カーマイン・アピス
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| カーマイン・アピス (Carmine Appice) |
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|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1946年12月15日(62歳) アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク市 ブルックリン地区 |
| ジャンル | ロック |
| 職業 | ミュージシャン |
| 担当楽器 | ドラマー |
| 活動期間 | 1966年 – 現在 |
| 共同作業者 | ヴァニラ・ファッジ カクタス ベック・ボガート & アピス KGB キング・コブラ ブルー・マーダー マザーズ・アーミー ギター・ゼウス パット・トラヴァース & アピス オジー・オズボーン ロッド・スチュワート |
| 公式サイト | www.carmineappice.net |
カーマイン・アピス(Carmine Appice, 1946年12月15日 - )は、アメリカ合衆国のミュージシャン。
ニューヨーク州スタテン島出身のドラマー。父はジャズのサクソフォーンプレイヤーで、弟はブラック・サバス、ディオ他で活躍するロックドラマーのヴィニー・アピス。
ジョン・ボーナムやイアン・ペイスに先んじて、誰よりも早くヘビードラミングを確立したハードロックドラマーのパイオニアである。個性的かつ特徴的なロックフィル(おかず)も無数に生み出しており、ジョン・ボーナムやコージー・パウエルらにも多大な影響を与えた。
デビュー当時、ギターアンプの大音量化が急激に進んだことにより、マッチドグリップでのハードヒット奏法をはじめとするヘビードラミングを確立する。ロックドラムにツー・バス(バスドラムを2個使用)を取り入れたり、チャイナシンバルを取り入れ裏返してセッティングしたり、ベースアンプにバスドラムのマイクを突っ込んだり、スネアドラムにワウペダルを繋いだり、スティックを逆さに持ってグリップエンドにチップをつけたり、リニアグルーピング奏法(16分を6・6・4等の拍の組合せで組立て直すトリッキーな奏法)を取り入れるなど斬新で草分け的なエピソードも実に多い。スティックトワリングも得意としており、スティック音も巧みにパーカッションに取り入れる。また、メインボーカルやバックグラウンドコーラスをとることも多い。
ドラミング以外の活動も多岐に渡り、作詞、作曲は勿論、多くのアルバムのプロデュースも行っている。また、ドラムをはじめとする音楽教育にも熱心で、ロックドラマー向けの教則本出版の草分けでもあり、自ら教則関連のパワーロック社を設立している。教則本『Realistic Rock Drum Method』は全世界で30万部以上を売り上げており、ドラム教則本としてはトップクラスである。 さらに、音楽活動の功績を称えられ、ロスアンゼルス他アメリカ国内4都市で「カーマイン・アピスの日」が設けられている。
1991年にはハリウッド・ロック・ウォークに手形とサインが刻まれる栄誉が与えられた。
2006年12月には還暦を迎え、2007年6月にはデビュー40周年を迎えた、現役のドラマーである。
目次 |
[編集] 経歴
1946年にスタテン島の音楽一家に生まれる。幼少時から音楽に興味を持ち、とりわけバディ・リッチ、ジーン・クルーパに憧れていた。最初は親戚のドラムセットやおもちゃのドラムセットを叩いていたが、1961年、親にグレッチのセットを買ってもらい、ビッグバンド系のドラマーにドラムを習い始める。
1963年にルイ・ベルソンを見てツーバスに憧れるが、それを実現したのは1968年であった。
高校の時にドラマーを職業とする決心をする。ジャズドラムの練習をしながら、クラブでロックドラムを叩いたり、歌のバックバンドを勤めたりして過ごす。このころ、ジェームス・ブラウン、アレサ・フランクリン、ウィルソン・ピケット等のビッグネームのバックを勤めたこともある。
[編集] ヴァニラ・ファッジ
1966年12月、ヴィンス・マーテル、マーク・スタイン、ティム・ボガートらとヴァニラ・ファッジを結成。バンド名はアイスクリームの商品名を引用した。
翌1967年6月、ヴァニラ・ファッジはニューヨークのビレッジシアターでデビューを果たす。 シングル「キープ・ミー・ハンギング・オン」(シュープリームスのカバー曲)はビルボード6位を記録する。7月には同名のアルバムを発表し、シングルと同じくビルボード6位となる。
