神泉町

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神泉町
—  町丁  —
神泉駅
神泉町の位置(東京23区内)
神泉町
神泉町
神泉町の位置
座標: 北緯35度39分26.45秒 東経139度41分36.09秒 / 北緯35.6573472度 東経139.6933583度 / 35.6573472; 139.6933583
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Shibuya, Tokyo.svg 渋谷区
地域 渋谷地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 2,077人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 150-0045[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

神泉町(しんせんちょう)は、東京都渋谷区町名。「丁目」の設定のない単独町名である。郵便番号は150-0045[2]

地理[編集]

渋谷区中西部に位置する。北部は松濤に接する。東部は円山町に接する。南部は国道246号(玉川通り)に接し、これを境に南平台町に接する。西部はほぼ旧山手通りに接し、これを境に目黒区青葉台に接する。地形的には、宇田川の神泉支流により谷が形成され、坂が多い町でもある。幹線道路沿いには、高層建築物・貸しビルが目立つ。USENなどIT系企業が多いのが特徴である。幹線道路から離れると住宅地になる。

地価[編集]

住宅地の地価は、2017年平成29年)1月1日公示地価によれば、神泉町14-2の地点で83万5000円/m2となっている[4]

歴史[編集]

江戸時代には豊島郡中渋谷村・中豊沢村に跨る字神泉ヶ谷(やつ)。明治7年(1874年)中豊沢村は中渋谷村に合併し、更に周辺諸村と合併して南豊島郡(後豊多摩郡)渋谷村大字中渋谷字神泉谷となった。渋谷村は町制施行を経て昭和3年(1928年)に東京市に編入されたが、この時区域を若干変更して渋谷区神泉町が誕生した。昭和45年(1970年住居表示により現在の町域となる。

谷にはかつて宇田川へ合流する湧水が存在し、空鉢仙人縁の霊水として「神仙水」と呼ばれた。いつしか弘法大師開湯伝説とも結び付けられるようになり、江戸後期の村持の浴場発祥とも、明治に「今弘法」と称する浅草花川戸の僧が開いたともされる弘法湯が、代沢森巌寺で灸を据えた帰りに浸かると御利益があるとして有名となった。明治20年頃弘法湯に芸者屋宝屋が開業して以来、円山町と共に花街として栄えた。

地名の由来[編集]

江戸砂子』に「神仙水 八幡の西 むかし空鉢仙人此谷に来り不老長生の仙薬を練りたりと云霊水也此所を神仙谷といふ」とあり、『江戸名所図会』、『新編武蔵風土記稿』もこの説を採用している。近在の鉢山も空鉢仙人に由来する地名とされる。一方で、後世には弘法湯に見られるように弘法大師が湧かせた泉であるという話も広まったが、何れの説にしても伝説の域を出ない。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
神泉町 1,405世帯 2,077人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

番地 小学校 中学校 調整区域による変更可能校
6~14番
19~23番
渋谷区立神南小学校 渋谷区立松濤中学校 渋谷区立猿楽小学校
その他

交通[編集]

町域内には京王井の頭線神泉駅がある。徒歩8~10分程度で隣の渋谷駅へ行く事ができるほか、池尻大橋駅へも利用が可能である。

一般路線バスは東急バス小田急バス(子会社を含む)が利用可能である。

また、近くに旧山手道り、国道246号線、首都高速道路3号渋谷線の渋谷入口がある。

施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 住民基本台帳・外国人登録による人口”. 渋谷区 (2017年12月1日). 2017年12月22日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月22日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月22日閲覧。
  4. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  5. ^ 通学区域”. 渋谷区. 2017年12月22日閲覧。

外部リンク[編集]