ウラジミール・クリチコ

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ウラジミール・クリチコ
Wladimir Klitschko.jpg
基本情報
本名 ウラジミール・ウラジミロビッチ・クリチコ
通称 Dr. Steelhammer
階級 ヘビー級
身長 198cm
リーチ 206cm
国籍 ウクライナの旗 ウクライナ
誕生日 1976年3月25日(38歳)
出身地 カザフスタンの旗 カザフスタンセメイ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 66
勝ち 63
KO勝ち 53
敗け 3
テンプレートを表示
獲得メダル
ウクライナの旗 ウクライナ
男子 ボクシング
オリンピック
1996 アトランタ スーパーヘビー級
ヨーロッパボクシング選手権
1996 ヴァイレ スーパーヘビー級
2006年、ドイツ・SAPアレーナでのクリス・バード戦の様子。2007年のオースティン戦、2008年のラクマン戦も同会場で行われた

ウラジミール・クリチコ(英語:Wladimir Klitschko、ウクライナ語: Володимир Володимирович Кличко ヴォロドィームィル・ヴォロドィームィロヴィチュ・クルィチュコーロシア語: Владимир Владимирович Кличко ヴラヂーミル・ヴラヂーミラヴィチュ・クリチュコー、 男性、1976年3月25日 - )はカザフ・ソビエト社会主義共和国、セミパラチンスク(現カザフスタンセメイ)出身のプロボクサー。現WBAIBFWBO世界ヘビー級スーパー王者アトランタオリンピックボクシングスーパーヘビー級金メダリスト。ニックネームは「鋼鉄のハンマー」。 元WBCWBO世界ヘビー級王者でキエフ市長のビタリ・クリチコは兄。ウクライナ人であるが、ボクシング活動の本拠地としているドイツで絶大な人気がある。入場曲はRed Hot Chili PeppersCan't Stop

人物[編集]

テクニックとパワーを兼ね備えたボクシングセンスと恵まれた体格で相手を圧倒するファイト・スタイルでヘビー級最強の呼び声も高かったが、3度の敗戦がすべてKO負けで、しかも格下と思われる相手だったため、精神的な脆さとスタミナに難があるといわれることも多い。トレーナーは多くの名チャンピオンを育てたエマニュエル・スチュワートであったが死去に伴い、スチュワートの教え子で現役の選手でもあるジョナサン・バンクスがトレーナーを引き継いだ。

体育学で博士(キエフ大学)を持つ秀才であり「ドクター」(博士)と称されることもある。ウクライナ語,ロシア語,ドイツ語,英語の4か国語を話し語学堪能である。

HUGO BOSSとスポンサー契約を結んでいる。

兄・ビタリとともにプロモーション会社の「K2プロモーション」を設立し、プロモーターとしても活動している[1]

拠点にしているドイツとウクライナでは高い人気を誇る一方、その他の国ではクリチコの試合スタイルを退屈と批判する声も少なく無い。アメリカのテレビ視聴者に試合スタイルの受けが悪くアメリカ進出に失敗して以降、アメリカのテレビ局HBOショウタイムがクリチコの試合を中継することが少なくなっている。

クリチコへの評価
デビッド・ヘイ『クリチコはとても素晴らしいボクサーだよ、でも凄く退屈だ。イギリスのテレビ局はクリチコの試合を放送していないし、アメリカのテレビ局も放送していないはずだ。クリチコは支配的な世界ヘビー級チャンピオンだけど、誰も興味を持っていないからね。』[2]
エイドリアン・ブローナー『クリチコの試合は興味の無い本を読んでいるような退屈さだ。』[3]

来歴[編集]

アマチュアボクシングでも活躍しており、1996年アトランタオリンピックではウクライナ代表としてスーパーヘビー級に出場し、金メダルを獲得している。この金メダルは、後にチャリティーオークションに出品され、100万ドルで落札された[4]。アマチュアボクシングの戦績は134勝6敗であった。

