安田好弘
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安田 好弘(やすだ よしひろ、1947年12月4日 - )は、日本の弁護士(登録番号:16969)。第二東京弁護士会所属。
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経歴
- 1947年 兵庫県に生まれる
- 1975年 一橋大学法学部卒
- 1977年 29歳で旧司法試験合格
- 1980年 司法修習32期修了し弁護士に
- 1999年 死刑廃止運動への貢献が認められ、多田謡子反権力人権賞を受賞。
主な担当事件
著名な凶悪事件や死刑が求刑された事件の刑事弁護を数多く担当し、死刑判決を多数回避させてきた経歴を持つ。
安田が事件を受任した当時の日本においては、このような凶悪事件の弁護は、弁護士経歴に傷がつきやすいことや、メディアバッシングの恐れがあること、弁護士報酬がほとんど期待できないことなどから、引き受ける弁護士が僅少であるため、凶悪事件の受任が安田に集中していることが問題視されている。また、安田自身は大手マスコミュニケーション、テレビなどの出演依頼はほとんど断るマスメディア嫌いで有名である。
刑事事件
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- 1980年より、被告人の弁護人に選任される。判決は無期懲役。
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- 1980年より、被告人ら(兄弟)の弁護人に選任される。求刑通り兄は死刑、弟は無期懲役。
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- 1982年より、被告人の弁護人に選任される。
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- 1983年より、被告人の弁護人に選任される。判決は求刑通り死刑であり、判決確定後、再審請求するも棄却。
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- 1985年より、控訴審から被告人の弁護人に選任される。第一審判決は死刑であったが、控訴審判決では無期懲役となる。
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- 1996年より、被告人(主犯少年ら)の弁護人に選任される。第一審判決は、主犯につき死刑であったが、控訴審判決では無期懲役となる。
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- 2008年より、上告審から弁護人に選任される。上告審において、原審(控訴審)の無期懲役判決が破棄され、原裁判所(広島高裁)に差戻された。差戻後の広島高裁は死刑判決を下した。
民事事件
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- 1985年より、原告代理人。和解(実質勝訴)。
光市母子殺害事件
光市母子殺害事件で安田は、足立修一とともに上告審における被告人の弁護士を担当(安田が主任弁護人)することになった。
安田らは、弁護人選任前に指定されていた第1回公判期日について、事前に、最高裁に対して、日弁連が開催する裁判員裁判による模擬裁判のリハーサルがあることなどを理由として、公判期日の変更を求めた。しかし最高裁がこれを拒んだため、欠席する旨を事前に伝えたが、最高裁は、2006年3月,指定した通りの日時において,第1回公判手続を行った。 また、後述する控訴審での主張等も含め、安田らの弁護手法が大きな波紋と批判を呼び、マスコミでは「ドタキャン」と報道された。次の期日指定(2006年4月)では出頭在廷命令が初適用された。
2006年6月20日に、控訴審判決(広島高裁)が破棄され、原裁判所(広島高裁)へ差し戻された。
2007年5月24日、広島高裁で差し戻しの控訴審が開始され、被告人側の第1審・第2審の主張とは180度異なった傷害致死の主張を展開したが、2008年4月22日の判決公判の判決理由において安田らが展開した主張は全て否定され、死刑判決が下された。
差戻し審における安田弁護士の主張
- 母子殺害は計画的では無かった
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- 母親の殺害について
- 被告人は思春期に母親の自殺を目撃しており、母親に甘えたい気持ちから被害者女性に抱きついたところ、大声を出されたので口をふさいだ。しかし手がずれ込んでしまい、首が締まり女性を死に至らしめてしまった。これは今の日本の法律では傷害致死にあたる。犯行の際に水道屋の格好をしたのはままごと遊びの一環であり犯行に計画性はない。
- 母親の屍姦について
- その後少年が母親の死体に性的行為を行った件については、相手がすでに死んだ後に行っているので強姦罪には当たらない。性行為は被害者の生命を救うための魔術的な儀式であり被告人は精子が人間を復活させると信じていた
- 赤ん坊の殺害について
- 赤ん坊を床に叩きつけたのは、本人の意図としては赤ん坊を泣き止ませる為。赤ん坊を泣き止ませようと、首にちょうちょ結びをした所、きつく締まり過ぎてしまい、赤ん坊は死んでしまった。これも傷害致死にあたる。
- 被告人の責任能力について
- 被告人は精神の発達が遅れており、その精神年齢は12歳程度である。
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- 被害者遺族の本村洋について