1968年、ドラムセットをグレッチからラディックに変更している。同年2月、セカンドアルバム『ビート・ゴーズ・オン』を発表し、ビルボード17位となる。6月にヴァニラ・ファッジはサードアルバム『ルネッサンス』を発表するも振るわず、ビルボード・チャートは20位に達しただけであった。12月、ヴァニラ・ファッジのオープニングアクトで来ていたレッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムがアピスの使用していたラディックを気に入り、アピスはラディック社にボーナムを紹介している。ボーナムはアピスと全く同じセットを入手するが、26インチのツーバスがメンバーの反対に遭い、レッド・ツェッペリン初期はアピスと全く同じセットのワンバス版を使用していた。
1969年2月にはアルバム『ニア・ザ・ビギニング』を発表するも、ビルボード16位。同年5月、ニューヨークでジェフ・ベック・グループと競演する。これがジェフ・ベックとの出会いだが、既にヤードバーズ等で著名になっていたジェフ・ベックが、カーマイン・アピスとベースのティム・ボガートを引き抜きにかかる。8月にヴァニラ・ファッジはコカ・コーラのCMソングをつとめる。その時、負傷していたヴィンス・マーテルに代わってジェフ・ベックが友情参加してくれたことから、一緒にバンドを組む決意をする。9月になってヴァニラ・ファッジを脱退するも、11月にベックが交通事故に遭ったため、バンド結成は一旦棚上げとなる。10月、録音済みのアルバムロックンロールが発表されるも、ビルボード34位。
[編集] カクタス
1970年ジム・マッカーティ、ラスティ・デイらとカクタスを結成し、ファーストアルバムカクタスを発表する。1971年、セカンドアルバム『ワンウェイ・オア・アナザー』発表。翌1972年にはサードアルバム『リストリクションズ』を発表するも、間もなくマッカーティとデイが脱退。代わってピーター・フィンチ、ワーナー・フリッシング、デュアン・ヒッチングスが加入し、アルバム『汗と熱気』が発表される。しかし6月、カクタスが行き詰まったと感じたティム・ボガートと共に、ジェフ・ベックに再び接触する。
[編集] ベック・ボガート & アピス
1973年、ベックは、コージー・パウエルも参加していた第二期ジェフ・ベックグループのメンバーの入れ替えを行い、ベック・ボガート & アピス(以下BBA)を結成し、アルバム『ベック・ボガート & アピス』を発表。
同年5月に来日を果たし、大阪厚生年金ホール他3箇所でコンサートを行う。BBAのライブ音源はベックの意向によりお蔵入りしており、1975年になってアルバム『ベック・ボガート & アピス・ライヴ・イン・ジャパン』として日本のみで発売された。
ベックはベースラインに徹せず、前に出てくるボガートの演奏に不満を持ち、殴り合いの喧嘩に及んだこともあった。その後、ボガートがバイク事故に遭い、復帰後にボガートとアピスだけディープパープルのコンサートに飛び入り参加するなど、ベックとの別行動が目立つようになり、BBAは自然消滅する。
[編集] その後
1975年、アピスはマイク・ブルームフィールド、レイ・ケネディー、リック・グレッチ、バリー・ゴールドバーグらとKGBを結成し、アルバム『KGB』を発表。AOR系の軽やかなドラミングを演じていた。しかしながら、マイク・ブルームフィールドの薬物中毒などから、オリジナルメンバーは程なく離散し、翌年セカンドアルバム『モーション』を発表し解散する。このころアピスはレインボーからのオファーがあったとされるが、加入には至らなかった。
1977年、ロッド・スチュワートのバンドに加入する。後にアピスは「ヴォーカルに被らないドラミングをここで覚えた」と語っている。1979年と1981年にはロッド・スチュワート・バンドのメンバーとして来日し、強烈なドラムソロを披露している。
ロッド・スチュワートのアルバム『スーパースターはブロンドがお好き』に収録された大ヒット曲「アイム・セクシー」をアピスが作曲しているが、ブラジルでサッカー観戦していたスチュワートが、そこで耳にした応援歌(ジョルジ・ベンのタジ・マハール)をこの曲のサビに流用したらしく、盗作の疑惑が起こり、裁判闘争にまで発展、結局敗訴してしまう。スチュワートはアピスがサビの部分も作曲したことにして疑惑に関するトラブルを押しつけ、同シングルの売上は丸々ユニセフに寄付することにして逃げてしまった。このゴタゴタに嫌気が差したアピスは1981年にバンドを脱退する。
1978年には憧れのバディ・リッチとロサンゼルスでセッションを行い、その後急速に親交を深める。アピスのドラムクリニックにバディ・リッチが訪問した様子を写した写真がアピスの教則本「Realistic Rock Drum Method」に掲載されている。