その後ドイツのウニベルスム・ボックス・プロモーションズと契約を交わしプロに転向、1996年11月16日にはデビュー戦を行う。

1998年2月14日に空位のWBCインターナショナルヘビー級王座を獲得。

1999年7月17日には空位のWBAインターコンチネンタルヘビー級王座を、同年9月25日にはEBU欧州ヘビー級王座を獲得。

2000年10月14日、ドイツのケルンにてWBO世界ヘビー級王者のクリス・バードアメリカ)に挑戦。12回判定で下し、初の世界タイトルとなるWBO世界ヘビー級王座を獲得した。しかし、2003年3月8日にドイツのハノーファーにて同王座6度目の防衛戦をコーリー・サンダース南アフリカ)と行うが2回TKOでまさかの敗戦となり王座から陥落した[5]

2004年4月10日、アメリカのマンダレイ・ベイにて、トレーナーにエマニュエル・スチュワードを迎え空位となったWBO世界ヘビー級王座をレイモン・ブリュースター(アメリカ)と争ったが、序盤にダウンを奪うも5回にTKOで敗れる。格下と思われた相手にTKOで2戦続けて世界戦を落としたことでウラジミールの脆さが指摘されることとなった。

ノンタイトル戦を2試合挟んで、2005年9月24日にアメリカのボードウォーク・ホールにてサミュエル・ピーターナイジェリア)戦に12回判定で勝利し、NABF北米ヘビー級王座並びにNABO北米ヘビー級王座を獲得、IBF世界ヘビー級王座並びにWBO世界ヘビー級王座への挑戦権を獲得した。

2006年4月22日、ドイツのマンハイムにて約6年ぶりにIBF世界ヘビー級王者のクリス・バードと再戦、7回TKOで倒してIBF世界ヘビー級王座を獲得。同時に、マイナー団体IBOの王座も獲得した[6]

2006年11月11日、アメリカのマディソン・スクエア・ガーデンにて、29戦全勝22KOの戦績を持つアメリカ期待のカルビン・ブロック(アメリカ)を7回TKOで倒し初防衛に成功[7]

2007年3月10日、ドイツのマンハイムにてレイ・オースティン(アメリカ)を2回KOで倒し2度目の防衛に成功[8]

2007年7月7日、ドイツのケルンにて以前王座決定戦でダウンを奪いながら逆転TKO負けを喫したレイモン・ブリュースターの挑戦を受け、試合序盤で左手中指を骨折しながらも危なげない試合運びでこれを退けた[9]

2008年2月23日、アメリカのマディソン・スクエア・ガーデンにてWBO世界ヘビー級王者のスルタン・イブラギモフロシア)との統一戦で大差の判定勝利を収め、IBF・WBOの2団体統一に成功した[10]。この試合がウラジミールの最後のアメリカでの試合となっている。

2008年7月12日、ドイツ・ハンブルクトニー・トンプソン(アメリカ)と対戦し、11回1分38秒KO勝ちでIBFは5度目、WBO初防衛に成功した[11]。  

2008年後半にアレクサンデル・ポベトキンと対戦予定であったが、ポベトキンが足首を負傷、試合はキャンセルとなった。

2008年12月13日、ハシーム・ラクマン(アメリカ)を7回TKOで倒し、2団体の王座ともに防衛を果たした[12]

2009年6月20日、ドイツのヴェルティンス・アレーナで行われた防衛戦は当初、対戦が予定されたデビッド・ヘイイギリス)の背中負傷により、ルスラン・チャガエフウズベキスタン)との対戦となった。チャガエフの持つWBA世界同級休養王座は懸けずに行われ、10回TKO勝利で2団体の王座ともに防衛を成功させた[13]。またリングマガジン世界ヘビー級王者に認定された。なおこの試合はクリチコがウニベルスム・ボックス・プロモーションズから独立してK2プロモーションズを設立して初の試合となった(事実上のプロモーターはトム・ローファーに業務を委託している)。

2009年12月、エディ・チェンバースと対戦予定であったが、クリチコがトレーニング中に拳を負傷、試合は延期された。

2010年3月20日、ドイツ・デュッセルドルフエスプリ・アレーナでエディ・チェンバース(アメリカ)と対戦し、12回2分55秒TKO勝ちでIBFは8度目、WBO4度目の防衛に成功した[14]。 

