猿楽町 (渋谷区)

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猿楽町
—  町丁  —
ヒルサイドテラス敷地内に残る猿楽神社(猿楽塚)
猿楽町の位置(東京23区内)
猿楽町
猿楽町
猿楽町の位置
座標: 北緯35度38分54.9秒 東経139度42分1.8秒 / 北緯35.648583度 東経139.700500度 / 35.648583; 139.700500
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Shibuya, Tokyo.svg 渋谷区
地域 渋谷地域
面積
 - 計 0.1700882km2 (0.1mi2)
標高 32.8m (108ft)
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 1,973人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 150-0033[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川
※座標・標高はヒルサイドテラスF棟(猿楽町18-8)付近

猿楽町(さるがくちょう)は、東京都渋谷区にある町名。「丁目」の設定のない単独町名である。郵便番号は150-0033[2]

地理[編集]

東京都渋谷区の南西部に位置する。北部は渋谷区鶯谷町、東部は、山手線線路境に同区渋谷に接する。南部は八幡通りを境に同区代官山町、西部は旧山手通りを境に目黒区青葉台に接する。

地域内に鉄道駅はないが、東急東横線代官山駅が近くにある。また、渋谷駅も徒歩圏内にある。地域内は住宅地であるが、代官山駅付近ではオフィスビルや各種店舗なども見られる。

歴史[編集]

地名の由来[編集]

古墳時代末期の円墳猿楽塚に由来する。塚の由来には諸説ある。塚の上からは遠くの山々を望むことができたことから斥候(ものみ)塚、去我苦塚とも呼ばれた。

もともと大小2基があり、間を鎌倉街道が通っていた。大正時代朝倉家がそのうちの1つを打ち壊したところ武具が見つかり、その後当主と作業をした親方が奇病に取り付かれ、武具を埋め戻したところまもなく快復したことから、残された塚の上に猿楽神社が創建された。現在、ヒルサイドテラス内に残っている。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
猿楽町 1,121世帯 1,973人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

番地 小学校 中学校
全域 渋谷区立猿楽小学校 渋谷区立鉢山中学校

施設[編集]

  • ヒルサイドテラス
  • 猿楽古代住居跡公園 - もともと渋谷区が1977年に公園用地として買い取ったものであるが、弥生時代後期の住居跡が発掘され、このような形で保存された。翌年には住居が復元されたが、焼失した。
  • デンマーク大使館
  • 代官山T-Site

名所・旧跡[編集]

出身・ゆかりのある人物[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 住民基本台帳・外国人登録による人口”. 渋谷区 (2017年12月1日). 2017年12月22日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月22日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月22日閲覧。
  4. ^ 通学区域”. 渋谷区. 2017年12月22日閲覧。
  5. ^ a b c 『日本紳士録 第40版』東京アの部21頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月5日閲覧。
  6. ^ 『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』附録 全国多額納税者 東京府4頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年3月8日閲覧。

参考文献[編集]

  • 交詢社編『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』交詢社、1933年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第40版』交詢社、1936年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]