ジャマラ

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ジャマラ
Camala
Jamala
Джамала
Jamala IFF2012.jpg
基本情報
出生名 スサーナ・ジャマラディーノヴァ
生誕 (1983-08-27) 1983年8月27日(36歳)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 キルギス・ソビエト社会主義共和国オシ
出身地 ウクライナの旗 ウクライナ クリミア自治共和国アルーシュタ英語版
ジャンル
職業 シンガー・ソングライター
活動期間 2005年 -
レーベル
公式サイト jamalamusic.com

ジャマラクリミア・タタール語: Camalaウクライナ語: Джама́ла / Jamala)、本名:スサーナ・アリーミウナ・ジャマラディーノヴァクリミア・タタール語: Susana Camaladinovaウクライナ語: Суса́на Алі́мівна Джамалади́нова / Susana Alimivna Jamaladynova、1983年8月27日 - )は、ウクライナの歌手、ソングライターである。ジャズソウルR&Bワールドミュージックにクラシックやゴスペルの要素を交えた作風で、自ら作曲する。

2009年に、ラトビアユールマラで開催される若手歌手向けの音楽祭ニュー・ウェイヴ英語版に出場し、優勝を果たした。2016年にはユーロビジョン・ソング・コンテスト2016ウクライナ代表として出場し、「1944」を披露[1][2]、優勝を果たした[3][4][5]

来歴[編集]

出自[編集]

1983年、ソビエト社会主義共和国連邦キルギス・ソビエト社会主義共和国オシに生まれる。父親はクリミア・タタール人、母親はアルメニア人であり[6][7][8]、本人と父親はムスリム、母親はキリスト教徒である。ヨシフ・スターリンによるクリミア・タタール人追放によりクリミア半島からキルギスに強制移住させられたクリミア・タタール人の血を引いており、強制移住の際には彼女の曾祖母の娘が貨物列車の中で死亡し、貨車から「ゴミのように」投げ捨てられたという[9][2]ウクライナの独立後、一家でウクライナ領となったクリミア半島に帰還した[1]

幼少期から音楽に関心が高く、9歳の頃に子どもの歌やクリミア・タタール人の民謡など12曲の収録を経験している。アルーシュタ英語版の音楽学校でピアノを習得して卒業し、シンフェロポリの音楽大学に進学[10]、更にキエフ音楽院オペラを専攻して卒業する。成績は優秀であり、ミラノスカラ座でソロイストとして活動を始めるが、ジャズソウルミュージック、東洋の音楽への関心を失うことはなかった。キエフ(キイウ)での学生生活を送る間、クリミア・タタール人に関する文化的イベントに積極的に参加し、またクリミア・タタール人の祭日「フドゥルレズ英語版Hıdırlez)」や「デルヴィザトルコ語版Derviza)」といったクリミア・タタール人の祭日には姉妹とともに歌った。

2005年 - 2011年: 初期キャリアとニュー・ウェイヴ2009[編集]

15歳の頃からウクライナロシアをはじめヨーロッパ各地の音楽祭に積極的に参加した。2001年、バンド「Beauty Band」のヴォーカリストとなる。2006年には若手のジャズ・フェスティバル「Dо#Dj」に出場して特別賞を受賞、振付師のエレーナ・コリャデンコ(Елена Коляденко)の関心を引き、ミュージカルやバレエの舞台にも立った。

2009年に、ラトビアユールマラで開催される若手歌手向けの音楽祭ニュー・ウェイヴ英語版に出場した。大会では優勝を果たし、大会の総監督をして「規格外」と言わしめた。

2011年 - 2014年: ユーロビジョンへの挑戦[編集]

ユールマラでの成功を機に活動の幅は一気に広がり、キエフでは大規模なコンサートも開催された。「TV Triumph2009」や、マイケル・ジャクソンを記念した「One Night Only」、アーラ・プガチョワのクリスマス祝賀をはじめ、テレビ番組にも数多く出演した他、COSMOPOLITAN誌の「今年の新顔」やElleの「今年の歌手」に選出された。

ポップ・スターとして忙しくツアーのスケジュールをこなす傍ら、クラシック音楽分野での活動も続ける。2009年にはオペラ「スペインの時計」の主演を務め、2010年にはジェームズ・ボンドをモチーフとしたオペラ作品にも出演した。

