とさでん交通伊野線

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伊野線
朝倉で行われるタブレット交換の様子
朝倉で行われるタブレット交換の様子
概要
起終点 起点:はりまや橋
終点:伊野
駅数 34駅
運営
開業 1904年5月2日 (1904-05-02)
全通 1908年10月31日
所有者 とさでん交通
使用車両 とさでん交通#車両を参照
路線諸元
路線総延長 11.2 km (7.0 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流600 V 架空電車線方式
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「いの」方向板
「いの」方向板

伊野線(いのせん)は、高知県高知市はりまや橋停留場と同県吾川郡いの町伊野停留場を結ぶ、とさでん交通軌道路線である。2014年9月30日までは土佐電気鉄道により運行されていたが、翌10月1日より同日付で設立された新会社とさでん交通による運行に移行した。

路線データ

概要

高知市から吾川郡いの町にかけて横断する路線。はりまや橋 - 鏡川橋間の市街地区間、鴨部 - 朝倉駅前間、伊野駅前 - 伊野間は併用軌道、その他は専用軌道である。鏡川橋 - 伊野間は単線で、途中3箇所に電車が行き違いを行う交換設備がある(このうち八代信号所(八代行違い場所)は2021年から休止中)。

はりまや橋方面から伊野まで向かう在来型電車の先頭部には、菱形赤地板に「いの」、朝倉行きには同様の形状の紺地の板に「朝倉 高知大学前」、桟橋線高知駅前直通便は菱形赤地板に「高知駅←直通便→県庁前方面」と書かれた方向板が掲げられる。2003年末頃までに車両の行き先表示が一部を除きLED化されたが、その後も方向板を掲示していることが多い。朝倉行きはかつて「朝倉」のみであったが、2006年に「高知大学前」の副名称が設定され現在の方向板に変わっている。同様にかつては後免線から上町五丁目で折り返す電車も菱形青地に「五丁目」と書かれた方向板が掲げられていた。

なお、日本で路面電車が部に乗り入れるのは当路線のみである。

運行形態

大半が後免線と直通運転を行っており、合わせて東西線と呼ばれる場合がある[2]。平日は日中毎時10 - 11本程度(このうち伊野発着が概ね40分間隔、鏡川橋発着が8本程度)の運行、土休日は日中毎時8 - 9本程度(このうち伊野発着が概ね40分間隔、鏡川橋発着が5 - 6本程度)の運行である。桟橋線直通は、平日朝に高知駅前発着便、ところどころに桟橋通四丁目発・桟橋車庫前行きの出入庫便がある。伊野線→桟橋線の入庫便ははりまや橋に右折線が無いため、はりまや橋で停車した後に交差点北側へ左折し、渡り線を渡って直進で至る。伊野線内のみの運用は、早朝・夜間に運行される鏡川橋 - 伊野の蛍橋車庫出入庫系統のみである。伊野行出庫系統と平日朝ラッシュ時の1往復は、単線区間で続行運転が行われる。

