廣瀬無線電機

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廣瀬無線電機株式会社
HIROSE RADIO&ELECTORIC CO.,LTD.
Hirose musen BLDG.jpg
廣瀬本社ビル
種類 株式会社
市場情報 未上場
略称 廣瀬無線
本社所在地 日本の旗 日本
101-0011
東京都千代田区外神田1丁目10-5
北緯35度41分56.6秒 東経139度46分15.0秒 / 北緯35.699056度 東経139.770833度 / 35.699056; 139.770833座標: 北緯35度41分56.6秒 東経139度46分15.0秒 / 北緯35.699056度 東経139.770833度 / 35.699056; 139.770833
設立 1940年12月9日
業種 卸売業
法人番号 9010001027149
事業内容 電気器具・電気製品の卸売
代表者 廣瀬美智俊(代表取締役社長
資本金 1億円
主要子会社 関連会社の項目を参照
関係する人物 廣瀬太吉(創業者)
外部リンク http://www.hir.co.jp/
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廣瀬無線電機(ひろせむせんでんき)は、電気器具・電気製品を扱う商社。かつてはグループの小売部門が家電量販店事業を営んでいたが撤退し、現在は卸売事業を中心に行っている。

沿革[編集]

  • 1925年(大正14年)3月 - 東京・神田淡路町に、廣瀬太吉がラジオ卸商・廣瀬商会を創立。NHKの試験放送開始とほぼ同時期であり、「NHKと共に生まれた広瀬」を標榜している。
  • 1933年(昭和8年)4月 - 現在の本社所在地・外神田に移転、株式会社廣瀬商会に改組。
  • 1940年12月 - 株式会社廣瀬商会を廣瀬無線電機株式会社に社名変更。
  • 1951年11月 - ヒロセテクニカルサービス株式会社を設立。
  • 1955年6月 - 寿土地建物株式会社を設立。
  • 1957年4月 - 廣瀬太吉が紺緩褒章を受章。
  • 1958年5月 - 廣瀬太吉が藍緩褒章を受章。
  • 1965年4月 - 広瀬電工株式会社を設立
  • 1971年4月 - 廣瀬太吉が勲三等瑞宝章を受章。
  • 1973年10月 - 現本社ビルが完成。
  • 1978年12月 - 株式会社廣瀬本社を設立
  • 1985年1月 - ヒロセテクニカルサービス株式会社を、ヒロセテクニカル株式会社に社名変更。
  • 1993年10月 - 家電小売部門の広瀬商会(店名・ヒロセムセン)が廃業。
  • 2000年8月 - 創業者・廣瀬太吉が死去。
  • 2003年2月 - 株式会社廣瀬本社と廣瀬無線電機株式会社が合併。現在の廣瀬無線電機株式会社となる。

廣瀬本社ビル[編集]

本社ビルは中央通り沿いにあり、地下は同人ショップメロンブックス、1階は免税店AKKY II、1~4階はゲームセンターHey(Hirose Entertainment Yard)(以下「Hey」)、5階にはイベントスペースが入居している。

以前は、中央通り側に子会社の広瀬商会が運営する家電小売店「ヒロセムセン」、裏通り側に子会社のヒロセテクニカルが運営する「ヒロセパーツセンター」が入居し、 その後、「ヒロセムセン」廃業後の跡地に「ヒロセパーツセンター」が増床(後に店名も「ヒロセテクニカル」に改称)[1]。 2002年頃、「ヒロセテクニカル」が廣瀬本社ビル2号館(外神田1丁目11-12)に移転し、跡地は一時イベントスペースになる。 2003年11月13日、「AKKY II」が開店する。

2001年4月29日、「Hey」が2~3階のみで開店[2]、 4階はインターネットカフェのNecca秋葉原店が2001年6月23日より営業していた。 Neccaは2006年12月31日をもって閉店し、Heyが増床[3]

裏通り側の「ヒロセパーツセンター」閉店後に「HIROSE DVD BANK」が開店し[4]2010年10月6日に閉店する。跡地には「Hey」が12月17日に増床した。

家電量販事業[編集]

かつてグループ会社の株式会社広瀬商会が、ヒロセムセンの屋号で家電量販事業を行っていた。秋葉原に3店舗展開し、秋葉原の老舗量販店として知られたが、1990年頃を境に家電不況や郊外型量販店との価格競争などにより経営が悪化。1993年10月で店舗を閉鎖[5]し、廃業した[注 1]。同時期には同じく秋葉原の家電量販店シントクも倒産しており、秋葉原の地盤沈下の話題が当時のマスメディアを賑わせた。

全盛期ではエフエム東京スポットCMを数多く流していた。

関連会社[編集]

  • 広瀬電工株式会社 - 電気工事、電材卸、住宅リフォームなど
  • ヒロセテクニカル株式会社 - 電気設備システムの設計・施工、秋葉原HITEC館での電子工具・部品類の小売り
  • 寿土地建物株式会社 - 秋葉原界隈の第1・第2・第3・第5電波ビルでの貸ビル事業

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 廃業前後に労働争議があり、会社再建を目指す労組と廃業方針の経営側で翌年まで争われた[6][7]

出典[編集]

  1. ^ AKIHABARA SHOP LIST #080”. 秋葉原電気街振興会 (2002年). 2002年10月1日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年2月15日閲覧。
  2. ^ @Taito_Hey (2016年4月25日). "秋葉原Hey⚡️15周年" (ツイート) – via Twitter.
  3. ^ ネッカ秋葉原、12月31日で閉店”. GAME Watch. インプレス (2006年12月18日). 2007年7月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年1月31日閲覧。
  4. ^ DVD BANK”. 廣瀬無線電機 (2007年). 2007年7月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年4月26日閲覧。
  5. ^ “広瀬商会が全店舗閉鎖、今月末までに、全従業員120人を解雇”. 日経産業新聞 (日本経済新聞社): p. 2. (1993年10月22日) 
  6. ^ “「ヒロセムセン」閉店、広がる衝撃――自主再建を目指す社員、扉閉ざした経営者側”. 日経産業新聞 (日本経済新聞社): p. 9. (1993年11月10日) 
  7. ^ “「退職扱い」労使和解、事業再建は断念、解雇通告の「ヒロセムセン」”. 日経産業新聞 (日本経済新聞社): p. 2. (1994年1月12日) 

参考文献[編集]

  • 沿革”. 廣瀬無線電機 (2014年). 2017年4月22日閲覧。
  • 沿革”. 広瀬電工 (2008年). 2017年4月22日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]