「幻覚剤」の版間の差分

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'''幻覚剤'''(げんかくざい)とは、脳神経系に作用して[[幻覚]]をもたらす[[向精神薬]]のことである。呼称には幻覚剤の原語である中立的な'''ハルシノジェン'''(Hallucinogen)や、より肯定的に表現した'''サイケデリックス'''(Psychedelics)、神聖さを込めた'''エンセオジェン'''(Entheogen)がある。その体験はしばしば[[サイケデリック体験]]と呼ばれる。体験は、神秘的な、あるいは深遠な体験が多く、神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、語りえない(表現不可能)といった特徴を持つことが多い。宗教的な儀式や踊り、[[シャーマニズム|シャーマン]]や[[精神科医]]による[[心理療法]]に用いられる。宗教、文学作品や音楽、[[アート]]といった[[文化]]そのものに影響を与えてきた。
'''幻覚剤'''(げんかくざい)とは、脳神経系に作用して[[幻覚]]をもたらす[[向精神薬]]のことである。呼称には幻覚剤の原語である中立的な'''ハルシノジェン'''(Hallucinogen)や、より肯定的に表現した'''サイケデリックス'''(Psychedelics)、神聖さを込めた'''エンセオジェン'''(Entheogen)がある。その体験はしばしば[[サイケデリック体験]]と呼ばれる。神秘的な、あるいは深遠な体験が多く、神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、語りえない(表現不可能)といった特徴を持つことが多い。宗教的な儀式や踊り、[[シャーマニズム|シャーマン]]や[[心理療法]]に用いられる。宗教、文学作品や音楽、[[アート]]といった[[文化]]そのものに影響を与えてきた。


典型的な幻覚剤は、[[LSD (薬物)|LSD]]や、[[シロシビン]]を含む[[マジックマッシュルーム]]、[[メスカリン]]を含む[[ペヨーテ]]などのサボテン、[[ジメチルトリプタミン|DMT]]と[[ハルミン]]の組み合わせである[[アヤワスカ]]である。[[メチレンジオキシメタンフェタミン|MDMA]]はこれらとは異なる作用を持ち非定型幻覚剤である<ref name="pmid25818246"/>''DSM-5''では、[[ケタミン]]は解離作用が強いため幻覚剤の下位の別の分類に分けられ、[[大麻]]は幻覚剤に含めない。
典型的な幻覚剤は、[[LSD (薬物)|LSD]]や、[[シロシビン]]を含む[[マジックマッシュルーム]]、[[メスカリン]]を含む[[ペヨーテ]]などのサボテン、[[ジメチルトリプタミン|DMT]]と[[ハルミン]]の組み合わせである[[アヤワスカ]]である。[[メチレンジオキシメタンフェタミン|MDMA]]はこれらとは異なる共感能力や親密感の向上作用を持つ<ref name="pmid25818246"/>。主に[[セロトニン]]作動性である<ref name="pmid20717121"/><ref name="pmid25818246"/>''DSM-5''では、[[ケタミン]]は解離作用が強いため幻覚剤の下位の別の分類に分けられ、[[大麻]]は幻覚剤に含めない。ケタミンなどの[[解離性麻酔薬]]は[[グルタミン酸]]作動性([[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA]])である<ref name="pmid20717121"/>


21世紀に入り臨床試験が再び進行しており、サイケデリック・ルネッサンスと呼ばれる。特に[[うつ病]]、[[不安障害]]、[[薬物依存症]]の治療に使える可能性を示している{{sfn|Past and future|2017}}。継続投与を行わずとも持続的な治療効果を生じている<ref name="pmid25818246"/>。幻覚剤の使用は、精神的な問題の発生率の低下<ref name="pmid23976938"/>、自殺思考や自殺企図の低下と関連している<ref name="pmid25586402"/>。幻覚剤が依存や[[嗜癖]]を引き起こすという証拠は非常に限られたものである{{sfn|Past and future|2017}}。
21世紀に入り臨床試験が再び進行しており、サイケデリック・ルネッサンスと呼ばれる<ref name="pmid28831571"/>。特に[[うつ病]]、[[不安障害]]、[[薬物依存症]]の治療に使える可能性を示している{{sfn|Past and future|2017}}。継続投与を行わずとも持続的な治療効果を生じている<ref name="pmid25818246"/>。幻覚剤の使用は、精神的な問題の発生率の低下<ref name="pmid23976938"/>、自殺思考や自殺企図の低下と関連している<ref name="pmid25586402"/>。幻覚剤が依存や[[嗜癖]]を引き起こすという証拠は非常に限られたものである{{sfn|Past and future|2017}}。


幻覚剤は古来から用いられてきた。20世紀に入ってから幻覚剤の化学合成やそれに伴う研究が展開され、特に1940年代から1960年代に大きく展開した。1960年以降、幻覚剤[[薬物乱用|乱用]]が問題視され、所持や使用が法律で禁止されているものも多い。国際的に[[向精神薬に関する条約]]で規制されるが、同条約第32条4項によって植物が自生する国における、少数の集団に伝統的に魔術または宗教的な儀式として用いられている場合には、条約の影響は留保される。日本では一部の既存の違法薬物と類似の構造をもつ[[デザイナードラッグ]]が1990年代後半に[[脱法ドラッグ]]として流通したが、その後取締りが強化され法律や条例による規制が行われ、規制と新種の登場のいたちごっこを繰り返してきた。
幻覚剤は古来から用いられてきた。20世紀に入ってから幻覚剤の化学合成やそれに伴う研究が展開され、特にLSDが合成された後の1940年代から1960年代に大きく展開した。1960年以降、幻覚剤[[薬物乱用|乱用]]が問題視され、所持や使用が法律で禁止されているものも多い。国際的に[[向精神薬に関する条約]]で規制されるが、同条約第32条4項によって植物が自生する国における、少数の集団に伝統的に魔術または宗教的な儀式として用いられている場合には、条約の影響は留保される。日本では一部の既存の違法薬物と類似の構造をもつ[[デザイナードラッグ]]が1990年代後半に[[脱法ドラッグ]]として流通するようになり、その後取締りが強化され法律や条例による規制が行われるものの、規制と新種の登場のいたちごっこを繰り返してきた。


== 作用 ==
== 作用 ==
[[ファイル:Huichol-Fadenbild.jpg|サムネイル|メキシコ、[[ウイチョル族]]の毛糸絵であるニエリカは、幻覚性のサボテンである[[ペヨーテ]]がもたらす、至高神タテワリが与えるという神話的ヴィジョンを描いている<ref name="民族植物">{{Cite journal |和書|last=今福|first=竜太 |date=1999-04 |title=アートの民族植物学的起源 - パブロ・アマリンゴと幻覚のヴィジョン |journal=Collage |issue=2 |pages=8-11 |naid=40005217912}}</ref>。[[幻視芸術]]も参照。]]
{{See also|サイケデリック体験}}
{{See also|サイケデリック体験}}
幻覚剤を摂取することによって、意識状態に変容が起こり[[変性意識状態]]といった意識の状態に導かれる。知覚したことの意味の変化や、視覚的な鮮やかさや、視覚の変容がもたらされ、不安感は減少し幸福感や一体感が上昇する<ref name="pmid20717121">{{cite journal|last1=Vollenweider|first1=Franz X.|last2=Kometer|first2=Michael|title=The neurobiology of psychedelic drugs: implications for the treatment of mood disorders|journal=Nature Reviews Neuroscience|volume=11|issue=9|pages=642–651|year=2010|pmid=20717121|doi=10.1038/nrn2884}}</ref>。ケタミンのような解離性の幻覚剤では大枠は同じだが、個々の幻覚の強弱といった細部が異なり、最も大きい部分ではシロシビンのような典型的な幻覚剤と比較して肉体から離脱する感覚を強く生じさせる<ref name="pmid20717121"/>。幻覚性のキノコの成分であるシロシビンの体験からは、神秘的な、あるいは深遠な体験が多く、神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、語りえない(表現不可能)といった特徴があった<ref name="pmid23316089">{{cite journal|last1=MacLean|first1=Katherine A.|last2=Leoutsakos|first2=Jeannie-Marie S.|last3=Johnson|first3=Matthew W.|last4=Griffiths|first4=Roland R.|title=Factor Analysis of the Mystical Experience Questionnaire: A Study of Experiences Occasioned by the Hallucinogen Psilocybin|journal=Journal for the Scientific Study of Religion|volume=51|issue=4|pages=721–737|year=2012|pmid=23316089|doi=10.1111/j.1468-5906.2012.01685.x|url=http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3539773/}}</ref>。幻覚剤の研究家である[[テレンス・マッケナ]]は、幻覚剤は6時間5年分心理療法をやてしまうドラッグだ表現している<ref>キャシー・ソコル「コンピュータと人と幻覚剤」樋口真理訳『エスクワイア日本語版』1998年3月46-52頁。</ref>。ハーバード大学での統計では200人ほどのうち、85%が人生においてもっとも啓示に富んだ体験であると感じている<ref name="FLASHBACKS-117">ティモシー・リアリー 『フラッシュバックス-ティモシー・リアリー自伝』 山形浩生訳、久霧亜子訳、明石綾子訳、森本 正史訳、松原永子訳、1995年。ISBN 978-4845709038。117頁。 ''FLASHBACKS'', 2nd edition, 1990.</ref>。
幻覚剤を摂取することによって、意識状態に変容が起こり[[変性意識状態]]といった意識の状態に導かれる。知覚したことの意味の変化や、視覚的な鮮やかさや、視覚の変容がもたらされ、不安感は減少し幸福感や一体感が上昇する<ref name="pmid20717121">{{cite journal|last1=Vollenweider|first1=Franz X.|last2=Kometer|first2=Michael|title=The neurobiology of psychedelic drugs: implications for the treatment of mood disorders|journal=Nature Reviews Neuroscience|volume=11|issue=9|pages=642–651|year=2010|pmid=20717121|doi=10.1038/nrn2884}}</ref>。ケタミンのような解離性の幻覚剤では大枠は同じだが、個々の幻覚の強弱といった細部が異なり、最も大きい部分ではシロシビンのような典型的な幻覚剤と比較して肉体から離脱する感覚を強く生じさせる<ref name="pmid20717121"/>。幻覚性のキノコの成分であるシロシビンの体験からは、神秘的な、あるいは深遠な体験が多く、神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、語りえない(表現不可能)といった特徴があった<ref name="pmid23316089">{{cite journal|last1=MacLean|first1=Katherine A.|last2=Leoutsakos|first2=Jeannie-Marie S.|last3=Johnson|first3=Matthew W.|last4=Griffiths|first4=Roland R.|title=Factor Analysis of the Mystical Experience Questionnaire: A Study of Experiences Occasioned by the Hallucinogen Psilocybin|journal=Journal for the Scientific Study of Religion|volume=51|issue=4|pages=721–737|year=2012|pmid=23316089|doi=10.1111/j.1468-5906.2012.01685.x|url=http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3539773/}}</ref>。統合失調症に似た幻覚や妄想を起こす[[覚醒剤精神病]]異なり視覚的に美しい色彩が変と立ち現れ、物が歪ん見えたり、原野に七色虹がかかたり、時空間が変化するというようなものである<ref name="中毒1956">{{Cite book|和書|author=立津政順後藤彰夫、藤原豪、共著|title=覚醒剤中毒|publisher=医学書院|date=1956|pages=2, 261}}</ref>。
ハーバード大学での統計では200人ほどのうち、85%が人生においてもっとも啓示に富んだ体験であると感じている<ref name="FLASHBACKS-117">ティモシー・リアリー 『フラッシュバックス-ティモシー・リアリー自伝』 山形浩生訳、久霧亜子訳、明石綾子訳、森本 正史訳、松原永子訳、1995年。ISBN 978-4845709038。117頁。 ''FLASHBACKS'', 2nd edition, 1990.</ref>。幻覚剤の研究家である[[テレンス・マッケナ]]は、幻覚剤は6時間で5年分の心理療法をやってしまうドラッグだと表現している<ref>キャシー・ソコル「コンピュータと人と幻覚剤」樋口真理訳『エスクワイア日本語版』1998年3月、46-52頁。</ref>。


