かつみ・さゆり

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本来の表記は「かつみさゆり」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。

かつみ♥さゆりは、日本夫婦漫才コンビ。所属事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本社。

目次

[編集] プロフィール

[編集] コンビ結成の経緯

太平かつみは、1984年8月に「トラコ&与作」の与作と「太平かつみ・ひろみ」を結成。1985年月亭八方の弟子であったきびのだんご(本名:前谷正弘)とともに漫才コンビ「どんきほ~て」として活躍していたが、だんごが妻の父が経営するディスカウントチェーン店『ジャパン』に(いわゆる後継ぎとして)就職する為に引退しコンビは解散。この様子は「ナンバ壱番館」で放送された。どんきほ~てはダウンタウンの一年後輩になる。

ちなみに、だんごは部長待遇でジャパンに入社するも、数年後妻と離婚した為にジャパンを退社しているが、解散時のいざこざが原因で芸人仲間から総スカン状態にあるため、芸人復帰もできない状態とのこと[1]

その後、中田カウスの勧めにより、妻である小百合とともに漫才コンビを結成。小百合が髪飾りを自分で引っ張る「あ~ボヨヨ~ン」のギャグで人気を不動のものにする。なお、かつみ♥さゆりの結婚披露宴の媒酌人は桂三枝夫妻が務めた。

[編集] 人物・エピソード

2008年ラブちぇんで小百合はシングルファーザーの家に3日滞在し、子供達に目線を合わせ、料理を教えるなど子供好きの一面を見せた。

[編集] かつみの財テク

かつみの財テクの出発点は、25歳の時に買ったマンションである。当時、その物件を2680万円で購入したが、近くに大阪ドームができることになり、付近に地下鉄が敷設されるなどしたためマンションの資産価値が上がり、半年後には8000万になったという。

その後かつみは、三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)の行員から「かつみさんの所有するマンションが8000万になったので、うちから1000万借りて頂けませんか?」と頼まれ、その1000万を元手に大学の先輩である株のデイーラーからのアドバイスを受けて株投資を始めた。当初は順調に資産が増え、25歳から28歳までの間で3億円を手にし、フランス人の彼女もゲットした。

そして、日経平均が4万円に達しそうな頃、湾岸戦争が勃発。かつみは3億を元手に9億の金を動かす信用取引の大勝負に出た。しかしその後、相場はかつみの予想したとおりには行かず、大暴落(バブル崩壊)し、かつみは4億7000万円の大損を被り、1億7000万の借金を背負う事になった。すると途端に周囲の人間の様子が変わり、フランス人の彼女には逃げられ、芸人仲間も遠ざかっていった。この頃に、現在の公私にわたる相方であるさゆりと出会ったという。しかし「絶対上がる」「絶対儲かる」と言って購入したインド株が暴落、さゆりに「絶対、絶対って言っていたのに!」と罵られる。

[編集] かつみの不運な財テク

上記のとおり、かつみの趣味は株式投資であり、一時は億単位の貯金があった。しかしそのため金銭感覚が麻痺してしまい、バブル崩壊期に日経平均株価先物で1億7千万の借金を背負うことになった(その他連帯保証人になっていた債務が回って来たりなどで最大額は11億7000万円であった)。

その後、かつみは借金返済の為にいろいろなアイデアを考える。株式だけでなく、商品先物や店舗経営(100円ショップ"ピコピコドン"他)、近年ではライブドア株も購入したが、いずれも結局大損している。

他にも投資目的で綾波レイの等身大フィギュアを購入したり、飲み屋やオオクワガタの繁殖などをしたこともある。オオクワガタの繁殖は、さゆりが誤ってバルサンを炊いた(大量に発生したコバエ退治のため)ことにより失敗。飲み屋も実は酒が飲めない為、失敗。また、同じく投資目的でマンチカンを繁殖し、産まれた子猫を販売する為に購入したが、預けていたさゆりの母親に無断で去勢手術を施され失敗。現在は愛猫として幸せに暮らしているという。

