山猫 (映画)
| 山猫 | |
|---|---|
| Il gattopardo | |
| 監督 | ルキーノ・ヴィスコンティ |
| 脚本 | ルキーノ・ヴィスコンティ スーゾ・チェッキ・ダミーコ エンリコ・メディオーリ パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ マッシモ・フランチオーザ |
| 製作 | ゴッフレード・ロンバルト |
| 出演者 | バート・ランカスター アラン・ドロン クラウディア・カルディナーレ |
| 音楽 | ニーノ・ロータ ジュゼッペ・ヴェルディ |
| 撮影 | ジュゼッペ・ロトゥンノ |
| 編集 | マリオ・セランドレイ |
| 配給 | |
| 公開 | |
| 上映時間 | オリジナル 187分 英語国際版 161分 など |
| 製作国 | |
| 言語 | |
| 製作費 | ITL2,900,000,000(見積値)[1] |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| AllRovi | |
| IMDb | |
『山猫』(やまねこ、原題イタリア語: Il gattopardo)は、ルキーノ・ヴィスコンティ監督による1963年のイタリア・フランス合作映画である。フランス語の題名は Le Guépard である。
目次 |
[編集] 概要
原作者ジュゼッペ・ランペドゥーサ(1896-1957年)は、ヴィスコンティと同じくイタリア貴族の末裔で、唯一の長編小説作品である。分権国家の終焉を迎え、没落していくイタリア貴族を描いた作品で、ランペドゥーサ自身の体験を基に描いたフィクションである。映画では全8章のうち第6章までを取り上げている。
原作の訳書は、長年フランス語訳版を元にした佐藤朔訳『山猫』(河出文庫で改訂新版、初版河出書房新社、1961年)であったが、2008年に岩波文庫で、イタリア語原書を元にした小林惺訳『山猫』が刊行された。なお佐藤訳は、下記の日本での映画公開度に復刊されている。
第6章の舞踏会の場面が全編のおよそ3分の1を占める。同シーンに貴族の役で登場している多数のエキストラたちは、3分の1が実際のシチリア貴族の末裔たちである。また、スタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』などと同様、人工の光源を排除して自然光のみで撮影されている。室内での撮影で不足した光量を補うため、多数の蝋燭が点火されたが、そのためにセット内は蒸し風呂のような暑さとなった。劇中でキャストがしきりに扇を仰いでいたり、汗に濡れていたりするのは演技ではない。また衣装など小道具も、可能な限り当時の製法で復元された。
この作品はヴィスコンティのフィルモグラフィーのちょうど中間に位置し、イタリアン・ネオレアリズモの巨匠と謳われたヴィスコンティが初めて貴族社会を取り上げた、後の作品に続く転機となった作品となった。また自身の血統であるイタリア貴族とその没落を描いた意味で、「ヴィスコンティが唯一自身を語った作品」と評された。
『若者のすべて』以来、プライベートでも親密な関係だったアラン・ドロンとヴィスコンティは本作以降、絶縁状態になった。バート・ランカスターよりギャラが安いのを不満に思ったドロンが、ヴィスコンティにギャラアップを迫ったのが原因であると言われている。『若者のすべて』で起用した脚本家パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレとマッシモ・フランチオーザ、そしてエンリコ・メディオーリを同作に続いて採用したが、カンパニーレとフランチオーザは本作公開の1963年、『つかの間の恋心』を共同監督し、映画監督としてデビュー、その後のヴィスコンティの共同執筆体制から離脱した。『熊座の淡き星影』には、『ベリッシマ』以来のダミーコとメディオーリが残った。
この作品は第16回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得、国際的な評価を確立した傑作であるが、全世界での配給権を持つ20世紀フォックスから、「長すぎる」とのクレームを受け、シドニー・ポラック監修で161分の「英語国際版」が作成され、世界各国で主に短縮版が公開された(日本でも1964年1月に国際版が公開)。
ヴィスコンティ没後の1981年に、イタリア語オリジナル版(185分)が公開された(日本では当時の岩波ホールで同年12月に上映)。なお同年には、写真・シナリオ集『ヴィスコンティ秀作集3 山猫』(新書館)も刊行された。
オリジナル・ネガは保存状態が悪かったため、過度の経年劣化を起こし、国際公開版よりも退色が目立つようになった。イタリア当局が国家予算を投じ修復に努め、作業は当時の撮影監督ジュゼッペ・ロトゥンノ監修により、40周年を期し『山猫―イタリア語・完全復元版』(187分)を2003年に完成させた。日本でも2004年秋に公開されている。
[編集] スタッフ
- 監督:ルキーノ・ヴィスコンティ
- 製作:ゴッフレード・ロンバルト
- 脚本:ルキーノ・ヴィスコンティ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ、エンリコ・メディオーリ、パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ、マッシモ・フランチオーザ
- 音楽:ニーノ・ロータ、ジュゼッペ・ヴェルディ
- 撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ
- 編集:マリオ・セランドレイ
- 配給:ティタヌス
[編集] キャスト
| 役名 | 俳優 | 日本語版1 | 日本語版2 |
|---|---|---|---|
| ドン・ファブリツィオ(サリーナ公爵) | バート・ランカスター | 久松保夫 | 有川博 |
| タンクレディ | アラン・ドロン | 堀勝之祐 | 井上和彦 |
| アンジェリカ | クラウディア・カルディナーレ | 小原乃梨子 | 山田栄子 |
| ガルバルディ軍将軍 | ジュリアーノ・ジェンマ | 江原正士 | |
| カヴリアーギ伯爵 | マリオ・ジロッティ | 大塚芳忠 | |
| ドン・カロージェロ・セダーラ | パオロ・ストッパ | 大宮悌二 | |
| チッチョ | セルジュ・レジァーニ | 青野武 | |
| ピローネ神父 | ロモロ・ヴァリ | 仲木隆司 | |
| マリア・ステラ(サリーナ公爵夫人) | リナ・モレリ | 京田尚子 | |
| カテリーナ | オッタヴィア・ピッコロ | ||
| コンセッタ | ルッチラ・モルラッキ | ||
| カロリーナ | アイダ・ガリ | ||
| ドンナ・マルゲリータ | ローラ・ブラッチーニ | 沼波輝枝 | |
| パラヴィチーノ大佐 | イヴォ・ガラーニ | 筈見純 |
[編集] 余談
小沢一郎はかつて民主党代表選挙に出馬した際の演説で、この作品を引き合いに出してアラン・ドロンの台詞「変らずに生きてゆくためには、自分が変らねばならない」という言葉を引用、「自分は変る」とアピールし、剛腕・壊し屋というイメージを一新するスローガンとした逸話が知られる。
[編集] 脚注
- ^ “Il gattopardo (1963) - Box office / business”. IMDb. 2011年5月16日閲覧。
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