2010年3月26日、恋人のヘイデン・パネッティーアと来日、和歌山県太地町でイルカ漁をやめるよう抗議活動を行った[15]

2010年9月11日、アレクサンデル・ポベトキンとの対戦が予定されていたが、ポベトキンがトレーナーのテディ・アトラスの指示で試合出場を辞退。

2010年9月11日、ドイツ・フランクフルトコメルツバンク・アレーナで前WBC世界ヘビー級王者サミュエル・ピーターと再戦し、10回1分22秒TKOでIBF9度目、WBO5度目の防衛に成功した[16]

2010年12月11日、デレック・チゾラとの対戦が予定されていたが、12月8日にクリチコが脇腹を負傷、試合は延期となった[17]

2011年4月30日にデレック・チゾラとの対戦が再設定されるが、3月4日にクリチコの脇腹の回復具合が思わしくないことから試合中止の発表があり、翌3月5日にデビッド・ヘイと7月2日に対戦することが発表される。

2011年7月2日、ドイツ・ハンブルクのアイエムテック・アレーナでWBA世界ヘビー級王者のデビッド・ヘイと2年越しの王座統一戦を行い、3-0の判定勝ちで勝利をおさめた。これによりWBA・IBF・WBOの3団体統一王者となり、WBC世界ヘビー級王者の兄ビタリと合わせて兄弟で世界主要4団体のヘビー級王座を占めることになった[18]

2011年12月10日、ジャン=マルク・モルメクと対戦予定であったが、12月5日にクリチコが腎結石を除去するために入院、試合は延期された。

2012年3月3日、エスプリ・アレーナで元WBA・WBC世界クルーザー級スーパー王者ジャン=マルク・モルメクフランス)と対戦し、4回1分12秒KO勝ちでWBAは初防衛、IBFは11度目、WBOは7度目の防衛に成功した[19]

2012年7月7日、スイスベルンスタッド・ドゥ・スイス・バンクドルフでIBFの指名挑戦者トニー・トンプソンと4年ぶりに再戦し、6回2分56秒TKO勝ちでWBAは2度目、IBFは12度目、WBOは8度目の防衛に成功した[20]

2012年10月25日、トレーナーのエマニュエル・スチュワートが死去[21]。スチュワートの教え子で現役ボクサーでもあるジョナサン・バンクスがトレーナーを引き継いだ。

2012年11月10日、ドイツ・ハンブルクのO2ワールドアリーナでマリウス・ワフ(ポーランド)と対戦し、3-0の判定勝ちでWBAは3度目、IBFは13度目、WBOは9度目の防衛に成功した[22]。ワフは試合後にドーピング検査で禁止薬物の使用が発覚、出場停止処分が課せられた。

2013年5月4日、ドイツ・マンハイムSAPアリーナでフランシスコ・ピアネタ(イタリア)と対戦し、6回2分52秒TKO勝ちでWBAは4度目、IBFは14度目、WBOは10度目の防衛に成功した[23][24]

2013年10月5日、ロシアモスクワオリンピック・スタジアムに1万4000人の観衆を集め[25]、過去に対戦が何度か流れていたWBA世界ヘビー級正規王者アレクサンデル・ポベトキン(ロシア)と対戦し、3-0で判定勝ちを収め、WBAは王座統一による5度目、IBFは15度目、WBOは11度目の防衛に成功した[26]

2013年10月、以前から交際していた女優ヘイデン・パネッティーアがクリチコと婚約したことを正式に公表した[27]

2014年4月26日、ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州オーバーハウゼンにあるケーニッヒ・ピルスナー・アレーナでWBO世界ヘビー級1位でWBO指名挑戦者のアレックス・リーパイ(サモア)と対戦し、5回2分5秒TKO勝ちでWBAは6度目、IBFは16度目、WBOは12度目の防衛に成功した[28]。リーパイは普段、運送トラックの運転手を生業としているが、この試合に全てをかけるため仕事を辞め、ボクシングキャリアで初めてフルタイムでトレーニングに打ち込んでいた[29]