2007年には起死回生を狙い、新たにラーメン店経営に着手。11月1日たむらけんじの「炭火焼肉たむら」2号店と同日)、かつみがオーナーを、さゆりの兄(開店に向け3か月間有名ラーメン店で修行した)が店長を務めるラーメン店「ボヨヨンラーメン ウマインジャー」を大阪市都島区にオープン。さゆりが自分の部屋をイメージして手がけた内装は、ピンクを基調とした壁紙にハート型の鏡やシャンデリア、『暮らしカルマガジン みかさつかさ』で共演している秋野暢子が描いた絵画などが飾られ、通常のラーメン店のイメージとは一線を画したものとなっている。本人曰く、「(さゆりの部屋に来てもらうというイメージでデザインしたら)ラブホみたいになってもーた」とのこと。

しかし同店は数々のバラエティ番組で紹介された他、かつみ・さゆりが出演しているレギュラー番組の中でも頻繁に宣伝したものの売上は低迷。メロンパン販売で人気回復を目論むも裏目に出てしまい、2008年6月末をもって閉店。ちなみに実際にラーメンを食べに行った後輩芸人によると「おいしくなかった」とのことである[2]。その後、2008年11月13日より、千葉県千葉市にあるショッピングモールOne's Mall内にある「ラーメン劇場」で同名のラーメン店を営業していたが、こちらも2009年1月末で閉店。なおメロンパン生地とラーメンのネット通販は、閉店後も引き続き行われている。

[編集] 小百合と音楽

さゆりは3歳からピアノを習っており、絶対音感の持ち主である(『全力!Tunes』2008年8月9日放送より)。お台場明石城の特番でその腕前を披露した(青木さやかとの競演)。2005年7月12日放送お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャルではアメイジング・グレイスファルセットで歌った。

[編集] 小百合のミスコン荒しとスナックでの仕事

さゆりは吉本入り以前からミスコン荒らしとして知られ、TV番組のアシスタントを務めていたこともある(その際に桂三枝とも顔見知りになっていた)。現在は、あくまでも漫才コンビの片割れであるため、仕事上は頬を赤く強調したお笑い系のメイクを施していることが多いが、実際には吉本屈指の美人タレントとして知られ、TVチャンピオンの美容師選手権で山田花子だいたひかるとともにイメチェンモデルとなった際も、群を抜いた美しさを見せ付けた。吉本入り後は主に吉本新喜劇に出演していた。また、結婚前後にかけてスナックで働き、家計を助けていた。また、この頃「かつみのアホの嫁」(ここでの“アホ”は、“天然ボケ”という意味)として関西のテレビ番組にしばしば出演していた。ただし、コンビ結成後は芸能活動に専念しているとされる。

[編集] 絶頂期に病で入院

2004年6月中旬、さゆりが病に倒れ、かつみ一人でのテレビ出演が続いた。診断の結果、さゆりは卵巣嚢腫子宮筋腫子宮内膜症の3つの病気にかかっており、1ヶ月後の2004年7月中旬、MBSテレビ『ちちんぷいぷい』で復帰した。(その後、『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』でこのときの詳細を語った。)

[編集] ボヨヨンにまつわるエピソード

小百合のボヨヨン(髪飾り)は手作りで、ヌーブラのケースに入れて保管している。制作費は片方2000円で、「ボヨヨン代」として確定申告もしている。

さゆりのボヨヨンに対して、かつみはネクタイに仕込まれた糸を引っ張るとネクタイがピンと立つ、「ネクタイぴーん!」というギャグを持っている。後藤田正純水野真紀の披露宴の際、このギャグを当時の首相だった小泉純一郎の前で披露したところ、後でSPにこっぴどく叱られたという。

[編集] かつみはサウナ大好き

痛快!明石家電視台』(毎日放送)の収録日当日(古田新太ゲストの回)、本来出演予定だった中川家がマネージャーの連絡ミスにより大阪に来られなくなり、番組スタッフが代役を探していたところ、かつみ・さゆりのスケジュールが空いていた。さゆりとはすぐ連絡が取れたが、かつみとはどうしても繋がらなかった。さゆりが長年の勘で「サウナに行っているのでは」と言い出し、番組スタッフが大阪市内にあるサウナにかたっぱしから電話したところ、かつみが見つかり、無事収録に間にあった。

[編集] 主な出演番組

[編集] 関西ローカル

[編集] 全国ネット

[編集] CD

[編集] CM

[編集] 外部リンク

[編集] 注釈

  1. ^ ラジオ番組「放送室」(エフエム東京)2007年5月5日放送より
  2. ^ ラジオ番組「丑バラ つけ麺バカ!ラジオ」(MBSラジオ