治療研究の歴史からは、難治性の神経障害、特に[[うつ病]]、[[不安障害]]、[[薬物依存症]]、死と関連した心理的な困難(末期がんなど)に可能性があることを示している{{sfn|Past and future|2017}}。典型的な幻覚剤や、MDMAでは継続的に投与せずとも効果が持続する<ref name="pmid25818246">{{cite journal|last1=Danforth|first1=Alicia L.|last2=Struble|first2=Christopher M.|last3=Yazar-Klosinski|first3=Berra|last4=Grob|first4=Charles S.|title=MDMA-assisted therapy: A new treatment model for social anxiety in autistic adults|journal=Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry|volume=64|pages=237–249|year=2016|pmid=25818246|doi=10.1016/j.pnpbp.2015.03.011|url=http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278584615000603}}</ref>。
治療研究の歴史からは、難治性の神経障害、特に[[うつ病]]、[[不安障害]]、[[薬物依存症]]、死と関連した心理的な困難(末期がんなど)に可能性があることを示している{{sfn|Past and future|2017}}。典型的な幻覚剤や、MDMAでは継続的に投与せずとも効果が持続する<ref name="pmid25818246">{{cite journal|last1=Danforth|first1=Alicia L.|last2=Struble|first2=Christopher M.|last3=Yazar-Klosinski|first3=Berra|last4=Grob|first4=Charles S.|title=MDMA-assisted therapy: A new treatment model for social anxiety in autistic adults|journal=Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry|volume=64|pages=237–249|year=2016|pmid=25818246|doi=10.1016/j.pnpbp.2015.03.011|url=http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278584615000603}}</ref>。


13万人の統計調査から、過去1年間における幻覚剤(LSD、マジックマッシュルーム、メスカリン)の使用者は精神的な問題の発生率の低下に関連していた<ref name="pmid23976938">{{cite journal|last1=Lu|first1=Lin|last2=Krebs|first2=Teri S.|last3=Johansen|first3=Pål-Ørjan|coauthors=et al.|title=Psychedelics and Mental Health: A Population Study|journal=PLoS ONE|volume=8|issue=8|pages=e63972|year=2013|pmid=23976938|pmc=3747247|doi=10.1371/journal.pone.0063972|url=https://doi.org/10.1371/journal.pone.0063972}}</ref>。約19万人からの統計調査では、典型的な幻覚剤の使用が、自殺思考や自殺計画、自殺企図の低下と関連し、他の違法薬物を使用しないことはさらにこの可能性を高めていた<ref name="pmid25586402">{{cite journal|last1=Hendricks|first1=Peter S|last2=Thorne|first2=Christopher B|last3=Clark|first3=C Brendan|coauthors=et al.|title=Classic psychedelic use is associated with reduced psychological distress and suicidality in the United States adult population|journal=Journal of Psychopharmacology|volume=29|issue=3|pages=280–288|year=2015|pmid=25586402|doi=10.1177/0269881114565653}}</ref>。また約1500人からのオンライン調査では、生涯における典型的な幻覚剤(LSD、マジックマッシュルーム、メスカリン)の使用は、自然とのつながりを感じ環境に配慮した行動に関連する<ref name="pmid28631526">{{cite journal|last1=Forstmann|first1=Matthias|last2=Sagioglou|first2=Christina|title=Lifetime experience with (classic) psychedelics predicts pro-environmental behavior through an increase in nature relatedness|journal=Journal of Psychopharmacology|volume=31|issue=8|pages=975–988|year=2017|pmid=28631526|doi=10.1177/0269881117714049}}</ref>。
13万人の統計調査から、過去1年間における幻覚剤(LSD、マジックマッシュルーム、メスカリン)の使用者は精神的な問題の発生率の低下に関連していた<ref name="pmid23976938">{{cite journal|last1=Lu|first1=Lin|last2=Krebs|first2=Teri S.|last3=Johansen|first3=Pål-Ørjan|coauthors=et al.|title=Psychedelics and Mental Health: A Population Study|journal=PLoS ONE|volume=8|issue=8|pages=e63972|year=2013|pmid=23976938|pmc=3747247|doi=10.1371/journal.pone.0063972|url=https://doi.org/10.1371/journal.pone.0063972}}</ref>。約19万人からの統計調査では、典型的な幻覚剤の使用が、自殺思考や自殺計画、自殺企図の低下と関連し、他の違法薬物を使用しないことはさらにこの可能性を高めていた<ref name="pmid25586402">{{cite journal|last1=Hendricks|first1=Peter S|last2=Thorne|first2=Christopher B|last3=Clark|first3=C Brendan|coauthors=et al.|title=Classic psychedelic use is associated with reduced psychological distress and suicidality in the United States adult population|journal=Journal of Psychopharmacology|volume=29|issue=3|pages=280–288|year=2015|pmid=25586402|doi=10.1177/0269881114565653}}</ref>。また約1500人からのオンライン調査では、生涯における典型的な幻覚剤(LSD、マジックマッシュルーム、メスカリン)の使用は、自然とのつながりを感じ環境に配慮した行動に関連する<ref name="pmid28631526">{{cite journal|last1=Forstmann|first1=Matthias|last2=Sagioglou|first2=Christina|title=Lifetime experience with (classic) psychedelics predicts pro-environmental behavior through an increase in nature relatedness|journal=Journal of Psychopharmacology|volume=31|issue=8|pages=975–988|year=2017|pmid=28631526|doi=10.1177/0269881117714049}}</ref>。48万以上の統計調査からは、生涯における古典的な幻覚剤の使用は、調査から1年以内の犯罪(暴力、窃盗など)が発生率が低いことや<ref name="pmid29039233">{{cite journal|last1=Hendricks|first1=Peter S|last2=Crawford|first2=Michael Scott|last3=Cropsey|first3=Karen L|coauthors=et al.|title=The relationships of classic psychedelic use with criminal behavior in the United States adult population|journal=Journal of Psychopharmacology|volume=32|issue=1|pages=37–48|year=2017|pmid=29039233|doi=10.1177/0269881117735685}}</ref>、受刑者約300人から[[ドメスティックバイオレンス]]との関連性が低いことが判明した<ref name="pmid27097733">{{cite journal|last1=Walsh|first1=Zach|last2=Hendricks|first2=Peter S|last3=Smith|first3=Stephanie|coauthors=et al.|title=Hallucinogen use and intimate partner violence: Prospective evidence consistent with protective effects among men with histories of problematic substance use|journal=Journal of Psychopharmacology|volume=30|issue=7|pages=601–607|year=2016|pmid=27097733|doi=10.1177/0269881116642538}}</ref>。


一般的な副作用は、不安、吐き気、嘔吐、心拍や血圧の増加である{{sfn|Past and future|2017}}。[[フラッシュバック (薬物)|幻覚剤後知覚障害]]は、シロシビンやアヤワスカを用いた最近の近代的な臨床試験では報告されていない{{sfn|Past and future|2017}}。
一般的な副作用は、不安、吐き気、嘔吐、心拍や血圧の増加である{{sfn|Past and future|2017}}。[[フラッシュバック (薬物)|幻覚剤後知覚障害]]は、シロシビンやアヤワスカを用いた最近の近代的な臨床試験では報告されていない{{sfn|Past and future|2017}}。


