リアス式海岸
リアス式海岸(リアスしきかいがん、英: ria coast)は、せまい湾が複雑に入り込んだ沈水海岸のこと。リアス海岸[1]、リア、リアの複数形を用いリアスともいう[2]。
形成まで
谷が沈降してできた入り江を、溺れ谷(おぼれだに、drowned valley)という。もともと海岸線に対して垂直方向に伸び、河川により浸食されてできた開析谷が溺れ谷になり、それが連続して鋸の歯のようにギザギザに連なっているような地形をリアス式海岸という。海岸線に対して平行な開析谷が沈水した場合は、ダルマチア式海岸と呼ばれる。海岸線に直角な隆伏の激しい地形が沈水するとリアス式海岸になり、さらに沈水が進むと多島海になる。元々、これらの沈水は谷の周辺の沈降によって起きたと考えられていたが、気候変動などの研究が進み、最終氷期が終わったことによる世界的な海水面の上昇によるものと考えられるようになった。
リアス式海岸の鋸の歯のように複雑に入り組んだ入り江内は、波が低く水深が深いため、港として古くから使われた。溺れ谷に河川が流れ込み続けるなど、汽水域としての環境もあり、沿岸漁業や養殖などの漁業が中心として営まれる。
しかし、陸地は起伏が多く、急な傾斜の山地が海岸にまで迫ることもあり、平地が少ないため、陸路での移動は不便になりやすい。このため、長らく船以外に外部との交通手段がない陸の孤島となっていた所もある。
災害時の被害
リアス式海岸は、海岸線に対して垂直に開き、湾口に較べて奥の方が狭く浅くなっている入り江なので、沖合では低い津波も波高が急激に高くなり、大きな被害をもたらすことがある[3][4]。そのため、津波を防ぐための高い防潮堤を設けるなどの対策が取られている。また、湾内では一度押し寄せた津波が反射波となり対岸同士を繰り返し襲い、津波の継続時間が長いことも知られている。
用語
リアス式海岸という名称は、スペイン北西部のガリシア地方で多く見られる入り江に由来する。ドイツの探検家であり近代地形学の草分けであるフェルディナント・フォン・リヒトホーフェンは1886年に『研究旅行者への手引き』(Führer für Forschungsreisende)を発行し、この中でガリシア語等で「入り江」を意味する単語であるリア(ría)あるいは、入り江の多い地方の名前(Rías Altas、Rías Baixas)を元に命名した。ただし、リヒトホーフェンは、海岸線と垂直な方向に伸びる溺れ谷の連続する複雑な形の海岸線をリアス式海岸と定義していた。
1919年にアメリカの地形学者のジョンソンは、より広い言葉として沈水海岸を定義し、リヒトホーフェンの定義したリアス式海岸のうち、河川の浸食によってできた開析谷が沈水して溺れ谷となっている場合をリアス式海岸、氷河の浸食によってできたU字谷が元になっている場合をフィヨルドと定義し、これが定着した。
リアスは複数形であるがオットー・シュリューターは1924年、フィヨルドのように単数形を用いたリア式海岸と呼ぶ方が妥当と論じた[5]。
日本ではリアス式海岸とリアス海岸は混用され、学校教育の教材では1927年の地理教育用資料に『リアス海岸』が登場し[6]、昭和30年頃から平成20年頃まではリアス式海岸と表記していたが、それ以後はリアス海岸と表記するようになった[7][8]。
1933年発行の『地理学評論』に収録された『リアス式海岸と云う述語に就て』で、著者の岡田武松は「要するに地形學者間でも未だ一定して居らないのだと伝ふに過ぎない」と結んでいる[5]が、21世紀初頭になっても未だに一定していない。
リアス式海岸の例
海外
- ガリシア地方(リアス式海岸の語源となった)
- イングランドの南部
- フランスのブルターニュ半島
- トルコ西部のエーゲ海沿岸
- オーストラリアのシドニー周辺(写真参照)
- アメリカ西海岸のサンフランシスコ湾
- アメリカ東海岸のチェサピーク湾
- 東南アジアのアンダマン海の西岸
- ベトナム~中国に至るトンキン湾西岸
- ボルネオ島北岸
- 朝鮮半島南岸
日本国内
- 三陸海岸の中部から南部
- ただし三陸海岸は、南部が沈水海岸であり、典型的なリアス式海岸を形成しているのに対し、北部は隆起海岸である。
- 房総半島南部の一部(御宿町から鴨川市の一帯)
- 若狭湾周辺
- 紀伊半島東部・南部
- 山陰海岸
- 宇和海
- 日豊海岸
- 日南海岸中部から南部
- 浅茅湾(長崎県対馬)
- 長崎県九十九島
脚注
- ^ 『新版 地学事典』1996年10月20日発行、編集:地学団体研究会、新版地学事典編集委員会、発行:平凡社,ISBN 4-582-11506-3
- ^ 『オックスフォード地球科学辞典』2004年5月30日、発行:朝倉書店,ISBN 4-254-16043-7
- ^ Umidas
- ^ 釜石港湾事務所
- ^ a b 岡田武松、リアス式海岸と云う述語に就て 地理学評論 Vol.9 (1933) No.7 P635-636, doi:10.4157/grj.9.635
- ^ 三浦修、米地文夫、三陸海岸における術語「リアス海岸」の受容とその変容 ── 津波常習地から観光の国立公園へ ── 季刊地理学 Vol.67 (2015) No.3 p.200-207, doi:10.5190/tga.67.3_200
- ^ 教育出版 - Q3 「リアス海岸」について ━ p.119,135,225,267
- ^ 帝国書院 お知らせ