ジャン・デュビュッフェ

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Jean Dubuffet
Paolo Monti - Servizio fotografico (Italia, 1960) - BEIC 6341424.jpg
ジャン・デュビュッフェ、1960年にパオロ・モンティ英語版が撮影(Fondo Paolo Monti, BEIC)。
生誕 (1901-07-31) 1901年7月31日
フランス、ル・アーヴル
死没 (1985-05-12) 1985年5月12日(満83歳没)
フランス、パリ
国籍 フランス
著名な実績 絵画、彫刻

ジャン・デュビュフェ(Jean Philippe Arthur Dubuffet, 1901年7月31日 - 1985年5月12日)は、20世紀フランス画家アンフォルメルの先駆者と見なされ、従来の西洋美術の伝統的価値観を否定して、アール・ブリュット(生の芸術)を提唱した。

デュビュフェはフォートリエヴォルスらとともに、アンフォルメル(非定形の意味。1950年代に盛んになった前衛美術運動)の先駆者と見なされ、20世紀美術の流れをたどる上で重要な画家の一人である。彼は、若い頃にパリで絵画を学んだこともあったが、やがてワイン商をしていた父の仕事を継いだ。本格的に画家として立つことを決意したのはかなり遅く、40歳を過ぎてからのことであった。

彼は1946年、パリのルネ・ドゥルーアン画廊で「ミロボリュス・マカダム商会、厚塗り」という奇妙な題名の個展を開く。マカダムとは、道路のアスファルト舗装工法の基礎を築いた人物の名前である。実際、この個展に展示された作品群は、砂、アスファルト、ガラス片などを混入した、まるで道路の表面のような厚塗りの画面に子供の落書きのような筆致で描かれたもので、見る人を困惑させた。この「厚塗り」展は、同じ頃にドゥルーアン画廊で相次いで開かれたフォートリエの「人質(オタージュ)」展(1945年)やヴォルスの個展 (1947年) とともに、第二次大戦後の西洋美術の新たな出発を告げるとともに、アンフォルメルなどの1950年以降の新たな美術の流れの原点に位置するものと言える。

Jean Dubuffet, 1960.

1923年には、デュビュッフェはハイデルベルク大学附属病院のプリンツホルンの著書『精神病者の芸術性』を入手しており、フランスとスイスの精神病院を訪ねて作品を探した[1]。そうして、アドルフ・ヴェルフリの遺作、アイローズ・コルパス、ルイ・ステーに出会った[1]。1945年には[2]アール・ブリュット(生の芸術)と呼んだ、強迫的幻視者や精神障害者の作品には、精神の深淵の衝動が生のままでむき出しに表出されており、ルネッサンス以降の美しい芸術(Beaux-Arts)に対して反文化的だとみなしていた[1]

デュビュッフェのコレクションは、1967年にパリの装飾美術館にて初めて展示され公的に認知された[3]。1976年、デュビュフェの蒐集した作品をベースに、スイスローザンヌアウトサイダー・アートの美術館であるアール・ブリュット・コレクションが開設された。

洗練された芸術に対する「生の芸術」は、芸術的なものとみなされるものの認識を再構築しており、美術界という制度の中で規範に従った美術作品以外のものを含めて美術の種類として理解するということであり、1960年代以降、そうした領域の芸術への関心は広まってきた[4]

1985年にパリで死去。

作品[編集]

日本で見られるおもな作品

出典[編集]

  1. ^ a b c 川口幸也「カヴァリング・アウトサイド-アウトサイダー・アートの政治学」、『Collage』第2号、1999年4月、 2-7頁。
  2. ^ 『美術手帖』第69巻第1049号、2017年2月、 35頁、 ISBN 4910076110274
  3. ^ マーク・ギズボーン 「王様とテニス」『パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート』 モーリス・タックマン、キャロル・S.エリエル、淡交社、1993年10月。ISBN 978-4-473-01301-9 Parallel Visions : Modern Artists and Outsider Art, 1992.
  4. ^ ドナルド・プレツィオージ 「美術史、ミューゼオロジー、そして現代性の演出」『パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート』 モーリス・タックマン、キャロル・S.エリエル、淡交社、1993年10月。ISBN 978-4-473-01301-9 Parallel Visions : Modern Artists and Outsider Art, 1992.

外部リンク[編集]