幻覚剤が依存や[[嗜癖]]を引き起こすという証拠は非常に限られたものである{{sfn|Past and future|2017}}。[[耐性 (薬理学)|耐性]]は急速に形成され、[[離脱]]症状が起こることは確認されていない{{sfn|Past and future|2017}}。精神的依存はまれだと考えられるがそのための研究は少ない{{sfn|Past and future|2017}}。
幻覚剤が依存や[[嗜癖]]を引き起こすという証拠は非常に限られたものである{{sfn|Past and future|2017}}。[[耐性 (薬理学)|耐性]]は急速に形成され、[[離脱]]症状が起こることは確認されていない{{sfn|Past and future|2017}}。精神的依存はまれだと考えられるがそのための研究は少ない{{sfn|Past and future|2017}}。

===作用機序===
典型的な幻覚剤は、主としてセロトニンが作用している{{仮リンク|5-HT2A受容体|en|5-HT2A receptor|label=5-HT<sub>2A</sub>}}に作用する<ref name="pmid20717121"/>。対してケタミンなどの[[解離性麻酔薬]]は、主としてグルタミン酸作動性の[[NMDA型グルタミン酸受容体]]に作用する<ref name="pmid20717121"/>。

MDMAは、セロトニン作動性でありセロトニンの放出を送信し、絆の形成などに関わる神経ペプチドの[[オキシトシン]]や[[バソプレッシン]]も放出させる<ref name="pmid25818246"/>。


==幻覚剤の種類と歴史==
==幻覚剤の種類と歴史==
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===自生する植物の利用===
===自生する植物の利用===
{{Vertical_images_list
アメリカ大陸のシャーマンは[[アヤワスカ]]という飲料やサボテンの[[ペヨーテ]]を用いている。[[ペルー]]では幻覚成分の[[メスカリン]]を含むサボテンの{{仮リンク|多聞柱|en|Echinopsis pachanoi|label=サンペドロ}}がある。アメリカ中西部やメキシコに自生するメスカリンを含むペヨーテは生や乾燥させて食され、サンペドロは煮詰めた成分が摂取される。[[アマゾン熱帯雨林]]のシャーマンは、植物を煮出して[[アヤワスカ]]を作るが、これには、[[ジメチルトリプタミン]](DMT)と[[モノアミン酸化酵素阻害薬]]である[[ハルミン]]が含まれ、相互作用で効力を発揮する。アヤワスカは2-6時間前後効力を発揮し、その間は自我が停止するといわれる。
|1=Aya-preparation.jpg
|2=[[アヤワスカ]]は複数の植物を調合し煮込んで作られる。
|3=Lophophora williamsii Blüte.JPG
|4=[[ペヨーテ]]は[[ネイティブ・アメリカン・チャーチ]]の儀式で用いられる。
|5=Stone moter and pestle.png
|6=ネコ科のすり鉢とネコ科と蛇が形をしたすり鉢は、小さいため幻覚剤や顔料をすり潰したと考えられている。ペルー北部の神殿遺跡、紀元前900-500年とみられるパコパンパ遺跡。<ref>朝日新聞社、カタログ『古代アンデス文明展』2017年、56頁。</ref>
}}
アメリカ大陸のシャーマンは[[アヤワスカ]]という飲料やサボテンの[[ペヨーテ]]を用いている。アメリカ中西部やメキシコに自生するメスカリンを含むペヨーテは生や乾燥させて食され、サンペドロは煮詰めた成分が摂取される。[[ペルー]]では幻覚成分の[[メスカリン]]を含むサボテンの{{仮リンク|多聞柱|en|Echinopsis pachanoi|label=サンペドロ}}がある。[[アマゾン熱帯雨林]]のシャーマンは、植物を煮出して[[アヤワスカ]]を作るが、これには、[[ジメチルトリプタミン]](DMT)と[[モノアミン酸化酵素阻害薬]]である[[ハルミン]]が含まれ、相互作用で効力を発揮する。アヤワスカは2-6時間前後効力を発揮し、その間は自我が停止するといわれる。


中米の[[メキシコ]]には、幻覚をもたらす成分の[[シロシビン]]を含む俗に[[マジックマッシュルーム]]と呼ばれるキノコが自生し、シャーマンにより宗教儀式や治療に用いられている。アステカの[[ナワトル語]]で神のキノコという意味のテオナナカトルとも呼ばれる。このようなキノコは、メキシコが16世紀初頭にスペインによって植民地化され、カトリック教会によって規制された。カトリック教会では、こうした幻覚は悪魔がもたらしていると考えたためである。日本に自生する幻覚性のキノコには[[ワライタケ]]や[[ヒカゲシビレタケ]]がある。日本でも、『[[今昔物語集]]』の中で[[マイタケ]]を食べ幸せな気持ちになって踊りだすというエピソードがあり、こうしたキノコとの関連も言及される。ほかの幻覚成分である[[イボテン酸]]を含むキノコには[[ベニテングタケ]]がある。
中米の[[メキシコ]]には、幻覚をもたらす成分の[[シロシビン]]を含む俗に[[マジックマッシュルーム]]と呼ばれるキノコが自生し、シャーマンにより宗教儀式や治療に用いられている。アステカの[[ナワトル語]]で神のキノコという意味のテオナナカトルとも呼ばれる。このようなキノコは、メキシコが16世紀初頭にスペインによって植民地化され、カトリック教会によって規制された。カトリック教会では、こうした幻覚は悪魔がもたらしていると考えたためである。日本に自生する幻覚性のキノコには[[ワライタケ]]や[[ヒカゲシビレタケ]]がある。日本でも、『[[今昔物語集]]』の中で[[マイタケ]]を食べ幸せな気持ちになって踊りだすというエピソードがあり、こうしたキノコとの関連も言及される。ほかの幻覚成分である[[イボテン酸]]を含むキノコには[[ベニテングタケ]]がある。
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===成分の抽出と化学合成===
===成分の抽出と化学合成===
[[ファイル:Synthetic mescaline powder i2001e0151 ccby3.jpg|サムネイル|右|合成されたメスカリン。]]
メスカリンは、1898年前後にドイツ人化学者のヘフターが発見し、1919年にE・シュペートが合成した。1912年、ドイツのメルク社が[[メチレンジオキシメタンフェタミン]](MDMA)を合成したが社外に発表されなかった。1938年にスイスのサンドス研究所(現・[[ノバルティス]])の化学者である[[アルバート・ホフマン (化学者)|アルバート・ホフマン]]が[[リゼルグ酸ジエチルアミド]](LSD-25)を合成し、その後5年間研究されなかったが1943年に再びとりあげたところ、おそらく指の皮膚から吸収され偶然に幻覚作用が発見された{{sfn|A・ホッフマン|1984|pp=16-20}}。ホフマンによる幻覚の内容は、視覚に入るものは歪曲し、強烈な色彩が万華鏡のように変化し、音にあわせて視覚が変化するというものであった{{sfn|A・ホッフマン|1984|pp=20-26頁}}。
メスカリンは、1898年前後にドイツ人化学者のヘフターが発見し、1919年にE・シュペートが合成した。1912年、ドイツのメルク社が[[メチレンジオキシメタンフェタミン]](MDMA)を合成したが社外に発表されなかった。1938年にスイスのサンドス研究所(現・[[ノバルティス]])の化学者である[[アルバート・ホフマン (化学者)|アルバート・ホフマン]]が[[リゼルグ酸ジエチルアミド]](LSD-25)を合成し、その後5年間研究されなかったが1943年に再びとりあげたところ、おそらく指の皮膚から吸収され偶然に幻覚作用が発見された{{sfn|A・ホッフマン|1984|pp=16-20}}。ホフマンによる幻覚の内容は、視覚に入るものは歪曲し、強烈な色彩が万華鏡のように変化し、音にあわせて視覚が変化するというものであった{{sfn|A・ホッフマン|1984|pp=20-26頁}}。


[[1952年]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[製薬会社]]であるパーク・デービス社により麻酔薬として[[フェンサイクリジン]](PCP)が開発された。1956年、チェコの化学者ステファン・ソーラはDMTを合成している{{sfn|テレンス・マッケナ|2003|pp=284-285}}。
[[1952年]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[製薬会社]]であるパーク・デービス社により麻酔薬として[[フェンサイクリジン]](PCP)が開発された。1956年、チェコの化学者ステファン・ソーラはDMTを合成している{{sfn|テレンス・マッケナ|2003|pp=284-285}}。


