内藤剛志

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ないとう たかし
内藤 剛志
本名 同じ
別名 連ドラの鉄人
生年月日 1955年5月27日(54歳)
出生地 日本の旗 大阪府大阪市中央区
民族 日本人
血液型 O型
ジャンル 俳優声優タレント
活動期間 1980年 -

内藤 剛志(ないとう たかし、1955年5月27日 ‐ )は、日本の俳優タレント司会者大阪府大阪市中央区生まれ、枚方市香里出身。本名は同じだが「剛志」の読みは「たけし」や「つよし」と勘違いされてしまうことも多い。阪口京子事務所所属。大阪星光学院高等学校卒業、日本大学芸術学部映画学科中退。身長183cm、体重77kg。血液型はO型。

家族は妻(横浜市出身。帽子作家)と、内藤が27歳の時に生まれた長女(1983年生まれ。東京都出身。スタジオジブリ勤務。家族は一般人なので氏名は非公表)。

目次

[編集] 来歴・人物

日本大学芸術学部映画学科入学と同時に、同級の長崎俊一自主映画の制作を開始。『獏をぶっ殺せ』『造花の枯れる季節』など、長崎作品の主演を多数務める。

文学座研究所を経て、一般の映画としては1980年、『ヒポクラテスたち』でデビュー。以後、テレビドラマ映画を中心に活動、地道に芸能活動を続ける。80年代は刑事ドラマなどで悪役、犯人役を演じる事が多かった。

1991年10月に『ホテルウーマン』(関西テレビ製作・フジテレビ系)に同郷出身の沢口靖子演ずるホテル従業員の上司として出演し、知名度が上昇。1992年10月開始の『ウーマンドリーム』(関西テレビ製作・フジテレビ系)に裕木奈江演ずるアイドル歌手の事務所のマネージャー役を演じ、人気を得る。1994年1995年日本テレビドラマ『家なき子』では、主人公の安達を苛める酒浸りの凶暴な父親役を演じ、同作品が高視聴率の話題作となったことでさらに知名度が上がった。1995年1月~2001年9月にかけて、27クール(6年半)連続で連続ドラマに出演という日本新記録を樹立し、同時期に2つのドラマを掛け持ちで出演するなど、主演・助演問わずドラマに欠かせない存在となり、「連ドラの鉄人」と呼ばれるようになった。

ドラマ『人生は上々だ』(TBS系)にて浜田雅功と共演したことがきっかけとなり、同じ関西出身の浜田と親交を持ち、浜田を「師匠」と呼ぶ仲になる。1996年10月から『女神の天秤』(TBS系)に関口宏と司会を担当、タレント活動を開始。1998年4月からは浜田とともに『人気者でいこう!』(朝日放送製作・テレビ朝日系)にレギュラー出演し、「芸能人格付けチェック」コーナーの人気もあり、さらに広い層にまでその存在が知れ渡った。2000年-2001年フジテレビで放送された土曜昼前の情報番組ウォッ!チャ』、2001年2002年の『リアルタイム』(毎日放送制作・TBS系列)、その他にも2005年10月からは『音遊人』(テレビ東京系列)、2006年10月からは「スタイルプラス」(東海テレビ限定)の司会を担当。様々なバラエティ(特に司会業)に出演している。2007年の6月から『水戸黄門』では2代目風車の弥七を演じる。