- 遺族の上京が無駄足になったのは申し訳なかったが、被告人の弁護士である以上、裁判というものを、犯罪者を死刑台に送る形だけの儀式にしてはいけない。「法廷は被害者と加害者が対決し、刺しあう場所ではない。」
- 公判期日欠席について
強制執行妨害事件(安田事件)
主任代理人を努めていたオウム真理教事件公判中である1998年12月5日、安田は、1993年3月から1996年9月までの間に任意整理を受任した不動産会社「スンーズコーポレーション東京リミテッド」の代表取締役(懲役1年6月執行猶予3年確定)らと共謀し、差押えの強制執行を逃れることを目的として、同社が所有する賃貸ビル2棟のテナントから、賃貸料名目で休眠会社への約2億円の口座振込みを指示して、当然差押え執行がなされるべき財産を隠匿したとする強制執行妨害の被疑事実により逮捕され、約10ヶ月間勾留された後に、右被疑事実を公訴事実として起訴された。この事件は俗に「安田事件」と呼ばれることもある。
安田の逮捕・勾留に際しては、全国から安田の弁護をしようという弁護士が集い、約1200人が弁護人となった。約3000名が抗議デモを行い、日本弁護士連合会やアムネスティ・インターナショナルなどの団体から、警察やマスメディアに対し抗議声明が発表された。
第1審において、安田に対して懲役2年が求刑されたが、2003年12月24日、東京地裁は、検察官の主張を退け、安田の不動産会社への助言に違法性はなかったとし、無罪判決をしたため、検察側は控訴した。
控訴審においては、約2100人の弁護士が弁護人となった。審理において、検察側は、安田は賃料収入を債権者に差押えられぬよう確保することを不動産会社社長と共謀しており、強制執行妨害罪が成立するとして無罪判決の破棄を求めた。これに対し被告人である安田側は、控訴審で検察側は新証拠を一切提出しておらず、安田は違法性のない会社再建構想を示しただけであるから、原審が示した無罪判決は正当であるとして、控訴棄却を求めた。
2008年4月23日、東京高裁(池田耕平裁判長)は、安田の強制執行妨害共謀を認め、第1審(東京地裁)の無罪判決を破棄し、罰金50万円の逆転有罪判決を下した。
世間・マスメディアでの賛否両論
分量としてはバッシングの論調が多いと言える。
- 安田弁護士の基本的な姿勢について
- 検察側のいい加減な主張には厳しい姿勢で臨み、事実の究明を行おうとする姿勢には地下鉄サリン事件の被害者遺族の一部からも支持を受けていた[要出典]
- 事件の内容に関する主張について
- 検察側が怠っている事実の解明に主眼を置くものの、事実を争うにはあまりにもおそ過ぎる。
- 口頭弁論欠席について
- ドタキャン・裁判の引き伸ばしである。
- 裁判所には事前に何度も欠席の意思を伝え、前日には正規の欠席届けも提出していた。それにも関わらず、法廷を開くのは、裁判所の面子を守るためだけの権力の暴走と抗議している。
- 裁判員制度の関係者という身分を言い訳に使っている。
- 死刑求刑裁判となっている凶悪事件の刑事裁判での弁護を数多く担当してきたことについて
- 凶悪な刑事事件の弁護でも引き受けてくれる数少ない貴重な弁護人である(凶悪事件の加害者弁護は、労力がかかる、儲からない、名誉が傷つく、世間のバッシングにあう、などいいことがないので断る弁護士が多い)。
脚注
- ^ a b 東京新聞: 異端の肖像2006 「怒り」なき時代に 弁護士 安田好弘(58)(文字エンコーディング: Shift_JIS)
文献
自著
- 2005年8月 『「生きる」という権利 麻原彰晃主任弁護人の手記』講談社、ISBN 4062121433
共著
- 2006年1月 『麻原断罪』で終わらせるのか」(宮崎学、森達也との鼎談)
- 森達也『世界と僕たちの、未来のために 森達也対談集』作品社、ISBN 4861820669、所収
- 2006年4月 「いのち、非暴力」(対談)
- 米田綱路編著『はじまりはいつも本 書評的対話』パロル舎、ISBN 4894190516、所収
- 2006年5月 「勾留と保釈を体験して 安田好弘弁護士に聞く」(インタビュー)
- 東京弁護士会期成会明るい刑事弁護研究会編『保釈をめざす弁護 勾留からの解放 期成会実践刑事弁護叢書 01』現代人文社、ISBN 4877983015、所収
関連書
- 魚住昭『特捜検察の闇』文藝春秋、2001年5月、ISBN 4163574409、文春文庫: 2003年5月、ISBN 4167656655
- 宮崎学『地獄への道はアホな正義で埋まっとる』太田出版、1999年2月26日、ISBN 4872334469
- 安田さんを支援する会東京編『安田さんを支援する会News 復刻合本1 - 20号』インパクト出版会、2002年6月、ISBN 4755401208
- 『諸君』2006年6月号
- 『月刊現代』2006年7月号
- 「激突対談/被害者の正義と犯罪者の権利 安田好弘 vs 中嶋博行」
- 『世界』2006年7月号
- 佐藤優「弁護士の職責とは何か 『悪魔の弁護人』安田好弘氏に聞く」
- 『週刊金曜日』2006年7月7日号 特集「『光市母子殺人事件』判決を問う」
- 『AERA』「現代の肖像」2008年4月28日号、綿井健陽「安田好弘●弁護士 街には無限の物語がある 『悪魔の弁護人』と呼ばれて」
関連項目
外部リンク
- 日本弁護士連合会: 安田好弘弁護士保釈問題に対する会長声明(1999年7月23日)
- 現代企画室「状況20~21」: 「弁護士のあり方を通して見る日本と世界の現状」(2006年5月15日、執筆: 太田昌国)
- 私が重大犯罪の被告を弁護しなければならない理由 マル激トーク・オン・ディマンド 第269回(2006年05月24日)ゲスト:安田好弘氏(弁護士)[1]

