バーニングマン
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バーニング・マン(Burning Man)とは、アメリカ合衆国ネバダ州リノ市から約150km(90マイル)北北東に位置するブラックロック沙漠において、年に一度、8日間に渡って開催される大規模なイベントをいう。 干上がった湖であり、堆積した泥が乾きひび割れた「プラーヤ」(Playa)と呼ばれる土地に面積4.5平方km、周囲7.5kmという広大な会場が設営され、その参加者数は2008年には49,599人であったと発表されている。 「バーニング・マン」という名称は、会場の中心に設置された巨大な人型の木像「ザ・マン」(The Man)に土曜日の夜、火を放つ(burn) ことに由来する。
このイベントは、例年8月の最終月曜日に始まり、9月の第一月曜日(米国の祝日「Labor Day」)まで続く。 期間中、会場は地形的に外部とほぼ遮断されることとなり、そこで構築される独自の実験的な地域社会は、自らを架空の都市「ブラックロック市(Black Rock City, BRC)」であると名乗っている。 BRCの市民たる各参加者は、任意の場所に設営したテントやキャンピングカーを自らの家とし、そこで新しい隣人たちと出会い、友人を作り、交遊し、彼らと助け合いつつ過酷な自然環境下で一週間を生き抜く。 そのために必要となる水、食料、衣類、住居は、自らの責任において事前に準備することが求められる。 また、貨幣経済や商行為は禁止とされており、見返りを求めない'贈り物'と'親切さ'とで共同体を成立させている。(Give & Give精神) 物々交換や物とサービスの交換も行われてはいるが、「等価」での交換が難しいことから推奨はされない。
BRC市内には、参加者の手で大小多数のアートインスタレーションが設置され、サーカス、レイブパーティ、酒場、ヨガ、ボディペインティング、ウエイトトレーニング、舞踊、瞑想、天体観測、彫刻、音楽演奏、ディスカッション、ワークショップ、演劇、ファイアーダンス、パン焼き教室、トランポリン、大道芸、仮装、集団パフォーマンス、ローラーディスコ、自転車修理/改造、セスナ機での遊覧飛行、など、自由な発想から生まれる多種多様な活動が、会場の至るところで実行されている。 一方で、新聞の発行やFM放送局の開設、診療所など、この一時的な共同体の構成員全体に貢献するような活動もまた、ボランティアによって行われている。また「ブラックロック・レンジャー」と呼ばれるグループは、事前に講習を受けた上で、様々なトラブルの解決にあたっている。 これらの活動に積極的に参加し、人の輪の中に入っていくこと、あるいはユニークな活動を企画し実行していくことが奨励され、自分では何もせず、物見遊山の観客であろうとする態度は恥ずべきこととされている。(No Spectators)
[編集] 概要
1986年にサンフランシスコのベイカー・ビーチにて、ラリー・ハーヴィーという人物が恋人とのイザコザの憂さ晴らしのため2.4mの木製の人形を作って燃やしたことが最初のきっかけだった。「木製の人形を燃やす」という行為は西海岸を中心としたアンダーグラウンド・アートシーンの興味を集め、次第に多くのアーティストがベイカー・ビーチに集まるようになった。
イベントの規模が拡大するにしたがい燃やす人形も巨大化し、ベイカーズ・ビーチでの点火が不可能となったため、1990年より会場をネバダ州のブラックロック沙漠(Black Rock Desert)に変更。東京23区よりも広い沙漠を会場として得たことで、さらに大がかりなイベントとなっていった。
1990年代初頭はまだ「知る人ぞ知る」イベントであった。しかし1990年代半ばから始まるインターネットの普及により、世界中で数多くのWEBサイトが作られ、爆発的に参加者が増えることとなる。
現在の参加者は5万人弱。期間中のBlack Rock Cityはネバダ州で3番目に大きな人口を持つといわれる。
毎年テーマがあり2010年のテーマは「METROPOLIS: THE LIFE OF CITIES」
[編集] 用語解説
- ザ・マン:バーニング・マン像(Burning Man statue)。会場の中心にそびえるイベントの象徴であり、大団円で燃やされる木製の像。約15mの高さがある。夜間はネオン菅で輝き、目印のない砂漠で灯台の役目を果たす。
- ブラックロック沙漠:ネバダ州にある広大な沙漠。表層は砂地ではなく、Playa(プラーヤ)と呼ばれる乾いた川底のような灰色の大地である。