1981年、ドラマーとしての自身初のソロアルバム『ロッカーズ』を発表する。レコーディングメンバーはほとんどがロッド・スチュワートバンドのメンバーで、ロッカーズと称していた。そしてこのアルバムでは、弟のヴィニー・アピスとのドラム競演がレコーディングされており、「ドラム・シティ・ロッカー」という曲で聞くことが出来る。
このころレインボーの6期、7期でドラマーを勤めていたボブ・ロンディネリは、アピスの一番弟子を名乗っている。
1982年3月、来日を果たす。メンバーは、リック・デリンジャー、トム・ピーターソン、エリック・カルメン、デュアン・ヒッチングス。このライブの頃から、ドラムソロにスモークを炊いて、見えなくなっている間にテープ音とすり替え、客席のドアから登場するというパフォーマンスを行うようになる。
1983年、トミー・アルドリッヂが夫人の出産のため産休となったオジー・オズボーン・バンドからオファーが舞い込み、バーク・アット・ザ・ムーン・ツアー他に同行する。オジーの前座で来ていたモトリー・クルーのステージを見て「これからのドラミングにはビジュアルも取り入れなくては」と考え、ドラムセットの上の両側にラージタムを吊るすなど派手なセットを設置した上、メイクも派手な物に変更している。このころからアピスはスリンガーランドのセットを愛用している。
1984年、ユニセフのコンサートをきっかけにヴァニラ・ファッジが再結成し、アルバム『ミステリー』を発表する。このアルバムのクレジットには「J.トード(J. Toad)」(レコード会社の資料では「J.B.Toad:Recording in London, England」)と記されており、ジェフ・ベックが偽名で参加していると言われている。
1985年、アピスはビジュアルに拘ったバンド結成を熱心に推進し、ミック・スエイダ、マーク・フリーを発掘、キング・コブラを結成し、ファーストアルバム『レディ・トゥ・ストライク』を発表する。冒頭一曲目にスエイダのギターがフィーチャーされ、メロディアスで綺麗な音色が話題を呼んだ。以降、キング・コブラの活動ではパールのセットを使用している。時期を前後して、米音楽雑誌サーカス(CIRCUS)の月間コラムを執筆し、若手ドラマー評を展開していた。
1986年にキングコブラはセカンドアルバム『街角のスリル』を発表する。映画『アイアン・イーグル』のテーマソング「アイアン・イーグル」をレコーディングし、プロモーションの為にメンバー全員の髪型まで軍隊風にカットするが、レコード会社のマネージメントのミスにより差し替えられてしまう。また、レコード会社との音楽の方向性の違いが表面化し、アピスは自らのレーベルを作り、キング・コブラをここに所属させる。
1987年4月、バディ・リッチの葬儀に参列しジャズドラムを披露した。
1988年、ホワイトスネイクを解雇されたジョン・サイクスがアルバムを制作していたが、制作期間が長引いたこと等でコージー・パウエルが抜けてしまい、アピスは後任として同アルバムブルー・マーダーのレコーディングに参加することになる。同年5月、アトランティック・レコード40周年記念コンサートにヴァニラ・ファッジとして参加している。
翌1989年、グループ名もブルー・マーダーとし、ファーストアルバム『ブルー・マーダー』を発表する。ブルーマーダーの活動ではプレミアのセットを使用している。薄いバーチ材に鉄芯を通したシェルからは、抜けのいい破裂音がパンパン出ていた。来日公演も行っており、年齢を感じさせない2時間に及ぶヘビードラミングを聞かせてくれた。同年長男が誕生している。
1991年3月になってサイクスは、やっとセカンドアルバム『ナッシング・バット・トラブル』のレコーディングを開始する。 しかし、再び制作期間が長引いたことで7月にトニー・フランクリンが脱退してしまう。 その後サイクスはメンバーの入れ替えを行い、同アルバムでアピスとフランクリンはゲスト参加という形になっている。
1992年4月にアピスはジェフ・ワトソンのソロアルバム『ローン・レンジャー』に参加し、9月には来日コンサートも行っている。この時のドラムセットはスリンガーランドに戻っている。1993年にはジェフ・ワトソンのプロジェクトにジョー・リン・ターナーを迎え入れ、マザーズ・アーミーとしてアルバムを発表する。しかし、マネージャーの横領問題からレコード会社の移籍問題へと発展し、短期間で廃盤となっている。1994年にレコーディングを終えていたセカンドアルバム『プラネット・アース』が発売にこぎつけたのも1997年となってしまった。
