コーリー・サンダース

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コリー・サンダース
基本情報
本名 Cornelius Johannes Sanders
通称 スナイパー
階級 ヘビー級
国籍 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国
誕生日 1966年1月7日
出身地 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国ハウテン州
ツワネ市都市圏プレトリア地区
死没日 2012年9月23日(満46歳没)
死没地 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国北西州
ブリッツ英語版
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 46
勝ち 42
KO勝ち 31
敗け 4
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コーリー・サンダースCorrie Sanders、男性、1966年1月7日 - 2012年9月23日)は、南アフリカ共和国の元プロボクサー。元WBO世界ヘビー級王者。

「スナイパー」のニックネームの通り、一発の威力が凄まじいパンチ力を持つ。リスクを恐れず勇猛果敢に打ち合う対戦相手にとっては危険極まりないスタイルの持ち主で、その魅力的なボクシングスタイルゆえファンも多い。2003年に当時ヘビー級で圧倒的な強さを誇っていたウラジミール・クリチコをノックアウトして大番狂わせの世界チャンピオンとなったことで有名。

目次

来歴[編集]

1989年4月2日、プロデビュー。

1997年11月15日、マイナータイトルながらWBU世界ヘビー級王座を獲得する。同タイトルを3度の防衛成功後、2000年5月20日、4度目の防衛線でハシーム・ラクマンに7回KO負けで王座陥落。

2003年3月8日ウラジミール・クリチコの持つWBO世界ヘビー級王座に挑戦。圧倒的不利を予想されたが、2Rに強烈な左一発でTKO勝ちし、悲願の世界チャンピオンとなったが、1度も防衛戦を行うことなくWBO王座を返上する。

2004年4月24日レノックス・ルイスの王座返上に伴い空位となっていたWBC王座をウラジミールの兄ビタリ・クリチコWBC世界ヘビー級王座決定戦で対戦するも、8RTKO負けで王座獲得ならず。その後、1戦をこなしたが、一時期は引退しプロゴルファーを目指し、約2年間リングを離れていた。

2006年11月24日、復帰第一線でコリン・ウィルソンを2RKO勝ち。

2008年2月2日、同国人のオズボーン・マチマナによもやの1RKO負け。その試合を最後に現役を引退した。

2012年9月22日、家族の誕生日を祝うために滞在していたプレトリア近郊ブリッツ英語版のレストランで強盗事件に遭遇し、手と腹部に銃撃を受け、翌23日に病院で死亡した[1]。46歳没。

獲得タイトル[編集]

  • 第13代WBO世界ヘビー級王座(防衛0度=返上)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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前王者
ウラジミール・クリチコ
第13代WBO世界ヘビー級王者

2003年3月8日 - 2004年2月(返上)

次王者
レイモン・ブリュースター