2011年、ユーロビジョン・ソング・コンテスト2011ウクライナ代表を選ぶ国内選考に出場し、決勝まで進出した。この時のウクライナ代表選考には不正疑惑が生じ、同年3月にやり直しとなった。ジャマラは再び決勝進出を決めたものの、なお選考に不正があるとして決勝への出場を辞退した[11]

2014年クリミア危機の際、彼女の家族や知人がロシアによって「アメリカ合衆国の走狗」、「ファシスト」といったレッテルを貼られ抑圧を受けたと話している[9]。クリミア危機以降、ジャマラは故郷であるクリミア半島には帰れていない[9][2]

2016年 - : ユーロビジョン・ソング・コンテスト[編集]

2016年、ユーロビジョン・ソング・コンテスト2016ウクライナ代表選考に出場し、ウクライナ代表に選出された[12]。代表曲「1944」は、1944年ソビエト社会主義共和国連邦によって行われたクリミア・タタール人追放、特にこの時に貨車でクリミアからキルギスに強制移住させられ、道中で娘を失った彼女の曾祖母について歌っている[13][10][14]

クリミア・タタール人の指導者らは、ロシアの実効統治下となったクリミアから視聴者がウクライナ代表選考に投票できるよう要求し、クリミア・タタール人政治家のレファト・チュバロフ英語版は「もしクリミアの人々がウクライナ代表選考に投票できないのであれば、即ちクリミアはウクライナではないという主張に黙って同意したも同然だ」と訴えた[10]。大会で審査員の一人であったルスラナは「投票しなければ愚か者だ」と話した[15]

5月14日、ユーロビジョン・ソング・コンテスト2016の決勝に出場、優勝を果たした[3][4][5]

脚注[編集]

  1. ^ a b 黒川信雄 (2016年2月25日). “”私は歌う” タタール人歌手、ジャマラさん”. 産経新聞. 2016年4月9日閲覧。
  2. ^ a b c クリミア先住民の象徴に=苦難の女性歌手-ロシア介入2年”. 時事通信社 (2016年2月19日). 2016年4月9日閲覧。
  3. ^ a b Gordon Roxburgh (2016年5月15日). “Ukraine wins the 2016 Eurovision Song Contest”. 欧州放送連合. 2016年5月15日閲覧。
  4. ^ a b クリミア女性歌手が優勝=ウクライナ代表、編入の不当性訴え-欧州音楽祭”. 時事通信社 (2015年5月15日). 2016年5月15日閲覧。
  5. ^ a b ユーロビジョン ウクライナの女性歌手ジャマラが優勝”. CNN.co.jp (2016年5月15日). 2016年5月15日閲覧。
  6. ^ Ruban, Mariya. "Джамала: "Хочу пишне кримсько-татарське весілля"". Cегодня.UA. February 10, 2015. Retrieved April 20, 2015. (ウクライナ語)
  7. ^ "Джамала: Моя мама христианка-армянка, папа крымский татарин-мусульманин". UA-Report. February 25, 2011. Retrieved April 20, 2015. (ロシア語)
  8. ^ "http://thenordar.com/jamala-interview-public-talk/ Интервью с Джамалой на Public Talk". Арт-журнал Thenordar. August 27, 2014. Retrieved April 20, 2015. (ロシア語)
  9. ^ a b c Ukraine's Eurovision song mourns Moscow purge of Crimean Tatars, Reuters (22 February 2016)
  10. ^ a b c Crimean singer in line to represent Ukraine at Eurovision”. theguardian.com. The Guardian (2016年2月11日). 2016年2月11日閲覧。
  11. ^ Hondal, Victor (2011年3月1日). “Ukraine: Jamala withdraws from national final”. EscToday.com. 2011年3月1日閲覧。
  12. ^ http://www.theguardian.com/world/2016/feb/11/crimean-singer-in-line-to-represent-ukraine-at-eurovision
  13. ^ “Jamala entered Eurovision-2016 national selection”. QHA.com.ua. (2016年1月26日). http://qha.com.ua/en/culture-art/jamala-entered-eurovision2016-national-selection/135789/ 2016年2月23日閲覧。 
  14. ^ Eurovision: Ukraine's entry aimed at Russia, BBC News (22 February 2016)
  15. ^ Boomkens, Dave (2016年2月22日). “Oekraïne is meer” (Dutch). Eurostory. 2016年2月26日閲覧。

外部リンク[編集]