インフレターゲット

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インフレターゲット(inflation targeting)とは、物価上昇率(インフレ率[1])に対して中央銀行が一定の範囲の目標を定め、それに収まるように金融政策を行うこと。インタゲと略称されることもある。インフレ率が低い時は、通貨量を意図的に増加させて(公開市場操作)緩やかなインフレーションを起こして、経済の安定的成長を図る政策(リフレーション、通貨再膨脹)となる。マネーサプライと物価との関係が不安定となったことが導入の背景にある。

なお類似政策として「物価目標政策」というのもある。こちらはある年の一般物価水準を基準として、それに決められた上昇率分を加えたものをターゲットにするもので、物価水準が目標未達成の場合は未達成率+決められた上昇率をあわせて、あくまで決められた物価指数まで上げることである。違いは、過去の誤りを相殺するか、しないかの違いとなる。

目次

[編集] 調整インフレ論とインフレターゲット論

1930年代のスウェーデンで物価水準目標(英語ではprice-level target)が数年間実施された後は、1990年にニュージーランドが採用するまでインフレターゲットを採用する中央銀行は存在しなかった[2]。インフレターゲットは、物価上昇率に対して一定の目標を定めて金融政策を行おうというもので、1990年のニュージーランドで導入されたのを皮切りに、1990年代イギリススウェーデンカナダオーストラリア等でも実施され、つづいてブラジルチリイスラエル韓国メキシコ南アフリカフィリピンタイチェコハンガリーポーランドなど、現在は20カ国以上で導入されている。先進国で導入されていない国の代表格して、日本やユーロ圏があげられる。米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は2006年にインフレターゲットの主唱者であるベン・バーナンキがFRB議長に就任。近い将来導入されるのではないかとの見られていたが、2012年1月25日に長期インフレ目標値を公表する方針を示しインフレターゲット導入に転じた[3][4]。またユーロ圏における中央銀行的役割を果たす欧州中央銀行(ECB)ではインフレターゲットとは呼ばれないものの「物価安定の数値的定義」として2%のインフレ率が設定されている。スイス国立銀行も同様に物価安定の数値的定義であり、日本銀行は「中長期的な物価安定の理解」を公表している[6]

ただし、インフレターゲットの目標物価上昇率の設定主体は、政府、政府と中央銀行、中央銀行の3タイプが存在する[5]

貨幣数量説.jpg
政府 政府・中央銀行  中央銀行
オーストリア
ブラジル
カナダ
チリ
コロンビア
チェコ
ハンガリー
アイスランド
インドネシア
イスラエル
韓国
メキシコ
ニュージーランド
ノルウェー
ペルー
フィリピン
ポーランド
ルーマニア
スロバキア
南アフリカ
スウェーデン
タイ
トルコ
イギリス
アメリカ
(参考)
ユーロエリア
日本
スイス


[編集] 日本における導入推進論

日本についても、1990年代後半の日本における深刻なデフレーションに対して、ことに借り手である企業の負担となるデットデフレーションDebt Deflationの解消をはかる見地から、アメリカの経済学者ポール・クルーグマンによる、中央銀行(ここでは日本銀行)が長期的に通貨量を増加させることによって、名目金利から予想物価上昇率(15年間にわたって年4%ずつ)を差し引いた実質金利をマイナスにするといった提案があった。

予想インフレ率を上昇させれば実質利子が低下したり、通貨が下落して輸出が増えたりするので、投資や消費が増え需要不足が解消される。これに対する批判は、インフレーションを実現する具体的な政策手段がないというものと、インフレスパイラルに陥り物価上昇率をコントロールできなくなるというものがある。しかし、中央銀行がどれだけ多額の債権等を買ってもインフレにならないというのは考えにくく(この点を称して、FRB議長のベン・バーナンキの論を引用して「バーナンキの背理法」なるインターネットスラングが一部のネットコミュニティで話題となった)、実際に有力経済圏(日米は除く)の中央銀行では明示的に物価目標(インフレターゲット)を導入している。アメリカでも2012年に長期物価目標政策が取り入れられた。また、アメリカでは雇用の改善もFRBの責務の一つに入っている。日本では、インフレ数値目標を具体的に設定する金融政策は採用せず、物価の安定を通じて(手段)「国民経済の健全な発展に資すること(目的)」を中央銀行の設置目的とし「実質的に」インフレ率を参照しながら行われている[6]