[[ファイル:Psilocybe mexicana 313748.jpg|サムネイル|右|{{仮リンク|シロシベ・メキシカーナ|en|Psilocybe mexicana}} マサテカ族はこのキノコを小鳥 (nizu) と呼ぶ<ref name="タンパネンシス">{{Cite journal |和書|author=京堂健|date=2001|title=シロシベ・タンパネンシス|journal=オルタード・ディメンション|issue=9|page=43-51}}</ref>。]]
1950年代に、R・G・ワッソンは、メキシコのインディオの信頼を得て儀式で用いられているキノコを摂取したところ、幾何学模様の幻覚がもたらされた。1957年には、R・G・ワッソンとその妻は『ライフ』誌にその発見を掲載し大衆に広く認知されることとなった{{sfn|テレンス・マッケナ|2003|pp=284-285}}。このキノコからパリとアメリカで幻覚をもたらす成分を抽出しようとしたが、成果が出ず、似たような幻覚を起こすLSDを合成したアルバート・ホフマンの元へ送られた。1958年{{sfn|テレンス・マッケナ|2003|pp=284-285}}、ホフマンは抽出成分を動物実験で試すが反応が見られないため自分で摂取したところ、抽象的な形と鮮やかな色彩が激しく揺れ動き変化するという幻覚が起こったため幻覚成分として発見され、この成分にシロシンとシロシビンという名前をつけた{{sfn|A・ホッフマン|1984|pp=139-140}}。ホフマンによれば、シロシン、シロシビンとLSDは似たような物質で違いといえば作用量と作用時間であり、LSDが8-12時間、シロシビンは4-6時間作用し、どれも脳内物質の[[セロトニン]]と近似の物質である{{sfn|A・ホッフマン|1984|pp=141-143}}。
1950年代に、R・G・ワッソンは、メキシコのインディオの信頼を得て儀式で用いられているキノコを摂取したところ、幾何学模様の幻覚がもたらされた。1957年には、R・G・ワッソンとその妻は『ライフ』誌にその発見を掲載し大衆に広く認知されることとなった{{sfn|テレンス・マッケナ|2003|pp=284-285}}。「[[魔法のきのこを求めて]]」として掲載された。このキノコからパリとアメリカで幻覚をもたらす成分を抽出しようとしたが、成果が出ず、似たような幻覚を起こすLSDを合成したアルバート・ホフマンの元へ送られた。1958年{{sfn|テレンス・マッケナ|2003|pp=284-285}}、ホフマンは抽出成分を動物実験で試すが反応が見られないため自分で摂取したところ、抽象的な形と鮮やかな色彩が激しく揺れ動き変化するという幻覚が起こったため幻覚成分として発見され、この成分にシロシンとシロシビンという名前をつけた{{sfn|A・ホッフマン|1984|pp=139-140}}。ホフマンによれば、シロシン、シロシビンとLSDは似たような物質で違いといえば作用量と作用時間であり、LSDが8-12時間、シロシビンは4-6時間作用し、どれも脳内物質の[[セロトニン]]と近似の物質である{{sfn|A・ホッフマン|1984|pp=141-143}}。


1962年にはパーク・デービス社はPCPの代用物として麻酔薬の[[ケタミン]]を合成している{{sfn|サイケデリック・ドラッグ|1979|p=65}}。[[ケタミン]]は一般的には獣医で用いられる麻酔薬だが、1時間ほど自我を停止させるという体験をもたらすとされる。
1962年にはパーク・デービス社はPCPの代用物として麻酔薬の[[ケタミン]]を合成している{{sfn|サイケデリック・ドラッグ|1979|p=65}}。[[ケタミン]]は一般的には獣医で用いられる麻酔薬だが、1時間ほど自我を停止させるという体験をもたらすとされる。
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===近代文明への影響===
===近代文明への影響===
[[ファイル:Pink Elephants on Parade Blotter LSD Dumbo.jpg|サムネイル|LSDのブロッタ―(吸い取り紙)当初、デリシッド(Delysid)の商品名で販売されたLSDは、後にオレンジサンシャインとなどと呼ばれた密造の色付きの錠剤として出回り、さらに吸い取り紙の形をとるようになった。]]
[[画像:DNA double helix vertikal.PNG|thumb|90px|[[デオキシリボ核酸|DNA]]の[[二重らせん構造]]]]


1940年代にLSDが研究目的で出回りはじめ、1950年代には[[精神医学]]や[[アメリカ中央情報局]](CIA)による[[洗脳]]や自白の実験の[[MKウルトラ]]計画でとりあげられ、このような研究は極秘で行われていた{{sfn|アシッド・ドリームス}}。R・G・ワッソンがメキシコでキノコの調査をしていたときCIAの諜報部員につきまとわれるということがあり、ワッソンとホフマンによる迅速なシロシビン成分の特定がなければ公にならなかったかもしれないともいわれる<ref>テレンス・マッケナ『幻覚世界の真実』京堂健訳、第三書館、1995年。ISBN 978-4807495061。 ''True hallucinations'', 1993.</ref>。
1940年代にLSDが研究目的で出回りはじめ、1950年代には[[精神医学]]や[[アメリカ中央情報局]](CIA)による[[洗脳]]や自白の実験の[[MKウルトラ]]計画でとりあげられ、このような研究は極秘で行われていた{{sfn|アシッド・ドリームス}}。R・G・ワッソンがメキシコでキノコの調査をしていたときCIAの諜報部員につきまとわれるということがあり、ワッソンとホフマンによる迅速なシロシビン成分の特定がなければ公にならなかったかもしれないともいわれる<ref>テレンス・マッケナ『幻覚世界の真実』京堂健訳、第三書館、1995年。ISBN 978-4807495061。 ''True hallucinations'', 1993.</ref>。
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1959年に最初のLSDの国際会議が開かれたとき、CIAはLSDは人の精神を狂気に追いやると主張し、創造性を高めるといった心理学者による主張を否定した{{sfn|アシッド・ドリームス|pp=73-75}}。
1959年に最初のLSDの国際会議が開かれたとき、CIAはLSDは人の精神を狂気に追いやると主張し、創造性を高めるといった心理学者による主張を否定した{{sfn|アシッド・ドリームス|pp=73-75}}。


[[画像:DNA double helix vertikal.PNG|thumb|90px|[[デオキシリボ核酸|DNA]]の[[二重らせん構造]]]]
LSDは[[1953年]]に発表された[[デオキシリボ核酸|DNA]]の二重らせん構造の着想を与えた<ref>[http://wiredvision.jp/archives/200601/2006012006.html LSDを学問的に論じる国際シンポジウム(下)] (WIRED VISION 2006年1月20日)</ref>。LSDは、芸術家の[[アンディ・ウォーホル]]のアートにも影響を与えた<ref>[http://www.swissinfo.ch/eng/swissinfo.html?siteSect=43&sid=543152 LSDの発明者、ホフマン氏を訪ねて] (swissinfo, January 12, 2001 - 2:58 PM)</ref>。
LSDは[[1953年]]に発表された[[デオキシリボ核酸|DNA]]の二重らせん構造の着想を与えた<ref>[http://wiredvision.jp/archives/200601/2006012006.html LSDを学問的に論じる国際シンポジウム(下)] (WIRED VISION 2006年1月20日)</ref>。LSDは、芸術家の[[アンディ・ウォーホル]]のアートにも影響を与えた<ref>[http://www.swissinfo.ch/eng/swissinfo.html?siteSect=43&sid=543152 LSDの発明者、ホフマン氏を訪ねて] (swissinfo, January 12, 2001 - 2:58 PM)</ref>。


1960年代、[[ハーバード・シロシビン計画|ハーバード大学で幻覚剤の研究]]を行っていた心理学者の[[ティモシー・リアリー]]が、[[コンコード刑務所実験|刑務所の受刑者に対して行った臨床実験]]では、シロシビンの摂取によって神や愛について語られるようになり対立がなくなった{{sfn|マーティン・トーゴフ|2007|p=121}}。ハーバード大学の研究者らは、次第に[[チベット仏教]]の経典の一つである『チベット死者の書』が幻覚剤の起こす幻覚体験のガイド本として非常に役に立つものだという見解に至り、幻覚剤を用いる内容に書き直し『[[チベット死者の書サイケデリック・バージョン]]』<ref>ティモシー・リアリー、リチャード・アルパート、ラルフ・メツナー 『チベットの死者の書-サイケデリック・バージョン』 [[菅靖彦]]訳、1994年。ISBN 978-4893503190。 ''The Psychedelic Experience'', 1964.</ref>として出版している。この本には、ティモシー・リアリーが研究してきたセットとセッティングの理論の、幻覚剤の摂取体験に際して、幻覚剤の選択と投与量や自他の心構えと周囲の環境が重要であるということについても書かれている。1960年代には、LSDが大量に流通し幻覚体験が[[ヒッピー]]ムーブメントの素地となっていた。こうしたムーブメントは[[サマー・オブ・ラブ]]とも呼ばれる。LSDはアシッドと俗称され[[サイケデリック・ロック|アシッド・ロック]]といった音楽シーンも作り出した。40万人を導引した[[ロックフェスティバル]]の[[ウッドストック・フェスティバル]]でもLSDが流通したといわれる。
1960年代、[[ハーバード・シロシビン計画|ハーバード大学で幻覚剤の研究]]を行っていた心理学者の[[ティモシー・リアリー]]が、[[コンコード刑務所実験|刑務所の受刑者に対して行った臨床実験]]では、シロシビンの摂取によって神や愛について語られるようになり対立がなくなった{{sfn|マーティン・トーゴフ|2007|p=121}}。ハーバード大学の研究者らは、次第に[[チベット仏教]]の経典の一つである『チベット死者の書』が幻覚剤の起こす幻覚体験のガイド本として非常に役に立つものだという見解に至り、幻覚剤を用いる内容に書き直し『[[チベット死者の書サイケデリック・バージョン]]』<ref>ティモシー・リアリー、リチャード・アルパート、ラルフ・メツナー 『チベットの死者の書-サイケデリック・バージョン』 [[菅靖彦]]訳、1994年。ISBN 978-4893503190。 ''The Psychedelic Experience'', 1964.</ref>として出版している。この本には、ティモシー・リアリーが研究してきた[[セットとセッティング]]の理論の、幻覚剤の摂取体験に際して、幻覚剤の選択と投与量や自他の心構えと周囲の環境が重要であるということについても書かれている。1960年代には、LSDが大量に流通し幻覚体験が[[ヒッピー]]ムーブメントの素地となっていた。こうしたムーブメントは[[サマー・オブ・ラブ]]とも呼ばれる。LSDはアシッドと俗称され[[サイケデリック・ロック|アシッド・ロック]]といった音楽シーンも作り出した。40万人を導引した[[ロックフェスティバル]]の[[ウッドストック・フェスティバル]]でもLSDが流通したといわれる。


