ハシーム・ラクマン
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | ハシーム・シャリーフ・ラクマン |
| 通称 | The Rock(岩石) |
| 階級 | ヘビー級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1972年11月7日(36歳) |
| 出身地 | メリーランド州ボルチモア |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 49 |
| 勝ち | 41 |
| KO勝ち | 33 |
| 敗け | 6 |
| 引き分け | 2 |
| 無効試合 | 0 |
ハシーム・シャリーフ・ラクマン(Hasim Shariff Rahman、1972年11月7日 - )は、アメリカ合衆国の男性プロボクサー。メリーランド州ボルチモア出身。元WBC・IBF世界ヘビー級チャンピオン。身長189cm、リーチ208cm。
ヘビー級らしい一発で試合の流れを変えてしまうような破壊力のあるパンチを武器に豪快なボクシングをする。2001年に当時ヘビー級の絶対王者といってもいい存在であったイギリスのレノックス・ルイスを右ショート一発で10カウントのノックアウトをしたことで有名である。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロボクサー時代
ボクシングを始めた時期が遅く、20歳になってから始めてわずか2年、1994年12月3日に22歳でプロデビューする。その後、全勝のまま1997年7月15日には空位のUSBA全米ヘビー級タイトルを獲得、同年11月1日にはIBFインターコンチネンタルヘビー級タイトルを獲得する。
しかし、1998年12月19日にサモアのデビット・トゥーアに10回TKOで敗れてしまう。この敗戦はヘビー級世界タイトル戦線からの一歩後退を意味したが、2000年5月20日に南アフリカ共和国のコーリー・サンダースを7回TKOに破ってWBU世界ヘビー級タイトルを獲得したことで再度トップ戦線に浮上。
2001年4月22日、レノックス・ルイスと対戦し、KO勝利してWBC・IBF・IBO世界ヘビー級タイトルを獲得する。しかし、2001年11月17日のリターン・マッチで4回KOに敗れ、タイトルを失った。
2003年12月13日、WBA暫定王者決定戦でジョン・ルイスに判定で敗れた。次にラクマンがトップ戦線に再浮上したのは2004年11月13日のカーリー・メーハンとの指名挑戦者決定戦で、4回TKOで勝利してIBF/WBA/WBCの指名挑戦権を獲得した。
WBC王者のビタリ・クリチコが怪我のため、2005年8月13日に暫定王者決定戦が行われ判定で勝利し、暫定でWBCタイトルを獲得した。クリチコはその後2005年11月9日に引退を発表したため、暫定王者であったラクマンが正式に同タイトルを獲得した。
2006年8月12日、カザフスタンのオレグ・マスカエフの挑戦を受け12回TKOで敗れてタイトルを失った。
[編集] レノックス・ルイスとの2度の対戦
最初の対戦は2001年4月22日に南アフリカで行われたが、イスラム教徒のアフリカ系アメリカ人がアフリカ大陸でタイトルマッチを行うということでモハメド・アリ対ジョージ・フォアマン戦になぞらえて語られる事が多かった。戦前予想は当時絶対王者的存在になりつつあったレノックス・ルイス有利であった。が、5ラウンド目に衝撃的なシーンが訪れた。ロープ際に詰まったルイスが強烈なラクマンの右フックを浴び失神してダウンした。当時の大部分のボクシングファンはレノックス・ルイスの巨体がリング上で倒れるなど想像すら出来ないことだった。この試合は衝撃の「大番狂わせ」と評価する声がある一方で、試合前のルイスの言動から、「彼は自信過剰になっており準備不足のため当然の結果だ」[1]と評価する声もあった。なお、この初戦の契約にはリターンマッチ条項が盛り込まれており、ルイスは即座にリターンマッチを申し込む。2戦目は11月17日にラスベガスで行われた。この試合ではルイスの準備は万全のようであり、全く隙がなく、得意の左ジャブを初回から多用し、ラクマンを懐に入れずに終始ペースを握った。そして4ラウンド目に必殺の右ストレートを打ち込むと今度はラクマンがリング中央で失神KOされた[2]。
[編集] ビタリ・クリチコとの対戦
ラクマンは2004年11月にタイトル指名挑戦権を得たため、WBC世界ヘビー級チャンピオンのビタリ・クリチコとのタイトルマッチが2005年4月30日に組まれた。しかし、クリチコの怪我のため6月18日に延期され、それでも完治せずに7月23日に再度延期される。結局、この7月23日もクリチコの都合でキャンセルされた。WBCはこの再三のキャンセルを受けて同年8月13日に暫定王者決定戦を組むとともにクリチコ陣営に「11月12日までに実施しなければタイトルを剥奪する」と通達する。結局11月12日直前になってもクリチコの状態が思わしくなかったため、クリチコは11月9日に引退を発表し、遂に対戦は実現しなかった[3]。
WBCは2005年11月10日付けでラクマンの正式王座獲得を宣言した。
[編集] 獲得タイトル
[編集] 補足
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 前王者 レノックス・ルイス |
第21代WBC世界ヘビー級王者 2001年4月22日 - 2001年11月17日 |
次王者 レノックス・ルイス |
| 前王者 レノックス・ルイス |
第15代IBF世界ヘビー級王者 2001年4月22日 - 2001年11月17日 |
次王者 レノックス・ルイス |
| 前王者 ビタリ・クリチコ |
第24代(暫定→正規)WBC世界ヘビー級王者 暫定:2005年8月13日 - 2005年11月10日 |
次王者 オレグ・マスカエフ |

