラッパイタリア語: Bassano del Grappa)は、イタリア共和国ヴェネト州ヴィチェンツァ県にある、人口約43,000人の基礎自治体コムーネ)。県内第二位の人口を有するコムーネである。

特産品は蒸留酒のグラッパホワイトアスパラガス。北イタリアの有名な陶器生産地のうちの一つでもある。

地理[編集]

位置・広がり[編集]

ヴィチェンツァ県北東部に位置するコムーネ。その名の通り、グラッパ山の麓に位置する。

ヴィチェンツァ県概略図

隣接コムーネ[編集]

隣接するコムーネは以下の通り。

歴史[編集]

古代[編集]

紀元前2世紀頃の古代ローマ時代、バシアヌス(Bassianus, 資料によりBasiusとも)により開墾されたラティフンディウムが営まれていた[4]1世紀から2世紀頃には、コロニア(植民市)の地位を得た町であったと考えられ、町の呼び名は裕福な開墾者に因んで名付けられていた[4]

中世[編集]

確実な記録に残るものとしては、998年には大聖堂(イタリア語版)の前身である教会が存在していた事[5]が分かっており、また1150年にはイタリア語版についての記述がある[4]1175年ヴィチェンツァに支配されるが、エッツェリーノ家の支配のもとでも13世紀まで一部の自治を認められていた[4]1368年ミラノヴィスコンティ家の支配下となる。1404年からはヴェネツィア共和国の支配を受け、毛織物や絹織物などの繊維産業、銅製品や陶磁器の生産が盛んとなった。

近世・現代[編集]

1796年フランス革命戦争においてナポレオン率いるフランスオーストリア帝国が戦ったバッサーノの戦い英語版の舞台となった。フランス革命戦争が終結しカンポ・フォルミオ条約が結ばれた結果、ヴェネツィア共和国領であったバッサーノはオーストリア=ハンガリー帝国の支配地域となる。1866年普墺戦争に介入したイタリア王国第3次イタリア独立戦争英語版によりヴェネト州を得て、バッサーノはイタリアの一都市となった。第一次世界大戦時、この街の北方にあるモンテ・グラッパで多数のイタリア軍人が犠牲になる戦いがあり、犠牲者を追悼するため街の名前を『バッサーノ・ヴェネト』から『バッサーノ・デル・グラッパ』に変更した[4]。現在、バッサーノ・デル・グラッパはヴィチェンツァ広域圏の一部である。


行政[編集]

分離集落[編集]

バッサーノ・デル・グラッパには、以下の分離集落(フラツィオーネ)がある。

  • Campese, Marchesane, Quartiere Prè, Rubbio, San Lazzaro, San Michele, Sant'Eusebio, Valrovina

文化[編集]

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蒸留酒のグラッパが特産でグラッパ博物館がある。春には、ホワイトアスパラガスが収穫されることでも有名。各レストランが、ホワイトアスパラガスを使った料理を披露する、「アスパラガス祭り」なるものがある。

観光[編集]

  • ヴェッキオ橋英語版(別名アルピーニ橋): ブレンタ川に架かる屋根付き木造橋で、街のシンボル。初代の橋は12世紀(または1209年)に架けられ、その後戦乱や洪水で8回も破壊[6]され、現在の橋は第二次世界大戦後に架け替えられたものである[5]。この最期の再建が、アンドレア・パッラーディオの設計に最も近いものだと言われている[6]
  • パラッツォ・ストゥルム(イタリア語版) : ブレンタ川沿いにある18世紀の建物で、グラッパ焼を展示する陶磁器博物館[5]
  • 大聖堂(イタリア語版)エッツェリーニ城イタリア語版と共に、街の中で最も高い丘の上にある。998年には既にここに教会があったとの文献が見つかっている[5]
  • 市の塔(Torre Civica) : ガリバルディ広場に面した高さ40mの塔。1312年に建てられたと考えられており、市庁舎に隣接している[5]
  • 14世紀に造られた[5]城壁(旧市街を囲む囲壁)と城門:Porta delle Grazie(街の北東の城門)、Porta Dieda(街の南の城門)

スポーツ[編集]

姉妹都市[編集]

人物[編集]

著名な出身者[編集]

アクセス[編集]

鉄道 : バッサーノ・デル・グラッパ駅
バス : イタリア鉄道バス(FS BUSItalia)

パドヴァ方面行きの列車は、一部バスによる便に振り替わる場合もある。このバスはバッサーノ・デル・グラッパ鉄道駅前を発着する。

外部リンク[編集]

参考文献[編集]