1995年、ギター・ゼウス・プロジェクトを開始する。このプロジェクトはアピスの活動30周年を記念したもので、ギタートラックだけを除いたマスターテープを参加ギタリストに送り、ギターテイクを入れたものを集めてアルバムにするというもの。参加ギタリストはポール・ギルバート(MR.BIG)、 イングヴェイ・マルムスティーン(アルカトラス)、 ニール・ショーン(ジャーニー)、 スティーヴ・モーズ(ディープ・パープル)、 ダグ・アルドリッチ(ディオ)、 ジェニファー・バトン(ソロ)、 ブライアン・メイ(クイーン)、 タイ・テイバー(キングズ・エックス)、 スラッシュ(ガンズ・アンド・ローゼズ)、 テッド・ニュージェント(アンボイ・デュークス)、 ミック・マーズ(モトリー・クルー)、 レズリー・ウエスト(マウンテン)、 スティーヴィー・サラス(ソロ)、 ザック・ワイルド(オジー・オズボーン)、 ウォーレン・デ・マルティーニ(ラット)、 リッチー・サンボラ(ボン・ジョヴィ)、 スチュアート・スミス(スタジオ・ミュージシャン)、 C.C.デヴィル(ポイズン)、 ジョン・ノーラム(ヨーロッパ)、 ドゥイージル・ザッパ(フランク・ザッパの息子)、 ヴィヴィアン・キャンベル(デフ・レパード)、 北島健二(FENCE OF DEFENSE)、 セイモア・ダンカン(ギター用ピックアップメーカーの創業者)、 スティーブン・セガール(俳優)といったそうそうたる顔ぶれである。
1997年には田村直美、北島健二、トニー・フランクリンと共に、PEARLを結成、アルバム『Pearl』を発表する。PEARLの活動ではメイペックスのドラムセットを使っている。メイペックスのサポートで日本国内でドラムクリニックを展開した。このバンドで来日した時には国内ライブツアーの他、日本のテレビにも多数出演した。その他、オロナミンCドリンクのCMソングも手がけている。1998年6月、ミュージックフェアでCharとPEARLが競演する。LOVELOVEオールスターズでの競演で知り合ったシャ乱Qのはたけとも交流を深め、ギター・ゼウス・ジャパンにもつながっていく。
1999年2月には再結成ブームに乗り、ヴァニラ・ファッジを再結成し、各地でライブ活動を行った。但しキーボードはマーク・スタインからビル・パスカリに代わっている。このライブでCharが飛び入り参加したことにより、同年12月、アピス、ボガートにCharを加えてCBAを結成し、国内ライブツアーを行う。同年、ギター・ゼウスのマスターテープに日本のギタリストの音を加え、日本版ギター・ゼウス・ジャパンを発表する。参加したギタリストは、ルーク篁、高崎晃、山本恭司、北島健二、Char、RayZi、はたけ、福田ヒロヤ、Anchang、松尾宗仁、野村義男、島紀史、kATSU&KAZなど。
2000年、アルバムCBA Liveを発表する。このときもメイペックスのセットを使っていた。
2001年、キング・コブラを復活させアルバム『ハリウッド・トラシュ』を発表する。
2002年には再結成していた新生ヴァニラ・ファッジがアルバム『リターン』を発表する。最後の「アイム・セクシー」をいかにもサッカー応援歌風のアレンジで録音している。明らかにロッドへのあてつけと思われる。ドラムセットはスリンガーランドに戻っている。
2004年にはパット・トラバースと組み、同年にはアルバム『It Takes a Lot of Balls』を、翌2005年も『Live at the House of Blues』、『Bazooka』とアルバムを発表している。
2006年にはカクタスをラスティ・ディ以外のオリジナルメンバーで再結成し、『V』を発表する。同年10月、ヴァニラ・ファッジがロングアイランド・ミュージック・ホールで殿堂入りをした。
2007年12月、PEARLの結成20周年イベントで声がかかり、名古屋と東京で公演を行った。ドラムセットはスリンガーランドを使用。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] ヴァニラ・ファッジ
- Vanilla Fudge (1967)
- The Beat Goes On (1968)
- Renaissance (1968)
- Near the Beginning (1969)
- Rock & Roll (1970)
- The Best of Vanilla Fudge (1982) [コンピレーション]
- Mystery (1984)
- ヴァニラ・ファッジ・ライブ - The Best of Vanilla Fudge-Live (1991) [ライブ・コンピレーション]
- ベスト・オブ・ヴァニラ・ファッジ - Psychedelic Sundae: The Best of Vanilla Fudge (1993) [コンピレーション]
- リターン - The Return (2002)
- Rocks The Universe (2003)
