円山町 (渋谷区)

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円山町
—  町丁  —
円山町の中心・道玄坂地蔵
円山町の位置(東京23区内)
円山町
円山町
円山町の位置
座標: 北緯35度39分31.37秒 東経139度41分40.33秒 / 北緯35.6587139度 東経139.6945361度 / 35.6587139; 139.6945361
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Shibuya, Tokyo.svg 渋谷区
地域 渋谷地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 1,985人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 150-0044[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

円山町(まるやまちょう)は、東京都渋谷区町名。丁番の設定がない単独町名である。郵便番号は150-0044[2]

地理[編集]

渋谷駅の西側、道玄坂上の北側に位置する。東は区内道玄坂、南は同南平台町、西は同神泉町、北は同松濤に接する。ラブホテル街としても知られる。

歴史[編集]

江戸時代には甲州街道の脇街道であった大山街道厚木街道矢倉沢往還)の宿場町(ただし、人馬継ぎ立場ではない)として栄え、明治以降も花街として続いた。

円山は江戸時代から大山街道の宿場町として栄えていた。円山町が花街となったのは、1887年明治20年)頃、義太夫流しをなりわいにしていた人が、弘法湯の前で宝屋という芸者屋を開業したのが始まり。その後、年とともに芸者屋、料理屋が増していき、それに伴い代々木練兵場将校達が円山町に遊びに来るようになった。この界隈が円山と呼ばれるようになったのは昭和に入ってからで、以前は鍋島藩の荒木氏の所有だったため、「荒木山」と呼ばれていた。円山町は1913年大正2年)に、 芸妓置屋24戸、芸妓60名、待合茶屋13戸をもった1万5千坪が三業地として指定された。1919年(大正8年)2月には、渋谷三業株式会社を創立して隆盛期に入る。1921年(大正10年)には、さらに芸妓置屋137戸、芸妓402人、待合96軒、関東大震災直前には芸妓420名を数えた。1980年ごろまで三業界のにぎわいは続いたが、時代の変遷とともに料亭の数も減っていった。

1970年昭和45年)1月1日住居表示が実施された[4]

町名の変遷[編集]

実施後 実施年月日 実施前(特記なければ各町名ともその一部)
円山町 1970年1月1日 円山町、上通四丁目、栄通一丁目、栄通二丁目、上通三丁目
道玄坂二丁目 上通三丁目、円山町、大和田町、栄通一丁目
神泉町 神泉町(全域)、栄通二丁目、上通四丁目、円山町

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
円山町 1,593世帯 1,985人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

番地 小学校 中学校 調整区域による変更可能校
5番
19~28番
渋谷区立神南小学校 渋谷区立松濤中学校 渋谷区立猿楽小学校
その他

円山町を舞台にした作品[編集]

施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 住民基本台帳・外国人登録による人口”. 渋谷区 (2017年12月1日). 2017年12月22日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月22日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月22日閲覧。
  4. ^ 1970年(昭和45年)2月2日自治省告示第22号「住居表示を実施した件」
  5. ^ 通学区域”. 渋谷区. 2017年12月22日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]