2014年5月8日、次の試合でIBF指名挑戦者のクブラト・プレフと対戦するようIBFから指令が出される[30]

2014年9月6日、クブラト・プレフと対戦する予定であったが、クリチコが試合2週間前のオーストリアでスパーリング中に左腕の上腕二頭筋を負傷し試合が延期された[31][32]

2014年11月15日、ハンブルクのO2ワールド・ハンブルクでIBF世界ヘビー級1位でIBF指名挑戦者のクブラト・プレフブルガリア)と対戦し、5回2分11秒KO勝ちでWBAは7度目、IBFは17度目、WBOは13度目の防衛に成功した[33]。また、プレフがIBF以外の団体へのタイトル認定料の支払いを拒んだため、プレフが勝利した場合にはIBF世界王座のみ獲得できる変則的な形で試合が行われた[34]

2014年12月5日、WBAは最新ランキングを発表し、上述のプレフ戦の勝利を評価し、クリチコはWBAの2014年11月度の月間MVPに選出された[35][36][37]

2014年12月9日、婚約者のヘイデン・パネッティーアとの間に第一子となる女児が誕生した[38]

キャンプ中のトレーニングメニュー[編集]

“チーム・クリチコ”のメンバー
  • ジェームズ・アリ・バシャー(アシスタントトレーナー)
  • デビッド・ウイリアムズ(食事担当)
  • ジョン・ナー(理学療法士)
  • ジョナサン・バンクス(トレーニングパートナー、現在はトレーナーも兼任)

試合に向けての6週間のトレーニングでは、スピードとコンディショニング強化に重点がおかれており、エクササイズやトレーニングのメニューは日によって変わる。

  • リングでのミットワーク、フットワークドリル[39]
  • スパーリング(6〜10ラウンド)、コンディショニング[39]
  • パンチングボール(1ラウンド)[39]
  • エクササイズボールで行うウェイティッドクランチ(50レップ)[39]
  • エクササイズボールで行うウェイティッドツイスト(50レップ/左右それぞれ)[39]
  • ウェイトを加重して行う首の強化エクササイズ(50レップ/左、右、後、前の各方向に)[39]
  • ユニラテラルスーパーマン(20レップで2セット/左右それぞれ)[39]
  • ナックル・トゥ・フィンガーティップス(片手につき20レップで2セット)[39]
  • 水泳(クロール、平泳ぎ、背泳ぎ(45分))[39]

