SICKS

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SICKS
THE YELLOW MONKEYスタジオ・アルバム
リリース
録音

1996年8月〜11月

  • REAL WRORLD STUDIOS
  • AIR STUDIOS
  • RECORDING STUDIOS TOKYUFUN
  • DELTA STUDIO
ジャンル ロック
時間

  • 75分18秒

COMPLETE SICKS

  • 75分16秒 (Disc 1)
  • 67分41秒 (Disc 2)
  • 120分 (DVD)
レーベル ファンハウス (SICKS)
Ariola Japan (COMPLETE SICKS)
プロデュース 吉井和哉
チャート最高順位
  • 週間1位 (SICKS・オリコン)
  • 週間6位 (COMPLETE SICKS・オリコン)
  • 1997年度年間31位 (SICKS・オリコン)
ゴールドディスク
Platinum disk.png プラチナ (日本レコード協会 1997年2月)
THE YELLOW MONKEY アルバム 年表
TRIAD YEARS act I
(1996年)
SICKS
(1997年)
TRIAD YEARS act II
(1997年)
『SICKS』収録のシングル
  1. 楽園
    リリース: 1996年11月25日
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SICKS』(シックス)は日本のロックバンドTHE YELLOW MONKEYの6枚目のオリジナルアルバム。1997年1月22日ファンハウスよりリリースされた。『COMPLETE SICKS』(コンプリート シックス)についても本項にて併記する。

解説[編集]

レコード会社を日本コロムビア(TRIADレーベル)からファンハウスへ移籍後第一弾となるアルバム。このアルバムからボーカル・吉井和哉の単独プロデュースとなった。タイトルの『SICKS』は、6枚目の「SIX」と「ロック(6)」、病気の「SICK」の3つを組み合わせた造語。大阪にて「JAM」のキャンペーン中に吉井が思いついたものである[1]。 『smile』『FOUR SEASONS』の意識的にポップを目指したアプローチから一転、初期の妖しげなサウンドに回帰している。イギリスでもリリースされ、イギリス盤にはボーナストラックとして「LOVE LOVE SHOW」のイングリッシュ・バージョンが収録されていた。

レコーディングは前作に続きロンドンで行われた。吉井は本作の制作にあたり「1日3曲録音をノルマ」とし、300曲作成したものからさらに80曲に絞ったのち、その曲の中から厳選したものが本作に収録された楽曲となった[1]。また、当時の状況を振り返って「好きなようにやった。楽曲の構成も従来の型を破れた」「自分の中で、音楽がものすごく噴出してるのがわかった」と語っている[2]

前作に次いでオリコン初登場1位を獲得。また、これが奇しくもオリコンアルバムチャートで通算600回目の1位獲得作品であった[3]。約80万枚を売り上げ[4][5]、オリジナルアルバムでは自身最大のヒットを記録した。

発売からちょうど13年目の2010年1月22日には、結成20周年記念企画の一環として、吉井監修のもとで新たにCD、DVD、スペシャル・ブックレットを加えた『COMPLETE SICKS』を完全生産限定リリース(後述)。発売はファンハウスの再編・合併に伴いアリオラジャパンからとなった。

反応と評価[編集]

吉井本人が最高傑作と自負する作品であり、「『SICKS』は他のバンドにはない音であり、他の邦楽にもない音である」と語る[2]。また、他メンバーが作曲をした「TVのシンガー」「創生児」「HOTEL宇宙船」を絶賛しており、『どの曲もSICKSの匂いがする曲』と評価している[6]。メンバー選曲のベスト盤『MOTHER OF ALL THE BEST』にも本作から最多の7曲が収録されており、他メンバー作曲の3曲もすべて収録された。

