ポア (オウム真理教)

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ポア(Phowa、チベット語: འཕོ་བ་ pho ba)とは日本のカルト宗教であったオウム真理教における教義のひとつである。殺人を正当化する為に使用したものとされる。

概要[編集]

ポアはチベット語であり、仏教辞典では「遷移・転移」、または経典の文脈によって「遷有」[1]と訳される。イェシケのチベット語辞書でも、1)to change place/shift/migrate、2)to change、3)to die となっており、死ぬと言う意味はあっても、殺すという意味は存在していない[1]。ポアというチベット語の元となったサンスクリット語は確定されているとは言い難いが、saṃkāramaṇaが有力とされている[1]。モニエルの梵英辞典によれば、saṃkāramaṇaは「ある宮から他(の宮)への通過」の意味として説明されており、兜率天上生下生など、規定された道筋を順に移りいくことを示す[1]

チベット密教でポアが自動詞的にではなく他動詞的に、1)to change place/shift/migrate の意で用いられるときは中陰法要などの法要行が、2)to change や 3)to die の意で用いられる場合は、遷霊に類した意味もあるとみられる。遷霊とはもっぱら神社神道で用いられる用語で、死を確定させるための手続きとする説のある葬祭儀礼である[2]。今日でも脳死問題が取り沙汰されるのと同様、何を以って死を確定するかは古くから存在してきた問題であり、ポアを解する際には医師ではなく宗教が死を判別する役割を担った時代の方が長きにわたることに留意する必要がある。

チベット密教は転生を主とした神秘主義的な解釈[3]がなされるきらいがあるが、それが高じてオウム真理教では、魂を高い世界(アストラル世界、又は更に上のコーザル世界)に転生させるためには、積極的にその魂の持ち主の生命を(実際に)奪っても構わないという「殺人正当化の教義」を意味することになった。

(オウムから見て)「悪業を積む者」は、そのまま生かしておいてはさらに「悪業」を積み、来世の転生先でその分苦しまなければならない。それを避けるためには一刻も早くその生命を絶たなければ(殺害しなければ)ならない。そうすることで、これ以上「悪業」を積むことがなくなり、また「グルとの逆縁」ができるので本人のためにも良い。また殺人を実行した弟子は、「被害者の魂を救済した」ことになるので、「功徳」を積むことになる、という理論であった。

使用時期等[編集]

オウム裁判における検察の陳述[4]によれば、まだ「オウム神仙の会」の時代だった1987年1月の時点で、教祖の麻原彰晃はすでに殺人を肯定する意味で「ポア」の用語をつかった説法をしていたという。オウム最初の殺人事件である男性信者殺害事件は約2年後の1989年2月10日に起きた。

連合赤軍との類似点[編集]

ポアは1970年代前半に明らかとなった連合赤軍の「総括」との類似がしばしば指摘される。

パトリシア・スタインホフ伊東良徳の共著『連合赤軍とオウム真理教 日本社会を語る』や田原総一朗著の『連合赤軍とオウム わが内なるアルカイダ』など、この問題を取り上げた書籍がこれまでに発刊されている。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『ポアとは何か!―インド・チベット密教ヨーガの一考察―』 金本拓士 - 智山伝法院(真言宗智山派)ホームページ
  2. ^ 神葬祭 総合大事典』(雄山閣出版 平成12年版)より
  3. ^ ケツン・サンポ、中沢新一著『虹の階梯 チベット密教の瞑想修行』より
  4. ^ 降幡賢一著『オウム法廷② グルvs信徒』より

参考文献[編集]

  • 東京キララ社編集部編『オウム真理教大辞典』ISBN 4380032094
  • 大石紘一郎『オウム真理教の政治学』朔北社、2008年

関連項目[編集]