[編集] エピソード

  • 趣味はトランペット等の楽器演奏。『音遊人』では他にソプラノサックスエレキギターも披露する他、ピアノも弾けるなど楽器の扱いに長けている。自宅でもサックス各種・ウクレレフルート等数多くの楽器を所有している。
  • その一方で絶対音感は無く、『人気者でいこう!』格付けチェックでの音感問題では不正解が多く、本人の著書「ないとう流」が文庫化されることを引き合いに出し「本書き直すわ~」と自信を無くす一幕があった(その文庫本と共にテロップで「ウソが書いてあります」と出されてしまう。勿論ジョーク)。
  • その他の趣味はバイクマニュアル車の運転。一般的に趣味に挙げる人の多い釣りゴルフギャンブルには興味が無いと言う。バイクはスズキヤマハなどの高級バイクを乗り継いでいる。
  • 好きな飲み物は「リアルゴールド」(格付けチェックで毎回のように飲んでアピールし、CM出演を狙っていたが、放送終了から10年近く経った後も実現していない)、嫌いな食べ物は開化丼[1]
  • 少年時代から身体が大きく、小中学生の時はクラスで一番大きかったと言う。その為ケンカが強いガキ大将的な存在だった。成人後の身長は183cmあり、同世代の中ではかなり大柄の部類に入る。また、かなり大柄なだけに体力もあり、学生時代にやっていたアルバイト肉体労働だった。ただ、ケンカは強かったものの、弱い者苛めだけは絶対にしなかった。
  • 若い頃は役作りの為に水泳ジム通いで体を鍛えていた。
  • 一人っ子で兄弟はいない。
  • 視力が悪く、中学生の頃からメガネを使用している(普段はコンタクトレンズ)。
  • 子供の頃の夢はミュージシャンになることだった。また、初めて楽器を買ったのは小学生の頃で、ウクレレを買ったと言う。また、音楽鑑賞の好きなジャンルはジャズ。学生時代に買ったトランペットも大事に保存している。
  • 父はNHK勤務で、同じく父親がNHKに勤務していた石田純一と同じ職員寮に住んでいた時期がある。父は静岡県出身、母は名古屋市出身。
  • 少年時代に通っていた習い事はピアノと児童劇団。いずれも両親の強要で習っていた。
  • 学生時代、同じ物ばかり食べていて下痢が止まらなくなり栄養失調になった為入院したことがあり、点滴の治療を受けていた。当時の内藤は映画の製作に没頭しており、食事も非常に質素な物で済ましていたそうだ(パスタの麺に食塩を振り掛けただけなど)。また、着る物にもこだわりは無く同じ服を何日も着ていたり、御飯も当時炊飯器を持ってない為ガスコンロを使って飯盒で炊くなどの豪快ぶりだった。また、大学で長崎と自主上映会を勝手に開いて上級生から抗議が来たこともある。
  • 妻とは浪人時代予備校でナンパをし知り合ったという。妻や長女も内藤に負けず劣らずの音楽好きで、ピアノやフルートなどを演奏している。妻や長女は内藤のことを「剛志」と呼び捨てで呼んでいる。妻は内藤とは違う苗字である。結婚して1年間は横浜市内で生活しており、結婚した翌年に長女が生まれた後は都内で生活している。
  • 髪型は以前は長髪で横分けだったが、30代になってからは短髪にしている。坊主頭にしたこともある。
  • 普段は標準語だが、劇中で関西人の役を演じたり、関西出身のタレント・芸人と話したりする時は関西弁になる(「人気者でいこう!」・ドラマ「科捜研の女」など)。
  • 1997~1998年にかけて日産・ルネッサのCMでは、江川卓桑名正博と共演していた。因みに、実際に同車に乗っていたのは本人で、カタログにもその姿が掲載されていた(彼が所有していたのはアクシスのGTターボ)。
  • 古尾谷雅人斉藤洋介船越英一郎とは親交が深く、特に斉藤とは多くのドラマで共演している(『家なき子』での共演では、内藤・斉藤共に凶暴な人物を演じており、内藤が酒浸りで主人公を苛める父親役、斉藤がムチを振り回して子供を苛めるサーカス団長の「極悪コンビ」であった)。
  • 低く野太い声質で、声質が同じ大阪府出身のコング桑田に酷似しており、コングの声が内藤本人によく間違われる。
  • 日本テレビ系ドラマ新番組のPRを兼ね、東京ドームでの巨人×阪神戦の中継にゲスト出演したが、本人は野球は全く興味が無いとコメントしている。また1999年のシーズンオフに行われた「人気者でいこう!」の格付けチェックのプロ野球選手大会の司会を浜田と担当し、出演選手の特徴を野球好きである浜田に尋ねるなどの野球音痴を露呈していた。その年の阪神が序盤の好調から一転して最下位へ急落したことだけは知っており「阪神は最初は良かったんですけど」と発言した為、テロップで「それだけは知ってる」と表示された。
  • 映画『ゲド戦記』では、長女が製作に携わり、エンドロールで長女と共演した。
  • ジャズが好きという共通点のあるタモリや、ジャズトランペッター日野皓正とも親交があり、タモリにサングラスをプレゼントしたこともある他、日野がヤマハに特注した、ポケットトランペットと同型のものを所持している。

[編集] 主な出演作品

[編集] テレビドラマ

「さよならを言えない女」(1986年)
女弁護士・高林鮎子2」(1987年)
「浅見光彦ミステリー2・天城峠殺人事件」(1987年、近代映画協会)
「逆転法廷」(1989年5月、東宝)
「完全犯罪研究室」(1990年4月、にっかつ撮影所)
ルノアール名画殺人事件」(1991年2月、東宝)
「再婚する女」(1991年9月、松竹)
松本清張作家活動40年記念「たづたづし」(1992年1月)
「緋の川」(1992年3月、東宝)
「女検事霞夕子9・青い指」(ユニオン映画
「深夜の法廷」(1994年2月、ユニオン映画)
「松本清張スペシャル・微笑の儀式」(1995年、レオナ)

[編集] 映画

[編集] バラエティ

[編集] ドキュメンタリー

[編集] CM

[編集] 著書

その他多数

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^とんねるずのみなさんのおかげでした』食わず嫌い王選手権より、「豚肉と卵を合わせるのが許せない」「(作るのを)禁止しましょう」とコメントしていた。