1965年に、LSDを体験したオーガスタス・オーズリーは大学を中退しLSDの工場をつくり、オーズリーブルースと呼ばれるバッドマンの絵が描かれた高品質のLSDを安価を製造し世界中に流通した<ref>トム・ウルフ 『クール・クールLSD交感テスト』 飯田隆昭訳、1971年。201-203頁</ref>。LSDは1966年にアメリカの法律で禁止された。オーズリーがFBIに逮捕されると、スカリーとオーズリーの弟のティムがその意思を引き継ぎ、オレンジサンシャインという名で流通させたが、起訴されたときにはスカリーはLSDの摂取によって心が優しくなるので流通させたとし、また製造したのはLSDではなくALD52という近似の化学構造を持った物質であると主張した{{sfn|アシッド・ドリームス|pp=275-279, 333}}。
1965年に、LSDを体験したオーガスタス・オーズリーは大学を中退しLSDの工場をつくり、オーズリーブルースと呼ばれるバッドマンの絵が描かれた高品質のLSDを安価を製造し世界中に流通した<ref>トム・ウルフ 『クール・クールLSD交感テスト』 飯田隆昭訳、1971年。201-203頁</ref>。LSDは1966年にアメリカの法律で禁止された。オーズリーがFBIに逮捕されると、スカリーとオーズリーの弟のティムがその意思を引き継ぎ、オレンジサンシャインという名で流通させたが、起訴されたときにはスカリーはLSDの摂取によって心が優しくなるので流通させたとし、また製造したのはLSDではなくALD52という近似の化学構造を持った物質であると主張した{{sfn|アシッド・ドリームス|pp=275-279, 333}}。
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MDMAは視覚に幻覚はもたらさず、共感性を高めるという特徴がある。[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)の患者に対して共感性を高めるといわれる[[MDMA]]を投与する治療研究が行われた。1984年頃、アメリカの[[テキサス州]]で大量生産され流通したが、同年アメリカで違法薬物に認定された。
MDMAは視覚に幻覚はもたらさず、共感性を高めるという特徴がある。[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)の患者に対して共感性を高めるといわれる[[MDMA]]を投与する治療研究が行われた。1984年頃、アメリカの[[テキサス州]]で大量生産され流通したが、同年アメリカで違法薬物に認定された。


[[画像:Ecstasy monogram.jpg|thumb|200px|right|エクスタシー錠剤。]]
1980年代後半より、スペインの[[イビサ島]]で電子音音楽シーンから[[アシッド・ハウス]]としてLSDが流通する音楽シーンとしてリバイヴァルされた。MDMAは、1980年代後半のイギリスの[[レイブ (音楽)|レイヴ]]シーンに影響を与えた。これは[[セカンド・サマー・オブ・ラブ]]とも呼ばれる。LSDだけでなくMDMA(エクスタシー)の使用も増加していった。レイヴシーンはその後、アメリカの主にサンフランシスコへ飛び火した。テレンス・マッケナによれば、レイブはハイテク化した[[ヒューマンビーイン]]である<ref>マシュー・コリン「テクノヒッピーを信じるな!」『ワイアード』3(7)、1997年7月、30-31頁。</ref>。そして、2000年前後には、レイブシーンはドイツのベルリンで100万人以上が参加する[[ラブパレード]]というイベントにも発展している。
1980年代後半より、スペインの[[イビサ島]]で電子音音楽シーンから[[アシッド・ハウス]]としてLSDが流通する音楽シーンとしてリバイヴァルされた。MDMAは、1980年代後半のイギリスの[[レイブ (音楽)|レイヴ]]シーンに影響を与えた。これは[[セカンド・サマー・オブ・ラブ]]とも呼ばれる。LSDだけでなくMDMA(エクスタシー)の使用も増加していった。レイヴシーンはその後、アメリカの主にサンフランシスコへ飛び火した。テレンス・マッケナによれば、レイブはハイテク化した[[ヒューマンビーイン]]である<ref>マシュー・コリン「テクノヒッピーを信じるな!」『ワイアード』3(7)、1997年7月、30-31頁。</ref>。そして、2000年前後には、レイブシーンはドイツのベルリンで100万人以上が参加する[[ラブパレード]]というイベントにも発展している。


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===21世紀のサイケデリック・ルネッサンス===
===21世紀のサイケデリック・ルネッサンス===
[[ファイル:Microdots (5842553365).jpg|サムネイル|LSDのマイクロドットと、MDMAの結晶。]]
薬物規制分類のスケジュールIとは、医学的検証のない薬物の規制分類であり、1960年代のムードでは幻覚を生じさせるというだけで医学的研究を行わないままに、幻覚剤はこのような分類に押し込まれた{{sfn|テレンス・マッケナ|2003|p=314}}。このことは、医学的な潜在価値があるのにもかかわらず研究に著しい制限をかけて妨げてきた<ref name="pmid25625189">{{cite journal|last1=Nutt|first1=David|authorlink1=デビッド・ナット|title=Illegal Drugs Laws: Clearing a 50-Year-Old Obstacle to Research|journal=PLOS Biology|volume=13|issue=1|pages=e1002047|year=2015|pmid=25625189|pmc=4307971|doi=10.1371/journal.pbio.1002047|url=https://dx.doi.org/10.1371%2Fjournal.pbio.1002047}}</ref>。
薬物規制分類のスケジュールIとは、医学的検証のない薬物の規制分類であり、1960年代のムードでは幻覚を生じさせるというだけで医学的研究を行わないままに、幻覚剤はこのような分類に押し込まれた{{sfn|テレンス・マッケナ|2003|p=314}}。このことは、医学的な潜在価値があるのにもかかわらず研究に著しい制限をかけて妨げてきた<ref name="pmid25625189">{{cite journal|last1=Nutt|first1=David|authorlink1=デビッド・ナット|title=Illegal Drugs Laws: Clearing a 50-Year-Old Obstacle to Research|journal=PLOS Biology|volume=13|issue=1|pages=e1002047|year=2015|pmid=25625189|pmc=4307971|doi=10.1371/journal.pbio.1002047|url=https://dx.doi.org/10.1371%2Fjournal.pbio.1002047}}</ref>。


21世紀に入り、既存の[[精神科の薬]]の治療効果の限界から再び幻覚剤に注目が集まって研究が行われており、サイケデリック・ルネッサンスと呼ばれている。
21世紀に入り、既存の[[精神科の薬]]の治療効果の限界から再び幻覚剤に注目が集まって研究が行われており、サイケデリック・ルネッサンスと呼ばれている<ref name="pmid28831571">{{cite journal|last1=Sessa|first1=Ben|title=The 21st century psychedelic renaissance: heroic steps forward on the back of an elephant|journal=Psychopharmacology|year=2017|pmid=28831571|doi=10.1007/s00213-017-4713-7}}</ref>


課題は資金であった。治験のための近代的な[[ランダム化比較試験]] (RCT) を実施するには、数百万ドルの費用を要し、本来は実施するためには特許による市場独占(製薬会社などによる開発)が必要であり、さらには国際的な規制がこれをさらに高額にする{{sfn|Past and future|2017}}。しかし、LSDやシロシビンでは特許が失効しており臨床試験は実施しがたいと思われていたが、社会的情勢の変化(禁止政策[[麻薬戦争]]のの失敗など<ref name="pmid25625189"/>)を反映してアメリカや欧州の団体は研究資金を提供しはじめ、このような運動は大衆の創造力を駆り立てる幻覚剤の魅力とソーシャルメディアとが組み合わさって進展してきた{{sfn|Past and future|2017}}。こうして現代的な手法(RCT)で有効性を安全性を実証すれば、規制の再分類が続くと考えられる{{sfn|Past and future|2017}}。
課題は資金であった。治験のための近代的な[[ランダム化比較試験]] (RCT) を実施するには、数百万ドルの費用を要し、本来は実施するためには特許による市場独占(製薬会社などによる開発)が必要であり、さらには国際的な規制がこれをさらに高額にする{{sfn|Past and future|2017}}。しかし、LSDやシロシビンでは特許が失効しており臨床試験は実施しがたいと思われていたが、社会的情勢の変化(禁止政策[[麻薬戦争]]のの失敗など<ref name="pmid25625189"/>)を反映してアメリカや欧州の団体は研究資金を提供しはじめ、このような運動は大衆の創造力を駆り立てる幻覚剤の魅力とソーシャルメディアとが組み合わさって進展してきた{{sfn|Past and future|2017}}。こうして現代的な手法(RCT)で有効性を安全性を実証すれば、規制の再分類が続くと考えられる{{sfn|Past and future|2017}}。
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==心理療法==
==心理療法==
{{See also|en:Psychedelic therapy}}
{{See also|en:Psychedelic therapy}}
1986年に幻覚剤の研究協会のMAPS<ref>[http://www.maps.org/ Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies] {{en icon}}</ref>や、1993年にメスカリンの発見者の名を冠した{{仮リンク|へフター調査研究所|en|Heffter Research Institute}}<ref>[http://www.heffter.org/ Heffter Research Institute] {{en icon}}</ref>が設立されている。
[[スタニスラフ・グロフ]]は、1960年代から70年代にかけて、LSDを用いた精神療法を研究し、その弟子たちは違法後もアンダーグラウンドな心理療法を継続してきており、21世紀初頭でもイギリス、スイス、ドイツで活動している<ref>{{cite journal|last1=Sessa|first1=Ben|last2=Fischer|first2=Friederike Meckel|title=Underground MDMA-, LSD- and 2-CB-assisted individual and group psychotherapy in Zurich: Outcomes, implications and commentary|journal=Drug Science, Policy and Law|volume=2|pages=205032451557808|year=2015|doi=10.1177/2050324515578080|url=http://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/2050324515578080}}</ref>。1986年に幻覚剤の研究協会のMAPS<ref>[http://www.maps.org/ Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies] {{en icon}}</ref>や、1993年にメスカリンの発見者の名を冠した{{仮リンク|へフター調査研究所|en|Heffter Research Institute}}<ref>[http://www.heffter.org/ Heffter Research Institute] {{en icon}}</ref>が設立されている。


