木村文紀
| 埼玉西武ライオンズ #41 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 東京都大田区 |
| 生年月日 | 1988年9月13日(23歳) |
| 身長 体重 |
181cm 86kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2006年 高校生ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2007年8月31日 |
| 年俸 | 700万円(2011年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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木村 文紀(きむら ふみかず、本名:木村 文和(読みは同じ)、1988年9月13日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入り前
埼玉栄高校では、1年時は外野手として出場し、持ち前の打撃を披露していた。2年時からエースとして活躍。2005年夏の埼玉県大会では決勝まで進出し、斉藤彰吾らを擁する春日部共栄を相手に9回2死満塁2ストライク、3点リードというところまで追い詰めながら、4番の靍岡賢二郎に三塁打を打たれ同点にされる。続く5番射手矢に二塁打を打たれ、あっという間に逆転された。9回裏に埼玉栄はチャンスを作るもの、あと1本が出ず、甲子園出場はならなかった。3年生時は『優勝候補』と言われていたが、3回戦で市立川越に敗れ姿を消した。浦和学院・春日部共栄という「埼玉2強」の牙城を崩せず、甲子園出場経験はなかった。
高校通算33本塁打の長打力も注目され、県下のライバル・増渕竜義(鷲宮高)と共に2006年の高校生ドラフトの目玉だった。2006年の高校生ドラフト会議で、その増渕を外した西武の「外れ1位」として指名された。地元の球団に入団したこともあり期待が高い。MAX152km/hの速球と鋭いスライダーが武器。
また投手でありながら野手として評価する球団もあり、特に中日の中田スカウト部長は堂上直倫(愛工大名電)に次ぐ打力があるとして高い評価を出していた。
[編集] プロ入り後
2007年は8月31日の楽天戦にて河原純一の2番手(敗戦処理)として一軍初登板を果たしたが、6回7失点とプロの洗礼を浴びてしまい、この年の一軍登板はこの1試合のみだった。(2軍の優秀選手を受賞)同年のハワイ・ウィンターリーグへの派遣選手として選ばれた。
2008年は二軍では先発ローテーションを守り、イースタン・リーグ最多の111イニングを投げて経験を積んだ。しかし防御率5.34、6勝9敗、68四球、リーグワーストの10死球と結果を残せず一軍出場はなかった。オフに2年連続でハワイ・ウィンターリーグへ派遣された。
2009年は監督の渡辺久信から先発ローテーション入りを期待され、3月2日に行われたWBC強化試合、対韓国戦へ先発を任された。しかし課題の制球力が定まらず4回7安打3失点の内容で、木村自身も「球は結構いいところに投げたのに」と相手の韓国チームに脱帽した。首脳陣からの期待は高く、シーズンでも一軍初先発を経験するなど積極的に起用されたが、27.1イニングで37被安打を喫し、防御率は9点近い数字となり一軍に定着するには至らなかった。オフ、登録名を「木村文紀」に変更。
2010年は二軍戦登板時肘を痛め、肘の手術をした。リハビリの模様の一部は藤田太陽のブログからうかがえる。
2011年は二軍でもあまりいい成績は残せていなかったが、一軍中継ぎ陣の不調に伴い一軍に登録されると、投手コーチの小野和義からフォーム修正の指導(ランナーがいなくてもセットポジション、常にクイック気味で投げるフォーム)を受けたところ、課題だった制球が向上。7月31日に初勝利を上げるなど、自己最多の21試合に登板した。オフにはオーストラリア・ABLのメルボルン・エイシズに派遣され、1試合の先発登板を含む14試合の登板で1勝0敗、防御率5.32、WHIP1.50の成績を残した。
[編集] プレースタイル
最速150km/h超の直球が最大の武器。変化球はスライダーを軸にしており、他にフォーク・チェンジアップも投げる。
[編集] エピソード
- 同級生の楽天の田中将大や、東京ヤクルトスワローズの増渕竜義が開幕から新聞紙上を賑わせている彼らの活躍見て、ファームで与えられる数少ない登板機会に自分を最大限にアピールしようとしたが、焦りからか連日の失点を喫し、イップスにかかってしまった。現在は克服している。[1]
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | 西武 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 30 | 6.0 | 10 | 0 | 4 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 7 | 4 | 6.00 | 2.33 |
| 2009 | 11 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | .000 | 134 | 27.1 | 37 | 5 | 17 | 0 | 1 | 25 | 4 | 0 | 28 | 26 | 8.56 | 1.98 | |
| 2011 | 21 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | 106 | 25.0 | 27 | 2 | 6 | 0 | 3 | 17 | 2 | 0 | 11 | 8 | 2.88 | 1.32 | |
| 通算:3年 | 33 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | 1 | .200 | 270 | 58.1 | 74 | 7 | 27 | 0 | 4 | 45 | 6 | 0 | 46 | 38 | 5.86 | 1.73 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初登板:2007年8月31日、対東北楽天ゴールデンイーグルス17回戦(フルキャストスタジアム宮城)、2回裏に救援登板、6回7失点
- 初奪三振:同上、3回裏に礒部公一から
- 初先発:2009年8月20日、対福岡ソフトバンクホークス18回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、5回3失点で敗戦投手
- 初ホールド:2011年7月26日、対千葉ロッテマリーンズ11回戦(西武ドーム)
- 初勝利:2011年7月31日、対オリックス・バファローズ13回戦(西武ドーム)、6回裏から救援登板、1回2/3無失点
[編集] 背番号
- 41 (2007年 - )
[編集] 登録名
- 木村 文和(きむら ふみかず)(2007年 - 2009年)
- 木村 文紀(きむら ふみかず)(2010年 - )
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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