ニコライ・ワルーエフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | ニコライ・ワルーエフ |
| 通称 | The Russian Giant Beast From The East |
| 階級 | ヘビー級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1973年8月21日(35歳) |
| 出身地 | ロシア、サンクトペテルブルク |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 50 |
| 勝ち | 48 |
| KO勝ち | 34 |
| 敗け | 1 |
| 無効試合 | 1 |
ニコライ・ワルーエフ(Nicolay "The Russian Giant" Valuev、男性、1973年8月21日 - )は、ロシアのプロボクサー。現WBA世界ヘビー級王者。サンクトペテルブルク出身。身長213cm、リーチ216cm。
目次 |
[編集] 人物
近年ヘビー級のボクシングはトップ選手たちの大型化が進んでいるが、その筆頭格の選手。ヘビー級トップクラスの選手の中にあってはスピードに欠け、鈍重な部類に入る。しかし、左から入るオーソドックスなボクシングを展開。有無を言わせぬ圧倒的巨体で対戦相手を威圧。スピード、パワー、テクニックをすべて殺してしまう。圧倒的な巨体そのものが攻撃(パンチ力)にも防御(耐久力)に転化し、それに加え、防御の基本であるガードをガッチリと固めフォームを重視。これだけの巨大な体を誇りながらもあえて危険を冒して打ち合う選手ではない。
[編集] 来歴
1999年1月22日、アレクセイ・ゾキン(ロシア)に6回TKO勝ちし、ロシアヘビー級王座を獲得。防衛2回。
2000年6月6日、ユーリー・エリトロフ(ウクライナ)に判定勝ちし、PABAヘビー級王座を獲得。防衛5回。
2005年5月14日、世界ランカーのクリフォード・エティエンヌ(アメリカ)に3回KO勝ち。
2005年10月1日、WBA世界ヘビー級王座挑戦者決定戦でラリー・ドナルド(アメリカ)に12回判定勝ち。
2005年12月17日、WBA世界ヘビー級王者ジョン・ルイス(アメリカ)に挑戦し、12回判定勝ちで無敗(43戦43勝)のままWBA世界ヘビー級王座を獲得。全階級を通じボクシング史上最長身(213cm)、最重量(147kg)の超巨人王者になった。
2006年6月3日、世界12位のオーウェン・ベック(アメリカ)と対戦し、3回KO勝ちで初防衛に成功した。
2007年1月20日、ジャミール・マクライン(アメリカ)と対戦し、3回終了時TKO勝ちで3度目の防衛に成功した。
2007年4月14日、4度目の防衛戦で世界1位のルスラン・チャガエフ(ウズベキスタン)と対戦し、12回判定負けで王座から陥落した。プロデビュー以来の連勝記録は46で止まり、ロッキー・マルシアノ(49連勝)、ラリー・ホームズ(48連勝)の記録を更新することは出来なかった。
2008年2月16日、WBA世界ヘビー級王座挑戦者決定戦でセルゲイ・リャコビッチ(ベラルーシ)と対戦し、12回判定勝ち。チャガエフへの挑戦権を獲得した。
2008年6月に指名挑戦者として対戦が予定されていた王者ルスラン・チャガエフがアキレス腱負傷のためリングに上がれないことから、WBAはチャガエフを休養王者として扱うことを決めた。
2008年8月30日、チャガエフが王座を保持したまま空位と認定された正規王座をジョン・ルイスとWBA世界ヘビー級王座決定戦で争い、判定勝ちで正規王座を獲得した。2009年2月11日現在、ワルーエフは“WBA WORLD CHAMPION”、チャガエフは“WBA CHAMPION IN RECESS”(休養王者)とされて王座が並立した状態にあり、6月26日までに対戦することが義務づけられていた[1]。これを受けて2009年5月30日に中立地のフィンランドヘルシンキで王座を統一するための両者の対戦が予定されていたが、チャガエフは前日計量後の検診をパスできず契約不履行により中止となった[2]。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注
- ^ ワルーエフ-Jルイスで決定戦 WBAヘビー級「月刊ボクシングワールド」オフィシャルサイト 2008年7月24日閲覧
- ^ ヘビー級タイトル戦が中止 スポーツ報知 2009年5月30日閲覧
| 前王者 ジョン・ルイス |
第57代WBA世界ヘビー級王者 2005年12月17日 - 2007年4月14日 |
次王者 ルスラン・チャガエフ |
| 前王者 ルスラン・チャガエフ 王座保持のまま休養王者扱い |
第59代WBA世界ヘビー級王者 2008年8月30日 - 現在 |
次王者 N/A |