ロシアの薬物乱用の専門治療を行う精神科医のエフゲニー・クルピツキーは20年間にわたり、麻酔薬のケタミンを幻覚剤として利用するアルコール依存症の治療を行ってきたが、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続し、対象群では24%であった{{sfn|ジョン・ホーガン|2004|p=210}}などのいくつかの報告<ref>E. M. Krupitsky et al. "[http://www.eleusis.us/resource-center/references/acamethod.php The Combination of Psychedelic and Aversive Approaches in Alcoholism Treatment: The Affective Contra-Attribution Method]" ''Alcoholism Treatment Quarterly'' 9(1), 1992</ref><ref>E. M. Krupitsky et al. [http://www.eleusis.us/resource-center/references/kpt10yrs.php Ketamine Psychedelic Therapy (KPT): A Review of the Results of Ten Years of Research] ''J Psychoactive Drugs.'' 1997 Apr-Jun;29(2), pp165-83. Review.</ref>がある。また、ケタミンはヘロインの依存症患者に対しても薬物の利用を中断する効果が見られた<ref>
ロシアの薬物乱用の専門治療を行う精神科医のエフゲニー・クルピツキーは20年間にわたり、麻酔薬のケタミンを幻覚剤として利用するアルコール依存症の治療を行ってきたが、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続し、対象群では24%であった{{sfn|ジョン・ホーガン|2004|p=210}}などのいくつかの報告<ref>E. M. Krupitsky et al. "[http://www.eleusis.us/resource-center/references/acamethod.php The Combination of Psychedelic and Aversive Approaches in Alcoholism Treatment: The Affective Contra-Attribution Method]" ''Alcoholism Treatment Quarterly'' 9(1), 1992</ref><ref>E. M. Krupitsky et al. [http://www.eleusis.us/resource-center/references/kpt10yrs.php Ketamine Psychedelic Therapy (KPT): A Review of the Results of Ten Years of Research] ''J Psychoactive Drugs.'' 1997 Apr-Jun;29(2), pp165-83. Review.</ref>がある。また、ケタミンはヘロインの依存症患者に対しても薬物の利用を中断する効果が見られた<ref>

2018年2月4日 (日) 01:56時点における版

幻覚剤(げんかくざい)とは、脳神経系に作用して幻覚をもたらす向精神薬のことである。呼称には幻覚剤の原語である中立的なハルシノジェン(Hallucinogen)や、より肯定的に表現したサイケデリックス(Psychedelics)、神聖さを込めたエンセオジェン(Entheogen)がある。その体験はしばしばサイケデリック体験と呼ばれる。神秘的な、あるいは深遠な体験が多く、神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、語りえない(表現不可能)といった特徴を持つことが多い。宗教的な儀式や踊り、シャーマン心理療法に用いられる。宗教、文学作品や音楽、アートといった文化そのものに影響を与えてきた。

典型的な幻覚剤は、LSDや、シロシビンを含むマジックマッシュルームメスカリンを含むペヨーテなどのサボテン、DMTハルミンの組み合わせであるアヤワスカである。MDMAはこれらとは異なる共感能力や親密感の向上作用を持つ[1]。主にセロトニン作動性である[2][1]DSM-5では、ケタミンは解離作用が強いため幻覚剤の下位の別の分類に分けられ、大麻は幻覚剤に含めない。ケタミンなどの解離性麻酔薬グルタミン酸作動性(NMDA)である[2]

21世紀に入り臨床試験が再び進行しており、サイケデリック・ルネッサンスと呼ばれる[3]。特にうつ病不安障害薬物依存症の治療に使える可能性を示している[4]。継続投与を行わずとも持続的な治療効果を生じている[1]。幻覚剤の使用は、精神的な問題の発生率の低下[5]、自殺思考や自殺企図の低下と関連している[6]。幻覚剤が依存や嗜癖を引き起こすという証拠は非常に限られたものである[4]

幻覚剤は古来から用いられてきた。20世紀に入ってから幻覚剤の化学合成やそれに伴う研究が展開され、特にLSDが合成された後の1940年代から1960年代に大きく展開した。1960年以降、幻覚剤の乱用が問題視され、所持や使用が法律で禁止されているものも多い。国際的に向精神薬に関する条約で規制されるが、同条約第32条4項によって植物が自生する国における、少数の集団に伝統的に魔術または宗教的な儀式として用いられている場合には、条約の影響は留保される。日本では一部の既存の違法薬物と類似の構造をもつデザイナードラッグが1990年代後半に脱法ドラッグとして流通するようになり、その後取締りが強化され法律や条例による規制が行われるものの、規制と新種の登場のいたちごっこを繰り返してきた。

作用

メキシコ、ウイチョル族の毛糸絵であるニエリカは、幻覚性のサボテンであるペヨーテがもたらす、至高神タテワリが与えるという神話的ヴィジョンを描いている[7]幻視芸術も参照。

幻覚剤を摂取することによって、意識状態に変容が起こり変性意識状態といった意識の状態に導かれる。知覚したことの意味の変化や、視覚的な鮮やかさや、視覚の変容がもたらされ、不安感は減少し幸福感や一体感が上昇する[2]。ケタミンのような解離性の幻覚剤では大枠は同じだが、個々の幻覚の強弱といった細部が異なり、最も大きい部分ではシロシビンのような典型的な幻覚剤と比較して肉体から離脱する感覚を強く生じさせる[2]。幻覚性のキノコの成分であるシロシビンの体験からは、神秘的な、あるいは深遠な体験が多く、神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、語りえない(表現不可能)といった特徴があった[8]。統合失調症に似た幻覚や妄想を起こす覚醒剤精神病とは異なり、視覚的に美しい色彩が変幻と立ち現れ、物が歪んで見えたり、原野に七色の虹がかかったり、時空間が変化するというようなものである[9]

ハーバード大学での統計では200人ほどのうち、85%が人生においてもっとも啓示に富んだ体験であると感じている[10]。幻覚剤の研究家であるテレンス・マッケナは、幻覚剤は6時間で5年分の心理療法をやってしまうドラッグだと表現している[11]

治療研究の歴史からは、難治性の神経障害、特にうつ病不安障害薬物依存症、死と関連した心理的な困難(末期がんなど)に可能性があることを示している[4]。典型的な幻覚剤や、MDMAでは継続的に投与せずとも効果が持続する[1]

13万人の統計調査から、過去1年間における幻覚剤(LSD、マジックマッシュルーム、メスカリン)の使用者は精神的な問題の発生率の低下に関連していた[5]。約19万人からの統計調査では、典型的な幻覚剤の使用が、自殺思考や自殺計画、自殺企図の低下と関連し、他の違法薬物を使用しないことはさらにこの可能性を高めていた[6]。また約1500人からのオンライン調査では、生涯における典型的な幻覚剤(LSD、マジックマッシュルーム、メスカリン)の使用は、自然とのつながりを感じ環境に配慮した行動に関連する[12]。48万以上の統計調査からは、生涯における古典的な幻覚剤の使用は、調査から1年以内の犯罪(暴力、窃盗など)が発生率が低いことや[13]、受刑者約300人からドメスティックバイオレンスとの関連性が低いことが判明した[14]

一般的な副作用は、不安、吐き気、嘔吐、心拍や血圧の増加である[4]幻覚剤後知覚障害は、シロシビンやアヤワスカを用いた最近の近代的な臨床試験では報告されていない[4]

幻覚剤が依存や嗜癖を引き起こすという証拠は非常に限られたものである[4]耐性は急速に形成され、離脱症状が起こることは確認されていない[4]。精神的依存はまれだと考えられるがそのための研究は少ない[4]

作用機序

典型的な幻覚剤は、主としてセロトニンが作用している5-HT2A英語版に作用する[2]。対してケタミンなどの解離性麻酔薬は、主としてグルタミン酸作動性のNMDA型グルタミン酸受容体に作用する[2]

MDMAは、セロトニン作動性でありセロトニンの放出を送信し、絆の形成などに関わる神経ペプチドのオキシトシンバソプレッシンも放出させる[1]

幻覚剤の種類と歴史

DSM-5では、幻覚剤関連障害の中に、ケタミンを含むフェンサイクリジン類による解離性のある幻覚剤と、それ以外であるLSD、メスカリン、シロシビン、MDMA、ジメチルトリプタミン (DMT) 、サルビアなどに大きく分類しており、大麻は幻覚剤に含めず大麻関連障害として別個である。

植物性のアルカロイドには、幻覚をもたらすものがあり、古来から様々な目的で用いられてきた。天然の植物の状態のものはナチュラルドラッグ、化学合成されたものはケミカルドラッグと呼ばれる。幻覚剤の作用成分は、脳内の神経伝達物質と類似の構造を持っている。

幻覚をもたらす植物の発見や歴史的考察は、JPモルガン銀行の副社長で菌類の研究家であったロバート・ゴードン・ワッソン(以降、R・G・ワッソンと略記する)の貢献が大きい[15]

自生する植物の利用

アヤワスカは複数の植物を調合し煮込んで作られる。
アヤワスカは複数の植物を調合し煮込んで作られる。
ネコ科のすり鉢とネコ科と蛇が形をしたすり鉢は、小さいため幻覚剤や顔料をすり潰したと考えられている。ペルー北部の神殿遺跡、紀元前900-500年とみられるパコパンパ遺跡。[16]
ネコ科のすり鉢とネコ科と蛇が形をしたすり鉢は、小さいため幻覚剤や顔料をすり潰したと考えられている。ペルー北部の神殿遺跡、紀元前900-500年とみられるパコパンパ遺跡。[16]