- Then and Now (2004) [コンピレーション]
[編集] カクタス
- ファースト・アルバム - Cactus (1970)
- セカンド・アルバム - One Way ... or Another (1971)
- リストリクションズ - Restrictions (1971)
- 汗と熱気(カクタス・ライヴ) - 'Ot 'n' Sweaty (1972) [ライブ]
- カクトロジー:カクタス・コレクション - Cactology (1976) [コンピレーション]
- Fully Unleashed: The Live Gigs (2004) [ライブ]
- Barely Contained: The Studio Sessions (2004)
- V (2006)
[編集] ベック・ボガート & アピス
- ベック・ボガート & アピス - Beck Bogert & Appice (1973)
- ベック・ボガート & アピス・ライヴ・イン・ジャパン - Live in Japan (1975)
[編集] ジェフ・ベック
[編集] トミー・ボーリン
- 魔性の目 - Praivate Eyes (1976)
- Bottom Shelf (1997) [コンピレーション]
[編集] KGB
- KGB (1975)
- Motion (1976)
[編集] ロッド・スチュワート
- 明日へのキック・オフ - Foot Loose & Fancy Free (1977)
- スーパースターはブロンドがお好き - Blondes Have More Fun (1978)
- パンドラの匣 - Foolish Behaviour (1980)
- トゥナイト・アイム・ユアーズ - Tonight I'm Yours (1981)
[編集] カーマイン・アピス
- Rockers (1981)
- V8 (2002)
[編集] テッド・ニュージェント
- Nugent (1982)
- Little Miss Dangerous (1986)
[編集] キング・コブラ
- レディ・トゥ・ストライク - Ready To Strike (1985)
- 街角のスリル - Thrill of a Lifetime (1986)
- King Kobra III (1988)
- The Lost Years (1999)
- ハリウッド・トラッシュ - Hollywood Trash (2001)
- Number One (2005)
[編集] ブルー・マーダー
- ブルー・マーダー - Blue Murder (1989)
- ナッシング・バット・トラブル - Nothin' But Trouble (1993)
[編集] ジョン・サイクス
- ニュークリア・カウボーイ - Nuclear Cowboy (2000)
[編集] ジェフ・ワトソン
- ローン・レンジャー - Lone Ranger (1992)
[編集] マザーズ・アーミー
- マザーズ・アーミー - Mothers Army (1993)
- プラネット・アース - Planet Earth (1997)
[編集] ギター・ゼウス
- ギター・ゼウス~神々の饗宴~ - Guitar Zeus (1995)
- ギター・ゼウス II - Guitar Zeus 2 (1997)
- ギター・ゼウス・ジャパン - Guitar Zeus Japan (1999)
- Guitar Zeus 2001 (2001)
- Guitar Zeus Korea (2002)
- Ultimate Guitar Zeus (2006)
[編集] パール
- パール - Pearl (1997)
- 4 インフィニティー - 4 Infitiny (1998)
- Pearl Live in Japan (1999)
[編集] TNA (パット・トラヴァース & アピス)
- It Takes a Lot of Balls (2004)
- Live at the House of Blues (2005)
- Bazooka (2005)
[編集] その他
- ヤン・アッカーマン
- 流浪の神殿 - Tabernakel (1974)
- スタンリー・クラーク
- Modern Man (1978)
- ポール・スタンレー
- ポール・スタンレー - Paul Stanley (1978)
- レス・デューデック
- レス・デューデック - Ghost Town Parade (1978)
- カルメン・マキ
- ナイトストーカー - Night Stalker (1979)
- エリック・カルメン
