サミュエル・ピーター

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サミュエル・ピーター
基本情報
本名 サミュエル・ピーター
通称 The Nigerian Nightmare
階級 ヘビー級
国籍 ナイジェリアの旗 ナイジェリア
誕生日 1980年9月6日(33歳)
出身地 ナイジェリア, アクワ・イボム州
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 39
勝ち 34
KO勝ち 27
敗け 5
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サミュエル・ピーターSamuel Peter、男性、1980年9月6日 - )は、ナイジェリアプロボクサー。元WBC世界ヘビー級王者。ヘビー級選手の中でも強打を誇り、一発当てれば相手が倒れるといった試合を展開する。また、2000年にはシドニーオリンピックにナイジェリアのスーパーヘビー級代表として出場している。「The Nigerian Nightmare(ナイジェリアの悪夢)」の異名を持つ。現在はアメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスに在住。

レノックス・ルイスウラジミール・クリチコの出現によりヘビー級もテクニックの重要性が増してきたが、その逆を行く選手である。このことから浜田剛史は彼を評する際必ずといっていいほど「30年前の選手がそのまま出てきたようなもの」とコメントしている。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

11歳の頃からボクシングを始め、その恵まれた体格を活かし、ナイジェリア国内のヘビー級アマチュアチャンピオンになり、シドニーオリンピックのナイジェリア代表に選抜され出場する。準々決勝で敗れはしたが、その活躍からプロボクシング転向の機会を掴んだ。アマチュア時代の戦績は18勝2敗である[1]

プロ時代[編集]

オリンピック出場後の2001年2月6日にカザフスタンでプロデビューした。その後、アメリカを主戦場に連勝を続け2003年3月7日にはWBC世界ヘビー級ユース王座を獲得。2004年12月4日には空位のNABF北米ヘビー級王座を獲得し、2005年1月22日にはUSBA全米ヘビー級王座も獲得した。7月2日にはNABA北米ヘビー級王座も獲得し、3つの地域王座を保持した。

ヘビー級のトップ戦線に躍り出たピーターは2005年9月24日にニュージャージー州ウラジミール・クリチコと対戦。3度ダウンを奪うが、12回判定で敗れ、自身初の黒星を喫した(24連勝でストップ)。2006年9月2日にジェームズ・トニーを12回判定で破り、IBA世界ヘビー級王座とWBC世界ヘビー級王座への挑戦権を獲得した。2007年1月6日にはジェームズ・トニーとのダイレクトリマッチにも勝利。その後、正規王者のオレグ・マスカエフとの統一戦がマスカエフの怪我により延期になり、9月24日に暫定王者に認定され、10月6日にジャミール・マクラインを判定で下し初防衛に成功した。

2008年3月8日、メキシコで正規王者オレグ・マスカエフと王座統一戦を行い、6回2分56秒TKO勝ちを収め暫定王座の2度目の防衛成功と同時に正規王座の統一を果たした。

2008年10月11日、ドイツで約4年ぶりに復帰したビタリ・クリチコの挑戦を受けるが、ワンサイドゲームの末8回終了時棄権で敗れ、王座陥落した。

2009年3月27日、復帰戦でエディー・チェンバースと対戦するも10回0-2で判定負け。同年7月25日にメキシコで復帰戦を行い3回KO勝利で復帰戦を飾る。

2010年9月11日、ドイツでIBF/WBO/IBO世界ヘビー級王者のウラジミール・クリチコに挑戦。約5年ぶりの再戦となったが10回KO負けで再び敗戦となった。

2011年4月2日、復帰戦をドイツでロバート・ヘレニウスと対戦するが9回KO負けを喫した。引退はしていないが現在この試合が最後となっている。

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前暫定王者
認定
WBC世界ヘビー級暫定王者

2007年9月24日 - 2008年3月8日

次暫定王者
王座統一により消滅
前王者
オレグ・マスカエフ
第26代WBC世界ヘビー級王者

2008年3月8日 - 2008年10月11日

次王者
ビタリ・クリチコ