インフレターゲット政策については、反論として、物価を目標とした金融緩和がむしろ資産価格のインフレーション(バブル景気)を伴う可能性があること[7]、また日本銀行の使命としての「物価の安定(手段)を図ることを通じて、国民経済の健全な発展(目的)に資すること」(日銀法第2条)に反しているのではないかとの論がある。これについては物価が継続的に下落するデフレーションを放置することも一方で物価の安定の使命に違反することであり国際的な反論がある。むしろ、マクロ経済的な需要を安定的に推移させ、金利による物価調整を機能させるためには1~3%程度の緩やかなインフレーション目標を具体的に宣言することが必要であると推進派の学者は主張しており、多くの国の中央銀行は物価目標を設定しており、その結果、アメリカ、日本、中国、インド、ロシア、ドイツ、フランス、(イスラエルを除く)中東諸国、(南アフリカを除く)アフリカ諸国、(フィリピン・タイ・インドネシア・韓国を除く)東南アジア諸国、(チリ・ブラジルを除く)南米諸国などを除く有力経済圏においては、物価上昇率の制御及びデフレーションの防止に成功していると主張している。

多くの中央銀行で物価目標を設定する試みが行われているが、設定するインフレ率(例えばイギリスは2.0±1%)や政策目標への拘束力などは様々である。金融政策の透明性向上[7]や予想インフレ率を安定化させることから、日本でも導入を求める声がある。だが、これまでの実施国の多くがインフレ抑制の手段としてこれを用いていることからデフレーション克服に用いることに関して疑問視する意見が存在しており、日銀はこの提案を受け入れていない。日銀は0~2%の物価上昇率の目安(日銀の認識を示す目安であって、日銀の政策目標としての規律性は持たない)を設定しているが、インフレ・バイアス(日銀が物価安定の指標として用いるCPI(消費者物価指数)は統計の性格上、1%弱の上方バイアスがかかるとの研究報告がある)まで考慮するならば、ニュージーランド準備銀行が採用しているように1~3%の幅で目標インフレ率を設定するのが望ましいとの主張がある。

[編集] 平成のデフレ不況

1990年代に入り、バブル経済が崩壊すると、平成11年頃から日本は先進国では戦後初めて異例のデフレーションに突入した[8]。しかし、日銀を初めとして政府も当初それほど深刻には考えておらずデフレーション克服に本腰を入れることは無かったため、デフレ不況は長期化し、「失われた10年」と呼ばれる経済的不況とあいまって不良債権処理をより困難にした。

ポール・クルーグマンベン・バーナンキ岩田規久男ら日米の経済学者たちはこのような日銀・政府の姿勢を強く批判し、リフレ政策によるデフレーション克服を唱えた。その具体的な方策としてリフレ派の経済論者からはインフレターゲットが再三にわたって提案されているが、日銀や一部の学者の中には反対論が多く、公式には採用されていない。

インフレターゲット論の主張する重要な金融政策の一つは国債、市中債券、株式等の引受(公開市場操作の拡張)であり、とくに公正性の観点から日銀の国債引受が有効であるとの主張がなされた。国債の日銀引受は財政法第5条[8]で原則禁止されている一方1年未満の短期的な政府短期証券の引受けは同条の適用外として解されており[9]日本銀行法第34条第4号[9]で1年未満の政府短期証券の引受をできるとされている。1年未満の政府短期証券の引受は1945年から1998年度までは継続的に実施されていた[10][10]。これを長期国債まで適用を拡大させ、財政出動や大幅減税を実施する一方で、その財源としての国債を日銀に引き受けさせる事で実質的に通貨供給を増やすというものである(ヘリコプターマネー論)。

1990年代から2000年代の日本のケースでは直接これらの政策が採用されることなく、量的緩和政策、および2003年1月から2004年3月に行われた円安維持のための大幅な非不胎化介入[11]により外国為替市場を経由してベースマネーが増加したため[12]、2004年第3四半期までの内閣府発表のGDPデフレータはマイナスながら絶対値の少ない方向に変化したが、その後2005年第3四半期までは再度マイナスの値が増加する方向に転じたものの2007年第3四半期までは再度マイナスの絶対値が少なくなる方向となり、第14循環景気の拡大期間は2002年2月から2007年10月の69ヵ月となった。