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:140戦 134勝 65RSC 6敗
  • プロボクシング: 66戦 63勝 53KO 3敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1996年11月16日 1R 1:35 KO ファビアン・メサ メキシコの旗 メキシコ プロデビュー戦
2 1996年11月30日 2R 1:54 TKO エグザム・スペート アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
3 1996年12月21日 1R 1:21 TKO ビル・コリガン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
4 1997年1月25日 3R 0:36 TKO トロイ・ウェイダ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
5 1997年2月15日 4R 失格 カルロス・モンロー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
6 1997年4月12日 2R終了 TKO マーク・ヤング アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
7 1997年5月10日 1R 2:58 KO マーク・ウィリス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
8 1997年6月13日 2R 1:25 KO ポール・アシュリー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
9 1997年6月27日 1R KO サルバドール・マシェール メキシコの旗 メキシコ
10 1997年7月12日 3R TKO ギルバート・ウィリアムソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
11 1997年8月23日 5R 失格 ビコ・ボトワムング コンゴ共和国の旗 コンゴ共和国
12 1997年9月20日 3R TKO ジェームス・プリチャード アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
13 1997年10月11日 2R KO マルコス・ゴンザレス メキシコの旗 メキシコ
14 1997年12月6日 2R TKO ジェリー・ハリステッド アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
15 1997年12月13日 3R TKO ラディスラフ・ヒュサリック スロバキアの旗 スロバキア
16 1997年12月20日 1R TKO デリック・ランプキンス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
17 1998年2月14日 3R KO マーカス・マッキンタイア アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBCインターナショナルヘビー級王座決定戦
18 1998年3月14日 8R 判定3-0 エベレット・マーチン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
19 1998年5月23日 4R KO コディ・コーチ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBCインターナショナル王座防衛1
20 1998年7月10日 1R KO ナジー・シャヒード アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBCインターナショナル王座防衛2
21 1998年8月6日 6R 2:28 TKO カルロス・モンロー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
22 1998年9月19日 2R KO スティーブ・パンネル アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
23 1998年10月3日 3R 2:26 KO エリ・ディクソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
24 1998年11月14日 1R KO ドンネル・ウィングフィールド アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
25 1998年12月5日 11R 0:18 TKO ロス・ビュリティー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBCインターナショナル王座陥落
26 1999年2月13日 1R 1:02 KO ゾーラン・ヴィシック セルビアの旗 セルビア
27 1999年4月24日 8R TKO エベレット・マーチン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
28 1999年5月22日 1R 2:57 TKO トニー・ラローサ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
29 1999年7月17日 4R終了 TKO ジョセフ・シンガング セルビアの旗 セルビア WBAインターコンチネンタルヘビー級王座決定戦
30 1999年9月25日 8R 2:42 TKO アクセル・シュルツ ドイツの旗 ドイツ EBU欧州ヘビー級王座決定戦
WBAインターコンチネンタル王座防衛1
31 1999年11月12日 2R 1:59 KO フィル・ジャクソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
32 1999年12月4日 2R 2:35 KO ラヨス・エロス ドイツの旗 ドイツ EBU防衛1・WBAインターコンチネンタル王座防衛2
33 2000年3月18日 1R 1:30 KO パエア・ウォルフグラム トンガの旗 トンガ WBCインターナショナルヘビー級王座決定戦
34 2000年4月29日 2R 1:27 TKO デビッド・ボスティス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBAインターコンチネンタル王座防衛3
