SPEED POP

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
GLAY > 作品リスト > SPEED POP
SPEED POP
GLAYスタジオ・アルバム
リリース 1995年3月1日
録音 -
AOI STUDIO
(DOG HOUSE STUDIO)
(SOUND SKY STUDIO)
(HEART BEAT RECORDING STUDIO)
ジャンル ロック
J-POP
時間 620
レーベル プラチナム・レコード
プロデュース 佐久間正英
土屋昌巳
YOSHIKI
チャート最高順位
  • 8位(オリコン
  • 登場回数52回(オリコン)
ゴールド等認定
GLAY 年表
灰とダイヤモンド
1994年
SPEED POP
1995年
BEAT out!
1996年
SPEED POP 収録の シングル
  1. RAIN
    リリース:1994年5月25日
  2. 真夏の扉
    リリース:1994年6月15日
  3. 彼女の“Modern…”
    リリース:1994年11月16日
  4. Freeze My Love
    リリース:1995年1月25日
  5. ずっと2人で…
    リリース:1995年5月17日
テンプレートを表示

SPEED POP』(スピード ポップ)は日本ロックバンドGLAYのメジャーデビュー・アルバムである。

1995年3月1日プラチナム・レコードよりリリースされた。

2001年2月7日エクスタシーレコードより、2003年3月5日東芝EMIより再リリースされている。

解説[編集]

本作品は当初1994年秋のリリースを予定していたが、諸事情により半年以上も延期してのリリースとなった。インディーズ時代から演奏されてきた「LOVE SLAVE」、「JUNK ART」や「ずっと2人で…」、「RAIN」など、GLAYが北海道を拠点に活動していた頃の曲まで収録されている。今作のメジャー初のアルバムについて、TAKUROは当時のインタビューで、「バンドでできることというのがインディーズ時代だとしたら、今度は5人以外の力も使える。ピアノで始まるのが理想な曲なら、メンバーにいないピアノも抵抗なく入れようと。もともとポップなものが好きだし、突き詰めるといい音楽というものができればそれでいい。それがロックかどうかなんて、俺たちには意味のないことなんです。」と語っている[1]

アルバムタイトルは、1993年に発売されたデモテープ「SPEED POP」と同じタイトルが付けられた。このタイトルを付けたことについて、TAKUROは当時のインタビューで、「そのテープも、バラードアバンギャルドなものも全部同じ次元で入っていたんですね。もう、GLAYだからという理由でしかくくれないというか。で、今回このアルバムが出来上がって言葉をいろいろイメージしたときに“SPEED POP”というのも浮かんできたんですよ。例えば、『LOVE SLAVE』と『ずっと2人で』を一緒に収録しても変じゃないという理由を考えた時に、ほんとGLAYだからということしかないんですよ。」と語っている[1]

当時のドラマーだったNOBUMASA在籍時の唯一のアルバムでもあるが、NOBUMASAが加入したのは、本作のレコーディング終了後だったため、本作のレコーディングには携わっていない。なお、「真夏の扉」、「Life 〜遠い空の下で〜」のドラムスは、元メンバーのAKIRAが担当している。

ブックレットには、音楽ライターの市川清師によるライナーノーツが掲載されている。これは市川にライナーノーツ執筆の依頼が来た際、TAKUROが「(市川が解説を書いた)UP-BEATの3rdアルバム『HERMIT COMPLEX』のライナーノーツを読んで、メジャーデビューしたら、この人(市川)に解説を書いてもらいたかった」と語っていたことを、市川が明らかにしている[2]。なお、文中に名前こそ挙げられていないが、ライナーノーツの最後に書かれている「ルックスのみ話題が先行し、アイドル的なとらえ方をされていたあるバンド」はUP-BEATを、また「顔をつぶしてもいいとまで言い切ったボーカリスト」はUP-BEATのボーカルだった広石武彦のことを指している。

発売3日後の1995年3月4日に、NHKポップジャム'95」に出演。この時、出演していた永井真理子のバックバンドに永井利光がいたため、GLAYと永井はこのテレビで同じステージを踏んでいたことになる[1]

オリコンチャートでは、初登場8位を記録[3]。当時はまだシングル曲もトップ10入りを果たしていなかったため、シングル・アルバムを通じて、初のトップ10入りを果たした。その後も新作がリリースされるたびに売り上げを伸ばし、最終的に32万枚を売り上げた。

評価[編集]

CDジャーナルは、「驚くほどキャッチーで、生き生きしたメロディ・ラインと音世界が新鮮。」と評価している[4]

