ニキ・ド・サンファル

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ニキ・ド・サンファル
ニキ・ド・サンファル(1970年)
ニキ・ド・サンファル(1970年)
現地語名 Niki de Saint Phalle
生誕 カトリーヌ・マリ・アニエス・ファル・ド・サンファル
1930年10月29日
フランスの旗 フランス パリ
死没 2002年5月21日(2002-05-21)(71歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 サンディエゴ
著名な実績 画家彫刻家、映像作家
代表作 ナナなど
運動・動向 ヌーヴォー・レアリスム
配偶者 ハリー・マシューズ(1949 - 1960)
ジャン・ティンゲリー(1971 - )
公式サイト オフィシャルサイト
活動期間 1953 - 2002年
ナナ(ハノーファー)
ファウンテン・ライフセイバー(ドイツ、デュイスブルク)。廃物を組み立てて作ったティンゲリーの黒い立体作品の上に、ニキの鮮やかな作品が立つ

ニキ・ド・サンファルNiki de Saint Phalle, 1930年10月29日 - 2002年5月21日)は、フランス画家彫刻家、映像作家。本名カトリーヌ・マリ・アニエス・ファル・ド・サンファル(Catherine Marie-Agnes Fal de Saint Phalle)。

生涯[編集]

パリ生まれ。父はフランス人、母はアメリカ人。1933年に家族そろってアメリカ合衆国に移住した。アメリカでは転学を繰り返すが、在学中よりモデルとして活動している。

1949年、後に作家となる幼なじみのハリー・マシューズ(Harry Mathews)と親の反対を振り切って結婚(1960年に離婚)。

正規の美術教育は受けていないニキであったが、1952年にパリへ戻って以降、作家たちと交わるようになる。1953年に精神療法の一環として絵を描き始める。南欧旅行で美術館や建築に接した感銘が、彼女の作家志望をかきたてたともいわれる。ニキの初期の作品はハノーファーシュプレンゲル美術館に多く収蔵されている。若描きとはいえ、のちのナナ・シリーズに代表されるようなニキ作品を十分に予告するものとなっている。

離婚後、ジャン・ティンゲリーと暮らすようになったニキは、1961年に「射撃絵画」の発表で、一躍ヌーヴォー・レアリスムの重要なメンバーと認められるようになる。センセーショナルなデビューを果たしたニキであったが、「射撃絵画」からは急速にはなれ、立体作品に傾斜しはじめる。

1965年、パリで最初の「ナナ」が展示される。いびつに太った大柄女性が踊っているかのような風変わりな造形は友人の妊婦の姿からヒントを得たとされる。そのユニークなフォルムは、原色を多用した斬新な彩色とともに、その後のニキのトレードマークとなり、世界各国の広場などに設置された。

1971年、ティンゲリーと結婚。

1974年、ハノーファーに『魔法の洞窟』開設。

1982年ポンピドゥー・センターに隣接するストラヴィンスキー広場の『自動人形の噴水』をティンゲリーと共作。

1994年カリフォルニア州サンディエゴに移住。ニキのコレクター、Yoko増田静江のプライベート・コレクションをもとにニキ美術館那須高原に開館(2011年8月末にて閉館[1])。

1998年、構想から24年を費やしたタロット・ガーデンがイタリアトスカーナに開館。ニキ美術館の招請により初来日。

2000年ハノーファーの名誉市民となる。同年、高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門を受賞する[2]

2002年サンディエゴにて71歳で没する。

脚注[編集]

  1. ^ ニキ美術館Webサイト
  2. ^ 2000年 第12回彫刻部門ニキ・ド・サン・ファール”. 高松宮殿下記念世界文化賞. 2015年10月31日閲覧。

外部リンク[編集]