ヒューマンビーイン

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ヒューマン・ビーイン(Human Be-In)とは、1967年1月14日アメリカ合衆国の西海岸で始まった、社会における人間性回復を求める人々の集会である。略してビーイン(Be-In)とも呼ばれる。

1960年代のビーイン[編集]

  • ビーインは、ヒッピー・カルチャーを中心とする平和運動であるのみならず、1960年代カウンターカルチャーの重要なコンセプトである、中央集権ではなく分散型の社会、ひとりひとりの個人がパワーを持つこと、意識拡大、地球環境保護などの新しいパラダイムを提示した。世界が変化することを予感した人たちはそれを「ニューエイジ(新しい時代)」と呼んだ。以降、カウンターカルチャーを支持する若者は圧倒的に増え、国内はもとより日本ドイツフランスロシアなど海外にも多大な影響を与えた。
  • また、この後、反戦運動はそれまでの過激なデモ活動から、ヒッピーの平和志向に訴えかける方針(非暴力主義)に転向し、その結果として両者の歩み寄りが進んだ。

デジタル・ビーイン[編集]

  • ビーインのムーブメントは、1989年にまったく新しい形で再生した。マイケル・ゴズニーらによる、インターネットデジタル・メディアによる祭典「デジタル・ビーイン」である。「先端技術によって社会的良心、芸術・精神と人間の進化がもたらされる」という考えに基づく、愛と平和の運動である。1960年代当初のビーインの哲学はそのまま踏襲している。
  • 60年代のビーインがヒッピーカルチャーと密接な関係を持っていたように、デジタル・ビーインはグローバルなレイブ・カルチャーとつながっている。イベントはトークやスピーチ、詩の朗読から始まり、最後はダンスパーティとなる。
  • 西海岸のデジタル・アンダーグラウンドから生まれたものだが、1990年代に入ってからは一時はマイクロソフトなどがスポンサーにつく巨大なイベントとなった。1995年幕張メッセで行われた「マック・エキスポ」の際に、日本でも開催されている。
  • 国連世界人権宣言50周年記念とオフィシャルにリンクして、サイバー・スペース上の人権運動(ヒューマン・ライツの活動)に参加したりもしている。

現代のビーイン[編集]

  • 2001年9月11日米国同時多発テロが行われたことを受けて、新しいヒューマン・ビーイン(New Human Be-In)の始まりを告げるメールが全世界20万人に届けられた。サンフランシスコ、東京をはじめ、ロンドンオーストラリアなどでビーインが再開された。東京では、東京で活動する幾つかのNGOを中心に、個人とNGOが時間と場所をシェアするギャザリング形式で、毎年9月11日に最も近い日曜日に明治公園で行われている。
  • 朝日新聞報道によると、2006年の東京のビーインは、過去最多の6,500名の参加者を集めたという。

外部リンク[編集]