35 2000年7月15日 7R 2:40 TKO モンテ・バレット アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
36 2000年10月14日 12R 判定3-0 クリス・バード アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBO世界ヘビー級タイトルマッチ
37 2001年3月24日 2R 2:09 TKO デリック・ジェファーソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBO防衛1
38 2001年8月4日 6R 2:55 TKO チャールズ・シュフォード アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBO防衛2
39 2002年3月16日 8R 0:47 TKO フランソワ・ボタ 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国 WBO防衛3
40 2002年6月29日 6R 1:08 TKO レイ・マーサー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBO防衛4
41 2002年12月7日 10R終了 TKO ジャミール・マクライン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBO防衛5
42 2003年3月8日 2R 0:27 TKO コーリー・サンダース 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国 WBO王座陥落
43 2003年8月30日 1R 1:49 KO ファビオ・エドゥアルド・モリ アルゼンチンの旗 アルゼンチン WBAインターコンチネンタルヘビー級王座決定戦
44 2003年12月20日 4R KO ダーネル・ニコルソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBAインターコンチネンタル王座防衛1
45 2004年4月10日 5R 3:00 TKO レイモン・ブリュースター アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBO世界ヘビー級王座決定戦
46 2004年10月2日 5R終了 負傷判定3-0 ダバリル・ウィリアムソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
47 2005年4月23日 4R 2:51 TKO エリセオ・カスティーリョ キューバの旗 キューバ
48 2005年9月24日 12R 判定3-0 サミュエル・ピーター ナイジェリアの旗 ナイジェリア NABF北米ヘビー級タイトルマッチ
NABO北米ヘビー級王座決定戦
IBFWBO世界ヘビー級挑戦者決定戦
49 2006年4月22日 7R 0:41 TKO クリス・バード アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF世界ヘビー級タイトルマッチ
IBO世界ヘビー級王座決定戦
50 2006年11月11日 7R 2:10 KO カルビン・ブロック アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛1
51 2007年3月10日 2R 1:23 KO レイ・オースティン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛2
52 2007年7月7日 6R終了 TKO レイモン・ブリュースター アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛3
53 2008年2月23日 12R 判定3-0 スルタン・イブラギモフ ロシアの旗 ロシア IBFWBO世界ヘビー級王座統一戦
IBF防衛4・WBO獲得
54 2008年7月12日 11R 1:38 KO トニー・トンプソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛5・WBO防衛1
55 2008年12月13日 7R 0:44 TKO ハシーム・ラクマン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛6・WBO防衛2
56 2009年6月20日 9R終了 TKO ルスラン・チャガエフ ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン IBF防衛7・WBO防衛3・リングマガジン王座獲得
57 2010年3月20日 12R 2:55 TKO エディ・チェンバース アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛8・WBO防衛4
58 2010年9月11日 10R 1:22 TKO サミュエル・ピーター ナイジェリアの旗 ナイジェリア IBF防衛9・WBO防衛5
59 2011年7月2日 12R 判定3-0 デビッド・ヘイ イギリスの旗 イギリス WBAIBFWBO世界ヘビー級王座統一戦
WBA獲得・IBF防衛10・WBO防衛6
60 2012年3月3日 4R 1:12 KO ジャン=マルク・モルメク フランスの旗 フランス WBA防衛1・IBF防衛11・WBO防衛7
61 2012年7月7日 6R 2:56 TKO トニー・トンプソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBA防衛2・IBF防衛12・WBO防衛8
62 2012年11月10日 12R 判定3-0 マリウス・ワフ ポーランドの旗 ポーランド WBA防衛3・IBF防衛13・WBO防衛9
63 2013年5月4日 6R 2:52 TKO フランシスコ・ピアネタ イタリアの旗 イタリア WBA防衛4・IBF防衛14・WBO防衛10
64 2013年10月5日 12R 判定3-0 アレクサンデル・ポベトキン ロシアの旗 ロシア WBAIBFWBO世界ヘビー級王座統一戦
WBA防衛5・IBF防衛15・WBO防衛11
65 2014年4月26日 5R 2:05 TKO アレックス・リーパイ サモアの旗 サモア WBA防衛6・IBF防衛16・WBO防衛12
66 2014年11月15日 5R 2:11 KO クブラト・プレフ ブルガリアの旗 ブルガリア WBA防衛7・IBF防衛17・WBO防衛13