本作がリリースされる約1か月半前に、自身初の非公認ベストアルバム『TRIAD YEARS actI〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY』がリリースされることが決定し、吉井は「ベストに負けないアルバムを作ろうという話を毎晩メンバーとしていた」と語っている[6]。『SICKS』の売り上げはオリジナルアルバムでは自己最多を記録したものの、惜しくもミリオンには届かなかった。吉井は「JAM」「SPARK」などのヒット曲を含むベストアルバムがミリオンを達成したことを踏まえ、「ヒット曲が1曲しか入っていないアルバムは100万人買わないんだなということもよくわかった。『この次覚えてろよ』という気持ち」と語っている[7]ほか、後年のインタビューでは「『SICKS』の実際のセールスは妥当だったと思う。100万枚を目指していたが、近いところまで行ったし、凄い納得した1年だった」と振り返っている[8]。同じくギターの菊地は「望んでいた枚数より下回ったが、大衆向けではないアルバムがこれだけ売れたことは自信になった」と語っている[8]

移籍前に所属していた日本コロムビアのディレクターである宗清裕之は、「『SICKS』がなかったらただのポップなバンドとして消費されてたかもしれない。あの時期があったからこそ、THE YELLOW MONKEYは長く愛されるバンドになったんだと思う」と語っている。また「当初はダークな雰囲気、不健康な感じも含めて『今まで押さえつけられてたけど、俺たちの魅力はここなんだ』っていうか。しっぺ返しを食らった感じがあった」とし、「このアルバムは売れないと思っていたが、実際に売れて驚いた」旨を語っている[9]。また、当時THE YELLOW MONKEYのカメラマン(ビデオシューティング)を務めていた高橋栄樹は、「初期のダークな感じがスケールアップして戻ってきた、っていうイメージだったというか。本来はこういう人たちなんだなと思う」とした[9]

収録曲[編集]