- トゥナイト・ユーアー・マイン - Tonight You're Mine (1980)
- エディ・マネー
- Playing for Keeps (1980)
- ロン・ウッド
- 1234 - 1234 (1981)
- ティム・ボガート
- Master's Brew (1983)
- DNA(リック・デリンジャー & アピス)
- Party Tested (1983)
- ヒア・アンド・エイド
- スターズ - Stars (1986)
- ピンク・フロイド
- 鬱 - Momentary Lapse of Reason (1987)
- ブラッド・ギルス
- ギルロック・ランチ - Gilrock Ranch (1993)
- マーティ・フリードマン
- トゥルー・オブセッションズ - True Obsession (1996)
- スチュアート・スミス
- ヘブン・アンド・アース - Heaven and Earth (1999)
- CBA (Char, Bogert and Appice)
- CBA Live (2000)
- DBA (Derringer, Bogert and Appice)
- Doin' Bussiness as... (2001)
- Skill and a Shout it lets out (福田洋也)
- Japanese Hard Rock - Heavy Metal Compilation (2002)
- ダニー・ジョンソン
- Over Cloud Nine (2004)
[編集] DVD・LD・ビデオ(音楽)
- ロッド・スチュワート
- Rod Stewart live at the L.A. Forum (Warner) (1981)
- リック・デリンジャー
- Rock Spectacular (Warner) (1982)
- スターズ
- Hear'n AID - ウイ・アー・ザ・ワールド2 (松竹) (1986)
- Carmine Appice Vinnie Appice
- Drumwars: The Ultimate Battle Carmine Appice Vinnie Appice (1995)
- PEARL
- PEARL Live - East meets West (Polydor) (1997)
- Vanilla Fudge
- Live at Bockpalast 2004 (Columbia) (2004)
- トラバース & アピス
- TRAVERS & APPICE Live (Escapi) (2005)
- Cactus
- Cactus V Live Bootleg (2006)
[編集] DVD・LD・ビデオ(映画)
- Black Roses (松竹)(1987)
- Chasing Destiny (MTI)(1998)
[編集] 書籍
- Carmine Appice Presents the Drum Superstars: From Circus Magazine's "Drum Beat" (1990)
- バンドスコア ギターゼウスジャパン (2000)
- Ultimate Play-along Drum Trax: Carmine Appice Guitar Zeus (Ultimate Play-Along) (2004)
[編集] 教則関連
[編集] DVD
- Ultimate Realistic Rock (2007)
- Drum Master Class (2007)
- Sneak Peek! Classic Rock Drum Solos (Hudson)(2007)
[編集] ビデオ
- Rock Drum Clinic (Siver Eagle)(1987)
- Drum Clinic (Power Rock)(1988)
- Realistic Rock (Power Rock)(1992)
- Drum Master Class (Hot Ricks)(1996)
[編集] 本
- Updated Realistic Rock Drum Method (1979)
- カーマイン・アピス ロック・ドラム教室 (1981)
- Realistic Double Feet (1983)
- Realistic Reggae Rock (1983)
- Realistic Hi-Hat (1983)
- Rudiments to Rock (1995)
- カーマインアピスのロックドラム講座 (1998)
- The Ultimate Realistic Rock Drum Method (2000)
- Realistic Rock for Kids (2002)