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

出演映画[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 世界ヘビー級にそびえ立つ、クリチコ兄弟という巨峰。~WBAなど主要団体の王座を独占~ Number Web 2011年8月1日
  2. ^ Haye: Klitschko is Very Good, But Too Boring To Watch”. BoxingScene.com (2014年5月12日). 2014年5月24日閲覧。
  3. ^ Broner brings 'the girlfriend' to press conference”. Ring (2013年6月20日). 2013年10月19日閲覧。
  4. ^ “ロンドン五輪の金メダルはおいくら?”. 日経ビジネス. (2012年4月11日). http://business.nikkeibp.co.jp/article/NBD/20120412/230911/?ST=pc 
  5. ^ クリチコがKO負け WBOヘビー級タイトルマッチ 47NEWS 2003年3月9日
  6. ^ クリチコ IBF新王者に輝く - ドイツ AFPBB News 2006年4月23日
  7. ^ W・クリチコ 7回TKO勝ちで王座防衛 - 米国 AFPBB News 2006年11月12日
  8. ^ ウラディミール・クリチコ 2度目のタイトル防衛に成功 - ドイツ AFPBB News 2007年3月11日
  9. ^ ウラディミール・クリチコ 3度目の防衛に成功 AFPBB News 2007年7月8日
  10. ^ ボクシング=クリチコがヘビー級統一王者に ロイター 2008年2月25日
  11. ^ クリチコ トンプソンをKOで下し王座防衛 AFPBB News 2008年07月13日
  12. ^ クリチコ 7回TKOでタイトル防衛 AFPBB News 2008年12月14日
  13. ^ クリチコ、チャガエフをTKO撃退 ヘビー級2王座防衛 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年6月21日
  14. ^ クリチコ チェンバースにKO勝ち AFPBB News 2010年03月22日
  15. ^ 日本のイルカ漁「すぐやめて!」来日して猛抗議!人気女優「ヒーローズ」ヘイデン・パネッティーア”. CinemaToday.jp (2010年3月27日). 2013年6月2日閲覧。
  16. ^ クリチコTKO5度目の防衛/ボクシング 日刊スポーツ 2010年9月13日
  17. ^ クリチコ弟ドタキャン 腹筋断裂で防衛戦中止 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月9日
  18. ^ ヘビー級、クリチコが王座統一 兄弟で全ベルト 47NEWS 2011年7月3日
  19. ^ ボクシング、クリチコ弟が防衛 世界ヘビー級タイトル戦 47NEWS 2012年3月4日
  20. ^ クリチコ、連打でKO防衛/ボクシング 日刊スポーツ 2012年7月8日
  21. ^ 名トレーナー、エマヌエル・スチュワード死去 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年10月26日
  22. ^ クリチコ、判定3-0で防衛/ボクシング 日刊スポーツ 2012年11月11日
  23. ^ Boxing - Klitschko easily retains heavyweight titles against Pianeta Eurosport 2013年5月4日
  24. ^ 3団体統一王者クリチコ防衛/ボクシング 日刊スポーツ 2013年5月5日
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  28. ^ クリチコ圧勝、リーパイ倒しV16成功 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年4月27日
  29. ^ Alex Leapai says Wladimir Klitschko'just another fight'”. Sydney Morning Herald (2014年1月31日). 2014年3月20日閲覧。
  30. ^ Wladimir Klitschko vs. Kubrat Pulev Ordered By IBF”. BoxingScene.com (2014年5月8日). 2014年5月8日閲覧。
  31. ^ クリチコが負傷 9.6プレフ戦延期に Boxing News(ボクシングニュース) 2014年8月26日
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  34. ^ Klitschko-Pulev: Only IBF Belt at Stake For Challenger”. BoxingScene.com (2014年11月13日). 2014年11月25日閲覧。
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  37. ^ ラウンドアップ 大沢宏晋がWBAランク入り Boxing News(ボクシングニュース) 2014年12月9日
  38. ^ 『HEROES』ヘイデン・パネッティーアが第一子を出産!”. 海外ドラマNAVI (2014年12月16日). 2014年12月17日閲覧。
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外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
アイク・イベアブチ
第10代WBCインターナショナルヘビー級王者

1998年2月14日 - 1998年12月15日

次王者
ロス・ビュリティー
空位
前タイトル保持者
ドノバン・ラドック
第3代WBAインターコンチネンタルヘビー級王者

1999年7月17日 - 2000年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ビタリ・クリチコ
空位
前タイトル保持者
ビタリ・クリチコ
第65代EBUヘビー級王者

1998年9月25日 - 2000年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ビタリ・クリチコ
空位
前タイトル保持者
ロス・ビュリティー
第12代WBCインターナショナルヘビー級王者

2000年3月18日 - 2000年10月4日(返上)

空位
次タイトル獲得者
デニス・バクトフ
前王者
クリス・バード
第12代WBO世界ヘビー級王者

2000年10月14日 - 2003年3月8日

次王者
コーリー・サンダース
空位
前タイトル保持者
ビタリ・クリチコ
第5代WBAインターコンチネンタルヘビー級王者

2003年8月31日 - 2004年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ニコライ・ワルーエフ
前王者
サミュエル・ピーター
第36代NABF北米ヘビー級王者

2005年9月24日 - 2006年2月(返上)

空位
次タイトル獲得者
サミュエル・ピーター
空位
前タイトル保持者
レノックス・ルイス
第8代IBO世界ヘビー級王者

2006年4月22日 - 現在

次王者
N/A
前王者
クリス・バード
第18代IBF世界ヘビー級王者

2006年4月22日 - 現在

次王者
N/A
前王者
スルタン・イブラギモフ
第18代WBO世界ヘビー級王者

2008年2月23日 - 現在

次王者
N/A
前WBA正規王者
デビッド・ヘイ
WBAIBFWBO世界ヘビー級スーパー王者

2011年7月2日 - 現在

次スーパー王者
N/A