  • 『COMPLETE SICKS』は2枚組で、DISC2は渡英前に日本で録音されたデモ音源(収録曲・曲順は2枚共通)が収録されている。
  • 全編曲:THE YELLOW MONKEY。
#タイトル作詞作曲時間
1.「RAINBOW MAN」吉井和哉吉井和哉
2.「I CAN BE SHIT, MAMA」吉井和哉吉井和哉
3.楽園吉井和哉吉井和哉
4.「TVのシンガー」吉井和哉菊地英昭
5.「紫の空」吉井和哉吉井和哉
6.「薬局へ行こうよ」-吉井和哉
7.「天国旅行」吉井和哉吉井和哉
8.「双生児」吉井和哉吉井和哉・菊地英昭
9.「HOTEL宇宙船」吉井和哉吉井和哉・廣瀬洋一
10.「花吹雪」吉井和哉吉井和哉
11.「淡い心だって言ってたよ」吉井和哉吉井和哉
12.「見てないようで見てる」吉井和哉吉井和哉
13.「人生の終わり (FOR GRANDMOTHER)」吉井和哉吉井和哉
合計時間:
  1. RAINBOW MAN
    吉井が当時傾倒していた「愛の戦士レインボーマン」がモチーフの楽曲。コーラスの「死ね、死ね」は同作の敵組織「死ね死ね団」に由来する。また、ライブのオープニングSEとして同作の挿入歌である「死ね死ね団のテーマ」を使用していた。番組の内容通りインド風のアレンジがされており、曲調が何度も変わる曲である。バンド・アレンジの最中に曲構成が何度も変わり、サビが完成したのは終盤だったという[7]
    総合格闘家前田吉朗が入場曲として使用している。
  2. I CAN BE SHIT, MAMA
    タイトルは「アッカンベーしたまま」を捩ったもの。
  3. 楽園
    先行シングル曲。
  4. TVのシンガー
    歌詞の内容はアーティストである自らを皮肉ったものであり、3rdアルバム『jaguar hard pain』収録の『ROCK STAR』とは対称的なものとなっている。『THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』で9mm Parabellum Bulletカバーした。
  5. 紫の空
    アリーナツアー「FIX THE SICKS」では、曲中で吉井が酒を飲むパフォーマンスを披露した。
  6. 薬局へ行こうよ
    インスト曲。メンバーがそれぞれアドリブで演奏しており、吉井の鼻歌や、犬の鳴き真似などが入っている[2]。アルバム作成の初期段階からアイデアが出ており、吉井は「アルバムの中で外れちゃいけない1曲」、ベースの廣瀬は「周りの楽曲の引き立て役」と語っている[7]。解散まで一度もライブ演奏されていなかったが、再集結後の2018年に行われた『メカラウロコ29 FINAL』において初めてコンサートのセットリスト入りを果たした。
  7. 天国旅行
    「FOR SEASON-野生の証明」のツアー中に初披露され、アルバム発売前の「メカラ ウロコ・7」でも披露された。吉井にとって「JAM」と並ぶほど特別な強い思い入れがあると語り、「裏JAM」と呼んでいるという[2]。1番ではドラムを止めてサビに入るなど、過去にはやらなかったアレンジを試み、吉井自身「すごい自信になった曲ができた」と自負する[2]2010年3月に出版された三浦しをんの『天国旅行』はこの曲のタイトルからつけられ、本書の巻頭には歌詞が引用されている。2013年に行われた『イエモン-FAN'S BEST SELECTION-』のファン投票で5位を獲得した。
    イントロは吉井が弾いている。初披露時は音源には収録されなかったアルペジオのギターソロが追加されていた。2016年の再結成後に横浜アリーナで行われた「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -YOKOHAMA SPECIAL-」ではこの初披露当時と同様の吉井のギターソロから披露された。
  8. 創生児
    作曲者である菊地の「精神分裂症の歌にしてほしい」という要望から歌詞が作られ、吉井(及び人)の二面性について歌っている[7]。吉井が1人2役を演じて歌っており、後半は左右にボーカルが分かれる。曲中には2つのヴォーカルが同時に別々の歌詞を歌っている箇所がある。
  9. HOTEL宇宙船
    エロティックな歌詞のアップテンポなナンバー。アウトロでは再生速度を落とし、次曲に繋げている。
  10. 花吹雪
    前曲からシームレスで繋がる構成。非常に音が小さいが、イントロで吉井の台詞が入っている。初レコーディングの際に一度ボツになっており、仮タイトルは「首の皮一枚」だった[7]。2013年に行われた『イエモン-FAN'S BEST SELECTION-』のファン投票で、アルバム曲の中では最高となる3位を獲得した。
  11. 淡い心だって言ってたよ
    アコースティック・ギターを使用したスローテンポのナンバー。
  12. 見てないようで見てる
    11thシングル「楽園」のカップリング曲。吉井曰く「渋谷駅周辺の喫茶店で、斜め向かいに座った女性をチラ見しながら作った」[10]
    ライブではコール&レスポンスが行われる。
  13. 人生の終わり (FOR GRANDMOTHER)
    副題の通り、吉井が祖母に捧げたバラード曲。吉井がU2の「ワン」に憧れて作った曲で、仮タイトルは「スタンド・バイ・U2」[7]。作成段階で「血が泣いてるんだよ」という歌詞のみが先にできていた[2]。『COMPRETE SICKS』Disc2のデモ音源でもこの箇所のみ歌詞がついている。歌はテイク・ワンのものが採用されている[2]。曲の終了後に1分程度の無音部を挟んで、隠しトラックとしてピアノの演奏とともにハミングの楽曲が約4分間収録されている。

DVD (COMPLETE SICKS)[編集]

  • fragments of the SICKS
    日本でのデモ・レコーディング、ロンドンレコーディングドキュメント。
  • Interviews (with KAZUYA YOSHII/RICHARD DIGBY SMITH/SHUJI YAMAGUCHI/MIKIO ARIGA)

参加ミュージシャン[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b ROCKIN'ON JAPAN 1997年2月号
  2. ^ a b c d e f g 「吉井和哉自伝 失われた愛を求めて」(ロッキング・オン
  3. ^ オリコン史上1000作目のアルバム1位はV6!”. 2018年12月31日閲覧。
  4. ^ 『THE YELLOW MONKEY/BURN』ロッキング・オン、2000年、389頁。ISBN 4-947599-85-5
  5. ^ 「COMPLETE BURN」(ロッキング・オン
  6. ^ a b 『COMPLETE SICKS』DVD Interviews
  7. ^ a b c d e f ROCKIN'ON JAPAN 1997年11月号
  8. ^ a b ROCKIN'ON JAPAN 1998年4月号
  9. ^ a b 徹底座談会で明かされる真実とそれぞれの1曲
  10. ^ 『COMPLETE SICKS』ライナーノーツ

外部リンク[編集]