音楽誌『CDでーた』は、音楽性に関して「楽曲のバリエーションと完成度に秀でたアルバム。特にミディアムやスローな曲では、バンド全体のサウンド、そして歌を聴かせる意識がしっかりと形になっているのがわかる。ホーンやピアノ、ストリングスなども導入しているのも、あくまで楽曲重視で作品を作る彼らの、いい意味でのこだわりのなさだろう。奇をてらったり、マニアックに走ったりせず、きちんと音楽に向かい合ってる姿勢が感じられる。」と評価[1]。また、アルバム全体のイメージとしては、「まさにタイトル通りの“SPEED POP”。しかし、それはアップテンポのポップという単純なものではなく、『REGRET』のようなミディアム・ナンバーでの疾走感にも通じるものだ。この“SPEED POP”という言葉はGLAYの土台となるものだとメンバーは言っていたが、それを核にして今後彼らの音楽性は自由に広がっていきそうな気がする。」と評価した[1]

収録曲[編集]

  1. SPEED POP (Introduction)
    佐久間正英によるインストゥルメンタルTERUは、「アルバムのオープニングにふさわしい曲。いままでGLAYが知らなかった世界。」と語っている[1]
  2. HAPPY SWING
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、佐久間正英
    GLAYのファンクラブの名前にもなっている曲。1999年、幕張での20万人ライブの一曲目であり、TAKUROはラジオで「久しぶりに演奏するため楽器屋でスコアを買った」と告白(真偽は不明)。
    TERUは本曲について、「リズムとしては速くはないんだけど、言葉のいい回しでリズムが速く聞こえるという言葉のトリックが面白い。」と語っている[1]
  3. 彼女の“Modern…”
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、佐久間正英
    3rdシングル。GLAYのシングルの中では最も売れなかった。この曲から佐久間正英がプロデュース。
  4. ずっと2人で…
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、佐久間正英
    後に5thシングルとしてリカットされた。テレビ朝日「CHANNEL 99」エンディングテーマ。シングルバージョンとわずかに編集が異なっており、アウトロが終盤でフェードアウトする。後に発売された全てのベストアルバムにはシングルバージョンが収録されている。
  5. LOVE SLAVE
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、佐久間正英
    1991年に発売されたデモテープ「Angelus Bell」にて初音源化され、1993年に発売されたデモテープ「SPEED POP」にも再録され収録されていた。
    アレンジに詰まって取っておいた曲で、今作の収録に当たって、リズムから何からすべて変えて見事に蘇ったとTERUが述べている[1]
  6. REGRET
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、佐久間正英
    4thシングル「Freeze My Love」のカップリング曲。 
  7. INNOCENCE
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、佐久間正英
    3rdシングル「彼女の“Modern…”」のカップリング曲。 
  8. Freeze My Love
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、佐久間正英
    4thシングル。テレビ朝日『リングの魂』オープニングテーマ。 
  9. 真夏の扉
    2ndシングル。アニメ『ヤマトタケル』オープニングテーマ。
  10. Life 〜遠い空の下で〜
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、土屋昌巳
    2ndシングル「真夏の扉」のカップリング曲。 
  11. JUNK ART
    • 作詞・作曲:TAKURO / 編曲:GLAY、佐久間正英
    1993年発売のデモテープ「DANCE VISION」に収録されていた曲。TERUは本曲に関して、「インディーズで頑張っていた頃のトゲトゲした部分がすごく表れてる。」と語っている[1]
  12. RAIN
    • 作詞:YOSHIKI / 作曲:YOSHIKI、TAKURO / 編曲:YOSHIKI
    デビューシングル。シングル版に入っていた出だしの雨の音がカットされている。映画『ヤマトタケル』主題歌。

参加ミュージシャン[編集]

スタッフ[編集]

ディレクター
Hiro Inoguchi / Platinum Records
ミキシング
Michael Zimmerling(#1~11)
レコーディング
Michael Zimmerling(#1~11)
Toshihiro Kiso(#1~11)
Hideki Ataka(#1~11)
Yasuaki Shindo(#1~11)
Daisuke Sugamura(#1~11)
エンジニア & ミキシング
Rich Breen(#12)
マスタリング
Tim Young
アシスタント・エンジニア
Daisuke Sugamura(#1~11)
Yoshifumi Kureishi(#1~11)
Kenichi Arai(#1~11)
Masaaki Sugo(#1~11)
Masayoshi Ibuchi(#1~11)
Dave Turner(#1~11)
Mike Stock(#12)
Tal Miller(#12)
シンセサイザー・プログラミング
Geoff Grace(#12)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i GLAY BIOGRAPHY 1995”. GLAY公式サイト. 2013年7月9日閲覧。 ※「1995年3月1日 メジャー1stアルバム 『SPEED POP』発売」の項を参照
  2. ^ 『別冊宝島617 音楽誌が書かないJポップ批評15・GLAY』17ページ「GLAYとUP-BEATと私の不思議な縁」(文:市川清師)
  3. ^ オリコン週間アルバムチャート 1995年3月13日
  4. ^ GLAY / スピード・ポップ”. CDジャーナルweb. 2013年7月9日閲覧。

外部リンク[編集]