金沢百万石まつり

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金沢百万石まつりかなざわひゃくまんごくまつり)とは、石川県金沢市で、毎年6月に行われる祭り。主催は金沢百万石まつり実行委員会(金沢市役所と金沢商工会議所)。

概要[編集]

加賀藩の祖、前田利家が、1583年6月14日金沢城に入城したことにちなんだもので、入城の行列を再現した百万石行列をはじめ、薪能茶会等のイベントが、6月上旬の土曜日(2007年からは第1土曜日)を中心とした3日間に行われる。

現在の形式での祭りは、戦後になって1952年からはじまったもので当時は『商工まつり』と呼ばれていた。もともとは江戸時代に行われていた百日祭が起源とされている。百日祭では行列は3日間かけて行われた。

主な日程[編集]

協賛行事含む。

  • 1日目(金曜日)祈願祭、献茶式、加賀友禅灯篭流し、子ども提灯太鼓行列など
  • 2日目(土曜日)百万石茶会、百万石行列、百万石踊り流しなど
  • 3日目(日曜日)百万石茶会、民謡華絵巻、金沢城おまつり広場、百万石薪能

子ども提灯太鼓行列[編集]

市内各校区(金沢市では「校下」と呼び慣わす)の児童生徒約10,000名が、ちょうちん・太鼓を持ち『金沢市歌』を歌いながら市内をねり歩くというもの。出発場所は金沢市中央公園で、帰りは自分の校区まで歩いて帰る。雨天時は基本的に行われない。夜にかけて次第に天気が悪くなると予報がされている時、児童らが集合し、決行の可否を待たされた挙句結局中止になってしまうこともある。

百万石行列[編集]

祭りのメインイベント。かつては史実にしたがって6月14日に行われ、これに合わせて、金沢市立の学校など市立の施設は休日扱いとなっていた。その後県外からの観光客を招くために、6月14日に近い6月の第二土曜日に固定して開催するようになったが、雨天の年が多かったため、現在では梅雨の影響を避けるためとして6月の第1土曜日に早めて行われている。

従来は金沢市役所前を出発し市内メインストリートを一周、長町研修館で終了していたが、2006年からは金沢駅東広場に新設された「鼓門」を出発し、石川門から金沢城に入城するようになった。

祭りの横断幕を先頭に、市内の小中学生や警察、自衛隊などによる音楽パレード、ミス百万石加賀鳶行列、獅子舞(加賀獅子)行列、尾山神社の御輿、奴行列、珠姫の輿入れ行列(市内で公募された児童が珠姫と利常に扮する)、お松の方行列、加賀八家家老行列、前田利家公入城行列、赤母衣衆行列と続く(行列の内容・構成は年によって多少変わる)。

利家公役は従来市役所や商工会議所の職員から選ばれていたが、1984年に地元出身の俳優鹿賀丈史を起用したところ観光客が急増、1986年以降は毎年俳優を起用しており、普段見られない馬上の武者姿が人気を集めている。

お松の方役は、金沢市内にある百貨店・大和名鉄丸越(現在はめいてつ・エムザ)の女性店員が交代で務めていた(2001年のみ、第50回記念として斉藤慶子を起用)が、2008年以降は毎年女優を起用している。

歴代の利家公とお松の方[編集]

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利家公 お松の方
1984年 鹿賀丈史 (一般公募)
1985年 (一般公募)
1986年 御木本伸介
1987年 三浦浩一
1988年 名高達郎
1989年 横内正
1990年 目黒祐樹
1991年 中条きよし
1992年 橋爪淳
1993年 辰巳琢郎
1994年 渡辺裕之
1995年 美木良介
1996年 高橋英樹
1997年 あおい輝彦
1998年 千葉真一
1999年 藤岡弘
2000年 勝野洋
2001年 松平健 斉藤慶子
2002年 風間トオル (一般公募)
2003年 加勢大周
2004年 東幹久
2005年 赤井英和
2006年 高嶋政宏
2007年 的場浩司
2008年 山下真司 石野真子
2009年 永島敏行 熊谷真実
2010年 宍戸開 小林綾子
2011年 村上弘明 藤谷美紀
2012年 川野太郎 横山めぐみ
2013年 松村雄基 大河内奈々子

テレビ中継[編集]

石川県内の放送局では、百万石行列の実施時期に合わせてテレビ中継が行われ、2011年以降は北陸放送石川テレビの2局で放送されている。前者は同局アナウンサーのほとんどが出演、後者は『石川さん情報Live リフレッシュ』の出演者(2008年以降)が中心となって出演する。

テレビ金沢では2000年頃から中継が行われてきたが、経営状況から2010年の放送を最後にテレビ中継を終了した。なお、北陸朝日放送では開局時から中継は行っていない。

外部リンク[編集]