なお、ドル買い資金の源泉は財務大臣所管の外国為替資金特別会計であるが、政府短期証券(FB)はかつてはほぼ全額を日本銀行が直接引き受けているため(※)、政府短期証券を発行した後に為替介入するとハイパワードマネーが増加となり、円が市場に単純供給されることになる。例えば財務省が3ヶ月もののTBを日本銀行に売却して得た資金をもって外貨を購入するというのが典型的なケースであるが、ここで介入がもし「非不胎化」されれば(日銀が引受たTBを市場で売却してゆかなければ)マネタリーベースは3ヶ月間は増加する。しかし3ヶ月後には財務省はTBを償還するために金融市場で資金調達を行う必要があり、この時点でマネタリーベースの水準は元に戻ってしまう。このため実際は金融機関が日銀に保有しているリザーブ残高やマネタリーベース残高にターゲットを設け、それを財務省の介入に応じて変動させる方法で「非不胎化」をおこなった[13]

(※)政府短期証券の入札について。日銀は1998年12月に従来の入札方法(定率公募残額日銀引受方式:市場実勢金利から乖離した条件を提示してほとんどが残額となる結果、日銀引受となる実情)をあらため、1年の猶予期間を経て2000年4月から市中で3ヶ月の期限前の段階の入札時点で完全入札により円を調達することとした[11][12]。この結果、FB市場への介入は非不胎化となるため、マネーサプライは増加せず金融緩和の効果がないことになった。要するに、以前は日本銀行政府短期証券を放置して売りオペをしない限り、「介入は非不胎化」(金融緩和効果あり)だったが、いまでは日本銀行政府短期証券を放置して買いオペをしない限り「介入は不胎化」(金融緩和効果なし)となっている[14]

[編集] 脚注

  1. ^ 物価指数には、消費者物価指数GDPデフレーターなどいくつかの種類があり、どの指標に従って上昇率を決めるかは国によって異なる。
  2. ^ 一部の論者は『国際的には「インフレターゲット(物価上昇率目標)」政策が、中央銀行の金融政策を律する規律としては一般的である』と主張している。[誰?]
  3. ^ 米FRBが2%のインフレ目標導入、毎年1月に見直し(ロイター2012年1月25日[1]
  4. ^ インフレ目標設定に関するFOMC声明全文(ロイター2012年1月26日) [2]
  5. ^ Heenman,Geoffrey,Marcel Peter,and Scott Roger(2006), "Implementing Inflation Targeting: Institutial Arrangements, Target Design, and Communications," IMF Working Paper AP/06/278
  6. ^ 日銀法第2条 日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。
  7. ^ 日銀法第3条2 日本銀行は、通貨及び金融の調節に関する意思決定の内容及び過程を国民に明らかにするよう努めなければならない。
  8. ^ 財政法 第5条 すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。
  9. ^ 日本銀行は、我が国の中央銀行として、前条第1項に規定する業務のほか、国との間で次に掲げる業務を行うことができる。(中略)第4号 財務省証券その他の融通証券の応募又は引受け
  10. ^ 政府短期証券は、1998年度までは、予め金利を定めて市中公募を行い、応募額が発行額に満たない場合には日本銀行が残額を引き受ける「定率公募残額日銀引受方式」により発行されていた。この方式の下で、発行金利は市場実勢に比べて低いことが多かったため、日本銀行が発行額の殆どを引き受ける結果となっていた。大蔵省(当時)は、1998年12月22日に公表した「円の国際化の推進策について」において、政府短期証券の発行方式を原則として「公募入札方式」に改めることを公表し、1999年4月以降、1年程度を目途に、同方式に移行していくこととされた。
  11. ^ 円売り介入により市場に供給された円資金のうち60%は日本銀行の金融調節によって直ちにオフセットされたものの残りの40%はオフセットされずしばらくの間市場に滞留した。「通貨と短期金融市場.量的緩和期の外為介入 」渡辺努.藪友良(財務総合政策研究所フィナンシャルレビュー2010第1号通巻第99号)[3]
  12. ^ 伊藤隆敏『デフレから復活へ』東洋経済新報社、2005年 100ページ
  13. ^ 「21世紀の国際通貨制度」植田和男(金融研究/2002.12 日本銀行金融研究所)[4][5]
  14. ^ 高橋洋一『この金融政策が日本経済を救う』光文社新書381、2008年 173ページ

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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