二木啓孝

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二木 啓孝(ふたつき ひろたか、1949年11月29日 - )は、日本のジャーナリスト日本BS放送取締役(編成・報道制作担当)・解説委員。元日刊ゲンダイニュース編集部長。鹿児島県出身。

目次

[編集] 経歴

明治大学農学部食品化学味噌醤油等)を学ぶが、大学側から除籍される。

明治大学除籍後、長距離トラック運転手など経た後、新左翼系の情況出版に勤務。元ブント情況派。28歳で「週刊ポスト」(小学館)専属フリーライターとなる。1983年に日刊現代入社、1995年にニュース編集部部長となる。

2007年6月30日付けで日刊現代を退職し、独立。現在はフリーランスのジャーナリストである傍ら、日本BS放送の取締役・解説委員を務めている。

[編集] 人物

かつて、オウム真理教事件に関する報道を行った。現在もその取材活動の手は休まる事が無い。記者時代は昼出勤、深夜締め切り、翌朝TVやラジオの出演といったハードスケジュールをこなしていた。

自身は週刊ポストや日刊ゲンダイ時代の記事について、歴史的な新事実や死者の出た事件に関する記事は念入りに取材をしたものの、その他の記事については「正直に言えば、過去には週刊誌と夕刊紙でずいぶんと飛ばし記事を書いてきた」と告白している。[1]

作家で前長野県知事の田中康夫、「コリア・レポート」編集長の辺真一タレント愛川欽也などと交友関係がある。また、2004年5月27日にイラクで武装勢力に暗殺されたジャーナリスト橋田信介は、死の直前、二木にメールを送っている。

無類の温泉好きで、「オートバイで関東地区の温泉をのようにまわった」時期がある。 ゲンダイでは主に左派系の記事を担当し、保守系のレギュラーコラムを書く俵孝太郎とは距離をおいていた。

「ああいえば上祐」という言葉の発案者とされている。保守系政党に対しては罵詈雑言の限りを尽くすが、ロス疑惑報道の際にはワイドショーの過熱報道に釘を刺したこともある。他紙のように三浦和義の事実無根のスキャンダルを書かなかった事から三浦から一目置かれ著書で名指しで特筆すべきこととまで書かれたという逸話もある。

2009年11月27日放送のTBSラジオBATTLE TALK RADIO アクセス」では、政権交代前の日刊ゲンダイ在籍時に鳩山由紀夫と雑談していて、サラリーマンの平均年収に話が及んだ際に、鳩山が「そうですか。そんなに給料減ってるんですか。今サラリーマン平均1000万(円)位ですか?」と発言した事を明かした、二木は鳩山に政権獲得のためにもこの事は伏せておくよう進言し、日刊ゲンダイに鳩山の金銭感覚を問題視する記事を書くことはなかった。

同番組では2006年1月から、トークパーソナリティの出演が木曜から金曜に変更となった。金曜日のみナビゲータを勤める麻木久仁子とは、麻木の自民党嫌い・民主党好きもあって極端にトークが盛り上がる事が多く、また、自身についても色々語る事が多い。たとえば、東京新聞は「わりと好きな新聞」(2006年1月12日放送)など。

[編集] 脚注

  1. ^ ニュースサイト「THE JOURNAL」連載「二木啓孝の事件の真相」2009年5月11日


[編集] 出演番組

[編集] 現在

テレビ
ラジオ

[編集] 過去

テレビ
ラジオ

[編集] 著書

[編集] 単著

[編集] 共著

  • 『殺人心理』(アスキー
  • 『永田町の通信簿』(作品社
  • 『宗男の言い分』(飛鳥新社
  • 『理戦(77(04年夏号))季刊 理戦』

[編集] 関連項目


[編集] 外部リンク

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