歴史

  • 1904年(明治37年)5月2日 (初代)土佐電気鉄道により堀詰 - 乗出(現在のグランド通)間が単線で本町線として開業。
  • 1906年(明治39年)10月9日 乗出 - 鏡川橋間が単線で開業。
  • 1907年(明治40年)
    • 9月16日 鏡川橋 - 咥内間が単線で開業。
    • 11月7日 枝川 - 伊野間が単線で開業。
  • 1908年(明治41年)
  • 1909年(明治42年)
    • 2月20日 堀詰 - 乗出間の複線化工事完了。
    • 5月22日 乗出 - 本町筋五丁目(現在の上町五丁目)間の複線化工事完了。
  • 1922年(大正11年)8月1日 土佐電気鉄道と土佐水力電気が合併し土佐電気を設立。同社の路線となる。
  • 1941年(昭和16年)7月12日 高知鉄道が土佐電気の軌道部門と土佐バスを合併し、土佐交通に社名変更。土佐交通の路線となる。
  • 1948年(昭和23年)6月3日 南海鍛圧機(土佐電気が社名変更)が土佐交通を合併し、(二代目)土佐電気鉄道に社名変更。土佐電気鉄道の路線となる。
  • 1950年(昭和25年)4月17日 本丁筋五丁目(現在の上町五丁目) - 蛍橋間の複線化工事完了。
  • 1954年(昭和29年)2月28日 鴨部市場前に行違設備設置。
  • 1955年(昭和30年)6月11日 鳴谷を新設。
  • 1958年(昭和33年)10月1日 蛍橋 - 鏡川橋間の複線化工事完了。
  • 1960年(昭和35年)
    • 9月30日 宮の奥 - 宇治団地前間の軌道移設により、咥内坂トンネルを撤去。
    • 11月1日 北山口と塩崎を統合し北山を新設。
  • 1966年(昭和41年)8月10日 町名変更により本丁筋一丁目 - 五丁目の各停留場を上町一丁目 - 五丁目に改称。
  • 1967年(昭和42年)11月1日 旭町二丁目廃止。
  • 1972年(昭和47年)10月6日 鴨部市場前客扱い停止。「行違い場所」(信号所)となる。
  • 1976年(昭和51年)12月20日 宇治団地前、伊野商業前に上屋設置。
  • 1977年(昭和52年)6月20日 スピードアップのため中ノ橋通、上町三丁目を廃止し、堀詰の伊野方面乗り場を約40 m西に移設。
  • 1979年(昭和54年)
    • 2月18日 咥内 - 宇治団地前間で電車611号と618号が正面衝突する事故発生。
    • 5月8日 鏡川橋架け替えによる軌道移設完了。
  • 1987年(昭和62年)12月1日 車両基地の桟橋通移転に伴い朝の2両連結運転を廃止、続行運転に切り替える。
  • 2005年平成17年)4月1日 はりまや橋付近の交差点改良。桟橋線高知駅方面から伊野線への右折線を設置。これに伴い伊野方面行乗り場を交差点西側に新設、旧乗り場をデンテツターミナルビル前に改称。
  • 2007年(平成19年)1月10日 伊野商業前 - 北山間に北内を新設。
  • 2014年(平成26年)
  • 2016年(平成28年)11月17日 - 朝倉で、伊野行きの車両が通票を受け取らずに伊野方面へ発車する重大インシデントが発生。通票(厳密にはカバンキャリア)に無線を付け、近隣駅長(通常時は鏡川橋駅長)に通票授受を報告する対策を取る[1]
  • 2019年(平成31年)3月25日 - 朝倉で、伊野行きの車両が通票を受け取らずに伊野方面へ発車する重大インシデントが発生[5]。この日より朝倉と八代行違い場所に「駅長」を配置し、通票の授受を行なう事となった[6][7]
  • 2021年(令和3年)1月9日 - ダイヤ改正に伴い八代行違い場所での列車交換が一切なくなる(駅長の配置終了)[8]。なお、朝倉は引き続き駅長が配置されている。
    • 同日 - 通票式区間の通票(タブレット)の形状変更。朝倉 - 伊野間を通して「○(楕円)」と変更となった[9][注釈 3]

停留場一覧

全停留場が高知県に所在。

凡例
単線/複線 … ∥:複線区間、◇:単線区間(列車交換可能)、|:単線区間(列車交換不可)、∨:ここより下は単線、∧:終点(交換可能)
停留場名 停留場間キロ 営業キロ 接続路線 単線/複線 所在地
はりまや橋 - 0.0 とさでん交通:後免線桟橋線 高知市
堀詰 0.3 0.3  
大橋通 0.3 0.6  
高知城前 0.2 0.8  
県庁前 0.2 1.0  
グランド通 0.3 1.3  
枡形 0.2 1.5  
上町一丁目 0.2 1.7  
上町二丁目 0.2 1.9  
上町四丁目 0.3 2.2  
上町五丁目 0.2 2.4  
旭町一丁目 0.4 2.8  
旭駅前通 0.3 3.1 四国旅客鉄道土讃線旭駅 (K03))
旭町三丁目 0.3 3.4  
蛍橋 0.3 3.7  
鏡川橋 0.5 4.2 四国旅客鉄道:土讃線(高知商業前駅 (K04))
鴨部 0.5 4.7  
鴨部市場前信号所(鴨部市場前行違い場所) -  
曙町東町 0.4 5.1  
曙町 0.3 5.4  
朝倉 0.2 5.6  
朝倉駅前 0.2 5.8 四国旅客鉄道:土讃線(朝倉駅 (K05))
朝倉神社前 0.5 6.3  
宮の奥 0.5 6.8  
咥内 0.5 7.3  
宇治団地前 0.9 8.2   吾川郡いの町
八代通 0.4 8.6  
八代信号所(八代行違い場所) -  
中山 0.3 8.9  
枝川 0.3 9.2 四国旅客鉄道:土讃線(枝川駅 (K06))
伊野商業前 0.6 9.8  
北内 0.1 9.9  
北山 0.4 10.3  
鳴谷 0.5 10.8  
伊野駅前 0.2 11.0 四国旅客鉄道:土讃線(伊野駅 (K07))
伊野 0.2 11.2  

廃止停留場

堺町、中ノ橋通、上町三丁目、旭町二丁目、鴨部市場前(信号場化)、北山口、塩崎

脚注

注釈

  1. ^ 軌道運転規則第2条に基づき国土交通大臣の許可を得た方法であり、鉄道統計年報においては「その他の方式」とされる。
  2. ^ 軌道運転規則における原則的な方法であり、鉄道統計年報においてはスタフ閉塞式とされる。
  3. ^ それまでのタブレットの形は朝倉 - 八代行違い場所間が「△(三角形)」、八代行違い場所 - 伊野間が「○(楕円)」であった。

出典

関連項目

外部リンク