西原 (渋谷区)

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西原
代々木上原駅
代々木上原駅
西原の位置(東京都区部内)
西原
西原
西原の位置
北緯35度40分9.9秒 東経139度40分47.78秒 / 北緯35.669417度 東経139.6799389度 / 35.669417; 139.6799389
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Shibuya, Tokyo.svg 渋谷区
地域 代々幡地域
地区 代々木地区
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 • 合計 10,806人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
151-0066[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

西原(にしはら)は、東京都渋谷区町名。現行行政地名は西原一丁目から西原三丁目。住居表示実施済み区域である。郵便番号は151-0066[2]

概要[編集]

西原は渋谷区北西部に位置し、小田急線千代田線代々木上原駅京王線幡ヶ谷駅の間の一帯を占める町域である。町域の北部は渋谷区本町甲州街道を隔てて接し、北西部は渋谷区幡ヶ谷に、南西部は渋谷区大山町に、南部は小田急線の線路を境に渋谷区上原に、東部は渋谷区初台元代々木町にそれぞれ接する。

地名の由来[編集]

西原は古来より代々木地域に属し、代々木村の一地名であった。代々木村の中心地であった代々木本町から見て西に位置する畑地帯であったので西原の地名となったとも考えられている[要出典]

地形[編集]

地形的は起伏に富んでおり、坂が多い。西側は狼谷と呼ばれる窪地になっており、昔から火葬場が置かれていた。この火葬場は現在でも代々幡斎場として存在し、都心部にある貴重な葬儀場として使われている。

都市機能[編集]

西原は大半が閑静な住宅街となっている。南部の西原三丁目西側はかつて「徳川山」と呼ばれた高級住宅地となっており、都内でも屈指の高級住宅街代々木上原」の一角をなす。周辺には公共施設も多く、利便性が高い。

北側が京王線幡ヶ谷駅の駅勢圏、南側が小田急線千代田線代々木上原駅の駅勢圏にある。それぞれの駅周辺には商店が立ち並び、住民の生活を支えている。

警察・消防[編集]

本町に所在する代々木警察署および神南に所在する渋谷消防署が町域内の管轄に当たる。

歴史[編集]

西原は古来より代々木地域の一角をなし、代々木村の字の一つであった。北側で甲州街道に接しており、街道沿いには旅人の休憩施設や茶店等が置かれ賑わっていたと考えられる[4]

明治時代までは農業が広く行われており、地域内には牧場もあったという。その後、京王線小田急線の開通により急速に市街化し、現在のような住宅街となった。

第二次世界大戦前には文部省体育研究所があったが、その後東京高等体育学校、東京体育専門学校と変遷しており[5]、戦後には東京教育大学体育学部キャンパスとなった[6]。東京教育大学は1978年(昭和53年)をもって廃校となり、跡地は渋谷区スポーツセンター、および老人福祉施設やガールスカウト会館となっている。 http://www.tsukuba.ac.jp/about/development.html

1961年の町名地番改正により、代々木西原町のほぼ全域と、代々木初台町・代々木新町・代々木上原町・代々木新町の一部をもって西原となり、その後住居表示が行われて現在に至る。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
西原一丁目 2,463世帯 4,016人
西原二丁目 2,243世帯 4,078人
西原三丁目 1,449世帯 2,712人
6,155世帯 10,806人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]

丁目 番地 小学校 中学校
西原一丁目 全域 渋谷区立西原小学校 渋谷区立代々木中学校
西原二丁目 全域
西原三丁目 全域

交通[編集]

鉄道

このほか、町域北部では京王新線幡ヶ谷駅が利用できる。

施設[編集]

西原商店街

出身・ゆかりのある人物[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 住民基本台帳・外国人登録による人口”. 渋谷区 (2017年12月1日). 2017年12月22日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月22日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月22日閲覧。
  4. ^ ただし、現在西原に含まれる甲州街道沿いの幡ヶ谷駅東側の一帯は、住居表示前までは代々木新町に含まれていた。
  5. ^ その土地は、地元の土地所有者が体育振興のためにと寄付したものであった。
  6. ^ 陸上トラックは300m程度しかなかった。
  7. ^ 通学区域”. 渋谷区. 2017年12月22日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]