アメリカ大陸のシャーマンはアヤワスカという飲料やサボテンのペヨーテを用いている。アメリカ中西部やメキシコに自生するメスカリンを含むペヨーテは生や乾燥させて食され、サンペドロは煮詰めた成分が摂取される。ペルーでは幻覚成分のメスカリンを含むサボテンのサンペドロ英語版がある。アマゾン熱帯雨林のシャーマンは、植物を煮出してアヤワスカを作るが、これには、ジメチルトリプタミン(DMT)とモノアミン酸化酵素阻害薬であるハルミンが含まれ、相互作用で効力を発揮する。アヤワスカは2-6時間前後効力を発揮し、その間は自我が停止するといわれる。

中米のメキシコには、幻覚をもたらす成分のシロシビンを含む俗にマジックマッシュルームと呼ばれるキノコが自生し、シャーマンにより宗教儀式や治療に用いられている。アステカのナワトル語で神のキノコという意味のテオナナカトルとも呼ばれる。このようなキノコは、メキシコが16世紀初頭にスペインによって植民地化され、カトリック教会によって規制された。カトリック教会では、こうした幻覚は悪魔がもたらしていると考えたためである。日本に自生する幻覚性のキノコにはワライタケヒカゲシビレタケがある。日本でも、『今昔物語集』の中でマイタケを食べ幸せな気持ちになって踊りだすというエピソードがあり、こうしたキノコとの関連も言及される。ほかの幻覚成分であるイボテン酸を含むキノコにはベニテングタケがある。

インドのヴェーダという聖典に登場する、霊感を与えるソーマという飲み物には幻覚作用があるといわれ、シロシビンを含むキノコかベニテングタケが入っていたのではないかと考えられている[17]

古代ギリシャでは、毎年秋にエレウシスの秘儀を行う習慣が1000年以上も続いていた[17]。エレウシスの周辺の池には、リゼルグ酸を含む麦角菌が存在するので、これが幻覚剤としてエレウシスの儀式で使われたのではないかという見解もある[18]

アフリカでは幻覚成分イボガインを含む植物イボガが宗教儀式に用いられていた。

ほかに。

幻覚剤の歴史研究家

R・G・ワッソンは幻覚剤についての研究考察を出版してきた。それらは1957年にベニテングタケがヨーロッパ民族に与えた影響を調査した Mushrooms, Russia and History、1969年にバラモン教聖典『リグ・ヴェーダ』に登場するソーマはベニテングタケであると主張する『聖なるキノコソーマ』(soma divine mushroom of immortality) 、1974年にメキシコのマジックマッシュルームについて調査である Maria Sabina and her Mazatec Mushroom Velada、1978年にはエレウシスの秘儀と麦角菌の調査である The Road to Eleusis である[15]。R・G・ワッソンの研究以前は植物の存在が公になっていなかったものも多い。

テレンス・マッケナは、『神々の糧』[19]や、『幻覚世界の真実』[20]のような著書でさまざまな幻覚性の植物や薬物について歴史的考察や文化への影響を分析している。

成分の抽出と化学合成

合成されたメスカリン。

メスカリンは、1898年前後にドイツ人化学者のヘフターが発見し、1919年にE・シュペートが合成した。1912年、ドイツのメルク社がメチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA)を合成したが社外に発表されなかった。1938年にスイスのサンドス研究所(現・ノバルティス)の化学者であるアルバート・ホフマンリゼルグ酸ジエチルアミド(LSD-25)を合成し、その後5年間研究されなかったが1943年に再びとりあげたところ、おそらく指の皮膚から吸収され偶然に幻覚作用が発見された[21]。ホフマンによる幻覚の内容は、視覚に入るものは歪曲し、強烈な色彩が万華鏡のように変化し、音にあわせて視覚が変化するというものであった[22]

1952年アメリカ製薬会社であるパーク・デービス社により麻酔薬としてフェンサイクリジン(PCP)が開発された。1956年、チェコの化学者ステファン・ソーラはDMTを合成している[23]

シロシベ・メキシカーナ英語版 マサテカ族はこのキノコを小鳥 (nizu) と呼ぶ[24]

1950年代に、R・G・ワッソンは、メキシコのインディオの信頼を得て儀式で用いられているキノコを摂取したところ、幾何学模様の幻覚がもたらされた。1957年には、R・G・ワッソンとその妻は『ライフ』誌にその発見を掲載し大衆に広く認知されることとなった[23]。「魔法のきのこを求めて」として掲載された。このキノコからパリとアメリカで幻覚をもたらす成分を抽出しようとしたが、成果が出ず、似たような幻覚を起こすLSDを合成したアルバート・ホフマンの元へ送られた。1958年[23]、ホフマンは抽出成分を動物実験で試すが反応が見られないため自分で摂取したところ、抽象的な形と鮮やかな色彩が激しく揺れ動き変化するという幻覚が起こったため幻覚成分として発見され、この成分にシロシンとシロシビンという名前をつけた[25]。ホフマンによれば、シロシン、シロシビンとLSDは似たような物質で違いといえば作用量と作用時間であり、LSDが8-12時間、シロシビンは4-6時間作用し、どれも脳内物質のセロトニンと近似の物質である[26]

1962年にはパーク・デービス社はPCPの代用物として麻酔薬のケタミンを合成している[27]ケタミンは一般的には獣医で用いられる麻酔薬だが、1時間ほど自我を停止させるという体験をもたらすとされる。

1960年代に、化学者のアレクサンダー・サーシャ・シュルギンMDMAを合成したが他の強い作用をもたらす化合物を探していたため研究されず、1973年に別の研究者がサーシャの方法で合成し広まっていった[28]。 サーシャは、既存のドラッグの分子構造を若干変えた薬物であるデザイナードラッグを多く作り出したが、その中に幻覚剤も多く含まれている。サーシャは200種類あまりの幻覚成分やデザイナードラッグの合成方法や心理的な研究結果についてまとめた代表的な著作 PiHKAL[29]TiHKAL[30] を出版している。デザイナードラッグのひとつである2-CBは、量が少ないときにはMDMAのような効果で、多い時にはLSDのような幻覚をもたらすともいわれる。

サーシャは2050年までに幻覚剤が新たに2000種類ぐらい増えるのではないかと述べている[31]

近代文明への影響

ファイル:Pink Elephants on Parade Blotter LSD Dumbo.jpg
LSDのブロッタ―(吸い取り紙)当初、デリシッド(Delysid)の商品名で販売されたLSDは、後にオレンジサンシャインとなどと呼ばれた密造の色付きの錠剤として出回り、さらに吸い取り紙の形をとるようになった。

1940年代にLSDが研究目的で出回りはじめ、1950年代には精神医学アメリカ中央情報局(CIA)による洗脳や自白の実験のMKウルトラ計画でとりあげられ、このような研究は極秘で行われていた[32]。R・G・ワッソンがメキシコでキノコの調査をしていたときCIAの諜報部員につきまとわれるということがあり、ワッソンとホフマンによる迅速なシロシビン成分の特定がなければ公にならなかったかもしれないともいわれる[33]

1950年代には、アルフレッド・M・ハバド大尉が世界平和に貢献すると思い、政治家や科学者や警察など広範に赤字でLSDを配った[34]。ハバド大尉が開発したLSDによる精神療法であるサイコリティック療法を精神科医のオズモンドが広めた[35]

精神科医のハンフリー・オズモンドにハクスリー自らが幻覚剤のモルモットとなることを申し出[36]、1953年の春、幻覚剤のメスカリンによる実験が開始された[37]。その翌年1954年に『知覚の扉』が出版され、学者一族としての観察精神と作家としての筆の確かさを下地に、神秘主義者の認識と幻覚剤による体験を絵画への言及も通して哲学的に考察した。『知覚の扉』は、60年代の意識革命の発端として評価が高く、 ハーバード大学の幻覚剤の研究者であるティモシー・リアリーの意識革命の理論の素地となり、リアリーの後継的な存在であるのテレンス・マッケナにも大きな影響を与えた[37]。同じような頃、世界中で麻薬の使用実態を調べ実際に摂取していた[10]作家のウィリアム・S・バロウズは、友人のアレン・ギンズバーグアヤワスカの体験について手紙を送っている[37]。バロウズによれば中毒性の強いモルヒネ阿片を麻薬と呼んで、幻覚剤と区別し、あらゆる幻覚剤は使用者に聖なるものとみなされ宗教的になるが麻薬はそうではないとしている[38]

1956年、ハクスリーとの文通でハンフリー・オズモンドがサイケデリックという言葉を思いついた[39]。翌年1957年に、精神分析学会でこの言葉を紹介した[40]

1959年に最初のLSDの国際会議が開かれたとき、CIAはLSDは人の精神を狂気に追いやると主張し、創造性を高めるといった心理学者による主張を否定した[41]

DNA二重らせん構造

LSDは1953年に発表されたDNAの二重らせん構造の着想を与えた[42]。LSDは、芸術家のアンディ・ウォーホルのアートにも影響を与えた[43]

1960年代、ハーバード大学で幻覚剤の研究を行っていた心理学者のティモシー・リアリーが、刑務所の受刑者に対して行った臨床実験では、シロシビンの摂取によって神や愛について語られるようになり対立がなくなった[44]。ハーバード大学の研究者らは、次第にチベット仏教の経典の一つである『チベット死者の書』が幻覚剤の起こす幻覚体験のガイド本として非常に役に立つものだという見解に至り、幻覚剤を用いる内容に書き直し『チベット死者の書サイケデリック・バージョン[45]として出版している。この本には、ティモシー・リアリーが研究してきたセットとセッティングの理論の、幻覚剤の摂取体験に際して、幻覚剤の選択と投与量や自他の心構えと周囲の環境が重要であるということについても書かれている。1960年代には、LSDが大量に流通し幻覚体験がヒッピームーブメントの素地となっていた。こうしたムーブメントはサマー・オブ・ラブとも呼ばれる。LSDはアシッドと俗称されアシッド・ロックといった音楽シーンも作り出した。40万人を導引したロックフェスティバルウッドストック・フェスティバルでもLSDが流通したといわれる。

