第2次近衛内閣

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第2次近衛内閣
Second Cabinet of Fumimaro Konoe.jpg
第2次近衛内閣の閣僚
内閣総理大臣 第38代 近衛文麿
成立年月日 昭和15年(1940年)7月22日
終了年月日 昭和16年(1941年)7月18日
与党・支持基盤 大政翼賛会など。
施行した選挙 なし
衆議院解散 なし
内閣閣僚名簿(首相官邸)
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第2次近衛内閣(だいにじこのえないかく)は、公爵貴族院議員・元首相の近衛文麿が第38代内閣総理大臣に任命され、昭和15年(1940年)7月22日から昭和16年(1941年)7月18日まで続いた日本の内閣である。

概要[編集]

第2次近衛内閣は、米内内閣のあとを受けて、新体制運動の主導者であった元首相・貴族院議員の近衛文麿が組閣した内閣である。組閣直後の昭和15年(1940年)7月26日、「大東亜新秩序建設」(大東亜共栄圏)を国是とし、国防国家の完成を目指すことなどを決めた「基本国策要綱」を閣議決定する。同年9月27日には日独伊三国軍事同盟を締結し、同年10月12日に新体制運動の指導的組織となる大政翼賛会を結成。翌昭和16年(1941年)4月13日には日ソ中立条約を締結した。同年7月16日に、松岡外相を外すことを目的とした内閣改造を断行するためにいったん内閣総辞職した。

閣僚[編集]

公爵近衛文麿(貴族院所属:火曜会):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)7月18日
松岡洋右(官僚:外務省政友会→満鉄総裁):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)7月18日
安井英二(官僚:内務省→貴族院所属):昭和15年(1940年)7月22日 - 同年12月21日
平沼騏一郎:昭和15年(1940年)12月21日 - 昭和16年(1941年)7月18日
河田烈(貴族院所属:公正会):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)7月18日
東條英機(軍人:陸軍中将):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)7月18日
吉田善吾(軍人:海軍中将)(米内内閣から留任):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和15年(1940年)9月15日
及川古志郎(軍人:海軍大将):昭和15年(1940年)9月15日 - 昭和16年(1941年)7月18日
風見章(衆議院議員):昭和15年(1940年)7月22日 - 同年12月21日
柳川平助(予備役陸軍中将):昭和15年(1940年)12月21日 - 昭和16年(1941年)7月18日
橋田邦彦:昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)7月18日
公爵近衛文麿(首相兼任・貴族院所属:火曜会):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和15年(1940年)7月24日
石黒忠篤(官僚:農林省):昭和15年(1940年)7月24日 - 昭和16年(1941年)6月11日
井野碩哉:昭和16年(1941年)6月11日 - 昭和16年(1941年)7月18日
小林一三(民間・阪急電鉄オーナー):昭和15年(1940年)1月15日 - 昭和16年(1941年)4月4日
豊田貞次郎(予備役海軍大将):昭和16年(1941年)4月4日 - 昭和16年(1941年)7月18日
村田省蔵(貴族院所属:同和会):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)7月18日
村田省蔵(逓信相兼任・貴族院所属:同和会):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和15年(1940年)9月28日
小川郷太郎(衆議院議員):昭和15年(1940年)9月28日 - 昭和16年(1941年)7月18日
松岡洋右(外相兼任・官僚:外務省政友会→満鉄総裁):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和15年(1940年)9月28日
秋田清(衆議院議員):昭和15年(1940年)9月28日 - 昭和16年(1941年)7月18日
安井英二(内務相兼任・官僚:内務省→貴族院所属):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)9月28日
金光庸夫(衆議院議員):昭和15年(1940年)9月28日 - 昭和16年(1941年)7月18日
平沼騏一郎:昭和15年(1940年)12月6日 - 昭和15年(1940年)12月21日
星野直樹(官僚:大蔵省):昭和15年(1940年)12月6日 - 昭和16年(1941年)4月4日
小倉正恒(貴族院所属:昭和研究会):昭和16年(1941年)4月2日 - 昭和16年(1941年)7月18日
鈴木貞一(予備役陸軍中将):昭和16年(1941年)4月2日 - 昭和16年(1941年)7月18日
星野直樹(官僚:大蔵省):昭和15年(1940年)12月6日 - 昭和16年(1941年)4月4日
鈴木貞一(予備役陸軍中将):昭和16年(1941年)4月4日 - 昭和16年(1941年)7月18日
富田健治:昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)7月18日
村瀬直養(貴族院所属:昭和研究会):昭和15年(1940年)7月22日 - 昭和16年(1941年)7月18日

政務次官[編集]

  • 前内閣で任命された次の政務次官が第2次近衛内閣成立の三日後に退任し、小磯内閣で復活するまで設置されなかった。
外務政務次官:小山谷蔵
内務政務次官:鶴見祐輔
大蔵政務次官:木村正義
陸軍政務次官:三好英之
海軍政務次官:松山常次郎
司法政務次官:星島二郎
文部政務次官:船橋清賢
農林政務次官:岡田喜久治
商工政務次官:加藤鐐五郎
逓信政務次官:武知勇記
鉄道政務次官:宮澤裕
拓務政務次官:松岡俊三
厚生政務次官:一松定吉

※任期:1940年1月24日(前政権) - 1940年7月25日。但し大蔵政務次官・木村正義のみ始期は1940年1月23日。

参与官[編集]

  • 前内閣で任命された次の参与官が第2次近衛内閣成立の三日後に退任し、小磯内閣で復活するまで設置されなかった。
外務参与官:小高長三郎
内務参与官:青山憲三
大蔵参与官:松田正一
陸軍参与官:宮崎一
海軍参与官:小山邦太郎
司法参与官:高木正得
文部参与官:仲井間宗一
農林参与官:松木弘
商工参与官:喜多壯一郎
逓信参与官:藤生安太郎
鉄道参与官:大島寅吉
拓務参与官:加藤成之
厚生参与官:飯村五郎

※任期:1940年1月24日(前政権) - 1940年7月25日。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。

外部リンク[編集]