1965年に、LSDを体験したオーガスタス・オーズリーは大学を中退しLSDの工場をつくり、オーズリーブルースと呼ばれるバッドマンの絵が描かれた高品質のLSDを安価を製造し世界中に流通した[46]。LSDは1966年にアメリカの法律で禁止された。オーズリーがFBIに逮捕されると、スカリーとオーズリーの弟のティムがその意思を引き継ぎ、オレンジサンシャインという名で流通させたが、起訴されたときにはスカリーはLSDの摂取によって心が優しくなるので流通させたとし、また製造したのはLSDではなくALD52という近似の化学構造を持った物質であると主張した[47]

ジョン・グリッグスはティモシー・リアリーの著書を読み、永遠なる愛の共同体というLSDとマリファナを安価に流通させる組織を結成し、組織は国際的な麻薬流通組織となったが、グリッグスは猛毒のストリキニーネの混ざったシロシビンを摂取して死亡した[48]。ストリキニーネの混じった麻薬は殺害を目的として渡されるものである[49]。後にCIAのロナルド・スタークが永遠なる愛の共同体の代表となり、スイスの隠し金庫に稼ぎを預金していた。LSDの安価な製造法を開発し永遠の愛の兄弟団にその製造法を提供したリチャード・ケンプは、永遠なる愛の共同体の後継として1970年代にイギリスでLSDを流通させ、1970年代半ばに逮捕されたが、その裁判の公判記録によって安価なLSDの製造法が広まっていった[50]。歌手のジョン・レノンは、暗殺される直前にCIAはLSDによってわたしたちをコントロールしようとしたが結果として自由を与えた言っている[50]

ニューメキシコ大学のリック・ストラスマンによれば、60人の被験者の半数近くがDMTの摂取によって地球外生物に遭遇したと主張している[51]。テレンス・マッケナは、DMTがエイリアンと遭遇する次元を誘発すると考えていた[52]。脳科学者でLSDやケタミンの研究を行っていたジョン・C・リリーはケタミンの摂取によって、地球外知性体とコンタクトしたと述べている[53]。アヤワスカの摂取によって異次元に行き、体の半分が人間以外の生物であるような存在に接触するといわれる[54]

1970年代には、テレンス・マッケナが、マジックマッシュルームの栽培に関する本を出版し、アメリカでこうしたキノコの入手が容易になっていった。テレンス・マッケナは、リアリー本人にも「1990年代のティモシー・リアリー」と呼ばれるほどこうした意識革命の文化に影響力をもった存在になっていった[55]

1960年代のLSDによるカウンター・カルチャーの若者は、コンピュータや先端科学も利用するカウンター・カルチャーであるサイバーパンクへと変容していった[56]。また、このリアリーを発端とする意識の自由を求める思想は1980年代以降も有力に機能しているとも評価されている[57]WIREDといった雑誌やウェブサイトでその流れが継続されている。

MDMAは視覚に幻覚はもたらさず、共感性を高めるという特徴がある。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者に対して共感性を高めるといわれるMDMAを投与する治療研究が行われた。1984年頃、アメリカのテキサス州で大量生産され流通したが、同年アメリカで違法薬物に認定された。

エクスタシー錠剤。

1980年代後半より、スペインのイビサ島で電子音音楽シーンからアシッド・ハウスとしてLSDが流通する音楽シーンとしてリバイヴァルされた。MDMAは、1980年代後半のイギリスのレイヴシーンに影響を与えた。これはセカンド・サマー・オブ・ラブとも呼ばれる。LSDだけでなくMDMA(エクスタシー)の使用も増加していった。レイヴシーンはその後、アメリカの主にサンフランシスコへ飛び火した。テレンス・マッケナによれば、レイブはハイテク化したヒューマンビーインである[58]。そして、2000年前後には、レイブシーンはドイツのベルリンで100万人以上が参加するラブパレードというイベントにも発展している。

1990年前後にはインドのゴアでしばしばLSDを用いて行われていたゴアトランスなどのダンス・パーティがサイケデリックトランスへと発展した。

21世紀のサイケデリック・ルネッサンス

LSDのマイクロドットと、MDMAの結晶。

薬物規制分類のスケジュールIとは、医学的検証のない薬物の規制分類であり、1960年代のムードでは幻覚を生じさせるというだけで医学的研究を行わないままに、幻覚剤はこのような分類に押し込まれた[59]。このことは、医学的な潜在価値があるのにもかかわらず研究に著しい制限をかけて妨げてきた[60]

21世紀に入り、既存の精神科の薬の治療効果の限界から再び幻覚剤に注目が集まって研究が行われており、サイケデリック・ルネッサンスと呼ばれている[3]

課題は資金であった。治験のための近代的なランダム化比較試験 (RCT) を実施するには、数百万ドルの費用を要し、本来は実施するためには特許による市場独占(製薬会社などによる開発)が必要であり、さらには国際的な規制がこれをさらに高額にする[4]。しかし、LSDやシロシビンでは特許が失効しており臨床試験は実施しがたいと思われていたが、社会的情勢の変化(禁止政策麻薬戦争のの失敗など[60])を反映してアメリカや欧州の団体は研究資金を提供しはじめ、このような運動は大衆の創造力を駆り立てる幻覚剤の魅力とソーシャルメディアとが組み合わさって進展してきた[4]。こうして現代的な手法(RCT)で有効性を安全性を実証すれば、規制の再分類が続くと考えられる[4]

アメリカのリック・ドブリン率いる幻覚剤研究学際協会英語版 (MAPS)、イギリスのアマンダ・フィールディング率いるベックリー財団は、情報提供とコミュニティの形成を通じて、こうした研究のための資金集めを行い、実際に研究を実施してきた。

デヴィッド・アール・ニコルズは幻覚剤の研究者で、灰色市場英語版デザイナードラッグの生産者はニコルズの著作物が新しいデザイナードラッグを生み出すのに「特に有用な」手引きだと形容した[61]25I-NBOMe英語版は、彼が生み出し、新型のLSDとして2010年代に規制されたもののひとつである。実際に強い効果を生じる量よりも少ない、ごく少量を摂取する幻覚剤のマイクロドージングは、2010年代の流行である[62]

哲学的考察

作家のオルダス・ハクスリーは、著書『知覚の扉』の中で、ケンブリッジ大学の哲学者C・D・ブロードが哲学者のアンリ・ベルクソンを解釈した説をよりどころとしている[63]。人間は本来宇宙のあらゆることが知覚できるが、脳などの「減量バルブ」を通して個体の生存のために必要な情報だけに絞っている[63]。しかし、精神修行やメスカリンなどによってそれをバイパスさせ、超感覚的な知覚や異常な色彩感覚などを体験すると説明した[63]。リアリーによれば、そういった減量バルブは日常的な行動を起こすためには必要な機能である[64]

また、オルダス・ハクスリーは、幻覚剤は『聖書』に出てくる知恵の樹の実でバチカンなどの意識の管理者が使用を阻止してきた物質であり[65]、聖職者が歴史を通じて容赦なく弾圧してきたものである[66]。リアリーによれば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教においては自分自身で考える人間が増え無秩序な状態になることを阻止して簡単なルールを教え、それを守らせることで秩序を保つことが権威者の目的であったので、意識を変化させる顕微鏡や望遠鏡、幻覚性のある植物を禁止してきたということである[67]。しかし、幻覚剤は大量の未知の情報のカオスをもたらし[68]、そうしたカオスは脳を再プログラミングする状態に整えてしまうという[69]

LSDを合成した化学者のアルバート・ホフマンは、幻覚剤による恍惚状態は宗教的な悟りに似ており、自我と外界との境界が取り払われ、創造主と被造物という二元論ではなく生命が一つであるということを体験させるので、瞑想を補助するのに使われるのがふさわしいと述べている[70]

心理療法

スタニスラフ・グロフは、1960年代から70年代にかけて、LSDを用いた精神療法を研究し、その弟子たちは違法後もアンダーグラウンドな心理療法を継続してきており、21世紀初頭でもイギリス、スイス、ドイツで活動している[71]。1986年に幻覚剤の研究協会のMAPS[72]や、1993年にメスカリンの発見者の名を冠したへフター調査研究所英語版[73]が設立されている。

ロシアの薬物乱用の専門治療を行う精神科医のエフゲニー・クルピツキーは20年間にわたり、麻酔薬のケタミンを幻覚剤として利用するアルコール依存症の治療を行ってきたが、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続し、対象群では24%であった[74]などのいくつかの報告[75][76]がある。また、ケタミンはヘロインの依存症患者に対しても薬物の利用を中断する効果が見られた[77][78]。アヘンの禁断症状を減衰させるという報告もある[79]。1990年代の研究では、アヤワスカの摂取によって、アルコールや麻薬の常習や暴力行為を減らす傾向が見られた[80]

MAPSの支援でPTSDや末期ガン患者の心理的な不安症状に対してMDMAの投与研究が行われた[81]。 2003年には、シロシビンを群発頭痛に治療投与する研究や、ヘフター調査研究会の支援した研究では強迫性障害の患者に対して良好な結果が得られた[82]。 PTSDに対してMDMAを投与する心理療法は何度か行われ良好な結果を得られており、2006年10月よりMAPSの支援により行われた研究では幸福感が高まり心理的トラウマに立ち向かうことができた[83]。 2008年にはMAPSの支援でLSDを病で死を目前にし精神的な意味を求めている患者に投与する研究が行われる[84]

他の幻覚剤

出典

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参考文献

関連項目

外部リンク

団体